2-2【学生生活 2:~この街のユーモアポイント~】


 フリードリー・パース記念治療院

 

 アクリラの街の北側に位置するため、通称”アクリラ北病院”と呼ばれるその場所は、高度な技術によって最先端の医療を受けられるアクリラ屈指の人気病院である。

 また魔法学校としてのアクリラと包括契約を結んでいる病院で、生徒の健康管理から活動中の事故での負傷まで広く対応しているため、小児科の最先端でもある。

 そして俺達はそんな病院に特に怪我したわけでもないのにやってきていた。


「相変わらず綺麗なものねー」


 俺達のスキルの状況を確認しながら、ロザリア先生がそう呟く。


「他に比較できる相手がいないので分かりませんが、そうなんですか?」


 珍しく俺がスピーカーから自分で声をかける。

 ここは結構分厚い壁で覆われた密室で、しかもロザリア先生は俺の事どころか、モニカの体について恐らく一番詳しい人物なので、遠慮する要素はどこにもなかった。


「全くどこにも異常がないもの」


 ロザリア先生が、スキルの”力”を見るための調律台を魔法陣で作り、その状態を確認していく。


 彼女は一流の医者であると同時に、一流のスキル調律師でもある。

 俺達の事情も知っているので、こうして定期検査をやってくれる事になったのだ。

 スキル保有者は何よりもまず病人だ。

 それも高度であればあるほど危険な。

 俺達は一応、”独自形式”の将位級という事で書類上は通っている。

 他の街ならかなり目立つ肩書だがアクリラでは異なる。

 むしろ俺達の力や途中編入という経緯を考えれば、下手に下位のスキル保有者と名乗るよりちょうどよく埋没する肩書ということらしい。


 だがその代償として、全ての授業に”主調律者”の許可が必要になるし、定期的な調整報告が必要になる。

 どこまで行ってもまず病人扱いなのだ。

 まあ俺達の場合、どちらかといえば”実験動物”といったほうが近いかもしれない。

 先程から明らかに”ヤバそう”な器具を使って、ずっと何かを同時に検査されている。

 幸いどれも非接触型なので大丈夫だが、その禍々しい見た目にモニカが若干怯え気味だった。


「まるでやすり掛けしてるみたい」


 ロザリア先生が俺達のスキルの状態にそんな感想を漏らす。

 その言葉通り調律台に表示される波はどれも滑らかなものだ。


「ずっと調整してますからね」


 俺達のスキルは自動調整機能付きだ。

 大きな変動には対処できないが、小さな変動は即座に修正できる。

 そして大きな変動は俺自身の調整によって抑えられるし、全ての”力”の状態は毎日確認している。


「私もここまで健康的なスキル保有者は初めて見たわ」

「そうなんですか?」


 モニカが不思議そうに聞く。


「あなたの同級生だと、高位のスキル保有者て寡黙な人が多いでしょう?」


 俺はいつも横に座る優等生ルーベンのことを思い出す。

 シルフィー情報だが彼はかなり強力なスキル保有者で、確かに寡黙で何考えてるか分からない。


「あれね、痛いのを我慢してるうちにああなっちゃうの」


 ロザリア先生がそう言って、少し悲痛な表情を作った。

 それを見た俺達に軽く衝撃が走る。


 俺達も一応”力”が暴走する痛みは知っている。

 どこが痛いとかではない。

 全身、いや己の存在そのものに苦痛が走るのだ。

 俺自身は直接経験してないが、ピスキアで魔水晶を失ったときの痛みなど、完全記録から参照しただけで、のたうち回るかと思ったほど酷い。

 当然、そんな苦痛の中で正常に人格を保つのは困難で、そんなものを定期的に感じていれば確かに寡黙にもなるというものだ。


「まあ成長して安定すると、その反動ではっちゃけちゃう人もいるし、あえて明るく振る舞う人もいるけど、スキル保有者は静かで気難しい人が多いわ」


 静かで気難しい・・・そういえばカミルさんがそんな感じだな、あの人もスキル持ちだったはずだ。

 まさかあの性格にそんな理由があったとは・・・


「それで、評価は?」


 ロザリア先生が一通り確認し終えたところで、最後に俺が状態を問う。


「弄るところはなし」

「よし!」

「でもまだ”よく分からないから”だからね」


 ロザリア先生が念を押すように注意した。

 その顔は真剣だ。


「他のスキルとは違った問題があるかもしれないし、それが見えてないだけの可能性だって捨てきれない。 いやおそらくそうでしょう。 だからちゃんと来週もこの時間に来てちょうだい」

「は、はい・・・」


 ロザリア先生の”脅し”にモニカが力なく頷く。

 医者が相手ではどうやったって勝てない。

 

「でも週一の調整って、どこかの王女様みたいですね」


 俺が冗談めかしてそう言うと、ロザリア先生が呆れた表情でこちらを見つめ、それにモニカがビクッとなる。


「あんた、”同格”なんでしょうが・・・・」


 ロザリア先生の声には少なからぬ不機嫌さが滲んでいた。 

 どうやら冗談は通じなかったようだ。

 この街の住人のユーモアポイントはよく分からん。


 少しの間、気まずい空気が流れた後に、ロザリア先生が諦めたようにため息を一つついて話を進めた。


「・・・それで、ちゃんと持ってきた・・・・・?」

「あ! はい!」


 ロザリア先生の言葉に、モニカが旅の前からずっと使っている自分の鞄を取り出し、その中を探る。


「随分使い込んだカバンね」

 

 良くいえば使い込んだ、悪く言えばボロボロのモニカの鞄を見てロザリア先生がそう言った。


「ずっと使ってるんで・・・」

「手作り?」

「父さんが作りました」

「ふーん・・・」


 ロザリア先生の視線が意味深なものに変わる。

 この鞄の作りから、モニカの父親のことを透かして見ようとしているかのようだ。

 だが本題はこの鞄についてではない。

 モニカがその中から2枚の紙片を取り出しロザリア先生に見せた。


「うん、ちゃんと持ってきたわね、それじゃこっちは後で確認しておくとして・・・」


 そう言って片方の紙切れを脇によける。

 今のはカミルが俺に伝えたことの内、俺達のスキルに関する記述を書き出したものである。

 今後もロザリア先生にはお世話になるはずなので、その助けになる情報を出来るだけ伝えておこうと思ったのだ。

 そうしてもう一方の紙片は、 


「さあて、ご希望の授業は・・・っと」


 いよいよ来週から始まる俺達の本格的な授業について、俺達の希望を書いたものだった。

 スキル保有者が”病人”である以上、その授業を受けられるかどうかは”主調律者”、つまりロザリア先生の許可が必要になる。

 彼女がダメといえば、その授業や活動には参加できないのだ。


「ふむふむ、聞いていた通り”魔道具系”に寄ってるわね」

「はい・・・ゴーレムがやりたくて」

「なるほど、だから”課外”もゴーレム系の研究所が希望と・・・」

「大丈夫ですか?」


 俺がそう聞くとロザリア先生は軽く頷いた。


「今のところ問題はないわね、むしろ魔力操作系のスキルだからおススメなくらいよ」


 ロザリア先生がそう言うと、それを聞いたモニカの表情が露骨に明るいものに変わった。

 

「あとは・・・戦闘系が多いのは、誰かに勧められた?」

「えっと・・・スリード先生とスコット先生に」

「俺達の今後・・・を考えれば、できる限り強くなるしかないので」

「だけど、バレるわけにもいかないんでしょ?」


 俺の説明にロザリア先生が指摘を入れる。


「その辺は隠しながらやるつもりです、戦闘でも基礎系の授業を中心にして、実践系は他で・・・」

「なるほど・・・」


 俺達の得意とする大出力魔力の使い方以外にも、戦闘について学べることは多い。

 むしろこれまで戦った強力な魔法士は皆、俺達より遥かに少ない魔力と精度の低い魔力操作で俺達を圧倒していた。

 それを学べるだけでもとてつもなく有意義なのだ。

 それに時期を見てアクリラの方で俺達用の”特別授業”も行うとの話だし、表向き戦闘系の授業に出てもそれほど大きな不都合はない。

 

 そして、それからしばらくロザリア先生は俺達のカリキュラムを眺めた後、おもむろに机の引き出しから円柱状の魔道具を取り出した。


「体調の変動を感じたらすぐに来ること」

「「はい」」


 そしてその魔道具をカリキュラムの上に置く。


「特に魔力をたくさん使う授業には気を付けて、大丈夫だとは思うけど」

「「はい」」


 そしてその魔道具が白く光りだした。


「成長期だからね、スキル以外にも何かあったら相談なさい」

「「はい」」


 最後にロザリア先生が、彼女の名前で”魔力認証”された俺達のカリキュラムをこちらに差し出した。 


「今日は、これからどうするの?」

「えっと・・・最後の補習があります」



※※※※※※※※※※※※




「判断がうまくなったね」


 いつもの様に巨大蜘蛛の体を登りきったところで、スリード先生が俺達にそう言った。


「まだ固いところはあるけれど、変な癖も取れてきているし、まだ若いうちでよかった」

「大丈夫そう?」

「このまま注意点をしっかり忘れなければね。 少なくとも予定通り補習をここで終えても問題はなさそうだ」


 俺は心の中で、ホッと息を一つ吐く。

 なんとか最後のお墨付きが出た。

 結局、この補習が1番最後までかかってしまったな。

 他の補習はすぐに大丈夫であると太鼓判を押され、補習というよりかは”予習”に近くなっていたが、こちらは最も多く時間が割かれたのにも関わらずギリギリまで合格が出なかった。

 やはりそれだけ問題の根は深かったのだろう。


「これからも何度か私がチェックするけれど、もう他の教師に任せても問題はないだろう」

「ロメオとの”相撲”は続けた方がいいですか?」


 モニカが俺達の朝稽古について質問する。


「力任せや小手先だけにならない範囲ならね、むしろできるだけ続けなさい」

「分かりました」


 モニカがそう答えると、スリード先生は優しそうに微笑んだ。


「それじゃ・・・」


 そしてそう言って、俺達を支えていた手を離す。

 するといつものように地面に向かって落下を始め、浮遊感が体を包み込んだ。

 だがもう慣れたもので、即座に必要な強化を全身に意識し、落下の衝撃をきっちりと受け切る。

 もう、痛みは無かった。


「そうだ、モニカ」


 モニカが今回の結果に満足しながら立ち上がり背中の土を手で払っていると、不意に頭上から声がかかった。

 そしてモニカが何事かと上に顔を向けると、嫌に安っぽい笑顔を貼り付けたスリード先生と目が合った。


「私を殺せば5億セリス貰えるぞ、挑戦してみるかい?」


 そしてそんな事を口走る。


「・・・え?」


 突然の言葉にモニカの思考が固まる。

 当然、俺も固まった。


 殺せば5億セリス? 何言ってんだこの”人”は・・・・

 そういやこの”人”、人じゃなくて懸賞金の掛かった”魔獣”だったっけ・・・

 


 その瞬間だった。


 感じたのは”ゴウ!”という空気が圧縮される感覚だけ。

 だがそれで体は即座に反応していた。

 一瞬で思考加速が限界まで達し、周囲の状況がほぼ停止する。

 だが・・・


 !?


 次の瞬間、俺かモニカか判別の付かない驚きが充満し、余ったもう片方が即座に対応に走る。

 ほぼ静止した世界の中であるにも関わらず、ゾッとするほどの速度でスリード先生の太い足が迫ってきたのだ。

 それは初日に食らった”2発”の蹴りを遥かに上回る速度の攻撃。

 必然的に喰らえばダメージはあれの比ではない。

 だが、


 パシッという乾いた音ともに、俺達の思考加速が解除される。

 突き出された蜘蛛の足は目標を捉える前に、それを上回る速度で繰り出されたモニカの左手でしっかりと受け止められ、適切に強化されたモニカの体はそのエネルギーを受けてもびくともしなかった。


「うん、合格」


 未だ驚いている俺達に、蜘蛛の教師が嬉しそうにそう言った。


「スッゲー!」

「姉ちゃんはええ!」

「めっちゃ揺れた!」


 スリード先生にぶら下がっている、園児たちが興奮した様子で口々に今の”やり取り”に反応した。

 というか今のが見えたって・・・つくづく恐ろしい子達だ。

 そして本当に恐ろしいのは、


「今のが止められるとは思ってなかったよ」


 などと涼しい顔でそんな事を宣う、このスパルタ教師。

 止められると思わなかったって、もし止められなかったら、どうするつもりだったんだ? などとは思わない。

 俺だって今のが俺達が反応できる”ギリギリ”の攻撃である事くらい理解できる。

 つまりこの教師は俺達に現状について完全に理解し、それをテストしたのだ。

 おそらく補習の最後に自信をつけさせるためにやったのだろう。

 谷には突き落とすが、登ってくれば飴を用意しておく教育方針の彼女らしい。


「今なら本当に私の懸賞金を取れるかもね」


 またまた、ご冗談を・・・

 こんなバケモノ、絶対に戦いたくない。

 俺がそんなことを考えていると、


「でもスリード先生の賞金って、差し止められてるから倒しても貰えないでしょ?」


 とモニカが、なんともピントのずれたツッコミを返していた。

 まるでいつでも倒せるといわんばかりのその態度に、俺がタジタジになる。

 だがそれが正解だったようで、


「ブッ、確かにそうだ、ははは、こりゃ一本取られた」

「せんせーのうっかりものー」

「ギャハハハ」


 と嫌にバカ受けである。

 全く、この街のユーモアポイントは・・・

 ただ、ごく一部の園児が、


「もらえないのー?」

「もらえないんだってー」  


 と本気で、5億セリス貰えないことに不満気味だったのが気になる。

 本気でこんなバケモノに勝てる気でいたのだろうか。

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