1-1【氷の大地 6:~魔力ロケット~】
痛みの中で俺は今の失敗の問題点を考えていた。
ログを精査する限りどうやら突然バランスを一気に崩したようだが、その対策が思いつかない。
落ちた側を持ち上げようにもそれだけの力を咄嗟には作り出せないのだ、
そもそも羽ばたいて飛ぼうというのが無理がある気がする。
モニカの体は当然ながら鳥とは違う。
飛ぶことを考えられていないため同じ大きさの鳥と比べると圧倒的に重く、装備を含めるとその重量はかなりのものになる。
一方羽の形もなんとなくで作られているので、当然形としては非効率極まりないだろう。
その羽が、羽ばたくことでバランスが大きく変化しているのも大きな要因だ。
悔しいが鳥がああやって飛んでいられるのは伊達ではない技術と、多くのものを失った代償によるところが大きい。
「・・・どんな代償?」
『骨はスカスカ、いらない肉は徹底的に減らして、常に糞尿垂れ流し』
「それは真似出来ない・・・」
モニカが後ろの森の上空を飛んでいる鳥を見る目が、恨めしいものから尊敬の篭ったものに切り替わった。
実際にその大変さを体験してみて尊敬の念が湧いたのだろう。
ただ俺は正直その心は理解できないが。
ひとしきり痛みに耐えたあとモニカが、地面に座る形で上体を起こした。
そのまま、ぼーっと虚空を見つめる。
「・・・なんとかなりそう?」
『今の状態では正直厳しいな・・・』
「原因は?」
『飛び上がるときにバランスを崩すが、それの対処が間に合わない』
そしてその対処が正しいかも分からない。
「どうすればいいと思う?」
『うーん、羽が羽ばたくときにバランスが崩れるなら、羽ばたかない羽を追加するとか、幸いフロウには余裕があるし』
そう言って羽の付け根のすぐ下に、もう一組羽を追加した。
こちらはバランスを取るためにあまり動かさないつもりだ。
更に今度はモニカに少し体を動かしてもらって、重心を探っていく。
そしてそれに合わせて最適だと思う形に羽の形状を変化させた。
今度こそ上手く行ってくれとの思いで、再び羽を動かす。
先程の反省から今度は少しゆっくり気味に羽ばたいた。
徐々に体が浮かんでいく、補助翼も激しく動かすことでゆっくりとバランスを取り始めた。
これは上手く行ったと思った矢先、突然なんの脈絡もなく羽が空を切る。
いや、元から空を切っていたのだが、そうではなく羽から手応えが突然消えたのだ。
羽が風を捉えられなくなる現象、俗にいう”失速”というやつか。
揚力を失った俺達はまるでそれが真理であるかのように、重力に引かれて地面へと落下した。
再び痛みでうずくまる俺達。
そこで俺はこの方法の大きな問題に気付く。
『なあ、モニカ・・・』
「・・・・・」
返事がない。
痛みで喋れないのだ。
『この方法だけどさ、多分ソリは持っていけない』
「・・・!?」
『そんなパワー無いし、安定するのも大変になるし、今みたいにいつ羽が力を失うかもわからない』
「・・・・」
『そんな状態で空を飛ぶのは無理があると思う・・』
言いにくいが仕方がない。
この方法に目があるとは思えなかった。
『例えばフロウを船みたいにして、渡れば良くないか?』
言ってみればなんとも名案な気がする。
というか何故飛ぶなんて発想が出る前に思いつかなかったのか謎だ。
「・・・船って・・・あの水に浮かぶやつ?」
『そうだ、それ』
「ソリは乗れるの?」
そこで固まる俺。
確かにフロウのサイズではモニカ一人ならいざしらず、ソリを浮かべられるとはとても思えなかった。
『じゃ、じゃあ森の木を切ってそれで筏を作って・・・』
「あの氷の隙間を通れる?」
そう言ってモニカが海原を指差す。
そこは海といっても大半が氷で埋め尽くされており、その隙間は狭いところだとジャンプして渡れる距離しか無い。
少なくともソリを乗せられるような大型の筏が通行するのは厳しい。
『・・結局はソリを捨てる選択を取らなくちゃならないのか・・・』
そもそも、その微妙だが時々致命的な距離の氷の間を渡るための方法を探しているのだ。
『せめて宙に浮かんでられるだけのパワーがあれば・・・』
「・・・パワーが足りないだけなら|アテ(・・)がある」
『|アテ(・・)?』
「一番でっかいサイクをやっつけたときのあれ」
『あれか・・・』
脳内に魔獣化した超巨大サイカリウスを仕留めた攻撃が思い出される。
たしかあれは球体状のフロウの内部で魔力を極限まで高めて放った攻撃だったはずだ。
「あれの反動すごかった」
『固定した地面ごと持っていきそうだったからな・・』
「あんなにパワーいらないから、小さくすれば余ってるフロウでもできると思う」
『ただ、あれをコントロールするのは至難の業だぞ・・・』
そこでモニカが視界の前にグッと拳を突き出した。
「大丈夫、ロンならできる!」
これが只のおだてなら俺の心は乗れなかっただろうが、残念というかなんというか、その言葉から確かな信頼を感じてしまった。
『まあ、やるだけやってみるよ』
「そう言ってくれると信じてたよ」
『ただし』
そう言って俺は補助翼分のフロウを使って体を固定した。
『いきなりは飛ばない、最初は地面で練習だ』
おそらくこの方法なら相当なパワーが出るだろう、となれば上昇する高度もこれまでの比ではない。
いきなりそんな危険な真似をするほどバカではないのだ。
『最初はそんなに強くはしないぞ』
「前の10分の1くらい?」
『いや、それじゃ強すぎる100分の1からだ』
そういって背中にこの前と同じように球体を作り出し上に穴を空ける。
サイズは前回よりもかなり小さい、直径5cm程度だろうか?
次に球体の下側にも穴を開け、こちらは縁を伸ばしてロケットのノズル状にした。
即席の魔力ロケットエンジンが完成すると、モニカに合図を送る。
『それじゃ魔力を流してくれ』
「ゆっくり入れていくよ・・・」
モニカが集中しながら魔力を球体の上から注ぎ込む、うっかりすると入れすぎてしまうので慎重だ。
ただ一旦流れが確立されると、魔力さえ出してもらえれば俺が制御できる、というよりも恐らく俺じゃないと制御できない。
前よりも小さめの球体だけあって、あっという間に魔力が臨界に達する。
そこで俺は上からエネルギーが抜けないように魔力の注入圧を高める。
イメージとしては穴を絞る感じだ、今回は前回と違って圧力を上げるのに魔力の流量を増やすとエンジンの出力がどこまでも上がっていってしまうため、投入する穴を小さくすることで圧力を確保した。
これならば、流量とは別のコントロール手段が出来るメリットも有る。
上から蓋をされた形になり逃げ場を失ったエネルギーが、唯一の逃げ道である下側の穴に殺到し、そして穴から吹き出た魔力はそこで自らの圧力を開放した。
後はそのエネルギーをノズル状の噴射口が受け止め、上方向への運動エネルギーに転化する。
飛び出したエネルギーが鋭い轟音を発し、その音圧だけで全身が揺さぶられた。
フロウでしっかりと地面に固定されているのでそのまま浮かび上がることはないが、それでも足元からミシリという音を発し、俺達の体がその力で僅かに浮き上がりかける。
「おお!」
『すごい・・・力だ・・・』
まだ、それほど多くの魔力を込めていないのにもかかわらずエンジンが生み出したエネルギーは強烈だった。
この様子だと後もう少し固定が甘かったら空中に飛び出していたかもしれない。
これでも予想が甘かったのか、俺はその膨大なエネルギーに確かな可能性を感じる。
これならばソリ2台を持ち上げるのには十分だ。
地面に固定するフロウの量を少し増やして強度を確保する、これならばこのエネルギーを抑えておける。
ただし、そのエネルギーは予想外の形で俺達に襲いかかっていた。
「ロン・・・」
『なんだ?』
「あつい!」
そこで俺は背中から尻にかけて走る痛みに気がついた。
どうやらエンジンからの排熱で近くにあった尻が加熱されてしまったらしい。
『え?あっち、ちゃ、あああ!!?』
気づくまでそれほどでもないのに意識した途端、その痛みでもんどり打ちそうになるのはなんでなんだろうな。
すぐにエンジンへの魔力供給を断ち切り、フロウの固定を解いた。
それと同時にモニカが走り出し、すぐ近くの熱せられていない氷の地面へ尻からダイブする。
着地の瞬間”ジュウ”という音を残して、尻が一気に冷まされる。
引いていく痛みの中でその時初めて俺は、ここが極寒の大地でよかったと本気で思った。
ログをチェックすると、感覚通り臀部が異常加熱していたようだ。
というよりも恐らく身体強化スキルがなければ、下半身が丸焼けになっていたかもしれないレベルで、なんとその熱で体温が急上昇していた程だった。
「うぅ・・・氷がきもちい・・・」
本来ならこの程度では済んでいなかっただろう。
さっきから身体強化スキルにはお世話になりっぱなしだ。
この分だと、そのうちスキルの方からブラックリスト認定されるのではなかろうか?
『次は背中から離したほうがいいな・・・』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます