2-9【アクリラ大祭 3:~勇者と竜人~】





『上ばっかり見てるとぶつかるぞ』


 上空の”景色”に気を取られるモニカに俺が注意する。


『大丈夫だよ、ロメオが避けてくれるから』


 だがモニカはそう言って視線はそのまま。

 先程のロメオには感心したが、そういうもんかね。

 俺は髪留めの感覚器を動かして下の様子を探る。

 そこに映る俺達の牛は喧騒などどこ吹く風。 


 現在、アクリラの上空は絶賛大混雑中だ。

 慌てた上級生や先生がひっきりなしに飛び回るのもそうだが、その装いもいつもと違って様々。

 それに大体の人間が大きな荷物を抱えていた。

 だがこの密度は単に多いだけではない。

 飛行する者達のそのさらに上空に、いつもならいない巨大な物体が幾つも鎮座しているので、飛べる空間に限りがあるのだ。


 飛んでいるのはマグヌスの”門番ゴーレム”に代表される、大小様々な”飛行魔道具”達。

 あ、ここにいるからには”門番ゴーレム”じゃないのか。

 あれは人口密度の低い”北部”限定の通称だ。

 ここにいるのは、なにか特別な用途があるわけではない単なる”汎用飛行ゴーレム機械”が殆どだろう。

 何かの配慮か小さめの機体中心だが、こう数が多いと少々気持ち悪い。


 ただ、モニカの目を引いたのは他の国の機体だ。

 大出力の飛行ユニットを組み込んだため無駄に巨大化したマグヌスの物とは異なり、他の国の機体は比較的小さくただ”飛ぶ”というアドバンテージを得るための物という印象が強い。

 中には気球の延長線のような物もあるくらいだ。


「それじゃ、どこ行こっか?」


 流石に飽きたのか、モニカが徐ろに視線を下げると、前に座るベスに問いかける。


「どこか行きたいところってあるんですか?」

「うーん、今日はないよ、・・・そうだよね?」


 モニカの言葉の最後の問いかけは、俺に向けてのものだ。

 その言葉で、俺はこの祭りの”予定表”を引っ張り出す。


「ピカ研の当番は明日から、取ってる”授業”もそうだな」

「あ、ピカ研の予定調整してもらわないと」


 モニカが嫌なものを思い出したような声でそう言う。


「アドリア先輩の一件ですか?」


 ベスがそう聞くとモニカが苦い顔で頷く。


「あー、まだ詳細なスケジュールは分かってないけど、パンフレット見た限り予定はかなり潰れそうだぞ」

「うわぁ・・・」


 俺は資料用に見せてもらった、細かい予定まで書いてあるパンフレットの視覚記録を引っ張り出し、それに今の予定を照らし当てる。


「それと”二足歩行論”か”魔力冶金”のどっちかの特別授業は取れそうにない」

「ええ・・・”二足歩行論”は行きたいよ」


 モニカが呻くように呟く。


「まあ、その辺は”向こう”次第だな。 潰しが効かないのは”向こう”だし」

「アドリア先輩に何を頼まれたんですか?」

「うう・・・ベス、聞いてよ」

「だめだぞモニカ、その時・・・までの秘密だ」

「あー・・分かってる・・・」


 モニカが愚痴る様にそう言う。

 ベスなら大丈夫だろうが、あの先輩の”黙っててね”は厳格に実行しないと危ない気がするので仕方がない。


「まあ、それでも今日は自由なんだ、とりあえず満喫しようぜ」

「”今日だけ”、だけどね・・・」


 ははは、なんかミリエスの結界祭でも忙しかったな俺達。

 まだ右も左も分からない時のことを思い出して、同時にあれからまだ半年くらいしか経ってないことに驚く。


 それから俺達は、露店の集中するエリアに入ったところでロメオの背中から降りた。

 ここからは歩いた方が便利だろう。

 モニカが店の商品に目を走らせる。

 そこは南方の遠い国の商品を集めた店だった。

 何に使うのか分からない品が並んでいる。



 さて、ここでこの祭りの”実態”について、俺が説明しよう。

 儀式的な意味での説明は、だいたい開会式の通り。

 これからするのはズバリ、この祭りで”何をするのか”という話。

 結論から言えば”なんでも”だ。


 俺は頭の中に、祭りの催しの位置を記した地図を広げる。

 市内だけでなく、郊外にまで広がったその地図は、街の各所が”3色”に塗り分けられていた。


 1つは”商業施設”


 おびただしい数の出店や、既存の店舗等が主だったものだが、そこでは世界中から運ばれてきた様々なものが売り買いされている。

 まあ普段からそんな感じだけど、祭りの期間中はそれがより”珍しい”方向にシフトするのだ。

 見たことの無い品物、味わった事のない珍味、使い方の分からぬ道具など、とにかく”新しい”ことが好まれる。


 2つ目は”学術交流”


 ある意味、生徒や研究者にとってはこれがメインになる。

 世界中で行われている研究の”発表会”、遠方から第一線の専門家を招いての”特別授業”など、ここでしか揃わない知識を教室などを使って広める。

 また、世界中のニュースなどが見れるブースも設置されるらしい。

 ホールやスタジアムがこの色で示されていれば、大抵”学会”だ。


 そして3つ目は”イベント”


 これはもうカオス極まりない。

 演劇や演奏が建物の内外問わずそこら中で催され、様々なジャンルの”大会”も開かれる。

 小さな酒場の飲み比べ大会から、徒競走、弁論大会に演奏コンクールまでジャンルは様々。

 中でも魔法学校主催の”学校別対抗戦”は市域の注目を大きく集め、大観衆のスタジアムの中で世界中から集まった様々な学校の、戦闘能力に秀でた者たちが己の力を競う。

 早い話が”武闘大会”を想像してくれ、それで大体合ってる。

 また様々な分野の展示会も開かれ、ゴーレムの展示会にメリダと一緒に行くのが最大の楽しみだったり。


 まあ、オリンピックと万国博覧会と天下一武道会とモーターショーと物産展と学会とオープンキャンパスが一緒になったお祭りだと思ってくれ。

 好き勝手に持ち寄った本を売ったりするところもあるので、同人誌即売会も追加できるかもしれない。

 内容はビックリするくらい頭が痛くなる学術書が多いが、紙代ケチりたいので薄い本が多いし。


 そして、そんな事をすればどうなるかというのが、この狂乱だ。


 だが意外なことに、宗教がらみの行事は殆ど無い、というかやってるという話を聞かない。

 これはこの狂乱の10日間そのものが”祭り”という趣旨なのが大きいようだ。

 あと政治絡みのイベントも避けられている。

 列席者を紹介しなかったのがその最たる例だ。


 俺達は人気店から溢れ、目当ての商品の売り切れ嘆く人の群れを避けながら、商店街の中を進んでいく。

 これではおちおち店の中まで入っていけそうにないな。

 露店という販売形態が多いのも、それを見越したシステムなんだろう。


 面白いのは時々、世界の知らない地方の風景を描いた絵が飾られているだけの店が結構あることだ。

 そういったところにも人々は群がり、それを書いた魔法画家にどんな場所なのかを熱心に聞いていた。


『慣れないうちは、こういう大人しいのを見たほうがいいな』


 俺がモニカにそう言うと同意するような感情が返ってきた。

 最初はメインストリートの方を歩くつもりだったのだが、時々道の向こうに人混みを見るだけでもゲンナリしてしまう。

 その分、質のいいショーなどが催されているのだろうが、まだまだハードルが高い。


 だが今日はアクリラ中の住民が残らず部屋を出て、いつもと違う地区に足を伸ばしている。

 その当然の帰結として、友人と鉢合わせる場面も有った。


「最初はやっぱりワンコか・・・」


 眼の前に両腕いっぱいの不思議な形の飴を抱えた犬耳の少女が現れたとき、モニカはなぜかガックリと肩を落とした。


「なんですかあねさん、せっかく会ったのに。 それに”ウェンリー”って呼んでって言ってるじゃないですか」

「じゃあわたしの事も”モニカ”ってよんで」

「はい、姐さん!」


 ”ウェンリー”こと”ウェンリル”あらためワンコは、元気良く”モニカ呼び”を拒否した。

 しかし彼女との遭遇率はなかなかの物だ。

 案外行動パターンが近いのかな?

 そうなるとアイリスとの遭遇率の高さも頷ける。


『ワンコとわたしは似てないよ?』

『そうでもないと思うぞ』


 当たり前のように俺の考えを察したモニカの言葉に、俺は素直な考えを返す。

 するとモニカは露骨に微妙な顔をした。

 それでもワンコが付いてくることに文句を言わないあたりは、嫌いじゃないのだろう。


 それから俺達は、学術系の出店の集中するエリアへと足を進めた。

 小さな劇場のような建物の看板に、様々な分野の専門家の名前と、彼等が行う予定の授業のポスターが張り出されている。

 といってもこの辺の本番は明日以降なので、今日は宣伝が主なものだ。


「最新魔法研究10選!! 初心者にもわかりやすく!!」

「クラミー博士の発見した極小の世界! あなたの肌にも無数の世界が広がっているのです!!」

「ついに判明!! 基礎魔力回路の27種目が発見されたかもしれません!!」


 と、いった具合だ。

 この辺は普段から魔法学校の生徒が多い事もあってか、魔力絡みの授業が多い気がする。

 ただ若干初心者向けが多いかな。

 専門替えを考えている生徒向けだろう。

 ここで気になるのは、27種目の基礎回路が見つかったとかいう話くらいか。

 内容的にどうせ誇張か勘違いの類だろうけど。


 この祭りの間の授業の特徴として、本来授業を持てない研究者や、認可を受けていない内容、はっきりと解明されていない事象に関する授業がしやすいことにある。

 そのため受ける方は”話半分”で聞く必要があるが、そもそも”騙しやがったな”などと怒るようなレベルの低い生徒は少ないので、みんな己の研究において何かの突破口でも見つからないかと目がギラついていた。

 彼らもこの祭りで、”得るもの”を探して必死なのだ。


 後ろ見ればワンコを中心に、いつの間にか何人かの女の子が集まっていた。

 全員、”青の同盟戦”の時に集まってたメンバーだ。

 みんな祭りの空気に酔っているかのように顔が明るい。

 モニカはシルフィーやアデルとはあまり話さないが、彼女達とは今でもよく話す。

 今もモニカを交え、祭り期間中の予定等を話し合っていた。


「モニカさんのご予定、潰れてしまいそうなのですか?」


 品のいい貴族の子がそう聞いてきた。

 それにモニカが苦い表情で頷く。


「どれくらい潰れるかは、まだわからないんだけどね・・・授業がいくつか受けられないかもしれない」


 モニカがそう言うと周囲の空気が暗くなる。

 ただの授業ではない。

 この祭りで行われる授業はどれも品質はどうであれ、世界最先端の知識が披露される場だ。

 その”重み”は、この街に集まる者であればたとえ子供であっても分かっていた。


「いいよ、どうせ全部は受けられなかったんだし、1個か2個減るだけだから」


 だがモニカはそう言って気丈に振る舞った。

 確かにそう言えばそうなのだが、俺としては”2足歩行論”の授業は逃したくないな・・・


「”それ”、辞退とかってできないんですか?」


 その子がそう提案すると、モニカが”それが出来たらいいんだけどね”とばかりに軽く笑う。


「アドリア先輩の”ご指名”ですから・・・」


 ベスがその補足を入れると、周囲の空気が”察した”とばかりに暗くなる。


「指名したのは別の人なんだけどね・・・」


 モニカが一応訂正を入れる。

 小さな事だが、俺たちを指名したその”人物”が人物だけに、余計断れないのだ。


 すると空気が悪くなったことに対して、ワンコが俺達の前に走り出てこちらを向いて笑った。


「みんなせっかくのお祭りにそんな暗い顔をしてたら、アラン先生に怒られちゃいますよ。 ”新たな価値は見つかったのか!?”って」


 そう言って周囲を指し示す。


「それにみんな、全然食べてないじゃないですか! だめですよ! 祭りの醍醐味は買い食いです! ほら姐さん、肉料理ですよ!」


 ワンコが指差したのはスパイスたっぷりの肉料理を振る舞う屋台。

 聞いたこと無い国の料理だが、説明によると西の端の方らしい。

 そういやここまで祭りのノリに引いていたのか、みんなあんまり店に寄ったりしてないな。

 だがモニカはそんな事よりワンコの状態が気になるようだ。


「ワンコ、後ろ向きに歩いたら危ないよ」


 モニカが前を歩くワンコに注意する。


「大丈夫ですって、獣人の感覚なめないでください・・・って!?」

「あ!」


 そう言ってるそばから、ワンコが誰かにぶつかった。


「あん? なんだ?」


 ぶつかった相手が不機嫌な声を上げる。


「あ、すいません・・・」


 即座にワンコが謝罪の言葉をかけるが、その声は相手がこちらを向いた途端しぼんでしまった。


「アクリラの生徒か」


 相手の目が不快に細められる。

 それはとても綺麗な若い女の人だった。

 だがその雰囲気はゾッとするほど冷たく、軍服のような服を来ていて威圧感がすごい。

 さらに彼女の周りには同じような服装の一団が。

 彼等が一斉に何事かとこちらを向いた。

 軍人には見えないが、みんなよく鍛えられ自信に満ち溢れている。


『ロン!』


 モニカから鋭い声が飛ぶ。


『どうした?』

『このひと・・・むちゃくちゃ強い!』


 そう言いながら全身に緊張が走り、冷や汗が滲んだ。

 見ればその女の人の腕や首には特徴的な赤い鱗が・・・


「まさか・・・”竜人”?」


 後ろにいた子がそう呟いた。

 竜人? 竜の獣人か?

 だがモニカの言葉にもあるように、放つ雰囲気は尋常ではない。

 そして、それにぶつかってしまったワンコの顔は真っ青に染まっていた。


「あ、あの、あの・・・」

「勝手にぶつかった上に、怯えるとは不快な犬だな。 アクリラは躾もできぬのか?」


 そう言うと、その言葉にワンコの体が恐怖に固まった。



「あの制服は?」


 モニカが近くにいた友人に小声で問いかける。

 その子は同学年の中でも世事に敏い。

 するとすぐに答えが返ってきた。


「”トリスバル”・・・アルバレスの騎士学校です」

「それほんと?」


 モニカが体の中の緊張を一気に高めて聞き返す。

 モニカも俺も、その名前くらいは知っていた。


 ”トリスバル” 戦士育成機関の最高峰で、アクリラ同様世界中から才能のある子供を集め専門教育を行っている超名門校だ。

 だが研究者育成機関としての側面もあるアクリラと違って、純粋な戦闘員を育成する機関のため平均的な強さは向こうの方が上とも聞いていた。

 モニカがさっと目を動かして相手の陣容を確認する。 

 その竜人と周りの雰囲気から17~18歳くらいか、纏っている雰囲気も強い。


『まずいな・・・』

『だけど他の人は戸惑ってるだけ!』


 モニカは俺にそう言うなり勢いよくワンコの前に飛び出し、竜人の女の人との間に割って入る。


「ごめんなさい、この子わたし達との話に夢中で、悪気があったわけじゃないんです!」


 そして一息にそう言うと、片手でワンコの姿を自分の後ろに隠すように動く。

 すると竜人の少女の鋭い視線がワンコから俺達に移り、同時に凄まじい恐怖が身を貫いた。

 ワンコがまともに口を聞けなくなった理由がわかった、この視線の恐怖はちょっとした精霊並だ。


『おいモニカ、俺達が前に出ても・・・』

『これでいい! この人の強さなら、これでいい』


 モニカが恐怖に耐えながらも、なんとか冷静な表情で竜人の少女の顔を見つめ返す。


『この人の強さなら・・・わたしの中の”力”に気づくはず!』


 するとそのモニカの言葉通り、竜人の少女の目が不快な”怒り”から、僅かに”興味”に動いた。


「ほう・・・貴様・・・その”力”・・・」


 次の瞬間、竜人の少女がものすごい速度で顔を動かし俺達の首筋に近づける。

 そして呆気に俺達がそれに反応できずにいると、鼻を鳴らして顔をまた別種の不快に歪めた。

 冷汗かいちゃってるけど・・・臭くないよね?


「この臭い・・・貴様も”スキル保有者”か」


 あ、よく見ればこの人、歯がとんでもなく鋭い・・・しかも頭頂部から角が生えてるら・・・

 そんな風に臭いだけでスキル持ちであることがバレたことに対して俺が逃避していると、竜人の少女が顔を持ち上げ汚いものを見るような視線を向けてきた。


「しかも・・・なんだその不愉快な体は・・・”生物的冒涜”を感じるぞ」


 そう言うなり腕を横に動かすと、その手の指先から鋭い鉤爪が飛び出した。

 人間とかの平たいやつじゃなくて、恐竜みたいなゴツいやつ。

 その反応を見た俺が慌てる。

 ”生物的冒涜”って、もしかしてこの人一回臭いを嗅いだだけでモニカの”出生”まで見抜いたっていうのか!?

 いや、それより・・・


『ま、まずいって、なんか余計に怒っちゃってるよ!』

『あ、あれ?? ど、どうしよ・・・止まってくれると思ったんだけど・・・』


 どうやら飛び出したのはモニカの計算ミスらしい。

 見れば、周りの他の”トリスバル”の生徒達も竜人の少女の反応に慌て始めた。

 だがこの少女が怖いのか一向に止めに入る気配がない。


「ごめんなさい! ぶつかったのは謝ります! 不快にさせたのも謝ります」


 とにかく謝罪攻めにすることに決めたモニカが押し込むようにそう言い、同時に後ろに回した片手で後ろの子たちに下がるように指示を出す。

 もしここで物騒なことになった時、彼女たちが近くにいると動けない。

 ただ、それが悪かった。


「ほう、竜人である私に口だけの謝罪が通じると思っているのか?」


 つうじてー


 だがそんな願いは虚しく、竜人の少女の顔に不穏の空気が滲み始めたのだ。


「やめろ! イルマ!」


 その時、向こうの後ろの方から鋭い声が掛けられ、同時に”トリスバル”の生徒達の群れが2つに割れた。

 そしてその間から、血相を変えたような足取りで同じ軍服のような制服を着た生徒が走ってくる。


「やめろイルマ! 着いたばかりで問題を起こす気か!?」


 その生徒は近くに寄るなり竜人の少女を叱責する。

 あ、このひと”イルマ”っていうのか・・・


「うるさいぞ”レオノア” こいつらが生意気にも、竜人である私にぶつかって来たんだ」

「”ぶつかっただけ”だろ! その程度で怒るやつがあるか!」


 なおも止まらぬ様子のイルマに、レオノアと呼ばれた少年が俺達との間に割って入る様に動き、そのまま手でイルマの体を押さえつける。

 そしてその姿が目に入った瞬間、モニカの心臓がドクンと大きく跳ねた。

 モニカに教えてもらうまでもない・・・この少年もまた、凄まじいほどの強さを纏っていた。


「大丈夫か君! どこか怪我していないか!?」


 レオノアが心配そうにこちらを向く。

 その瞬間、モニカの心臓の鼓動がさらに激しいものに変わった。

 だが無理もない。


 ど え ら い イ ケ メ ン がそこにいたのだ。



「落ち着けレオノア、私は”まだ”何もしていない」

「手を挙げなくとも、君が脅せば小さい子にとっては脅威だ!」

「わーかったよ・・・ちょっとからかっただけだって・・・」


 竜人のイルマが呆れたようにそう答える、だがそこに先程までの不穏な空気はない。

 そこからレオノアの力がイルマと同等か、それ以上であることが伺えた。

 だが明らかに凄まじいオーラを出すイルマ以上って・・・


「すまないね君たち、仲間が失礼を働いた。 でも、次からはちゃんと前を向いて歩きなよ」


 レオノアがそう言って軽く笑う。

 それだけなのに降りかかる”イケメンパワー”が急激に上昇し、モニカの鼓動が更に加速する。

 後ろを見れば他の子達も同様に驚きと赤面の混じった顔で、何人かは口を開けて固まっている。


「あ・・あの・・・なまえ・・・」


 ようやく動いたモニカが発したのはレオノアに対する誰何の言葉。

 ”レオノア”じゃないの? と思ったが、どうやら初めて食らった”イケメンパワー”にモニカの中の彼の名前が吹き飛んらしい。

 だが根っからのイケメンであろうレオノアは、そんなモニカを不審がることもなくニッコリとはにかんだ。

 

「”レオノア・メレフ”だよ」


 そう言って片膝を付くと、モニカの頭を軽くなでてくれる。

 普通の人間がそんなことをすれば只の”子供扱い”だが、超絶イケメンがすると「キャー」という黄色い声援や「いいなー」という嫉妬の声が周囲のそこら中から漏れるから不思議だ。

 モニカの反応もいつもと違って、心臓の鼓動が早鐘のように打ち鳴らされ、その顔は僅かに赤くなっていた。

 俺の方まで謎の”キラキラフィルター”越しの映像が流れてくる始末だ。

 だが数人の冷静な者が聞き捨てならない台詞を吐いた。


「・・・メレフ? メレフっていったら」

「おい”トリスバルのメレフ”って言ったら・・・」


「・・・あれが噂の”最年少勇者”じゃないの?」


 ”勇者”


 その言葉が出ると、周囲の喧騒の方向が一気に変わり、その中心がこちらを向く。


「来てるって話は聞いてたけど、まさかこんなところに・・・・」


 レオノアは周囲の空気の変化を感じ取ると、”やれやれ”といった風にモニカから手を引っ込め立ち上がった。


「それじゃ、僕らはこれで。 これから行くところがあるんだ」


 そしてそれだけ言うと、イルマや他の生徒の肩を叩いて移動を促す。

 だが彼は”勇者”と呼ばれたことを全く否定しなかった。

 そしてそうとしか思えないほどの”力”も感じる。


 だがゾロゾロと動き始めた集団のなかで、イルマだけはこちらを向いたまま足を止めていた。

 それを見たレオノアが再度移動を促すために戻ってくる。

 するとイルマが、ゾッとするほど細い腕をこちらに伸ばして俺達を指さした。


「アクリラ生に告げる、今年の”対抗戦”はトリスバルが優勝する。 ガブリエラとルキアーノ・シルベストリにも伝えるといい、貴様らに比肩する強者はこちらにも2名揃っているとな」


 イルマはそう宣言すると、呆気にとられた者達を見て満足そうに笑う。

 そしていよいよ慌てたレオノアに引きずられるように連れて行かれ消えるまで、その笑みは消えることはなかった。


 暫くの間、その場が沈黙に支配される。


「・・・ガブリエラ様に匹敵するって・・・それ本当?」


 沈黙を破ったのは、観衆のそんな言葉。

 すると堰を切ったように住人たちの”議論”が始まった。


「あれ見たか? ”竜人”だぞ、それにもう一方は”勇者”だ」

「だがガブリエラ様が、並の”勇者”に負けるわけ無いだろう?」

「いやあ、トリスバルは本気で戦闘を学ぶ学校だ。 力で勝っていても技術では・・・ってことも」

「少なくともルキアーノ坊やじゃきついだろ、”2人で2勝”の予想した連中は血相を変えるんじゃないか?」


 もう既に、彼らがやってきた”目的”である”学校別対抗戦”のことで頭がいっぱいのらしい。

 勝敗予想を賭けの対象にしているのは知っていたので、その動向が気になるのは理解できるが。

 俺達も他人事じゃない・・・・・・・し・・・


「姐さん・・・ありがとうございます」

「うん? あ、ワンコ大丈夫だった?」


 後ろから、申し訳無さそうなワンコに声をかけられた。

 自分が騒動のキッカケになったことに落ち込んでいるようだ。

 そういや”青の同盟戦”でも最初はワンコと一緒のときだったので、ひょっとしてこの子と一緒にいるとトラブルに巻き込まれたりするのだろうか?


「私は大丈夫です・・・けど姐さんは・・・」

「うーん・・・こわかった。 でもそれだけ」


 モニカがそう言って無理やり笑顔を作る。

 随分硬い笑顔だが、それでもそれを見たワンコの顔が僅かに緩んだ。


「それじゃ、行こう」

「そうですね! まずは気を取り直してあの肉料理!」


 そう言ってワンコが指し示したのは、イルマにぶつかる前に話題に上がった屋台の肉料理。

 他のメンバーもとりあえず落ち着こうということなのか、単に買い食いではなく店内での食事を求めたので、この店で昼食と相成った。


『ねえ、ロン、あの2人だけど・・・』

『”その辺”は、モニカの方が分かるんじゃないか?』


 モニカが聞いてきたのは”あの2人”の強さについての俺の見解だ。

 だがそんなもの”強い”以上のものはない。


『うーん、私も強すぎて何が何だか・・・・でも』

『”勝てるか・・・・”って?』

『・・・うん』


 店に入る道すがら、モニカは真剣な様子でそう頷いた。


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