1-11【新しい朝 7:~最初の授業~】



 俺とモニカを別々に試験を受けさせる。


 ルシエラのその言葉が俺の頭の中に何度も木霊する。

 

 それは俺の安易な想定を吹き飛ばして余りあるものだった。

 

「え!? どういうこと!?」


 モニカが慌ててルシエラに詳細を問いただす。

 その声は少し震えていた。

 無理もない、これまで俺たちは”2人でなら”大抵の苦難は乗り越えていけると考えてきたのだ。

 そんなところに、1人で乗り越えなければいけないと言われれば、腰も引けてしまうというものだ。


「どちらにも独立した意思があると判断されたみたい・・・だから一部の試験はその趣旨から別々に受けさせるんですって」

「その範囲は?」

「分からない、一部と書いているけれどほぼ全てかもしれないし、1問くらいかもしれない」


「だ、大丈夫?」


 薄っすらと冷や汗をかきながらモニカが縋るようにルシエラに問う。

 一方のルシエラは難しい顔でこちらを見返してきた。


「昨日見た感じだと、モニカに関しては実技はそれでもなんとかなると思うわ、合格点には持っていけると思う、問題は筆記の方ね、単純な丸暗記にしても実際にモニカに覚えてもらう必要がある、だけど・・・」

「だけど?」


 ルシエラの言葉は何か奥歯に物が挟まったかのようだった。


「問題はロンの方よ」


「ロンの方?」


 モニカが怪訝な顔になる。

 俺に問題があるとは思ってないって顔だ。

 だが残念ながら俺は問題だらけと言っていい。


「なるほどな、俺は発動は苦手だからな」

「あ、そうか・・・」

「昨日見た限りだとそういうきらいがあったわね」


 そう、俺は魔法の発動は苦手である。

 それは本格的にフランチェスカの力が使えるようになってからも変わってはいない。


 発動された魔法を調整するのは大得意だが、最初の意思決定はモニカにやってもらっているのだ。

 ただ最近は、モニカとの思念を利用したほぼ無意識の連携によって俺も不自由なく魔法やスキルが使える形になっているが、それでもシステム的にはモニカの意思を使っている形になっている。


 それともう一つ、完全にスキルだけの動作であれば俺でも発動可能だが、砲撃系や飛行などスキル化されてはいるが内部処理で魔法も使っているスキルに関しても、最初だけはモニカにやってもらっていた。


「これまではそれで問題なかったわけだが、俺にそれが求められる可能性がある以上、出来るようになった方がいいだろうな」

「もちろん、ロンに関しては特殊な事例だし、できなくても問題ないとも考えられるけど・・・」


「けど?」

「私が知っているウルスラは問題なく魔法を発動出来ていたから、出来る気がするのだけれどね、ただ、どうやって教えていいものか・・・」


 ”ウルスラは出来る”


 ルシエラのその一言が、俺の中の何かに火をつけた。


「やろう」

「ロン?」


 突然声色が変わった俺に対して、モニカが不審げに問いかける。

 きっとモニカも俺から流れてくる感情を察知して驚いているのだろう。


 ああ、そうだ、俺の心は燃えていた。


 今までは俺とモニカがお互いを支え合っているという認識でいたが、よくよく考えてみれば俺自身がモニカの存在に甘えていた部分もあるのだ。


 しかも魔法の発動自体は、可能か不可能かでいえば可能だ。

 ただ、それを行うだけの経験が圧倒的に不足しているだけなのだ。


 だがそこでウルスラならば問題なく発動できると言われれば深刻だ。


 ウルスラの管理スキルがどのような構造を取っているかはまだはっきりとしないが、モニカにとっての”ウルスラ”に当たる存在は俺である”ロン”ではない。

 あくまでも俺はモニカの持つ王位スキル”フランチェスカ”の一部でしかないのだ。


 つまりこの場合俺が出来ないとなれば、”フランチェスカ”が”ウルスラ”に対して、機能として明確に劣るということになってしまう。

 少なくとも相手はそう取るだろう。


”ウルスラの劣化版” と。


 俺はそれがなぜか無性に悔しかった。


 これがもし仮に俺だけの不出来で済むならばここまで悔しくはないだろうが、フランチェスカとなれば話は別だ。

 俺にとってフランチェスカは自分の拠り所であり、率いている”組”である。


 なぜだか分からないが、とりあえずそれの威信が傷つけられる事態は看過できなかったのだ。


”やっちまいましょうぜ! 親分!!”

”このままじゃ、天下のフランチェスカ組の名折れになっちまう!”


 俺の中の脳内オジキ共が俺に対してヤクザ映画みたいなノリで焚き付けるように話しかけてくる。


 いや別に、彼らは俺の空想の産物で、そのセリフも俺の管理下のスキルたちの代弁というわけではないのだが、俺はどうもそれのお陰で心のなかの炎が強くなる気がした。

 

「やる気みたいね、良かった」


 俺のテンションの変化に気がついたルシエラがそう言う。

 

「当たり前だろう、早く何か教えてくれ」


 それに対して俺は即答する。

 もちろん、人間である彼女に聞くのはお門違いかもしれないが、何かの参考になるだろうしモニカの方は今それを求めていた。


「・・・大丈夫かな?」


 モニカが心配そうな声を出す。

 どうやら一人で試験を突破する自信が持てないようだ。


「モニカに関しては大丈夫よ、初等部の子はみんな出来ていることだもの、それだけ魔力があればなんとかなるわ、大抵の場合一番問題になるのはそこだし」


 ルシエラが落ち着けるようにモニカの頭を軽く撫でる。


『大丈夫だモニカ』


 これはモニカにだけ言いたいことなので、スピーカーからは流さない。

 すると予想通りモニカから不安な感情が流れ込んでくる。

 だがそんなものは、一考にも値しない。


『モニカは俺に頼っていると思っているようだが、俺が目覚めるまでの間一人で生きていたのは誰だ?』


 そう、誰がなんと言おうが、”父親面したあの男” が死んでから俺が目覚めるまでの約三年間、モニカは少なくとも一人で狩りをして野菜を取りに行っていたのだ。


『あの世界で生き抜いてきたんだ、試験なんて大した脅威でも何でもない』


 俺は確信を持ってそう言い切った。


「それにルシエラは、俺達が余裕を持って合格できるようになるまで教えてくれるんだろ?」


 あの校長との会話を信じるならばそうであるはずだ。

 そしてそれを裏付けるかのように、ルシエラの顔に苦笑が浮かぶ。


「まあ、そういうことになっているしね・・・・それじゃ、今度こそ始めましょうか」

「ああ」

「うん」


 こうしてルシエラ先生の最初の授業が幕を開けた。





 服を着替えたルシエラと意外としっかりとした朝食を取ったあと、俺達はテントから少し離れた所で座っていた。

 これから本格的にルシエラによる授業が始まるのだ。


 テントの横では、ロメオが何事かと興味深そうな目でこちらを見ていた。


 そういえば首の下辺りに、軽く咀嚼したような跡がついた草が落ちているが、ここの草はロメオのお気に召さなかったのだろうか?

 そういえば妙に動物の姿が見えないが、これと関係するのだろうか?


 おっと、いけない。


 今は集中しなければいけない時だった。


 草原に胡座をかいて座るモニカの目の前には、真面目な顔をしたルシエラが立っていた。

 彼女も一応学生のはずだが、背が高くスタイルが良いせいか、真面目な顔でこちらを向くだけで女教師のようにも見えてしまうから不思議だ。

 ちょっと憧れるなぁ・・・ って感じるのはモニカの感情だろうか?


「モニカも、ロンも課題は違うけれど、その根っこは一緒よ」


 教師役のルシエラが喋り始めた。


「どちらも、魔力に対する認識不足が原因だわ」


「と、いうことは、まずは基礎的な魔力について教えてくれるのか?」

「そうなるわね、だからこれは二人共に共通する話よ」

「俺とモニカでは課題は異なるんだろう?」


「必要な知識は一緒よ、それにこれはある意味で一番の基礎だから、まずは確認よ、モニカ、魔力ってなんだと思う?」

「魔力? なんか、こう・・・湧いてくる感じの・・・」


「じゃあ、ロンはどういう認識?」

「んー・・・なんか気がついたら溜まってる感じの・・・水みたいな感覚だけど水じゃないよな・・・・」


 改めて何かと聞かれるとハッキリとは認識しづらいものだな、エネルギーの一種であることは間違いないが、じゃあ、何なんだと聞かれても漠然としすぎて判然としない。


「今まで意識して使ったことがなかったからな、その辺は本なんかでも結構曖昧だったし、不便に感じたこともなかったからな、強いていうなら・・・”電気” ?」

「”デンキ”?」


 おっと、変換されなかった。

 そういえば電気に相当するものをまだ見ていないな。


「あ、忘れてくれ、なんか似たような物の知識があるだけだ」

「似たようなものね・・・そのデンキってのはどういうものなの?」


「触ったらビリビリする・・・で、いろんなもののエネルギーになる・・・あとエネルギーを伝えるのが容易い?」


 俺が知識の中の電気について知っていることをとりあえず挙げていく、ただ、実際どう使うかに関しては知らないし、詳しいことも知らなかった。


「魔力は普通の状態ならビリビリはしないけど、確かにそれは似ているわね・・・」


 俺の話を聞いたルシエラが素直な感想を述べる。


「だが、ここまで自由に使えないし、電気に比べると魔力は圧倒的にコントロールしやすい、それに電気には物理的な特性はない、魔力にはあるだろう?」

「うーんと、正確には魔力にも物理的な特性はないんだけれど、これは学校入ってからやる話だし今はいいわ」


 あれ、魔力って物理的特性無いの? 魔力砲弾とか明らかに物を押したり押されたりしている気がするのだが・・・・


「魔力は物質でもエネルギーの動きでもないわ、この世界のかなり根幹を占める高次的な”力”の一種よ」

「高次的な”力”?」

「こうじ・・・テキ?」


 突然飛び出した難しい単語にモニカの眉間に皺が寄る。


「そもそも高次的ってなんだよ?」

「物質の基本的な原則や、力の流れ、目に見えるすべての現象は、この世界の根幹をなす幾つかの”力”が複雑に絡み合って見せている結果にすぎないって考え方があるの、だけど魔力はそれらと違って根源を成す”力”そのものが目に見えているといわれているわ、だから原則や考え方が少し異なるの」


「うーん・・・なるほど・・・わからん」

「ロンがわからないんじゃ・・・私も」


「安心して、わたしも分かってないから」

「・・は!?」

「・・え!?」


 分かってないってどういうことだよ!? じゃあ今の説明は何なんだ!?


「こんなこと本当に理解している人がいるわけないじゃないの、だいたいこんなもんで皆覚えているのよ、だけど重要なのは魔力っていうのは、腕を動かすのとは根本的に違うところにある行為なの、それだけは絶対に覚えていないといけないことよ、じゃないと変な癖がついたりして大変なんだから」


 そんなことを言うルシエラの表情も、どこか奥歯に物が挟まったようなもどかしさがあった。

 実際これを理解するには恐ろしく難しいのだろうし、その説明を聞いている時間もないだろう。


「腕を動かすのとは根本的に違う・・・」


 モニカが何かを確認するようにそう呟きながら腕を動かす。

 そうやって気がついたが、確かに感覚としては別物かもしれない気がする・・・・


「まあ魔力の動かし方は基本的に問題なさそうだし一旦置いておいて、それじゃ魔力の変質って何だと思う?」

「はちょう? を変えるんだよね?」 

「じゃあ、その波長を変えるとどうなる?」


「熱くなったり、冷たくなったり・・・・」

「カスター軸変質の第一原則ね、基本的には今回覚えてもらうのはそこからは出ないわ、後は中等部のでやる領域だから」

「質問だが、カスター軸は熱だけが変わるのか?」


「カスター軸に関してはそうね、ただしその組み合わせだけでもかなりのことが出来るのよ」

「簡単なのは出来ると思うけれど・・・」


 そう言ってモニカが手の平の上に小さな魔法陣を作ってその上に炎を作り出す。

 以前ラウラに教えてもらった”魔力の灯火”だ


「ちゃんと出来ているじゃない、よく見て、基本的に魔法陣には何をどう変質させるかが書いてあるのよ」


 モニカが怪訝な表情で魔法陣を覗き込む、すると確かに魔法陣の縁に謎の記号が刻まれているような気がしないでもない。


「ええっと、この魔法陣には、魔力の波長を短くするって書いてあるの、だけど変動幅は書いていないわね・・・」

「そんなことが書いてあるの?」

「そう、だからこれをいじってやれば・・・ちょっと見てて」


 そう言ってルシエラが自分の手を差し出してそこに”魔力の灯火”の魔法陣を描き出し、炎を出現させた。

 それは色違いではあったが、モニカの手の上にあるものと寸分違わぬ形をしていた。


 だが次の瞬間、縁に書かれた記号に新たな文字列が追加され、それと同時に噴き出す炎の大きさが4倍近くになった。


「うわぁ・・」

「今新しく変質幅を指定する文字を追加したの、上手くすればこういう風にコントロールすることも出来るのが魔法陣による変質の魅力ね」


「どうやるのかは教えてくれるのか?」

「残念だけど、それは今回の試験範囲からは外れるわ」


「なーんだ・・、でもだったらなんでそれを今教えるの?」

「そういえばそうだな、何か試験範囲に関係するのか?」


 俺達がその疑問をルシエラにぶつける。


「もちろん、これからあなた達には、この魔方陣に書かれている内容を読めるようになってもらいます」

「読む?」

「それが試験範囲?」


「魔法陣の内容の理解は、初等部の範囲よ、一般には出回っていないことだから、そこまで比重は占めないでしょうけど、今後のことを考えるのならば、今のうちに読めるようになっておくのがいいわ」


 そう言ってルシエラは収納に使っていた魔法陣からやたら使い古された一冊の本を取り出した。


「これは私が使ってたやつだけど、基礎的な記号とその意味が書いてあるわ、ロンはとりあえずこの表を暗記してもらって、モニカにはこっち」


 そういって更に魔法陣の中から何冊かの本と紙とペンを取り出した。

 タイトルなどから想像するに、それは物語形式で読み進められる魔法陣の記号の本だった。

 紙とペンはおそらく書いて覚えろということなのだろう。


「まあ、これも後にしておいて、最後に一番重要なことをやってもらうわ」


 ルシエラがそう言って意味ありげな表情を作ると、魔法陣の中から謎の振り子のような物がついた天秤のような物体を取り出した。


「ルシエラ、それは何だ?」

「これ? これであなた達の魔力傾向を正確に測定するの」


「黒だろ?」


 モニカの目の色は驚くほど真っ黒だし、魔力の色も黒い。

 それは今更、聞くまでもない。


「それは見かけの色、これはもっと厳密に測定するためのものよ」

「何のために使うんだ?」


「正確に変質を使いこなすには自分の魔力傾向を正確に知ることが必要なの、それに出題範囲だってそれで変わるわ、完全に出来ないことは求められないから」


 なるほど、出題範囲が変わるとなれば知っておく必要があるな、それに漠然と”黒”というよりもどの程度黒いのかも重要だというのも理解できる。 


「それともう一つ、変質の説明にこの器具を使うと説明しやすいの」

「だったら必要だな」


 俺とモニカが納得して、俺達の魔力の正確な測定をすることになった。


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