1-4【シリバ村のぬくもり 4:~人の温もり~】


「えー、バルジに追われこの場所に村を移転してからはや52年、このめでたい日に皆様お集まりくださり・・」

「おい村長!!堅苦しいぞ!そういうタイプじゃねえだろ!!」

「そうだそうだ!!酒が不味くなっちまう!!」


 村長の挨拶にツッコミを入れる男たち。

 どうやらもう既にいい感じに出来上がって・・・・・・いるようだった。



 俺達はあれからいくつかの事務手続きを済ませたあと、村長主催の緊急の宴会に呼ばれていた。

 グルド討伐記念ということらしい。


 当然俺たちがメインゲストだ。


「それでは紹介しよう、今回の立役者、モニカ嬢ちゃんだ!!」


「よ!待ってました!」

「かわいいよ!!」

「流石は魔女さまだ!ルブルムに引っ込んでる連中とはモノが違う!!」


 口々に囃し立てる男たち、どうやらそのメインは結構年を取っている者が多いようだ。


「お前らちょっと黙れ!!モニカ嬢ちゃんがこわがってるじゃねえか!!」


 そう、モニカはこの状況で再び借りてきた猫モードを発動させていた。

 酒が入った男というモノに完全にビビってしまっている。

 今は目を点にしながら壇上の置物と化していた。


「そういうおめえの方が声でけえじゃねえか!!」

「村長だけずるいぞ!俺だって礼を言いてえんだ!」


「いいから飲ん兵衛共は黙ってろ!・・・・あー、えー、ここ数年、我が村が抱える難問であったグルドが討伐されたことを皆様にご報告できることを・・・」


「モニカちゃんにかんぱーい!くそったれグルドにかんぱーい!」

「うああはあ!!ありがとな、ほんとうにありがとな!」

「おい、この酒持ってきたの誰だ!?ほとんど水じゃねえか!!」


「討伐してくれたモニカ嬢に対して、マグヌス王国国王と北部連合代表に代わり、この私、シリバ村村長が謹んでかんしゃ・・・・」


「おい村長!国の名前間違ってんぞ!」


「え?今ってマグヌスじゃなくてホーロンだったか?」


「ホーロンはさらに昔のほうだ!ほら、あれ、シンクルなんとかってやつ、テオなんだっけ?」


 飲ん兵衛の一人が脇で忙しく動き回るテオに聞く。

 というか、ここの連中は自分の国の名前も知らないのか!?

 どこぞの島国もびっくりの愛国心のなさだな、おい。


「あ?シンクレステラマリッド・アデオ・フェステメッセ・ビートレイ神聖王国の事か?」


 なっげ!?


「覚えられるか!!」


 村長に完全に同意だ、これは覚えられん・・・

 直訳すると”海と大地に囲まれた、神に祝福されし”なんちゃらといった感じかな?

 というかこれ神聖が神に祝福されしに被ってないか? いったい誰が決めたんだ?


 そこはかとなく”グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”臭が漂ってくる名前だ。


「なんでそんな長いの?」

 

 モニカが久々に口を開いた。

 よっぽど気になったのだろう。

 今ざっと書籍ログを漁ってみたが、マグヌスとホーロンという名前は見つかったが、シンクなにがしという名前は見つからなかった。


「何でも今の王様が決まった時に”教会”に相当な借りを作ってしまったらしくて、その借りを返すための一環として名前を好きに決めさせたらしい、おかげでみんなただ”国”って言うばっかりになっちまって、ちなみに書類上はマグヌスで通るぞ」


 テオがそんな名前になった経緯を教えてくれた。

 はあ、そんなことがあったのか、俺の持っている書籍には登場しない名前なので、これらが書かれた後か、たぶん結構最近に変わったんだと思う。

 それにしても宗教組織は存在するんだな。

 魔法やスキルが存在する世界だけに”神聖”性が幾分削がれている気がするが、一般的にはそれほど魔法やスキルは強力ではないらしいので、やはり弱者の拠り所としての宗教の需要はあるのだろう。


 というかマグヌスで通るならもうマグヌスでいいじゃん。

 あれかグレートなにがしをイギリスと呼んだりUKと呼んだりブリティッシュと呼んだりする的な話かこれ?


 ちなみにホーロンからマグヌスへの名称変更は名前が変わったわけではなくて、大戦争の末にホーロンが降伏してマグヌスの一部になったそうだ。

 そりゃ愛国心もわかんか・・・


 そして驚いたことに、その戦争で活躍した英雄の中にマルクスとカシウスの名前がある。

 どうやらこの二人はこの戦争で名前を上げてモニカの大好きな絵本にまでなったようだ。

 

「そんなんで大丈夫なの?」

「大丈夫もなにも、今回もその前に変わったときも、変わってから10年以上経ってからある日突然 ”国の名前が変わったぞ!” だからな、覚える気力もわかんて」


 あれ?ホーロンからマグヌスへの時は凄い大戦争のはずだから、知らないのはおかしいのでは?


「”大戦争”の時もここみたいな北部の田舎は蚊帳の外だったからな、ある日突然名前しか知らない王様が居なくなって、新しい王様になったって聞かされてもなあ」

「だがお陰で戦争に駆り出されずに済んだんだ」

「ついでに魔獣が出てもほったらかしだけどな!!」

「ちげえねえ!」


 なるほど、どうやらここはまだまだ世間から取り残された秘境中の秘境ということか。

 


 


「全く男どもときたら・・・・」

「モニカちゃんは何が好きなのかな?」


 男衆の圧力から逃げ出した俺達は逃げた先で女衆に捕まっていた。

 

「・・あ・・・の・・・お肉・・・」

「お肉ね、ちょっとまってね」


 そう言っておばさんがイノシシの丸焼きのようなものを切り分けに行った。

 他にも様々な料理が並んでいるが、やはり肉が気になるか。


 現在、村長の家はさながら宴会場と化していて、村獣の住民がそれぞれ料理を持ち寄って並べている。

 中でもメインは村一番の凄腕が持ち込んだ、この巨大イノシシの丸焼きだ。

 

 モニカも初めて見るその威容に興味津々のようで、どうやって食べるのか他の人の行動を逐一観察していた。

 どうも食事のマナーを気にしているのか、いつもよりあまりがっつきに行かない。

 必ず他の人が食べたのと同じメニューを選んでその人の食べ方を真似ている。


 そして先程ようやく丸焼きの食べ方が判明したため頼んだようだ。

 ちなみに肉の食べ方は普通に手づかみで、その他ではスプーンを使うのがメインの様だ。


「はい、モニカちゃん、皮がとっても美味しいんだよ」

「・・あ・・・ありがと」


 モニカが肉を載せた皿を受け取る。

 確かのこのおばさんが言うように皮の色がすごく美味しそうだ。


「はぁ・・む・・・」


 パリッ、ジュワァ・・・


 うーん、いい感じにクリスピー アンド ジューシーだ!

 噛んだときのパリッとした歯ごたえがたまらねえし、さらに溢れる肉汁が口の中に広がって幸せだ。


「おいしい?」

「うん・・・」


 俺としては久々に感じた文明の味に大満足だ。

 いや、久々どころか初めてかもしれない・・・

 モニカの料理はあれだし、クーディの作る料理も材料のせいか彩りに乏しい。

 こうやって人の営みを感じさせる料理というのは、美味しさとはまた異なった味わいがある。


 だが、モニカにとっては少々物足りないようだった。

 もちろんモニカ自身も美味しいという感想なのだが、やはり野性味が足りないのが気になるようだ。



「おい嬢ちゃん、いいものあるからこっち来いよ」


 女衆の中でも手持ち無沙汰になりはじめていた俺達をみかねたのか、今度は男衆の方から声がかかった。

 どうやら呼んだのは丸焼きのイノシシを提供した狩人のおっちゃんだ。

 その腕は確かのようで、モニカ的にもこの飲ん兵衛軍団の中で現在唯一認識しているほど、体の動きが本格的らしい。


「グルドには甥がやられててな、俺も礼をしたかったんだがいきなりで碌な持ち合わせがないもんで、その代わりといっちゃあ失礼なものだが、ほれ、これ飲んでみな」


 そういって渡されたのはおチョコ程の大きさの小さな木製のコップだった。

 そしてその中に注がれた液体はあからさまに赤い。


「リコからモニカ嬢はアントラムの生の肝を美味そうに食ってたって聞いたんでな、多分こういうの好きなんじゃないかって思って」


 少しの間その液体を眺めた後、モニカが一息にその液体を飲み込んだ。

 あ、やっぱりこれ生き血だ。


「うわぁ、きつかったら早いとこ吐けよ・・・・」

「ひでえことしやがる、それプロクロスの生き血だろ? 子供にはきついぞ」


 いくら好きそうと思ったからっていっても、さらに実際好きだったとしても、お礼にこんな子供に生き血あげるとはいったいどんな考えだこのおっさん・・・・


 だけど、あれ? この生き血そんなにキツくないぞ?

 俺でもちょっと行けると思うくらいだ。

 今までので俺もちょっと慣れてきたのかな?


 だがモニカはコップを片手に震えている。


『どうしたモニ・・』

「・・・なめらかな口当たりの中に爽やかな香り、こんなに濃厚なのにキレがいい・・・これがプロクロス!?、すごい・・・」


 突然モニカが緊張などそっちのけで語り始めたぞ!?

 そしてそれを聞いて盛り上がる男たち。


「おおうこの味がわかるとは、なかなか行けるじゃねえか!」

「モニカちゃんならこれもいけんじゃねえか?」


 そう言って狩人の仲間の男が更に恐ろしいものを持ち出してきた。

 なんと縁まで波々と注がれた生き血だ。

 

 ジョッキに。


「・・ぅ・・・ゴク・・・・ゴク・・・・」

 

 そしてジョッキで出てきた生き血に今までにない勢いでがっつく。

 いやあ、これはいい生き血だ。


 なまぐせぇぇ・・・・


 ちょっとならいいかもと思ったが量があるとやっぱりきついな。


「おおう、いい飲みっぷりだ!レンジャー魂を感じるぜ!」

「うおおおおおおおお!!」


 勢いに乗り雄叫びを上げたモニカがさらにジョッキの生き血を最後まで一気に飲みした。


 


 ・・・・・・・・ぅおええっ、




※※※※※※※※



「・・・うん?」

『気がついたか』


 目が覚めるとそこには知らない天井があった。

 いや、ここはシリバ村長の家の中のはずだ。


 モニカがムクリと起きて周りを見渡す。


 部屋の薄暗い魔力灯の明かりの中、酔い潰れた男たちがまるで死体のように折り重なって寝ていた。

 かくいう俺たちもいつの間にか寝ていたようで、布団がかけられている。


「あら、起きたの?」


 意外なほど近くから声が掛かる。

 振り向けばこの村の女衆の一人がそこにいた。


 どうやら生き血ストレートがいい感じに入って騒ぎ疲れたモニカが、彼女の膝枕の上で寝てしまっていたらしい。


「ええっと・・・ありがと・・」


 モニカが照れたようにそう言った。


「あらあら、村の英雄さんが何を・・・こちらこそ感謝してもしきれないわ」


 その女の人はモニカを優しそうな笑顔で見ながらそう言った。

 そして軽く頭をなでてくれる。

 それがとても心地よくて癖になりそうだった。


「感謝するのはわたしの方、リコがいなければ勝てなかった・・・わたしはただ、とどめを刺しただけ」


 それは流石に謙遜がすぎるのではないか?

 一応ちゃんと戦い合ったわけだし、リコの助けにしても簡単なものだった。


 それに世の中には共同撃破という考え方があるのだ。

 2対8のチーム戦で圧勝したとも言える。

 MVPは疑う余地なくモニカだ、あとオレが少々。


 だがそんなことモニカ自身も分かってるだろうし、言っても納得しないだろうから言わないけれど。


「・・・グルドは私の旦那の仇(かたき)だったんだ・・・」


 そう女がポツリとつぶやく。


「旦那?」

「ああ、そうさ、あんなんでも隠れるのには自信あるんだって言ってたんだけどね、去年の冬の前にパックリさ」

「好きだったの?」

「もちろんさ、生きてるときには言えなかったけどね、居なくなって初めて一番好きだったんだって知った」


 その途端、モニカがガバッと立ち上がる。

 パラメータ類を確認してみれば、感情が激しく揺り動いていた。


「ごめんなさい」


 モニカの目から涙が溢れる。


「ど、どうしたのさ!?」


 女が泡を食ったような表情になって驚いていた。

 ついでに俺も。


「取っちゃった・・・大好きな人の仇(かたき)を、何も知らないわたしが・・・」


 モニカの顔から涙がポロポロと落ちる。

 それを見た女が少しの間キョトンとしたあと、堰を切ったように笑いだした。


「ふっはっはっは、馬鹿な子だねぇ、私にグルドを殺せるわけないじゃないか、あっはっは」

「でも・・・たったひとつなのに・・・他じゃ絶対代えられないのに・・・」


 モニカの価値観にとって、大切な相手というものは代えがたいものであり、同時にその仇(かたき)もまた代えがたい相手らしかった。

 つまりこの女の仇(かたき)はこの女にとって代えがたいものなのに、それを奪ってしまった。

 そう考えたモニカは自分のした事を後悔したようだ。


 だが、女はそんなことは無いとばかりにモニカをギュッと抱きしめる。


「他では代えられないからこそ、あんたに叶えてもらって感謝してるのさ」

「なんで・・」

「あんたが来なければ、私はまだこの恨みを抱えたまま過ごさなきゃならなかった、誰が倒したかなんてどうだっていいのさ、大事なのは仇(かたき)は取れたということだけさ」


「・・・・・・」


 モニカは黙り込んだまま女の胸に顔を埋める。

 まだ納得はしていない。


 だが女の中に後悔はないことは理解できたようだ。


「そうやって落ち着くまで私の胸の中にいな、それまでおばちゃんが抱いてあげるから」


 そしてモニカは、そのまま落ち着くまで暫くの間人の温もりを感じていた。



 ふにゅっ



「おや、どうしたんだい?」


 女が急に驚いた声を上げる。

 無理もない、突然モニカが彼女の胸を触りだしたのだ。


 ふにゅっ、ふにゅっ、


 そしてそのまま感触を確かめるように揉み始める。

 俺もモニカの突然の狂行にビックリして反応できないでいる。


「・・・・これ何?」


 その問を発したモニカの表情を例えるなら。


”なんじゃこりゃああ!!!?”

 

 だろうか?


 完全なる未知との遭遇に恐れおののいている。


「あっはっはっは!、なんだいあんた、乳も知らないのかい、くー、っはっは」


 そしてこの状況に腹の底から笑う女。


「初めて見た・・・」


 そう語るモニカの表情は真剣だ。

 そういや母親は不明だったな・・・


「ふっふ、、いいかいモニカ、女ってのはな・・・」


 その後モニカはここ数日で最大の驚愕と衝撃で以って、女性の胸が成長に伴って大型化することを知ったのだった。


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