1-5【辺境のお祭り 4:~祭の準備~】


「す、スキル?」


 ビックリしてモニカがリベリオを改めて見つめる。


「ああ、そうさ! そんなことより早く行こう!」


 そう言ってリベリオがガシッとモニカの腕を掴むとそのままものすごい勢いで引きずられていく。

 スキルのことについて聞ける余裕もない。


「え?、ちょっと、どこへ!?」

「祭りの実行本部さ! 村役場とも言う!」



 リベリオの声はどこまでも高らかで晴れ渡っていた。


『随分とテンションが高いな、こいつ』

「え?、あ、ちょっと待って!、ロメオ!、こっちおいで」

「きゅるる」


 ロメオがいつになく真剣な表情でこちらを追いかけてきた。

 いつもはモニカの言うことはなんとなくにしか聞かないのに、餌箱に逃げられるとでも思ったのだろうか?



※※※※※※※※



「ちょっとじっとしててね」


 そう言ってロープのようなもので腕の長さを図る女性。

 そして測り終えると、小さな紙切れに謎の数字を書き込んでいく。

 彼女は先程からこうして、モニカの各種寸法を測っている。


「うーん一番小さい衣装を少し手直ししたらちょうどよくなるかしら?」


 紙片に書かれた数字を見ながら別の女性がそう言って小首を傾げる。

 

 俺達はあれからリベリオに引っ張り回されて祭りの実行本部になっている村の役場までやって来ていた。

 そしてそこにいた村長にリベリオが簡単な説明した後、あれよあれよとあちらこちらに引き回されて、こうして衣装の準備を始められている。

 

 どうやら次の聖王の行進までそれほど時間がないらしい。


 全てがモニカの頭上で急ピッチで進められている。

 リベリオが村長に軽くいきさつを伝えた直後には俺達は部屋の奥に連行され、そこで女性たちにあっという間に下着姿にまで剥かれたあと有無を言わせずに採寸が始まった。

 

 挨拶もなしで何が起こっているのかもわからないので、完全に蚊帳の外である。

 しかも俺もモニカもお互いに会話を交わす余裕がどこにもない。

 これだけの人の熱気の中に取り残されて何とも言えない疎外感を感じていた。


 だが、みんな本気でモニカを黒の従者役として使うことを前提に動いているようだ。

 それだけはひしひしと伝わってくる


「わたしなんかで大丈夫なの?」


 あまりの勢いに、場違いではないか?と心配になってきたモニカが、恐る恐るモニカの寸法を測る女性に声をかける。


「ごめん今声かけないで、集中してるから」


 だがその女性はモニカの意見など全く気にかける余裕が無いとばかりに、作業を続ける。

 というか今まさに衣装の手直しが始まった。


 ただでさえ非常に小ぶりの黒の衣装が一旦パーツごとにバラされて、長さを調整してもう一度組み上がっていく。

 だがそれを待っている暇はない。


 ようやく採寸の女性から開放されたと思ったら今度は横にどっかりと大きなお湯の入った桶が置かれ、少々太っている女性に手ぬぐいで全身を拭かれていく。


 その過程で最後につけていた下着まで恐ろしい勢いで脱がされてしまった。

 両手の手袋だけはモニカが本気で嫌がったので取られなかったが、ここにきて俺もモニカも祭りの勢いというものを舐めていたことを思い知らされた。


 気がついたときには、黒ずくめの下着を着せられ、顔に薄く化粧がされたと思ったときにはローブに纏われ、唇に紅を刺される瞬間だった。


 あっという間に神秘的な黒の従者の完成である。


「よし! 間に合った!」

「次!」


 一言も交わす暇なく、太った女性の掛け声でまるで軍隊のように一斉に移動していく女性たち。

 みればすぐ隣で緑の従者が高速で組み上がっている最中だった。




「おお、似合うぞ! ええっと・・・・」

「モニカちゃんですよ村長」


 一通りの準備ができ更衣室から開放されると、村長とリベリオが話しかけてきた。


「そうだ、モニカちゃん! 今回はうちの村のためにどうもありがとう!」

「あ、いや、こっちこそ役を取っちゃって・・・」


 実はモニカがここに来る前まで黒の従者役を務めていたのは、何を隠そうこの村長だ。

 つい先程まで黒い衣装を身に纏っていたし、広場で見かけたときに同じ背格好の人物が黒の従者役をやっていたので間違いない。


「役を取っただなんてとんでもない! あんたはワシをあの苦痛から開放してくれたんだ!」


 村長は先程ちらりと見かけたときと妙に機嫌がいい。

 初めてみたときは気難しい印象だったのが今はその影もない。


「苦痛?」

『開放?』


 何やら物騒なワードが飛び出す。


「考えてもみろ! 作り物の魔法陣を頭に貼り付けた人間の滑稽さを! 毎回毎回”黒の従者は偽物だ”と失望される光景を」


 どうやら、偽物には偽物の辛さがあるようだ。

 

「だが今年の祭りには本物の黒の従者がやってくる!、久々にな! 盛り上がるぞ!」


 村長が嬉しそうに叫んでいる。

 どうもここの人たちは妙にテンションが高いようだ。

 最初はリベリオが特別なのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。


 他の従者役の人たちも気合が入っているし、その準備をする老若男女も皆キビキビと動き回っていた。


「あ、しまった! モニカちゃん、親御さんはどのへんにいるんだ?」


 急に村長が血相を変えてそんなことを聞いてくる。


「いないよ」


 モニカが即答した。


「いない? 本当に?」

「じゃあ、広場でモニカちゃんを肩車してたってのは何だったんだ」


「あー、あれは知らないおじさん」

『酔っぱらいの』

「酔っぱらいの知らないおじさん」


「なに!?じゃあ、親御さんは何処に? まさか家出か?」


「・・・家出って何?」

『ええっと、家族とかが嫌いになって家を飛び出す子供のこと・・・・だ』


 俺の回答を聞いた途端、急にモニカが憤慨した。


「家出じゃないもん! 父さんもクーディもコルディアーノも大好きだもん!」

「じゃあ、親御さんは?」


「それは・・・・死んだ」


 憤慨していた勢いが一瞬でしぼんでしまった。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 村長とリベリオが揃って絶句している。

 どうやらモニカの様子からモニカが嘘をついているわけではないことを理解してくれたようだ。

 お互いに顔を見合わせて”この空気どうしよう”と言った表情をしている。

 


「あ、そうだ、今日の分の日当を渡しておこう」


 話題を逸らそうとしたのか、それともたまたま事務手続きを思い出したのか、そう言って村長がきれいな紙に包まれた塊をこちらに差し出した。


「とりあえず毎日50セリスを支払う、後の150セリスは祭りの最後に別に渡そう」


 受け取った紙の包みを解いてみると中には確かに、10セリスと描かれた少し大きめの銀貨が5枚入っている。


「大事に使いなさいよ」


 それだけ言い残すと村長とリベリオはまた別の場所に足早に向かっていった。

 世間話をする暇はなさそうだ。


 既にある程度準備ができた俺達は、準備に奔走する人々の興味を失ってしまった。

 つまるところ現在少々手持ち無沙汰なのである。

 この格好のまま外に出るわけにもいかないし、その辺にいる人に声を掛けようにも、ここにいる人は基本的に現在ものすごく殺気立っていて声を掛けられそうにない。


 本当はリベリオあたりにスキルについて聞いてみたいことがあるのだが、彼はこの中でもトップクラスに現在忙しいので見つけることすら難しい状況だ。


 必然的に俺達は隅の方に置いてある、自分の荷物の近くでぼーっと事態を眺めることになった。

 だがモニカは暇そうではない。


「ほー」


 モニカはそんな声を出しながらその銀貨を眺めている。

 

 10セリス銀貨は1セリス銀貨と比べると圧倒的に作りが精巧だった。

 その出来は俺の知っている地球の硬貨と比べても遜色ないほどだ、いやこれ一枚で数千円分の価値があるのである意味妥当なのかもしれないか。


 それにしても4日で350セリスはなかなかに良い稼ぎなのではないか?

 1セリス数百円計算だと10万円近く稼いだことになる・・・・

 4日・・・・


『あ』

「どうしたのロン!?」

『ごめん、4日も勝手に予定を入れてしまった・・・・』


「いいよ、別に」


 モニカが衣装の首元を引っ張りながら、何の気なしにそう答えた。


『だが、一日も早くピスキアに行きたいからとシリバを飛び出してきたのに・・・』

「シリバをすぐに出たのは、あそこにいても”目的”に近づけないから、でもここは違うでしょ?」

『違う?』

「お金、必要だって言ったのロンでしょ? だから稼ぐためにしてくれたと思ったけど違うの?」


 そう言うモニカの言葉には何の否定的な要素もない。

 本当に俺がモニカの為を思ってやったと思っているようだった。

 そして両手を広げて衣装の細かい模様を観察しながらにこりと笑う。


「それにそのおかげでこんな格好も出来たわけだし、たまにはこういう時もあってもいいんじゃないかなって」


 一見するとその表情の向こうにはなにもないように見えるだろう。

 だが、俺はモニカを一番見ている存在だ。


『・・・本当は?』


 俺がそう聞くとモニカはちょっとびっくりしたような表情になったあと、虚空を見つめて少し考え込む。


「うーん、シリバではちょっと焦ってたんだよねー」

『焦ってた?』

「目的地までまた、何日も、何日も、かかるんじゃないかって、でもシリバからミリエスまで数日で着いたときに気づいたんだ」

『何に?』


「”目的”の世界には既に着いているんだって」

『目的の世界?』


「ロン、ピスキアまで何日でいける?」

『地図を見る限りこの村から5日も行けばたどり着くと思うな』


「でしょ? いつ着くかわからないわけじゃない、だからそろそろ他に必要なものを探し始めてもいいと思うんだ」

『それがお金?』

「それだけじゃないよ」


『・・・・?』

「なんでも」

『なんでも?』


「そう、なんでも、知らないことぜーんぶ!」


 モニカが嬉しそうに周りを見渡す。

 視界にせわしなく動く人たちの姿が飛び込んでくる。

 どうやら次のイベントが迫っているようで、口調がだんだんと怒号に変わり始めてきた。


「まずはこのお祭りについて!」

『ほぼ戦場だな』

 

「お祭りの裏側は戦場だった・・・」

『これはたしかに貴重な経験だな』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る