1-5【辺境のお祭り 3:~オリクの塩焼き~】
「オリクー、オリクの塩焼きだよ!、ミリエス名物オリクの塩焼きだよ!」
祭りで立ち並ぶ屋台の中に元気な女性の声が木霊する。
『モニカ、あれだ』
「あれがそうなの?」
女性の声のする方を向いてみると、その屋台の軒先で串刺しにされた大量の小さな魚が並べられていた。
「これがオリク?」
「そうだよ、ミリエスの名物の今朝上がったばかりのオリクだ」
『まるで鮎(あゆ)だな』
というかどっからどう見ても鮎にしか見えない。
正直オリクを鮎に変換しようか本気で悩むレベルだ。
「あゆ?」
「あゆ?聞いたことないねぇ」
『あ、いや俺の知ってる魚と似てるってだけだ』
「知ってる魚と似てるんだって」
「あん?ほかにもオリクみたいな魚がいるのかい、どうだいお嬢ちゃん、そのアユとこのオリク、どっちが美味いか試してみねえか?1匹20レク、3匹だと50でいいよ」
さすが商売人、ただの会話から自然に売りつける流れにしてきた。
「どうする?」
モニカが小声で聞いてくる。
『良いんじゃないか?食べてみようぜ、ただちょっと試してほしいことがある』
「3つちょうだい、はい、これ」
そう言ってモニカが差し出したのは1セリス硬貨だ。
「はい1セリスね、はい塩焼き3つとお釣りの50レク」
店の女性が片方の手に串から外した魚を葉っぱを折って作ってあるさらに乗せ、もう片方の手でお釣りを渡してきた。
帰ってきたのは予想どうりの銅貨5枚。
「1セリスは100レク?」
「ああそうだよ?、ははぁん・・・、お嬢ちゃんこの祭りで初めて小遣い貰ったクチだな、安心しな、ウチは祭りじゃちょろまかしたりはしないよ」
まるでいつもはお釣りをちょろまかしてるような言い方だな。
「それより、早いとこ食ってみなよ」
「うん」
モニカがオリクの塩焼きを一尾手にとり口に運ぶ。
カプリッ・・・・・
「んーーー、にがい・・・・」
「はっはっはっは、そりゃ頭からいきゃ苦いわな!」
「でも・・・ん・・・おいしい・・・・」
「ほう、いい食べっぷりだね、で、アユとどっちが美味いんだい?」
「・・・ロン、どっちが美味しい?」
『うーむ、といっても俺も鮎の塩焼きって意識して食べた記憶ないからな・・・・こんなもんじゃないのか?』
「おんなじくらい?」
「はあ、おんなじくらいか」
店の女が露骨に落胆したような声を上げる。
ここはお世辞でもオリクの方が美味しいと言っておくべきだったか・・・・
「でも美味しいよ、骨までバリバリ食べられるし、苦いのも好きだし」
「ふむ、この苦味が好きとはその歳でなかなかいけるね、ん?、見ない顔だね、この辺の子かい?」
「北から来た」
ダジャレではない。
「北からってーと、マシャとかシリバの辺りか?」
「シリバ」
モニカが二匹目のオリクを口に入れながらそう答える。
「そら、また随分遠い所から来たんだね、時間かかったろ?」
本当はもっと遠くから来たんだけどね。
まあ、そんなこと言っても信じてもらえないだろうけど。
「んにゃ・・・・むにゃ、みっかくらいかかった、むぎゅ・・」
『モニカ、口に物を入れて喋るのはやめたほうがいいぞ・・・』
「・・・そうだね、喉に何か引っかかった・・・・」
モニカが指を口の中に突っ込んでひっかき出した。
『もうちょっと、右・・・あ、行き過ぎ・・・ちょい戻して・・・・』
指に小骨に当たる感触が伝わり、モニカがそれを引き抜く。
出てきたのは1cmほどの小さな小骨。
モニカはそれをしげしげと眺め、
「ちっちゃい骨」
そんな感想を漏らす。
『そりゃちっちゃい魚だからな』
「小骨が引っかかっちまったか、そりゃ災難だったな」
「ううん、勉強になった」
「おや、勉強?」
「こんなに小さくても、死んでも、食べられても、傷つけてくるやつがいる」
それを聞いて店の女が目を点にして言葉を失っている。
実は俺もおんなじ感想だ。
「・・・面白い子だねぇ」
「面白い?」
「初めて見たよそんなこと言う子は」
「・・・変だった?」
モニカが口を動かさず自分にだけ聞こえる声で聞いてきた。
『まあ、あんまり聞かないのは事実だと思うぞ』
俺の返答を聞いたモニカが恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯く。
そしてその様子を見た女が何か思い至ったように、オリクの塩焼きを一尾差し出してきた。
「気にすんな嬢ちゃん、こんな小さな魚にも一端の気概がある、いい心がけだと思うよ、一つサービスだ」
「ありがとう」
そう言って少し気恥ずかしそうにその塩焼きを受け取る。
「あ! いたいた! そこの君!」
突然、大声がした。
誰かが誰かを見つけたのだろう。
そんな軽い気持ちでモニカが声のした方を振り向く。
そこには全身汗びっしょりの半裸の男がそこにいた。
いや、別に変質者というわけではない。
そういう祭りの衣装なのかもしれない。
上半身はほぼ裸、首と腕に白い布を巻いていて、下はいろんな色のチェック模様が入ったズボンを履いている。
「ようやく見つけたよ・・・・」
まるで雑巾から絞り出したような疲れた声でそう続ける男。
あれ? これ俺達に向いてる?
「いやぁパンテシアを連れた小さな女の子って聞いたときは、冗談かと思ったらまさか本当にいるとは、探してみるもんだね・・・」
そう言ってこっちを見てくる半裸の男。
「・・誰?」
『俺に聞かれてもわかんねぇって』
モニカにつられて思わず俺まで小さな声で答える。
「その目、それだけ黒ければ大丈夫そうだ」
明らかにその男が俺達の目を見てそう言った。
「ちょっと、あんた、うちの客に何用だい? 嬢ちゃんびっくりしてるじゃないか!」
「あ、すいません・・・つい」
「ついじゃねえよ、それに謝んならオリクの塩焼き買っていきな!」
ちょっと可愛そうなことにその半裸の男が、いつの間にか塩焼きを買わされる流れになっていた。
「いやそんなことより!」
両手に塩焼きの袋を抱えた男が大声を上げて迫ってきた。
その迫力にモニカが押される。
『ビビるな、モニカ』
「だってぇ・・・」
「君にどうしても頼みたい事がある!」
突然男が頭を下げてそう言ってきた。
「え、わ、わたしに!?」
「そうだ!」
今度は顔を上げてキッ!っとこちらを睨んできた。
そしてその迫力に再びモニカがあとずさるが、すぐ後ろにロメオの大きな体があるのでこれ以上下がれなかった。
「きゅるる?」
ロメオがモニカが突然くっついてきたので何事かと顔をこっちへ向け、何を思ったのかモニカの頭に鼻を突っ込んで魔力を吸い始める。
「シルクルム!」
突然男がそんなことを言い放った。
「え?」
「シルクルム! そう言ってみて! シルクルム!」
「し、シルクルム・・・」
男の迫力に押されて思わず指示に従ってしまうモニカ。
するとその言葉を言った瞬間、僅かな魔力の流れを感知した。
そして目の前に、広場で見た聖王の従者役の人が頭の上に出していた魔法陣が現れる。
しかも黒だ。
「よっし! ちゃんと黒だ! しかも結構濃いぞ!」
その言葉で俺はこの男の探していたものに合点がいく。
「お嬢さん! 祭りに出てみる気はないか!?」
「え、ええ!?」
やっぱりそうか。
『モニカ』
「・・・ロン・・助けて・・」
『俺にいい考えがある』
これはちょうどいい儲けが出そうだ。
「・・・ちゃんと助けてね・・」
『いいか俺の言うとおりに言うんだ、”いくらくれるんだ?”』
「い、いくらくれるの?」
「え?お金!?」
突然謝礼の話をふっかけられた半裸の男がその場で固まる。
「うーん、あーー、1日10セリスでどうだ?」
『100セリス』
「ひゃ、く!?」
「100セリス!?」
二人して驚いた声を上げる。
ふっかける方もふっかけられる方も一緒になって驚くという奇妙な光景がそこにあった。
『それと何日やらせる気だ?』
「な、何日?」
「あ、ええっと、今日も入れてあと4日ほど」
『じゃあ、合計400だな』
「じゃ、じゃあ400・・」
「え!?400!?せっ、せめて1日50で・・」
『じゃあ、他を当たるんだな』
「じゃあ、他を当たって・・・」
「待って4日で300払う!」
『350!』
「さ、さんびゃくごじゅっ、」
あ、噛んだ。
「わかったそれで手を打とう」
男がそこでポンと膝を打つ。
交渉成立だ。
『モニカ、右手を出せ、握手だ』
「え、えええ!?」
そう驚きつつも律儀に右手を差し出すモニカ。
ちょっと素直すぎやしないか?
そんな心配をしていると、差し出した右手をその男がガッチリと掴んできた。
「うわっ!?」
うわっ、汗スゲー。
手がベッチョリと濡れている。
そしてそのままブンブンと手を大きく振り動かされる。
上下に激しく動く、手、
そこからほとばしる、汗、
そして光り輝く、男の笑顔、
とオロオロしている、モニカの表情。
「よーし、今年は黒の従者が本物だ!」
男が大声でそう宣言した。
するとそれを聞いた周囲の人間が一斉にこちらを振り向く。
ビクッ!
その視線に驚いたモニカが体を緊張させた。
「おお、今年はその子が黒の従者をやるのか」
「すごい目だね、確かに本物だ」
「じゅうしゃさまー、こっちむいてー」
「黒の従者役も食べたオリクの塩焼き!今なら一つ30レク!4つで1セリスだよ!」
「おう、ねえちゃんそれ4つくれや!」
「俺も12匹ほど包んでくれ!」
「ありがたや、ありがたや、この祭りに本物の黒の従者が来るのは何年ぶりかね」
手前のお婆さんが俺たちに向かって手を合わせて拝み始めた。
どうやら聖王の従者役というものは相当にご利益があるらしい。
『良かったなモニカ、人気者だぞ』
「えええええ!?」
人混みに取り囲まれたモニカの悲鳴が虚しく響く。
「よろしくねお嬢さん、俺はリベリオ、この祭りの実行委員さ!」
リベリオと名乗る男が自慢げにそう名乗っ
た。
「も、モニカ・・・・寒くないの?」
モニカがリベリオを上から下まで眺める。
確かに一応まだまだ極寒のこの村で、上半身裸で汗だくだと普通は死ぬ。
「モニカか、いい名前だね、大丈夫こう見えても俺”スキル”持ってんだ!”兵位”だからあんまり自慢できないけれどね!」
リベリオは高らかにそう宣言した。
これが俺達が出会った、最初のスキル保有者だった。
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