0-X1【~幕間 1~】
真っ白な大地の中にポツリと佇む黒い物体。
卵を倒して半分埋めたような形のその物体にかつての暖かさはもう残っていいない。
主を守り支えた二体の守護者も今はその動きを止めている。
ただその周りにしがみつくように残された残骸がそこに営みがあったことを物語っていた。
もうこの場所は死んでしまったのだろうか。
ただ、その誰も居ないはずの物体の内部で光るものがあった。
そこはその館の主すら入ったことがない封印された心臓部。
大小様々な魔水晶が色とりどりに輝く様は、まるで星空にすら見える。
そしてその空間の中心部に存在する一際大きな魔水晶に文字が浮かび上がっていた。
”王位スキル:フランチェスカ”
そして
”起動中”
の文字。
この意味を理解するものは、ここにはいない。
**************
「スリード先生?呼びましたか?」
重厚な扉が開けられ、気の弱そうな男が中へ入ってくる。
彼はこの王国で最大の魔法師養成機関、通称”アクリラ”の新任教師だ。
そしてここはそのアクリラの中でも指折りの非日常的空間。
彼は唯でさえ常識はずれなこの学校に最近ようやく慣れてきたところで、その中でもとびきりの非常識であるこの部屋に来ることにはまだまだ抵抗がある。
「・・・ルイスか、呼びつけてしまってすまないね」
不思議な重みを持った女性の声が部屋に中に響く、だがどこにもその姿は見えない。
「本当ですよ授業の準備の最中に、いきなり呼びつけるなんて非常識ですよ」
こうして意見できるようになったのも、いつもこのように使いっぱしりをさせられているおかげか。
誠に不本意ながら最近どうも自分は”彼女”に気に入られているのではないか?という疑念がある。
「ははは、すまないね、どうもこの身なりだ、人の事をあまり考えられなくって仕方ない」
ルイスは上を見上げながら心のなかで”でしょうね”と呟いた。
そして話し相手がそこに見えると、さらに”ああ、今日は服を着ているな”という感想が追加される。
部屋の天井からまるでシャンデリアのように女性がぶら下がっていた。
それも上半身だけで、下半身はまるで何かに埋まっているようで見えない。
いや、その天井が僅かに蠢いた。
ルイスはその光景を初めて見た時に気絶してしまったことをまだ昨日のことのように覚えている。
彼女は人ではない。
蜘蛛から人の半身が生えた、いわゆるアラクネ・・・
それもとびきり巨大な蜘蛛が彼女の正体だ。
「いつまでそうして天井の梁に化けているつもりですか?」
ここの天井はドーム状になっていて、その真ん中にぶら下がっていると、彼女の巨大さも相まって、まるでそういうデザインの建築に見えるから困る。
「まあ、そう言わないでくれ、こうして隠れていると落ち着くんだ、弱々しい蜘蛛の本能というやつさ」
「どこの世界にSランク魔獣の弱々しい蜘蛛がいるんですか・・・・それより要件は何です?」
「いや、なに、ちょっと入学条件について確認したいことがあってね」
「それで入学要項なんて持ってこさせたんですか、知り合いに入学を考えているお子さんでも?」
ルイスの頭のなかに人間大の蜘蛛の子供が、わらわらと教室に入ってくる様子が浮かび上がった。
「いや、知り合いとかじゃないんだ、ただアクリラに新しい風が入ってくるような気がしてね」
「はあ・・・それは・・・」
ほんの少しの間の付き合いだが、ルイスはすでにこの人外の”なんとなく”が、”なんとなく”などではないことに気付いていた。
入学条件などを確認したいというのは、きっと本当に碌でもない事だろう。
ルイスはその時に襲われるであろう事務処理の面倒くささを想像して、気分が大きく沈んだ。
*******************
首都ルブルム:国防局
首都の警備隊を含む国家安全保障組織・・・・つまるところ各軍のトップが全て入居するこの建物は、その物々しい肩書とは裏腹に実はこの国でも最も平和な建物である。
周辺各国との関係が穏やかな現在、一番忙しい軍事組織は各地の警備隊であり、その警備隊にしてもこの建物に入っている首脳部は現場組織からは遠い。
ここで行われているのは、各組織ごとの形式的なやり取りばかり。
緊急の連絡などが入ってくることはほとんど無く、ここに詰めている各軍の関係者はもっぱら貴族相手のパーティやイベントの合間に定時連絡を行い、そこで各々の組織の細かい連絡を受けるにとどまるのだ。
そのため、国防局の中に居る者たちは走ることすら平穏を乱すとして忌み嫌う。
目下、現在行われているこの立食パーティーも、軍首脳部お抱えの新米エリート魔法師を貴族連中に顔見せさせるためのものにすぎない。
僅かな庶民出身者はコネを作るのに必死だが、大部分を占める貴族出身連中は既に実家の方で色々なことが決められているので、この場で自分から何かを行うことはない。
実に穏やか、
実に平和、
皆、この優雅なひとときを贅沢に浪費するのに夢中だ。
だからこそ、会場の扉が不意に開かれ、礼装が基本のこの場に似つかわしくない実務用の魔法師服に身を包んだ者が、あまつさえ小走りで入ってきた時、出席者は皆顔をしかめた。
一体どこの田舎者の使いっ走りだろうか?
そういった声が密やかに流れる。
だが驚くことに、その使いっ走りはこの会場で一番の大物の元へ向かう。
この場で一番の大物・・・このパーティの名義上の主催者であり、王に次ぐ実権を持つマルクス元帥兼筆頭魔法師は近づいてくる使いっ走りに対して、眉をひそめることを隠そうともしなかった。
巷で伝説の英雄などと囃し立てられ、実際それに見合うだけの風貌を持つ彼が睨むとまるでそれすらもが攻撃の一種であるかのような空気を放つ。
だがすぐに、その使いっ走りが自分の直属の部下で”ある任務”を任せている者だと気づくと、その表情がさらに曇った。
「何事だ?」
その言葉を待ったのは、部下なりの妥協できない礼儀だったのであろう。
その問いに対して堰を切ったように
「我が国内で・・・王位スキルの発動を検知しました」
と内容を話す。
だがマルクス元帥は、それを聞いてますます眉をしかめる。
「あら、王位スキルなんて、またガブリエラ様が癇癪を起こしたのかしら?」
近くにいた老齢の貴婦人がそう声を上げると、周囲から軽く笑い声が漏れる。
ここにいる皆は王位スキルと聞いて、この国唯一の王位スキル保持者のお転婆娘が癇癪を起こして頬を膨らませる姿を思い浮かべ、その微笑ましい光景に自身の顔を綻ばせていた。
そして心の中でそのようなことを一々報告させるマルクスに対しての評価を、心の中で僅かに下げる。
だが当のマルクスだけは違った。
この者が緊急での報告が必要と判断したのだ、当然ガブリエラ様のことではない。
そして心のなかでその先を聞きたくないと思う。
だが、
「周波数は04・・・」
「皆様!!申し訳ないが緊急の要件が入った!!」
マルクスは部下の報告をかき消すように大声を張り上げた。
そしてそのまま、報告に来た部下の肩をものすごい力で引っ掴むと、入り口に向かって歩きだす。
「大変申し訳無いのだが!私はここで失礼させてもらう!!皆様はぜひこの後もご歓談を続けていただきたい!!」
と歩きながら、心のこもっていない謝罪と挨拶を一方的に投げつけ、あっという間に会場を後にしてしまった。
「一体何事かしら?」
その後の会場の中で、一体何がマルクス元帥の尻に火をつけたのかが、話題の中心になったことは語るまでもない。
・
・
・
「この愚か者め!!公衆の面前で機密を漏らすバカが居るか!!」
自分のオフィスに戻ったマルクスがすべての窓を塞ぎ、周囲の部屋や廊下から人払いを行なった後、一番先に行なったのは、報告を持ってきた部下に対して怒鳴りつけることだった。
「す、すみません・・・反応がなかったもので、つい・・・・」
部下はその迫力に恐れおののいている、無理もない、彼は入局してからこの方ずっと観測室の静かな環境で働いてきたのだ。
マルクスのような大声を聞くことなんて殆ど無い。
マルクスの方もその反応を見て、流石に少し頭を冷やしたのか
それとも事の重大さを思い出したのか、
とにかく彼が出来うる限り最大限に音量を絞って、声をかけた。
「それはまあ・・・終わったことだ、それよりも・・・・・本当か?」
「ええっと、る、ルブルムの5つの観測所全てで同じ、は、は、反応が観測されています・・・」
部下は完全にタジタジだ、だがそれでも軍人の端くれであることの意地なのか、報告は続ける。
「ね、念のため、さ、サリスの観測所にも問い合わせましたが・・・・同じ」
「・・・・もういい」
マルクスが手を上げて報告を静止する。
もう、それ以上聞かなくても十分だと判断した。
彼にとってこの報告は大きな意味を持つ。
王位スキル群:【フランチェスカ】は、この国に・・・そしてマルクスにとっても容易に平穏を終わらせるだけの爆弾だ。
直ちに、それも穏便に処理しなければならない。
マルクスが頭の中で、対応策を検討し始めた時、
「ま、まだ肝心な報告が・・・・」
「なんだ!?」
思考を妨げられたマルクスが大声を上げるが、だがしかし彼にとってさらなる衝撃の報告が放たれる。
「スキルは現在に至るまで、”ずっと”検知されています!」
その瞬間、マルクスの頭の中は真っ白になった。
天変地異すら起こすこともある人知を超えた偉業、それが王位スキルだ。
そのあまりにも凄まじい力故に、空気中の微小魔力場を観測することで発動が検知できてしまうほどの影響力を持つほどだ。
その絶対的影響力故に”王位”と揶揄され、そして恐れられて管理される存在
それが、常時・・・今も発動しているだと!?
それを現実を理解した途端、自分の足元が一気に脆くなったような錯覚を起こした。
「・・・・カシウスめ・・・・いったい何をした・・・・!?」
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