1-7【調律師を訪ねて 3:~カラ地区~】



「ジグリス・ガルフの尻尾、34頭分・・・・諸経費を差し引いて・・・730セリス・・・っと、すげえ量だな」


 クマのように巨大で毛むくじゃらなおっさんが、器用に小さなペンで彼にしてみれば小さな紙にそれを書き込みながらそう言った。

 それにしても大きな手だ。

 クマのようなと言ったが、ひょっとすると本当に熊の獣人とかではなかろうか?

 少なくともそう言われたら俺は信じる。


 あ、耳は普通なのか。


「ほい、できたぞお嬢さん、何処に持っていくかはわかるか?」

「川の向こうの一番大きな建物だよね?」


 モニカが確認を兼ねてそう答える。

 ここは、カラ地区の風光明媚な街並みとは川一本離れた場所にある冒険者協会の分署的なところで倉庫を兼ねた広場の様な所になっていた。


 ここではお金のやり取りはしないものの、討伐したり採取したりした動物の死体は全部ここで扱うとのことで、高級リゾート地であるカラ地区に血生臭い物を持ち込まないようになっているらしい。

 簡単な解体設備があるので、野生動物を仕留めた後ここで処理することも出来るようだ。

 

 そして、川のこちら側で討伐依頼の鑑定検証を行った後、橋を渡った先にあるカラ地区の中心部にある方の協会の建物で精算するシステムだ。


 今回は尻尾だけでの確認なので満額から少し検証費用が差し引かれているが、あくまでついでなので気にはしない。

 むしろたったこれだけのことで本の代金が帰ってきたのでちょっと儲けた気分ですらある。


「それにしても、この量のジグリスが出るなんて、やっぱり遠征の影響かな」


 大きな台の上に尻尾を並べながら、大男がそんな感想を漏らす。


「ものすごい量の、大きな鹿みたいなのを追っかけてたよ、あと人間も」

「そりゃ、エルクロスの群れだな、人間の方に被害は出てたか?」

「誰も死ななかったよ、わたしが知ってる範囲だけど・・・・」

「それならいいが、注意喚起は必要だろうな、他から流れてきてるかもしれねえし、ここは山も近い」


 大男が俺達の後ろに広がる山脈を睨みながら、面倒くさげにそう言った。





 ロメオの背に乗りながら馬車が一台通れるくらいの大きさの橋を渡り、カラ地区の中心部に入っていくと、すぐに落ち着いた雰囲気の旅館が立ち並んでいる地域に入る。


 さすが高級温泉街とあってか、どの旅館も間口が広く建物も立派でありながら落ち着いた佇まいでいる。

 門の前には貴族や金持ち用と思われる高級な馬車がいくつも止まっており、通りを歩く人の姿も身なりが良い。


 この辺の宿は一泊が最低でも200セリスを越えるような宿が主流で、もう少し地区の外れに行けば一般人などが泊まる用の安宿があるが、それでも50セリスはするとのことで、気軽に泊まるにはかなり抵抗があった。


 それでも一応、それなりの地区ということで冒険者協会の分署的な物が置かれているので寄らせてもらったのだが、ピスキア市内にあった建物からは想像もできないほど小さな小屋のような建物で、地区の中心から少し離れた所にあり、存在理由も見た感じ銀行業が9割以上を占めていそうだった。


 まあ、それでも一応討伐依頼の処理はやってくれるので使わさせてもらうが、俺達の他には誰も並んでおらず、すんなりと窓口に到着してしまった。

 

 窓口で対応してくれたのは鷲鼻のが特徴の白髪のお婆さんだった。


「はい、はい、モニカ・シリバさん・・・・730セリスね・・・」


 そしてあっという間に事務処理が完了しお金が出てくる。

 グルドのときとは額が違うこともあるが、街中の時と比べて5倍は早いのではなかろうか?


「それと、場所を教えてほしいところが・・・」

「ん? おや、どこだい?」


 モニカがついでとばかりに尋ねると、窓口のお婆さんが片方の眉を上げながら聞き返した。


「ええと、ここから東の、元スキル調律師のカミルさんを訪ねたいんですが・・・」

「カミルさん? んー カミル、カミル・・・カマラン地区のカミルさんは板金屋さんだし・・・・」


 お婆さんが必死に何かを思い出そうという表情をする。


「東って言った?」

「言った」


「それじゃ、私じゃわからないわね、ちょっとまってね・・・・バルトロさん!!!」


 お婆さんが後ろを向いて大声を上げる。

 すると、窓口の向こうの方で立派な口ひげを生やした男性職員が顔を上げてこちらを見た。


「元スキル調律師のカミルさんって、知ってますかー!!?」


 お婆さんのその問いに何かピンと来たのか、バルトロと呼ばれた男性職員は直ぐに近くの書類を手に取りこちらに駆け寄ってきた。


「ええっと、カミルさんだよね?」

「は、はい・・」


 バルトロがモニカの返事を聞くと窓口の机に手に持っていた紙を広げる。

 それは、ピスキアのスキル調整所でティモに見せてもらったものよりも遥かに精密なこの周囲の地図だった。

 そしてそれとは別にバルトロがまっさらな紙を取り出して、そこにペンで簡単な道筋を書きこんでいく、どうやら俺達のために簡単な案内図を書いてくれるらしい。

 俺の視覚記録があるので詳細地図をちら見すれば事足りるのだが、黙って善意は頂いておこう。


 そしてバルトロが詳細地図のある一点を指差す。


「カミルさんの住んでいるところは、ここ、それで今君がいるのがここ、それで目の前の坂を川まで下ったところで右に曲がり、そこからここまでは道なりに進んで、ここの角に”52”って書いた杭が打ってあるからそこを左に曲がってくれ・・・」


 そう言ってバルトロが道筋だけ書いた紙に、杭の絵を描き込んだ。

 見た感じただの棒状の杭に横向きに”52”と書いてあるようだ。

 これならば、どんな形の杭か迷わずに済むな。

 そしてバルトロの変に手慣れた案内はなおも続く。


「その先の3つめの交差点を右に曲がるんだが、一個一個の交差点の間の距離が長いから気をつけてくれ、そこを曲がると後は最初の左側に曲がれる所を曲がって真っ直ぐに行けば、そこがカミルさんの住んでいるところだよ」


 バルトロが地図の上の目的地に丸を付け、その紙をこちらに差し出す。

 そしてそれを受け取ったモニカがその地図をじっと見つめた。

 

「・・・おぼえた?」

『ばっちり』


 詳細地図と今の説明の映像データが有るので迷う気はしない。

 あとは俺のナビ性能を見せてやるまでのことだ。



「もし、わからないところがあったらその辺の農家の人に聞いてみるといいよ、カミルさんは結構有名だからね、それともう遅いから今日はカラに泊まっていきなさい、カミルさんの住んでいるあたりには何もないからね、ちょっと高いけど端の方に行けばそれなりに安い所もあるから」

「はい、ありがとうございました、案内分かりやすかったです」


 モニカがバルトロとお婆さんに感謝の言葉を述べる。

 

「なあに、今朝もカミルさんの場所を聞いてくる人がいたからね、二度目だから慣れたもんさ」

「今朝も?」


 モニカがふと出立の準備を止めて聞き返す。


「ああ、何年かに一度訪ねてくる人はいたけれど、一日で2回続けてなんて初めてだよ」


 どうやら先客がいるらしい。

 カミルさんに用があるということはそれなりに強力なスキルでも持っているのだろうか?

 となると、それをコピーできれば相当な戦力アップに繋がるな。

 あまり高度なものだと起動条件に引っかかってしまうが、成長すればそのうち使えるようになるだろうし見て損はない。


 俺は、心の中で模倣するために、なんとかそのスキルを見る機会はないのものかと、皮算用を始めた。 


「それってどんな人?」

「若い人だったよ、中央の御役人さんで、”エリート”バッジを付けてたんでびっくりしたもんだ」


「えりーと・・・バッジ?」

「おや、知らないのかい? ものすごく強い魔法士を国が認定してるんだ、まあこの辺ではピスキア警備隊長のウバルトさんくらいしか、いつもはいないから知らないのも仕方ないか」


 エリートバッジね・・・

 ここの言葉を近い意味の単語で訳しているのでニュアンスは微妙に異なるのもあって一体どれほど強いのかは分からないが、それでもエリートと言うからには相当優秀なのだろう。

 それにこの辺りにはピスキアの警備隊長くらいしか該当者がいないとなると、少なくともこの前見かけた巨大火柱級の事が出来ても不思議ではない。


『モニカ、そのウバルト隊長とやらが討伐遠征に出ているのか聞いてくれないか?』

「ウバルトさんって、今の討伐遠征には出てるの?」

「いや、出てないはずだよ、なにせ警備隊長だからピスキアの街から滅多なことじゃ出てこないよ」


 どうやら、あの中にはいなかったらしい。

 となると”あれ”以上の可能性もあるのか、そして一応それと同格という俺達の先客。

 恐くもあるがやっぱり一度見ておきたいという気持ちもある。 


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