1-14【魔法学校の入学試験 2:~茹で過ぎた野菜~】


「それで、ルシエラはその人と一緒に戦ったの?」


 モニカがそう言いながら、茹で過ぎて歯ごたえが無くなった黄色い人参のような野菜を口に入れる。


「モグ・・ング・・そう、なんか”そいつ”もすごく強くてね、だけど戦闘は結構下手でカバーが大変だったわ、はむっ」


 それに対し、ルシエラもブロッコリーのような野菜を咀嚼しながら答えた。


 ここは病院の病室のベッドの上で、今は少し遅めの夕食中だ。

 遅い時間なのはルシエラの診察が思ったより長引いてしまったせいである。


 最初はまだ興奮と緊張が残っていたせいで全然食欲が湧かなかったが、いざ一口、口に入れてみると疲労からか手が止まらなくなっていた。


 そうはいっても病院食。


 特に今回は様子見の食事とあって、栄養価の高そうな野菜を崩れる直前まで茹でた上に、味も控えめに作られていてお世辞にも美味しくはない。

 味もしゃしゃりもないとはこの事かと思うような内容だ。


 当然、モニカもルシエラも強く肉を求めたが、流動食を出すぞと脅され泣く泣くこの献立で落ち着いた。


 そんな食事でベッドが隣同士なので、話に花が咲くのは必然で、その内容は今日の戦闘についての出来事。


 特に2人に分かれてからの出来事に興味が集まった。


「戦闘が下手っていうと、私みたいな感じ?」

「んん・・・いんや、モニカはやり方を知らないだけで戦闘自体は得意でしょ? あれはその逆だわ、すっごいいっぱい手段はあるけど、センスがない」


『一緒に戦ったってのに、随分と辛辣なんだな』

「ロンが、一緒に戦ったのに辛辣だって」


 モニカが俺の言葉をルシエラに伝える。

 残念ながら今はフロウがどこにも無いので、直接言葉を伝える事ができない。


 これは本格的にフロウへの依存からの脱却を考えないといけないかもしれないな。


「よく分かんないんだよね、何者なのか、なんで戦ってたのかも」


 ルシエラがそう言って、口に入れてるスプーンを噛んだ。

 どうやら彼女は”そいつ”の正体が結局つかめなかったようだ。


 だが俺はなんとなくあの謎の白服の魔法士・・・の格好した”たぶんゴーレム”ではないかと踏んでいる。


 ただルシエラから聞く風貌はかなり違うんだよなぁ。


 ルシエラ曰く、黒髪で長身で赤の魔法陣から魔法を使い、影のような真っ黒な靄に隠れて姿を隠すキザったらしい野郎だそうだ。


「結局、どっかに行っちゃったし、本当に分からないことばかりよ」


 そう言って憤慨しながら崩れた芋を口に放り込むルシエラ。


 しかし、彼女の言うことは正しい。

 あまりにも俺たちに残された材料が少ないのだ。

 結局、なぜアルファや白服の魔法士が突然味方になったのか、そもそも彼らが何者なのかさっぱりわからない。


 何というか、間違って大作の演劇の中に紛れ込んでしまって仕方ないのでアドリブで演じさせられたみたいな疎外感を感じる。


 それにしても黒髪のキザったらしい野郎か・・・


 そう言われると俺の中に一人の人物が浮かび上がってくる。


「その人って、”カシウス”みたいな感じ?」

『!?』


 いかん、突然モニカが俺が思っていた事を喋ったので驚いてしまった。

 そしてさらに驚いたのはそれに対するルシエラの反応。


「ああ、それ! 何に似てるかと思ったら、それだわ!」


 え!? 似てるの。


 俺は慌てて完全記憶の本棚から、目的の絵本を引っ張り出す。


”マルクスの冒険 中編” と書かれたその本の表紙には黒髪のクールな青年が描かれていた。


 なるほど、そいつはこれに似てるのか。


 やはりカシウスの関係者だからかな?

 いや、こんな見た目のやつ探せばいくらでもいるか・・・


「へえ、会ってみたいな・・・」

『俺は会いたくないな、それにどうせ正体はあの白服の魔法士だろうし』

「あ、ロンが正体は”白服の魔法士”だろうから会いたくないって」


「私もそれに賛成」

「ルシエラも?」

「ああいう裏でコソコソしてる手合と関わっても、きっと碌な事にならないわ」


 ルシエラが悍ましいものを思い出すかのような嫌そうな表情を作る。


『まあ、そうだな、どうせこっちからは何もできないけれど、せめて出会わないように祈るくらいはしておこうぜ』

「うーん、そうだね」


 モニカが俺とルシエラに同時に返事を返す。


「ところでアラン先生が出迎えたんだって?」


 すると話題の切れ目を察知したルシエラが、話題の中心を”影の男”から強引に外した。


「うん、あの人、精霊だよね?」

「よく知ってるわね、そう名乗ったの?」


「ううん、でも、前にも精霊は見たことがあったから」

「へえ、アラン先生は特別だけど、普通の精霊は見るのには結構苦労するのに」

「私もロンが起きるまでは見えなかった」


「ああ、なるほど」

『なるほどというからには、俺がいれば見える理由でも知ってるのか?』

「ロンがいれば見える理由でも知ってるのか? だって」


 するとルシエラが大きな人参にスプーンを突き刺して少し悩みはじめた。


「うーん、ハッキリとはしないけど・・・ロンがいる事で魔力の感知が容易になったとか、精霊って、ほら、魔力の塊みたいなもんだし」

「ふーん、なるほどねー」


 つまり魔力の塊だから魔力の検知が得意な俺が交じることで可能になったと・・・

 以前全く見えなかった事の説明には少し弱い気もするが、たしかに今はそう説明する他ないだろう。


『そういや、アラン先生と一緒にいた鹿は何なんだ?』

「そういえばすごい綺麗な鹿も一緒だったね」


「鹿? 待って・・・それって・・・・もしかして体が金色で、宝石みたいな角の?」

「うん、まさに」

『知ってるのか?』


「あ・・・それガブリエラだわ」

「『えっ!?』」

 

 あれが噂の王女様!?

 あの鹿が!?


「まあ正確にはあいつの”使い魔”だけどね、よく魂入れてその辺を適当にふらつくのがあいつの趣味らしいわ・・・」

「使い魔って動物とかと契約する奴だよね? 魔力を持ってたらいいんだっけ?」

「そう、厳密には違うけど私とユリウスの関係みたいな感じ」


 なるほど、ルシエラとユリウスの関係か。


「それが”鹿”?」

「変でしょ?」

「・・・ええっと、ちょっとね」


 モニカが苦笑いしながら頷く、ただ別に変だとは思わないが、ルシエラにどことなく有無を言わせぬ感じがあるのでしかたなく頷いてる感じだ。


 やはりルシエラはガブリエラの事になると少々融通の幅が狭まっていると感じる。


 戦闘の終了に関しても”ガブリエラが来た”の一言で終わらせてしまったので、俺達からしたらどこの機械仕掛けの神様デウスエクスマキナだよって話だ。


 それと、どういうわけかルシエラ自身の戦闘の描写が曖昧だ。


 それでも広場での戦いはそれなりに話してくれたのだが、俺達がヴェレスの街を去ったあとの戦いについては殆ど教えてくれない。

 なんでここまで消耗してしまったのか気になるところだが、”魔法の代償”としか分からなかった。


「で、何か分かった?」


 モニカが俺に聞いてきた。


『うーん、ただ、明らかに俺達のスキルの隠蔽とは別の、謎の争いが起こっていて、少なくともそれに関連する両陣営に俺たちがバレている・・・くらいか?』

「それって、何も分かってないってことだよね」

『まあ、そうとも言うな』


 まあ、ここに”カシウスとの繋がり”を放り込むと、薄っすらと何か得体の知れない物の影みたいな物が見えてくるが、カシウスとの繋がりはモニカの前では絶対に言えない。


 まあそれに、カシウスとの繋がりを勘定に入れても、はっきりすることの量はあんまり変わらないんだけどね。

 


 そんなわけで結局俺達はこの夕食での話し合いでは殆ど何の確信も得られないまま、ただ茹で過ぎの野菜たちのようなフワッとした印象を持つだけだった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 その日の夜。



 他の患者たちが寝静まり、横のベッドからはルシエラの気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。



 

 うん、


 寝れねー。


 今はもう午前0時を過ぎて日付は変わったくらいの時間だが、様々な興奮が渦巻くせいか、目を閉じていてもモニカがまだ寝ていない証拠としていろいろな感情が活発に飛んでくる。


「・・・・ねれないねー」


 そしてモニカがついにそのことに音を上げた。


『早く寝ろよ、明日ってか、もう今日だけど試験があるんだ、今の内にしっかりと休んでおかないと』

「でも・・・目を瞑っても、ぜんぜん寝れないよ」


『眠いのは眠いはずなんだけどなぁ』

「うーん」


 感覚としては睡眠欲のようなものは結構あるし全体的に疲労感もあるが、やはりそれでも”これまで”の事と、”これから”の事を考えるとどうしても眠気に勝る不安があった。


 あ、そうか。


 ふと、”それ”に気づいた俺が完全記憶の本棚から寝物語に使えそうな絵本を漁る。

 

「モニカ、ル・クルー物語と、ガルバ物語どっちがいい?」


 そして俺は、あえてその中でも”ピーチタロウ”と”ゴールデンタロウ”級のメジャータイトルをチョイスする。


「どうしたの急に?」

『今日みたいな日は、色々とどうにもならないことを考えてしまうからな、絵本でも読んで頭を空にした方がいい』

「うーん・・・わかった、それじゃル・クルーの方お願い」

『よしきた!』

 

 俺がル・クルー物語集と書かれた絵本をめくる。

 これは南部諸国の短い民話を集めたもので、モニカにとっては最も馴染みの深い物語の一つだ。


 これとガルバ物語を選んだ理由は、どちらもモニカは展開をよく知っているから。

 だから途中で寝落ちしても構わないと思っているし、それでいて好きな話なので興味を持ってくれる。


 今みたいな”非日常”の合間にはちょうどいい。


『砂の国のお話』

「おー」


 俺が絵本の最初の文字を読み上げ、それに対してモニカが歓声を上げる。


 ル・クルー物語の最初を飾るのは、砂の国に幽閉された王女様のお話だ。


『真っ赤に焼けた砂の大地を、ニコラという砂の国の王女が歩いていた・・・』



 俺が絵本を読み上げ、モニカがそれを聞く。


 すると不思議な事に、頭の中には絵本を読み上げる俺の声が鳴っているのにもかかわらず、不思議なくらい静かな時間が流れた。


 そしてそうやって過ごしているとモニカの体がようやく眠気に気づいたのか、ル・クルー物語の3つ目の物語を読んでいる時に、フッと体から力が抜ける感覚が。


 俺はそこで話を一旦止めてモニカの様子を窺う。


『・・・寝たか?』


 しばらくしてから発したその問いかけに返事は無かった。


 よし寝たな。


 バイタルも安定しているし、朝まで起きることはないだろう。


 

 さて、それじゃ俺は”明日の準備”でもしますか、といっても、もう時刻的には”今日”なのだが。


 俺は筆記テストに備えて、ルシエラの授業で習った項目を整理することにした。

 



※※※※※※※※※※※※※※



 翌朝


 といっても、この病室の中に窓の様な物が無いので看護師の人に起こされた時だけど、一応俺の持ってる時計的には朝だ。


 その起こしてくれた看護師が俺達の荷物を持ってきてくれた。

 

 持ってきたのは俺達が着ていた服と、ロメオの背中の荷物だ。


 ただ服に袖を通すと、洗ってあることが分かった。

 質感もいいし半日もないのに乾いているので、アクリラの病院の洗濯のレベルの高さが伺える。

 

 それと荷物の中でも一際目立つのがロメオに鎧代わりに着せていたフロウだが、まだ魔力が残っているのか形を保ったままだ。


 俺はそれをさっと転送可能な大きさの四角にまとめ整理し一部を服の下に纏う。


 そして同時にモニカが棒状に戻っていた”高精度フロウ”を手に取り、その感触を確かめる。


 しかしあらためて手に持つと随分と短くなってしまったものだと痛感するな。

 長い方はヴェレスの街に放置されたままだがどうしようか?


 そのうち取りに行きたいが、落とし物センターがあるわけでもないし、もう戻ってこない可能性のほうが高いだろう。


 とにかく今の手持ちはこの短い方と、いくつかある”低精度フロウ”のみだ。

 少なくとも暫くは、これでどうにか乗り切らなくてはならない。


「あ、そうだ、ルシエラに荷物返してもらわないと」


 モニカが思い出したように隣のベッドを振り返る。


 だがそこには看護師の起床の催促を頑として撥ね付けるルシエラの姿が。


 それに対してモニカが苦笑いを浮かべる。


 旅の間、ルシエラの寝起きの極悪さは身に染みて知っていたが、ここまで頑なな状態の時に起こすことには成功していない。


 看護師の人も、物凄く揺さぶっても呼吸一つ乱していないのを見て、健康的に問題がないかを軽く確認したあと諦めたように立ち去ってしまった。


『これはルシエラに預けてる荷物は今日は諦めるしかないな』

「ははは・・・」





 病室で軽めの朝食を取ったあと、”試験官”の到着の知らせを受けた俺達は、病室を後にして廊下へと出てきていた。


 そして結局俺達が病室を出るまでの間、ルシエラは爆睡したままで起きることはなかった。


 看護師の後に続いて病院の廊下を進んでいく。


 階段のところに9と書かれていたので病室は9階にあったことがわかった。

 そう考えると結構高層の病院だな。


 少なくともそれほど高層化が進んでいないアクリラの街の中ではかなり大きい部類になるのではないか?


 そして俺達はその階段を4階まで降り、そのまま4階の廊下を進んでく。

 見た感じ、このフロアは特殊な部屋が多いようで人の数は少なく、部屋も大きいのか扉と扉の間隔が非常に広い。


 だがモニカが段々と何かを察したように緊張を増していく。

 どうやら”試験”が近づくに連れて、その緊張感が本格的に芽を出し始めたようだ。


「この中で、待ってますよ」


 すると看護師の人がその中の一室の扉を開けて、手で中へと誘導する。


「は、ひゃい! ・・・うぐ」


 緊張のあまり返事を思わず噛んでしまったモニカが呻く。

 そしてその様子をみて、看護師の人がニコニコと微笑む。


 それを見たモニカの顔が、一瞬だけ恥ずかしさで顔を赤らめるが、すぐに緊張の青に塗りつぶされ、そのままモニカが完全にコチコチに固まってしまったようだ。

 

 ここまで緊張したのはシリバ村のとき以来か?


 初めての”受験”を前にしてモニカが完全に機能を停止して止まってしまっていた。


『モニカ、入るんだぞ?』 

「え!? あ、ごめんなさい!」


 どうやら自分が扉の前で固まってしまった事に気づいたモニカが看護師の人に軽く謝り、慌てて部屋の中へと飛び込んでいく。



 案内された部屋は会議室のような作りになっていた。

 真ん中に大きな机があり、その周りを椅子がぐるりと取り囲んでいる。


 ちょっとヴェレスで俺たちが潰した穀物商会の会議室を思い出して軽く申し訳ない気持ちになるな。


 だが次の瞬間、その大机に座る面々に気がついて、モニカだけでなく俺まで緊張の波に飲まれてしまう。


「おはようございます、モニカさん、直接会うのは初めてですよね?」

「えっと・・・は、はじめまして・・・」


 部屋の中央の大机は大きく、”こちら側”と”あちら側”に分かれていて、”こちら側”には椅子は一つだけしかなく、”あちら側”には7人座っている。


 そしてその真ん中に座る高齢の女性が、俺達に声をかけてきて、モニカがそれに答えた。

 それにしても”会うのは初めて”でこの声って。


「もしかして”校長”?」


 モニカもその正体に思い至る。

 するとその女性が満足そうに頷いた。


「ええ、そうですよ、私がこのアクリラの統括管理人、通称”校長先生”のステファニー・グレンテスです」


 なるほど、この老婆がピスキアで通信で話した”校長”か。

 なんか思っていたよりも実物は老けてるな。


 それに目の下には大きなクマができている。

 もしかして寝不足なのか?


「それじゃ、今日の予定と”試験”の説明を行うので、そこに座ってくださいな」


 校長はそう言って、一脚だけある”こちら側”の椅子を手で指し示した。


「あ・・・はい・・・」


 モニカが頷いて少し硬い動きで指示通りに椅子へと座る。


 視界の正面に7人の姿がすべて入り込む。

 彼らが”試験官”だろうか?


 こうして一人で片側に座っていると、凄まじい圧迫感を感じるな。

 正直少し胃が痛い。


 俺がモニカの胃に対して直接、胃液の分泌量の調整の指示を飛ばす。

 気休めだが最近はこういったこともそれなりに出来るようになっていた。


 7人の”試験官”の内、知った顔は校長を含めるなら3人。


 校長のすぐ右隣りに座る真っ白な精霊であるアラン先生と左端に座る、昨日予定を伝えてくれた大きな蛇の人だ。


 後の4人は人型が2人に非人型が2人。

 中でも特徴的なのは体長50cmほどの大きさの服を着たスズメバチみたいな人か。


 あとは、なんとも言えない熊みたいな人と、人型2人は片方が”見た感じ”普通の若い女性と、狐耳みたいなのがあるダンディな男性といった陣容だ。


 蜘蛛はいないので、ピスキアで話したスリード先生はいないのかな。


「それでは、モニカ・シリバさん」

「はい・・・」


 椅子に座ってからモニカが少し落ち着いたのを見計らってから校長が”今日の本題”を切り出した。


「これからあなたの”編入審査”を開始します」


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