1-X7【エピローグ 2:~剣士の兆し~】


 親愛なるシンシア様へ。


 春の陽気が暖かく、日々を健やかにお過ごしと思われますが、残念なお知らせをしなければならない事を、お許し下さい。


 ・・・・・・・・・・・・・



 その手紙は、そんな言葉で始まっていた。


 エリクがその手紙を受け取ったとき、その手紙は、幾つもの場所を転々とした形跡と、その時に付けられたであろう沢山のメモに埋れていた。

 そしてその一番上、エリク自身への転送の案内には、


” エリク様へ、この手紙の受取人であるシンシア様が亡くなられているため、息子であるエリク様へ転送いたします。”


 と書かれていた。

 手紙の中身は、何年も前に失踪した父が死んだという知らせ。

 隣町の鍛冶屋に奉公に出されていたエリクは、その手紙で父と母の死を、いっぺんに知らされたのだ。


 そしてエリクは、故郷に戻り母の貧相な墓前で涙したあと、父を弔うために、父が死んだ街へと旅をした。


 ”俺は勇者になる!”


 そう言って、父が飛び出していった日の事を忘れることは無かった。

 当時はそれが世迷言であると判断する事もできない歳だったが、何故か己が捨てられた事は理解できたのは覚えている。


 手紙には”遺品を受け取って欲しい”と書かれていたので、旅立った先で何らかの功績は立てたのかと思ったが、待っていたのは母の物よりみすぼらしい墓。

 そして遺品として渡された1本の剣だけだった。


 幼いころであれば、聖剣や魔剣の類かもと思ったかもしれない。

 だが鍛冶屋に奉公に行ったあとでは、どこにでもある簡素な剣にしか見えなかった。

 受け取ってすぐに、研ぎ方が成ってないと満足いくまで研いだのは、悲しみの現れだったのかもしれないが、鍛冶屋での奉公の成果を確認して、父よりも立派に生きていると実感したかったからかもしれない。

 その証拠に、母よりみすぼらしい墓であることに暗い安堵を覚えていた。


 そして形見の剣を片手に奉公先の街へと戻る時に、乗っていた馬車が魔獣に襲われる。


 怯えた他の乗客の目は剣を持っているエリクへと注がれた。

 生き残るためには誰かが残らねばならない。

 他に戦えそうな人もいなかった。


 そこでエリクは何を血迷ったのか、自ら馬車を降りて魔獣と戦う選択をした。

 きっと父から譲り受けた、英雄願望があったのだろう。

 だが馬車は、エリクを待つどころか、他に2人の姉妹を追加の餌とばかりに放り出して走り去ってしまった。

 必死に逃げ惑う馬車を見ながら、エリクは奇妙な事に好印象を持ったことを覚えている。

 きっと恐怖で感覚がおかしくなっていたのだろう。


 絶望的な状況を前に、エリクの頭にあったのは、一緒に放り出された姉妹をどうやって守るかだった。

 恥ずかしながら彼女達とのやり取りは、何も思い出せない。

 

 気がついたときには、いつの間にか気を失っていた自分と、地面ごと真っ二つになった巨大な魔獣が転がっていた。

 そして姉妹の姉の方に、”あなたは命の恩人よ”と感謝されたのだ。


 何でも、エリクが途中で豹変し、凄まじい力で魔獣を切り裂いたという。

 普段なら信じないであろうが、魔獣の残骸という巨大な証拠を前にしては、信じない事すらできなかった。


 だが自分にそんな力がない事は知っていたので、エリクが疑ったのは持っていた剣。

 ひょっとしてこれは本当に、勇者の剣なのではないだろうかと、バカみたいな考えが浮かんでは消えていった。


 そして馬車の行き先だったヴェレスの街に着いて、数日の調査の末にエリクに3万セリスもの大金が転がり込んできて初めて、何かとんでもない事態になった事を自覚する。

 冒険者協会から驚くほど褒められ、本気で剣の道に進まないかとまで言われた。


 まだ実感が持てなかったエリクは、己に本当にそんな力があるのかを確認するために、冒険者協会で一番簡単な討伐依頼を受け、それをこなす事にした。

 それは単なる害獣討伐。


 しかも畑を荒らす小さな猪を倒すという程度のもの。

 だがエリクはそこで、少なくとも己に好きに使える剣の才能がないことは、痛いほど自覚した。

 そして剣が凄かった説も、消えてなくなる。

 なぜなら猪に叩きつけた途端、その剣は簡単に折れてしまったのだ。

 やはり見た目通り、いや見た目以上に安物だったようだ。

 その後、折れた剣で猪を倒せたことで、それなりに自信にはなったが、魔獣を倒せる力があるとはやはり思えなかった。


 もしかすると、本当の生命の危機にだけ使える類の力かもしれない。

 だとすれば、それはないのと一緒だ。


 エリクは、これからどうしようか迷っていた。

 手元には魔獣の報酬で貰った3万セリス。

 一生暮らせるわけではないが、魔獣討伐の実績と合わせて考えれば、選択肢は多いと言えた。

 このまま鍛冶屋の奉公に戻るもよし、この金と実績で剣の道にもう一度挑戦してみるもよし、何かしらの事業を起こしてみるのもいいかもしれない。

 そんなこんなで、まだヴェレスの街を立てずにいた。

 

 今は南門の付近を歩いている。

 数日前、ちょうどエリクがこの街に着いた翌日に、ここで大きな戦闘があったのだ。

 何が起こったのかは、道行く人に聞いても判然としないが、大きく破壊された街並みを見るに、相当激しい戦闘だったことは間違いない。


 エリクはその時はこの辺りにはいなかったが、突如謎の恐怖に襲われ、空を見上げるとそこに金色の球体が浮かんでいるのは見えた。

 人々が口々に”ガブリエラ”と言っていたことから、噂の王女様が暴れたことは間違いない。

 彼女はここから南に下ったところにある、アクリラという魔法の学校に通っているらしい。


 それにしても、こんなことができる人間が本当にいるとは。

 倒壊した建物を遠巻きに見ながら、そんな感想をもった。

 これに比べれば、本当に魔獣1匹倒せたかどうかに一喜一憂する自分が、恐ろしいほど無力に感じる。

 だからこそエリクはここに来ていた。


 父と同じ道を歩まぬために。


 もちろん復旧のために仕事が多いという理由もある。

 裕福な商会が多いエリアとあって、みな作業に銭を惜しまず、多くの人が集まり活気に満ちていた。

 お金は持ってはいるが、実感のない金なのであまり使いたくない。

 なのでエリクもそれらの人に混じって、瓦礫の除去を手伝っていたのだ。


「うん」


 市壁の近くの瓦礫を運搬用の荷車の上に載せた時、思わずそんな声が漏れた。

 やはりこちらの方が性に合っている。

 この辺りの瓦礫はかなり複雑に絡み合っているので、人の手で無いと除去できない。

 あるかどうかも分からない力に頼るよりも、こうして地味な作業を続けていく方が、気持ちが楽だった。


 エリクはそう確信すると、心の中で奉公先の街に戻る決意を固める。

 まずは一端の鍛冶屋にならなければ。

 今回得た資金は将来の独立資金にしよう。

 それまで、地道に今の親方の下で修業を重ねるのだ。


 


 だが、運命がエリクを離すことはなかった。



 小さな破片などを纏めていると、その中に一本の真っ黒で、真っ直ぐな棒が突き刺さっているのが見えた。

 長さはエリクの身長くらい。

 何かの建材だろうか?


 手に取ってみると、恐ろしく硬い質感だった。

 そして黒い表面に、幾何学模様のようなものが薄っすらと見える。

 エリクは拳で軽く叩いて音を確かめる。


「土? 金属はあんまり使われてないな・・・」


 鍛冶屋での修行の成果か、叩けばある程度の材質は把握できる。

 どうしようか?

 回収しようにもこの長さでは面倒だろう。

 そう思って、短く折ろうと両方に手をかけて力を込める

 だが驚いたことに、その棒はビクともしなかった。


「あれ・・・おかしいな」


 今度は両腕の筋肉に、筋力強化の為の魔力を流してみる。

 エリクは普通に普通の少年なので、この程度の魔力の使い方はできる。

 というか、鍛冶屋の重労働では必須技能なので、同世代の他の子よりも力は強いだろう。

 だがそれでもその棒はビクともしない。


 エリクはムキになって、膝に叩きつけたり、片方を持ってその辺の瓦礫に叩きつけたりしたが、それでもたわむことすら無かった。

 むしろ全力で叩きつけると、いい感じに大きな瓦礫が砕けたくらいである。


「・・・」

 

 エリクが無言でその棒を睨む。

 なんという頑固さか。

 父の剣にこれ程の強固さがあれば、どれだけ良かったか。

 エリクが腰に指した父の形見折れた剣を手に取る。

 折れたままだが、せめて戻ったら修理しようとそのまま持っていたのだ。

 そしてその折れた切っ先で、棒を軽くつつく。


「棒の方が固くて頑丈だ・・・」


 軽く触れたときの手応えと音から、双方の強度の差を測ると、悲しくなるくらい棒の方が優れていた。

 これだとこの棒で叩きつけた方がよほど強いだろう。

 むしろこの棒が剣だったら良かったのに。

 何とかこれを加工して剣にできないだろうか?


 柄くらいは父のものを使うとして、グリップはこのくらい・・・

 そんなことを考えながら、手に魔力を込めながら握り込む。

 

 ここは太くして、ここは逆に細くする。

 棒の各所を触りながら、これで作れる”理想の剣”を思い描いていく。

 これだけ素材に強度があれば、形を整えるだけでも凶器になるだろう。


 問題は加工か。

 金属質はわずかに感じるが、土に近い。

 そうなると加工はかなり厳しいな。

 ごく僅かに”延性”の気配を感じるので、巨大な圧力をかければ変形するかもしれない。


 こんな感じに!


 エリクはそこで、イメージトレーニングとばかりに魔力で力を強化しながら、手で棒に圧力を加える。

 そこには様々な感情がこもっていた。

 父への不満、自分への失望、それでも隠せぬ英雄願望。

 気がつけばそんな感情と一緒に魔力を棒にぶつけていたのだ。


「!?」


 その時手に鋭い痛みが走り、慌てて手を離す。

 見れば棒を強く握った右の掌に、一筋の赤い傷がついていた。

 幸いすぐに離したので大事には至らなかったが、その傷口は何か鋭い刃物で切り裂いたかのように綺麗だった。

 なぜ棒を握ると手が切れたのか。


 その”答え”にエリクが息を呑む。


「・・・なんで?」


 そこにあったのは真っ黒な棒ではなかった。

 手に持っていた部分はグリップのように、表面が滑り止め加工された形に変わり、そこから上は前後に薄く伸びて鋭い切っ先を形つくっていた。

 その形は、まさに今しがたエリクが想像した剣そのものだ。


 ただ、一つ色だけが想像と違い、真っ黒で、表面の幾何学模様が波紋のように異様な光沢を放っていた。

 その剣は剥き身で、柄なども取り付けられていない。

 まさかと思って父の剣を取り出して見比べると、ちょうど父の剣の柄が嵌まる形になっている。


 そしてエリクは何を思ったのか、柄のないその剣を両手で握り、近くの崩れた石の柱に叩きつけた。


 後になって思えば何でこんなことをしたのか理解できない。

 もしかするとエリクの中の英雄願望がその”状況”に、反応したのかもしれない。

 自分は”戦える存在”だと思いたかったのかも。


 そして剣が石の柱に接触した瞬間、さらに驚くべきことが起こった。

 

 なんとその剣の刀身に沿って黒色の小さな魔法陣がいくつも出現し、凄まじい力で石の柱を真っ二つに切り裂いた後、勢い止まらずそのまま地面に突き刺さり、さらにそのまま一回転して再び地面から飛び出した。


「うわ!?」


 剣の予想外の勢いに前にぐるりと投げ出されたエリクは、そのおかげで逆に助かった。

 もし仮にその場にて踏ん張っていたら、間違いなく一回転した剣によって股から頭にかけて”逆唐竹割り”に真っ二つになっていただろう。 


 そして空中に投げ出されグルリと一回転し、顔から地面に叩きつけられた直後、すぐ目の前にぐさりと黒い剣が突き立った。


「・・・あっぶな!?」


 そのギリギリっぷりに、エリクの身が竦む。


 エリクは後に、この現象がエリクの”才能”や”隠された力”などという”おとぎ話”的な要素とは関係なく、本当にただ”偶然”が重なっただけと知ることになる。

 だが、それでもこの時、この”剣”と出会えたのが運命だと思うのは変わらなかった。

 そして、この出来事が”運命”と感じる最大の理由が、この時起こったもう一つの”出会い”だ。



「いてて・・・」


 顔を擦りながら、エリクが立ち上がり目の前に刺さった黒い剣を抜く。


「なんて力だ・・・」


 目の前で真っ二つになった石の柱と、地面を睨む。

 剣で切りつけても、傷一つつかなさそうな硬い石の柱と地面の断面は、ヤスリでも掛けたのかと思うほど綺麗だった。

 剣が全く抵抗なく切り進めなければこうはならない。


 そしてこの”状態”には覚えがある。


 あの時・・・あの魔獣の残骸が、ちょうどこんな感じになっていたのだ。


「これか・・・・」


 こんなことになっていたのか・・・

 エリクはその光景に、見入ってしまった。

 以前の”あれ”は何の実感もなかったが、”これ”はハッキリとその手応えを感じている。


  


 その時だった。


 不意に後ろから”ジャリ”っという音が聞こえ、エリクが後ろを振り向くと、そこに1人の人影が立っていた。

 

「・・・誰?」


 その”異様”に思わずそんな言葉をかけてしまった。

 ただ単に人がいるだけならば別に珍しいものではない、この地区でも多く”人間”が復旧作業に当たっているからだ。

 

 だがその”者”は人間ではなかった。


 エリクは”その道”のプロというわけでも、人を見る目が優れているわけでもない。


 それでもボロボロのマントの裾から見える、金属の腕と足を見れば、それが人ではないことくらいは理解できる。

 そして身を隠すように上から被った布の隙間から見える冷たい目に、エリクは息を呑んだ。


「・・・ゴーレム?」


 それは間違いなくゴーレム機械の人形だった。

 

 そういえば、街を襲ったこの”暴威”の噂に、結構な人がゴーレムを見たと言っていた。

 こいつがそうか。

 エリクがここに来た時には影も形もなかったので、てっきりどこかへ行ってしまったのかと思ったが、まさか生き残りがいたとは・・・・


 そいつは右手と左足が酷く破壊されていて、どこから持ってきたのか曲がった鉄骨を杖のようについて体を支えていた。


 見るからに壊れかけの人形だ。

 

 だがエリクは、それでも尚、そのゴーレムに勝てるビジョンが思い浮かばなかった。

 先程の攻撃でも無理だろう。


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 ”コイツ”だ。


 この破壊を成したのは、間違いなくこのゴーレムだと直感した。


 エリクは、そこに感じた”世界の違い”に足がすくみ、その場に貼り付けられたようになる。

 その恐怖は魔獣と相対したときと比較しても勝るほどのものだった。


 そしてそのゴーレムは、光のない瞳が放つ視線をエリクに向ける。


 ・・・・どうなる?


 エリクがその恐怖と戦っていると、ゴーレムの視線がエリクの顔から手へと移り、そのまま持っていた”黒い剣”へと注がれた。

 そして、掠れるような弱々しい声で、


「・・・アルファ・・・」



 という囁きがゴーレムの口から聞こえてきた。



 

 

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