1-1【氷の大地 4:~大森林~】
『動きの反応はこの中らしいな』
俺のその言葉にモニカが森の内部を睨む。
森といっても木どうしの幅はかなりあり、暗い場所はない。
その代わり一本のサイズは60m近くの物もあり、その威容たるやかなりの迫力だ。
その初めて見る大量の巨木に圧倒されて、モニカ自身も森に入って大丈夫か計りかねているようだ。
「大丈夫だよね?」
モニカがしきりに周囲を見渡す。
どうも木が邪魔で森の内部の視界が微妙に通らないのが気に入らないらしい。
『野菜採った所の方が何も見えなかっただろ?』
「あそこには動く奴はいなかったし・・・」
『いや、いただろ、強烈なのが』
「あっ・・・」
そこでモニカは赤の精霊のことを思い出したようだ。
というかよくあんなものを忘れられるな・・・
「うーん・・・」
森の内部をにらみながら唸るモニカ。
どうやら初めての光景に、まだ踏ん切りが付かないようだ。
『大丈夫だって、モニカと俺、二人がかりの索敵があれば不意打ちを食らうことはないよ』
「じゃあ、ロンもしっかり周りを見ててね」
『まあ善処はするが、視界はモニカと同じだから、同じところしか見えないよ?』
「じゃあ、こうする」
そう言ってモニカは、首を動かしてそこら中の様子を見ながら進み始めた。
森の中に入ってみると景色が一層不思議なものへと変わった。
360°自分よりも遥かに高い木に覆われて、それでいてそれなりに空間があるため居づらくもない。
モニカによると足場が非常にしっかりしているらしくむしろ歩きやすいとのことだ。
ソリを引いた状態でも問題なく進めている。
ただ気をつけないといけないのが。
『モニカ曲がりすぎだ、このままだと戻ってしまう』
そう、とても方向を見失いやすいのだ。
木を避けるために行う微妙な方向転換のせいで今自分がどこを向いているのかを簡単に見失ってしまう。
俺も完全記憶を持っていなければ、容易にこの森の中をさまよっただろう。
「ロンありがと」
『ここは見た目よりも危ない場所らしいな』
もっともここまでの道のりは、そんな場所だらけだった気もするが。
俺の方向指示によって俺達は着実に”その場所”に近づいていた。
先程動きを感知した場所だ。
そしてそこまで一定距離に近づくと、モニカがソリを引いていたロープを離す。
ここから先は身軽で行こうということらしい。
俺がいるので別に見失うこともないし、一旦手放すことに抵抗はないようだ。
そうやって10分ほど歩くと、様々な形で”動き”が伝わってきた。
今は音も聞こえる。
どうやら3匹ほどの小さな動物が近くにいるようだ。
木の陰からゆっくりと音を立てないように、モニカが顔を出す。
そこには体長30cmほどの可愛らしい、狸のような生き物がいた。
トコトコと木の間を動き回る姿は本当に愛らしく、できることならペットにしたいくらいだ。
モニカもそう思ったのか、凄まじい形相でその生き物を凝視している。
へえ、モニカも可愛いのが好きなんだなぁ・・と言おうかと思ったその瞬間、
ドーン!!
という音が響き渡る。
「よっしゃあ!」
犯人は当然モニカだ。あと俺が少々。
なんとこの可愛らしい生き物に心奪われているのかと思ったら、事もあろうに食料として品定めしていたらしい。
そして哀れにもそのお眼鏡にかなった3匹の小動物は、あっという間に銃撃魔法の餌食になってしまったのだ。
「フンフンフフン♪」
久々に上機嫌になりながら可愛らしい小動物の皮を剥いで捌いていくモニカ。
そのシュールなスプラッター映像に若干引き気味の俺。
『モニカさん、機嫌いいっすね』
「うん!やっぱり新しいお肉が一番美味しい」
そう言ってまだ血も滴るレバーを口に放り込む。
たしかに美味しいのは事実なのだが、生臭いというかなんというか正直キツイ。
「”サイク”みたいに大きくないから捌きやすいし」
そう言って小動物の首があったところから生き血を一気飲みする。
正直慣れたと思っていたが、やはり生き血のキツさは堪えるな。
「ロン?大丈夫?」
モニカが妙に無口になった俺を気遣ってきた。
『大丈夫だ、モンダイない』
だが俺は精一杯虚勢をはる。
ようやく久々に自然な笑顔が見れたのだ。
モニカのこの笑顔を曇らせるなんてこと、俺には出来ない。
たとえその笑顔の口元が血で真っ赤に染まっていようともだ。
「それじゃ一番美味しいとこ食べるね」
『ちょっと待って!もうちょっとだけまって!』
「どうしたの?」
なんとか話題をそらさねば、連続はキツイ。
『そ、そういや、よくこの小さい的に当てられたな、最後のなんかすごい速度だったし』
実際この小動物はかなりの速度で逃げていた。
不意打ちだった一匹目はいざしらず、二匹目と三匹目を外すことなく仕留めたのは、人間業とは思えないレベルだ。
「え?ロンが助けてくれたんじゃないの?、世界がゆっくりになったからそうだと思ったんだけど」
慌ててログを見返す俺。
確かに思考加速を無意識に発動していた。
『あー、確かに俺が思考加速かけてるわー』
というか俺が状況についていくために発動していたものが、モニカにまで影響していたようだ。
「そのおかげで美味しいお肉にありつけたから、感謝しないとね」
『お、おう』
「それじゃあこれ食べるよ!」
『あ、』
そう言ってモニカは一番オススメとやらの肉を口に放り込んだ。
おそらく何かの内臓なのだろう。
意識が飛ぶほど苦かった。
******
森の中の行程は思っていたよりも順調だった。
何よりも食糧の心配がなくなったのが大きい。
森の中には先程の小動物だけではなく、かなり多種多様な生き物の姿が見て取れた。
それも進むほどに増えていく。
そのため保存用の肉に手を出すまでもなく、新鮮な肉に常にありつけられたのだ。
まあ俺にとっては地獄みたいなもんなのだが。
保存用の肉は解凍するためにも火を通すのでまだましだが、狩ったばかりの肉は新鮮なため結構な割合で生で頂くのだ。
「ここなら食べ物の心配はしなくてもいいね!」
そう笑顔で鹿のような生き物の首を落とすモニカに、俺は乾いた返事をする他ない。
当然だがこれだけ動物がいると、それを捕食する肉食獣もいるわけで。
「グォオオオオオオ!!!」
『おお懐かしい』
「サイクだ!」
そう、サイカリウスまでもがこの森の中に生息していたのだ。
ただ、俺達の知っているのと比べると少し小さいかな?
まだ若い個体なのだろう。
それでもモニカよりも遥かに巨大なため丁度いいオヤツくらいにこちらを認識するらしく、見つかると一目散に襲って来る。
もちろん、こちらはディナーにする気で待ち構えているので簡単に返り討ちに合ってしまう。
今この森の食物連鎖の頂点には俺達が君臨しているのは間違いなさそうだ。
そうやって体格だけでこちらを侮り突撃してくる連中もいる中で、力量差を見抜いたのか、はたまた見慣れぬ姿に無視を決め込んだのか。
俺達の姿を見るなり逃げ出す連中も結構な割合でいた。
今も狼の化物のような連中がこちらを一瞥するなり、一声吠えて群れごと退散した。
あのサイズと量ならば、この前のサイカリウスの群れとも魔獣抜きでならいい勝負できるだろうに。
おそらくこちらの能力をある程度推定できる手段があるのだろう。
もしそうなら正直サイカリウスの群れよりよっぽどやりにくい相手だ。
群れ単位での戦闘力は個々の力よりもその運用で決まる。
完璧に運用された雑魚の集団は、考えなしの同数の屈強な相手を簡単に打ち砕く。
「ロンがいてよかった」
群れを見送りながら、モニカがそうつぶやく。
どうやら同じ感想を持ったようだ。
あいつらが退いたのは、ひとえに俺たちが強いからで、もし仮に普通の人間ならば為す術もなく彼らの夕食になっていただろう。
その後も森の中を俺達は我が物顔で進んでいった。
唯一寝るときだけは一苦労で、周囲を念入りに索敵したあとフロウで作った防御膜を被せる形で睡眠を取った。
それでも何回かソリの中の食料狙いで近づく小動物がいたが、その度に俺がフロウを変形させて追い払っていたくらいだ。
おかげで今では別に目で見なくても、細長く伸ばしたフロウで半径10m程度なら問題なく対処できるようになっていた。
モニカが寝ている間も起きている俺は、必然的に寝ずの番を行うようになる。
そのことについて時折、モニカが申し訳なさそうに謝ってくるが、俺としては別に疲労を感じるわけでもなくむしろ夜中は暇なくらいなのでちょうどいい。
そうやって森に入って一週間程度が経過した。
ここまで来ると気候自体が変化していることに気づく。
まだ肉が凍りつく温度だが、モニカが上着の下に着る防寒着を減らし始めたし、目につく動物もその種類が変わり始めた。
サイカリウスなどの本当に寒い場所に生息している動物は鳴りを潜め、代わりに少し毛が短いが体ががっしりとした生き物が増え始めた。
木の方も入った頃よりも密度を増し、葉もその面積を増してきた。
結果として不用意に木に近づくと上から大量の雪の塊が降ってくるという事態が増える。
周りにもそうやってできたと思われる雪の小山がいくつも確認できた。
少々迷惑ではあるが、方向は間違っていないことの証だ。
「あ!」
突然、森の先のほうが開け出した。
『何だろうな?この森の端についたのか?』
ようやくこの木ばっかりの世界ともお別れの時が来たのか。
そう思うと、少々寂しくなるのはなぜだろうか?
この一週間程の間、幸いにも俺達は肉を全く消費することなく進むことができた。
つまり森の長さだけ距離を稼げたのだ。
終わってみれば恵みの森だったといえるだろう。
俺達は新たな世界を求めて、森の切れ間から顔を出す。
「!?」
そこでモニカの顔が怪訝なものになる。
かくいう俺も顔があれば同じような表情になっただろう。
森の向こう側にはある程度予想した通り、まっ平らな世界が広がっていた。
予想外だったのは、ある一定よりも先から氷が割れて点在しているのだ。
では割れた氷の間にあるのは何か?
俺はその微妙に波打つ表面を見るなり、俺は予想した中でほぼ最悪の予想である、その名前を口にした。
『・・・・海だ』
俺達の目の前には無限に広がるかと思うほど広い海原が広がっていた。
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