1-6【北の大都会 2:~入区審査~】
「ようこそ! ピスキア行政区へ!」
いったい何を間違えたらその図体でそんな声になるんだろうか?
俺達の頭の上に浮かぶ巨大な物体・・・・いや、巨大な機械からその声は発せられていた。
本体の形はおそらく円盤状で、闇夜に紛れるかの様に真っ黒。
まるでUFOだ。
いったいどれくらい大きいのだろうか?
ここからでは視界の端までその巨体で塞がってしまって、よく分からない。
表面は全体的にはツルンとした印象だが、所々、幾何学的な模様が刻まれている。
俺はモニカの家にあった本からその模様がゴーレム機械の特徴であることに気がついていた。
この円盤自体はゴーレムでも何でもないただの空飛ぶ機械なのだが、その制御にゴーレムを使用しているのだ。
もはや
なるほど、こうして実例を見ると魔法的に作られたコンピュータという印象が余計強くなる。
その巨大な機械の中心部から、ロープのような物で人間くらいの大きさの機械が吊るされており、そしてその先端に黄色い目玉のようなものが付いていた。
その機械の目玉がこちらをじろりと睨んでいる。
その光景は見るものに有無を言わせぬ不気味さと迫力がある。
空を覆い尽くす巨大な円盤と、その下で尻餅をつき機械を見上げる少女。
このまま、この円盤に”キャトルミューティレーション”されてしまってもおかしくない光景だ。
「ピスキア行政区のリストにあなたの情報がありません。まず、あなたのお名前を教えて下さい」
だが円盤から掛けられたのはそんな言葉。
「・・・・」
『モニカ!名前だ!』
「あ・・っと、モニカ・・・」
こういうときこそ俺がしっかりしないと。
話しかけられた内容から察するに、これはあれだ、入国審査的なやつだ。
どうやら、この巨大な機械が行政区に入ってくる人間を審査しているようだ。
となると、街の入口とかで列ばされたりはしないのだろうか?
「”モニカ”ですね、記録を作成しました! それでは今回はどのような目的で、ピスキア行政区へ来られたのですか?」
「え・・・っと」
『と、とりあえずこういう時は”観光です”って言っとけ!』
こういうのは観光以外と答えると、ややこしい質問やら何やらでとんでもなく時間を取られるおそれがある。
「か、観光です・・・」
「観光ですか!!!」
「ひぃぃ・・・!?」
『うるせえぇ・・・』
さっきからこの機械、明らかに音量の設定を間違えているぞ。
そのうち鼓膜から血が出るのではないかと思うほどだ。
「では、そこのパンテシアの背中に積まれている毛皮は?」
あ・・・・しまった。
ロメオの背中に積んである毛皮は、どう見ても自分で使う持ち物という風でもないし、量も多い。
ただ商売しに来たなんて言ったら、ややこしいことに・・・
「あ・・・の、売るために・・・・」
あっと、機械のプレッシャーに耐えかねたモニカが俺の指示を待たず正直に答えてしまった。
大丈夫かこれ?
「では、目的に”行商”を追加しますね」
あ、それでいいんだ・・・・
「記録によると、そのパンテシアは”ポールフィン”という男性の所有となっていますが?」
ポールフィン・・・ポールフィン・・・・
そういえば、テオが前のロメオの前の主人のことを”ポル爺さん”とか呼んでいたな・・・
『ポールフィンは引退したので、貰ったって言え』
「ぽ、ポールフィンは引退したので・・・・」
「権利は正当な方法で移譲されたのですね」
「は、はい・・・」
「それでは、そのパンテシアの持ち主を”モニカ”に変更しておきます」
ありゃ、こいつ、結構ザルだな・・・
こっちは、言っちゃ悪いが出所不明のよくわからん輩なんだし、もっと厳しく突っ込まれるかと思っていたんだが・・・
「それでは諸手続きを行いますので、暫くそこでお待ち下さい」
そう言って、機械の目玉が黙り込んでしまった。
うんともすんとも言わない。
辺りには、上の本体が発するブーンというノイズのようなものが響き渡るだけだ。
そしてそれが無言の圧力となって俺達をその場に縛り付ける。
どうやらこの間に審査的なものが行われているのだろう。
段々と緊張してきた。
別に悪いことはしていない自負があるのだが、こんな
そして、この沈黙に耐えかねたモニカが、機械の本体の様子をもっと見ようと、体をひねる。
こうしてみるとやはり形は円盤だな。
大きさは100mくらいだろうかな?
おそらく、俺の知る限り地球も含めて最も巨大な飛行物体だと思う。
それも、こんな空中でピタリと静止できるとなると相当な技術だ。
すると再び、モニカが目玉に向かって手を伸ばしだした。
『おい、やめとけって! 怒られるぞ!』
その時再び大音量で声が発せられ、その突然の事に俺達の肝は再び縮み上がった。
「必要な手続きはこれで全て完了いたしました!」
まさかの入国審査終了である。
大丈夫か? パスポートもビザも持っていないぞ?
「確認した所、モニカさんはミリエス村より治安維持における功績として、北部に感謝状の交付が申請されています、北部連合代表に代わりまして、感謝申し上げます」
「は、はあ・・・」
突然機械から、まさに機械的に感謝される俺達。
どうやら、ミリエス村の村長がなにか言ってくれていたようだ。
それにしても俺達が着く前に情報が行っていることを見るに、何らかの通信手段があるのかもしれない。
「それではよい滞在を!」
そしてその言葉を最後に、機械の目玉が本体の方へ上がっていった。
見ればどんどんロープが本体の中に消えていく。
どうやら本体へ収納されるようだ。
『ふうぅ、どうやら俺たちは入っても大丈夫らしい』
俺は心から安堵のため息が出る。
どうもこういう入国審査的なものは緊張してしまっていけない。
「ちょっと待って!!!」
驚いたことにモニカが大声で機械の目玉を呼び止める。
だが、機械の方はまるでもう用はないとばかりに完全に無視を決め込んだ。
「待って!! 治して欲しい人が居るの!!」
それでも、機械に向かって必死に声を上げる。
彼女の中ではようやく見つけた、”家族”の同類だ。
だが目玉を完全に収納した機械はそのまま、周囲に轟音を撒き散らして高度を上げる。
どうやら本当にもうここには用はないらしい。
それでもモニカは機械を追いかけようと走り出した。
『モニカ、待て!』
「なんで!?」
『あいつが直してくれるわけじゃない』
そこでモニカがハッとしたように足を止める。
そこでようやく、俺達が求めている者が”ゴーレム技術者”であって”ゴーレム機械”ではないと思い出したようだ。
だがそれでも名残惜しいように、遠ざかる円盤を見つめている。
機械はその大きさからは考えられないほど機敏な動きで、俺達から離れていった。
その動きは本当にUFOじみていて、少し不気味だ。
「ふぅ・・・」
機械の姿が山並みの向こうに消えたことを確認すると、モニカがその場にへたり込んで一息つく。
どうやら、一気に緊張が解けて力が抜けたようだ。
かく言う俺も、それほど余裕がない。
「きゅるる?」
すると、座り込んだモニカを気遣うようにロメオが顔を寄せてきた。
『まったく、お前はすごいな』
「きゅる!」
おそらくロメオはポル爺さんと何度かあの機械を見ているのだろう。
余裕がない俺達を尻目に涼しい顔だ。
『だが、たしかに、腰を抜かすほどびっくりしたな』
「・・・・」
『モニカ?』
「”アレ”作った人がピスキアにいると思う?」
『そりゃあ、街だからなある程度の技術者がいてもおかしくない、問題は別だ』
「問題?」
『さっきのアレを見て、思ったんだがひょっとして、ゴーレムの修理ってものすごくお金がかかるんじゃないか?』
今更といえば今更な話だ。
もちろん今までも経済的な理由ですぐに直せない可能性は考慮していたが、どの程度かかるのか、見積もりをもらえるだけでも、とか思っていたのだ。
だが、ひょっとするとそれすら危ういかもしれない。
会ってくれるかどうかもわからないのだ。
あの無機質で圧倒的な姿を見てしまうと、自分達が木っ端な存在に思えてきてしまう。
とても”アレ”と自分達の間に、接点が見い出せなくなってしまったのだ。
まずはゴーレム技術者にあってもらえるだけの”コネ”を作るところから始めなければならないかもしれない。
『まあ、行ってみれば分かるか、それよりも・・・』
「それよりも?」
『もうすぐ街だ!』
そう、ピスキア行政区の入国審査? が終わったということは俺達は正式に、ピスキアに入ってもいいということだ。
というか、すでに行政区には入っているので、ピスキアの街まではもう目と鼻の先といっていい。
「あと、どれくらい?」
『今の時点で行政区の境界なら、明日の昼頃には街に着ける、それに道の先を見てみろ』
モニカが俺の指示通り、道の先へ視線を動かす。
結構前からこの道は緩やかな登りになっていたのだ。
平原だった周囲の景色は、今ではすっかり左右の山の間の谷といった感じだ。
そして、その上り道はあともう少しで終わる。
おそらくあそこが簡単な峠のようになっているのだろう。
『ひょっとすると、あそこからなら街の姿が見えるかもしれん』
まだ少し距離があるが、それでも大きな街だ。
地図に書かれていることを信じるならば、地平線に僅かに街明かりが見えるかもしれない。
この道の左右には大きな山脈が連なっているのだが、少し先からピスキアまでは谷が真っ直ぐになっていて視線が通る。
「よいしょっと」
モニカもそれを確かめてみたいと思ったのか、座り込んでいた腰を上げた。
そして、自分を落ち着かせるように軽くロメオの頭を撫でる。
「きゅる?」
何やら普段と違う様子を感じ取ったロメオが怪訝な顔になる。
意外と鋭いやつだ、”今回”は俺も直前まで気が付かなかった。
「走るよ」
そして、その一言を残して、突然モニカが全力で走り出す。
『おい、どうした!?』
だがモニカは俺の問にも答えようとしない。
ただひたすら道の峠の部分を見ながら走っていた。
それも、いつもと違って筋力強化を全く行なっていない。
完全にモニカ本来の”素”の力だけで足を動かしている。
そんな状態なので、あっという間に息が切れ始め脚が悲鳴を上げるが、そんなこともお構いなしだ。
俺の視界の端にあるモニカの全身のパラメーターが一斉に黄色い警告を発し始める。
だがモニカはそれすら楽しんでいるかのように、全力で走りながらそれを感じていた。
どうやら、今は
たまに何も考えずに走りたくなるアレである。
まわりの様子を窺ってみると、後ろの方でロメオが慌ててこちらを追いかけるのを感じた。
道の頂上が視界にドンドン迫ってくる。
そして、そのままモニカは道の一番高くなっている部分まで一息で駆け上がってしまった。
本当は、微妙に息が持たなさそうだったので、俺がこっそり勝手に筋力強化を発動させていたりするがそれはモニカには内緒だ。
その時全身に何とも言えない満足感が流れた。
その感覚を感じながら俺は、たまにはこういうことも必要なのかもしれないと感じる。
そして峠を登り切った先に見えたのはパルム地区と思われる村の明かり。
そして、その先・・・
真っ直ぐ続く巨大な谷の一番先、地平線に沈む少し手前にそれは見えていた。
既に日が落ち、真っ暗な中に色とりどりの光が輝いている。
まるで星空がその一角に落ちているようだ。
間違いない、あれがピスキアの街の光だ。
手前側にあるパルム地区の光とは比べ物にならないほどの、多くの光がそこで輝いていた。
「・・はあ・・・はあ・・・」
全力疾走で軽く息が切れているが、それでもモニカは瞬きすら惜しいとばかりに真っ直ぐにその光景を見つめていた。
そして俺も、その光景に目を奪われている。
地平線にかすかに浮かぶ街の明かり・・・
まだ小さく見えるだけだが、それでも、今まで見たどの人里よりも巨大な事はわかった。
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