0-4【はじまる”俺達”3:~覚醒~】

 終わった・・・



 俺は心のなかでそう呟いた。


 希望だったコルディアーノは、俺達のすぐ後ろに倒れている。

 彼は右肩から先を失い、腹部にも深刻なダメージが見て取れる。


 そしてコルディアーノにこれほどのダメージを負わせたと思わしき存在が、すぐ目の前に鎮座している。 

 その超巨大サイカリウスも無傷ではなく、そこらじゅうに大小様々な傷が出来ており、そこから少なくない量の血が漏れている。

 凄まじい激闘だったのであろう事が見て取れた。


 だがその傷跡すらも勝者の証のように見えるから恐ろしい。


 状況はさらに悪くなった。

 家の反対側からさらにもう一体の巨大サイカリウスを含む、複数のサイカリウス達が顔を見せてきたのだ。

 

 魔獣化した個体に引きつられたサイカリウス達が取り囲むように、俺達とコルディアーノに周囲に移動する。

 

 よく見れば殆どの個体が何かしらの傷を負っていた。

 足をなくした個体も見受けられる。

 コルディアーノとの戦いで負った傷だろう。


 だがコルディアーノもこの数が相手では、対処しきれなかったのだろう。

 ここにいるのは二体を除くと、他は皆通常種ではあるが、俺達を襲ってきた連中よりも全体的に体が大きい。


 対コルディアーノ戦のための精鋭ということか。

 

 そいつらが俺たちを睨みながら、各々吠えたり威嚇したりしてくる。

 ここまで来ると一周回ってそこまで怖くないから不思議だ。

 なんで今生きているのだろうという疑問が恐怖を上回っているようだ。


 その時、ガシャンという異音を発しながらコルディアーノが立ち上がった。

 既にダメージの限界を超えているだろうに、だがその姿にはそういった弱みは微塵も見せないといった気概が見て取れた。

 無表情なはずの目からも、気迫が溢れているような錯覚を受ける。


 そのまま超巨大サイカリウスと睨み合う。


 お互い満身創痍だろうに、未だ闘志は失われていない。

 だが状況は明らかにこちらが絶望的だった。

 

 「グォウ!!」

 

 まるで死刑宣告のように、超巨大サイカリウスが指示を出すと、周囲にいた個体たちが一斉に飛びかかってくる。


 逃げ道がどこにもない。


 「「「グァロロロルォオオオ!!」」」


 迫ってくるサイカリウス達が一斉に吠える。


 俺達は自分が死ぬまでの僅かな時間をただ傍観することしかできなかった。


 だが、コルディアーノは違った。


 満身創痍とは思えない速度で、俺達に覆いかぶさってきた。

 目の前にコルディアーノの顔がある。

 その機械の顔の中にどのような思惑があるのかまでは分からないが、諦めてはならないという意思だけは伝わってきたような気がした。


 そこにサイカリウス達が突っ込み、その衝撃でコルディアーノの体が大きく揺さぶられる。

 だがいくら巨大な獣達の牙とはいえ、通常種では歯がたたないのだろう。

 凄まじい衝撃も耐え抜いている。



 だが中には隙間から顔を突っ込ませて俺たちを狙ってくる個体が出てくる。

 しかしコルディアーノは冷静にその個体の首を残った左腕で握りつぶす。

 きっとここにいるのが通常種だけなら問題なく対処できていただろう。


 だが突然コルディアーノの体が持ち上がる。

 見れば魔獣化した巨大個体に背中をガッチリと咥えられていた。


 そう、通常種はあくまで数で手をわずらわせるための目くらましでしかない。

 本命はこの2体の魔獣サイカリウスだ。


 コルディアーノが巨大サイカリウスに引き倒されると、その間隙を縫うように通常種が俺たちに襲い掛かってくる。

 だがその巨大な頭が丸ごと吹き飛ぶ。

 立ち直った主が砲撃魔法を使ったのだ。

 そのまま、その個体を隠れ蓑に後ろにいた個体の懐に潜り込むと、そいつの頭も同じように吹き飛ばす。


 俺達の今やらなくてはいけないことはシンプルだ。


 俺達の砲撃魔法では魔獣化した巨大個体に対してダメージは与えられない。

 あいつらに対して有効な攻撃力を持っているのはコルディアーノだけだ。

 

 だがそのコルディアーノも今の状態では通常種に気が取られて、魔獣種を相手取るどころではない。

 

 通常種はできるだけ俺達が相手取らなくてはならなかった。


 例え、多勢に無勢でも所詮は獣の連携だ。


 圧倒的に小さな俺達を同時に襲うことは出来ない。

 ならばできるだけ近接をしながら、一体一体潰していくだけだ。


 一発でも攻撃を受ければお終いという中、主は鬼神のごとく立ち回った。

 今、各種魔法を制御しているのは完全に俺だ。

 主はただ状況に応じて、魔法の指示と魔力を押し付けてくるだけで、立ち回りにだけ集中している。


 1人なら魔力制御に気を取られた隙きを突かれて死ぬか、魔力による牽制を失って避けきれないかだったろう。

 それは俺という制御機構があればこその動きだった。

 

 俺と主の分業と協力はかつてないレベルに達していた。

 これならば、なんとかなるのではないか?


 だが現実は非情だった。


 右腕を失ったコルディアーノでは魔獣2体の相手は難しかったのだろう。

 

 俺達の視界に無情にも地面に叩きつけられるコルディアーノの姿が映った。

 そして超巨大サイカリウスが彼の足に噛みつき、そのまま噛みちぎってしまった。

 断面から大量の火花と謎の液体が飛び出す。


「だめ!!」


 その悲惨な光景に主が叫んだ。

 だがそのせいで反応が遅れる。


 主の動きに苛立っていた通常種が放った、腕で払う動きを避けきることができなかった。

 なんとか直前に棒で受けることが出来たが、圧倒的パワーの差による衝撃で意識が飛びそうになる。


 そのまま弾丸の様に吹き飛ばされた俺達は、数十mほど離れた場所に叩きつけられた。


「・・・あっぐっ、・・」


 痛みで声にならない悲鳴が漏れる。


 だが目を開けた時、状況はさらに悪化していた。


 目の前には肩から先がない血まみれの巨大サイカリウス。

 先程俺達の全力の攻撃をまともに食らったやつだ。


 あのときは痛みで混乱していたせいで、逃げ出すことが出来たが。

 今はもう、その混乱は収まっていたようだ。

 

 その目には間違えようのない殺意が込められていた。

 

 だが、逃げようにも今の一撃で受けた痛みで体が思うように動かない。

 それでも俺達は最後まで足掻こうと、這って移動しようとする。

 

 下半身に激痛が走る。

 振り返って見れば、通常種の一匹が俺達の足を前足で押さえつけていた。


「うああああああ!!!」


 なけなしの気合と魔力で、そいつに砲撃魔法を叩き込みそいつの頭を吹き飛ばす。

 だが今ので完全に逃げる隙を失った。

 

 眼前に巨大サイカリウスの顎が迫る。

 

 その顎門が閉じられようとしたまさにその時、俺達は突然後ろ方向に引っ張り出され窮地を脱した。

 だが状況が良くなったわけではなかった。


「っ!?、クーディ!?だめ!!」


 目の前にはいつの間に現れたのか、ボロボロになった人形が立っていた。

 僅かに残るクリーム色の装甲にわずかばかりの彼の面影を残している。

 おそらく彼もどこかでサイカリウス達に挑み敗れていたのだろう。

 だが、主の一大事に最後の力を振り絞って、間一髪で俺達を引っ張り出しそのまま巨大サイカリウスを殴りつけたようだった。


 殴られた巨大サイカリウスはその予想外の威力に驚いていたが、それだけだった。

 自分を殴りつけた小さな存在を、煩わしいと言わんばかりに前足で払う。

 既にボロボロだったクーディにそれを避ける余力はない。


 クーディは壊れた部品を撒き散らしながら、まるでピンポン玉のように軽々と遠くへ飛んでいった。


 そして、今度こそ獲物を仕留めてやるとばかりに、巨大サイカリウスがこちらを向いた。





 絶望的だった。


 左を見れば、コルディアーノの残骸の上で勝利の雄叫びを上げる超巨大サイカリウスの姿が。


 右を見れば、もはや原型をとどめていないクーディが。


 後ろを見れば手隙になった通常種たちが、家に飛びかかり周りに付いている小屋を壊して回っていた。

 そして食糧庫に気づいたのだろう。

 自分の仲間だった者の肉を食らっている。


 そして我が身を振り返れば、その場で動けなくなった主の姿が。


 その目に溜まった涙で視界がぐにゃりと歪む。



 最悪だ。


 不思議な事に恐怖はない。


 ただ、この主との奇妙な共生がもうすぐ終わるのかと思うと、寂しくなってきた。


 人間、死ぬ瞬間には時がゆっくり流れるように感じるというが、どうやら俺もそうらしい。

 まるで死刑執行人のように近づく巨大サイカリウスの姿を見ながら、俺はそんなことを考えていた。


 そしてゆっくりその口が開けられるのを眺めた。

 この巨大な口が閉じられる時、俺達の時間は終わるのだ


 ・・って、くっさいな・・・

 

 肉食獣だけあって口臭は最悪だ。

 それにこれからあの臭いの元になるのかと思うと、場違いにも”いやだ”という感情がわいてくる。

 

 いや、場違いではないのか。



 その感情に俺が気付いた時、頭のなかに不思議な光景が浮かんだ。


 ”魔水晶を使え”


 本に挟まっていたあのメモだ。


 あれが頭の中の全てを支配していた。


 こんな時になぜ?



 だが、何かよくわからない衝動に突き動かされた俺は、ただ、ひたすら声にならない声でその言葉を叫んでいた。

 



****************


side ???



  なんで・・・・


 分かっている、自分がこいつらの張った罠にハマったのだ。


 今日は大人しく家で待っていればよかった。

 そうすればコルディアーノが負けることはなかった。


 コルディアーノは無敵だ。

 数が増えたところで、倒すまでの時間が増えるだけだ。


 だが彼には弱点がある。


 彼はわたしの危機を見過ごすことが出来ない。

 そういうふうに作られているのだ。

 きっとあいつらはどこかの段階でそれを学習して、コルディアーノに隙ができるまでひたすら時間を稼いだのだろう。


 そして、わたしの危機に気づいて慌てたコルディアーノを数で足止めして、デカイ奴が噛み付いたにちがいない。


 優しかった彼は今、わたしの左の方に倒れている。

 その姿はもう見るに耐えない。


 だが右を見ても救いはない。

 そこにはコルディアーノ以上に無残な姿になったクーディの姿があった。

 

 彼は戦うことを考えて作られたわけではない。

 ただわたしを育てるために残された存在。

 だが自分にとっては親そのもの。 


 その彼の無残な姿に胸が張り裂けそうになった。


 そして後ろから不快な音が聞こえてきたので振り向いてみれば、忌々しい事に”王球”のまわりに立てた小屋が破壊されている最中だった。


 あの小屋の一つ一つに大切な思い出がある。

 

 今まさに破壊されたその小屋は、弱った父が最後に残してくれた物

 あいつらに中を暴かれ、踏み潰された食糧庫にはずっとお世話になってきた。


 ああ、今お前たちが奪い合っているそれは、お前達の仲間の肉だぞ・・・


 ・・・・憎たらしい。


 なんと憎たらしいことか。


 だが一番憎たらしいのは、もう諦めてしまった自分の心だ。

 

 奪われて・・壊されて・・・でも何もすることが出来ない。


 恐怖が、もう助からないという冷めた心が、足掻くことを止めさせていた。


 そのことを認識した時、目に涙が溢れてきた。


 自分の頭の上に”そいつ”の頭があった。


 これから自分は父のもとへと向かうのかと思うと恐怖はなかった。

 喋る相手のいない生活はつらすぎた。


 だけど、コルディアーノやクーディは同じところに行けるのだろうか?

 かつて彼らを作った父にも聞いたことがあるが、父にもそれはわからないらしい。

 

 同じところにいけたらいいな。

 今度こそ4人でいつまでも暮らせたら、どんなに素敵だろうか?


 ”そいつ”の口が開く。


 どうやら見逃してはくれないらしい。

 そりゃそうか、自分の腕を吹き飛ばした相手なんて、


 わたしだったら絶対許さない。


 あの口が閉じられたときがわたしの最後だ。


 だが最後にその口が気になった。

 

 少々、臭過ぎやしないか?


 いや少々ではない、かなり臭い。


 これからあの口の中で、あの匂いにまみれて新たな臭いの元になるのかと思うと・・・


 それは”いやだ”な・・・


 その時ふと、この前会話した”あいつ”の言葉が頭をよぎる。


 ”本当に困ったときは自分の心に聞きなさい”


 父の教え通り今を客観視するならば、今は正にその”本当に困った状態”といえるかもしれない。


 だからなんだというのだ?


 ”今困っているんだけど、どうしたら良い?”

 と、でも聞けばいいのか?


『・・・・を・・・え・・・』


「え?」


 頭のなかに謎の声が聞こえてきた。


『・・すい・・・を・・・かえ!』


 やはり聞き間違いではない。

 微かだが頭のなかで誰かが叫んでいた。

 

 そして奇妙なことに、周りの景色がスローモーションになっている。

 眼前に迫ってくる大きな口が、あまりにもゆっくりに見える。


『”魔水晶”を使え!』


 今度ははっきり聞こえた。


 だがその内容の意味がわからない。

 こんな時に魔水晶なんて一体どう使うというのか?


 だがその問いが通じたのか、まさかの返答があった。


『”魔水晶”の中に魔力を入れろ!』


 なにやら具体的な指示が飛んできた。

 まあいい、どうせ死ぬまでの僅かな時間の事だ。


 右手の魔水晶を見ようと目を動かすが、どうにもゆっくりだ。

 どうやら意識だけが高速で動いているらしい。


 なんとか視界の中に魔水晶を入れる。


 無色で吸い込まれそうになるほど内部が深く見える”それ”は、自分にとって便利アイテム以上の使い道はなかった存在だ。

 ただ、”ずっと持っていろ”という遺言に従って、身につけているだけにすぎない。


 そういえば触媒代わりに使ったことはあるが、これ自体に魔力を溜めたことはなかったな。


 そう思いながら魔力を押し込んだ。

 

『!?よし!、魔力を入れたな、あとは・・・ええっと、名前!』


 名前?

 そんなものが何になる?


『そういうのいいから!、早く名前を教えろ!』


 随分と命令口調な奴だな。 

 そう思いながらも気がつくと自分の口を動かしていた。

 そういえば、自分の名前なんて意識したのは何時以来だろうか?

 

 ”自分”を意味する言葉であり、父の最後に発した言葉が口の中からこぼれる。


「・・モニカ」


 あれ?なんで口はスローモーションじゃないんだろう?


 この時わたしは、自分の何もかもが変わるまさにその瞬間なのに、なぜだかそんなことが気になっていたのだ。


『 ”・・・認証完了・・・個体名:モニカ を登録” 』


 なんだろうか?


『 ”・・起動プロセスの正常な動作を確認” 』


 頭の中に様々な情報があふれかえる、そして・・・


『 ”スキル群と管理用インテリジェントスキルのリンクを確認” 』


 力が溢れてきた様に感じた。




『 ”スキルID:04 :ランク:”王位”:スキル名”フランチェスカ” を起動する” 』




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