0-4【はじまる”俺達”1:~待ち伏せ~】

 翌朝の行動開始はまだ夜が明けきってない時間に始まった。

 今日一日で行動できる範囲を最大限確保するための措置だが、夜明け前の銀世界はとても寒く、玄関を出た瞬間俺は心のなかで、主は声に出して呻いた。


 今日の予定はシンプルだ。


 最短距離でソリのもとまで行き、すぐに持って帰る。

 時間にして最短8時間、余裕を見てその倍の16時間を活動可能時間として確保した。

 これならば今日の日没までに、余裕を持って返ってくることができる。


 ただその旅路はスタートの段階で躓いた。


 本来ならば家領域の境界ギリギリまでコルディアーノと行動を共にする予定だったのだが、肝心の彼の姿が見当たらない。

 過去にも何度かどこかへ行ってしまうことのある彼だったが、その殆どの場合で何者かとの激戦の跡が見られていた。

 とするならば今回もその可能性は大いにある。

 

 ここで、コルディーアーノが戦っている相手が何者かなどということを考えるのは無駄だろう。

 高確率であの巨大サイカリウス達だ。

 あいつらならばコルディアーノの金属の体に傷をつけることができるし、コルディアーノが度々浴びていた返り血にも説明がつく。

 恐らく過去にも何度もこの領域に入ってくることがあって、その度にコルディアーノが撃退していたものと思われた。

 

 仮に今まさに巨大サイカリウス達の襲撃があったとしてどうするべきか?


 主も地面に耳を当てて状況を確認している。

 耳から入ってくる音はいつもよりかなりノイズにまみれていたが、微かにだが俺にも分かるレベルで異音のようなものが聞こえてくる。

 方向は俺達が向かう予定の方向とは逆。


 つまり南東方向から聞こえてきていた。

 恐らく前回とは逆の方向から攻めることで、コルディアーノの隙きを窺ったつもりなのだろうが問題なく対処されているな。


 これならば今日の旅路は危険から遠ざかる方向への移動となる。

 精神が安定している今の主の能力なら気づかれるよりも早く察知できるので、不意にこちらに移動してきても対処は容易だ。

 仮に問題が発生しそうな状況でも、領域の境界でもう一度判断出来るだけの余裕はある。

 

 領域内であればコルディアーノの方がサイカリウスよりも圧倒的に移動が早いので安全だし。

 領域外に出る時に安全マージンが足りなければそこで留まれば良い。


 主もそう判断したのだろう、とりあえず今日の移動の変更はしないようだ。



 俺達はそれからいつもよりも時間をかけて移動をしていた。

 かなり念入りに索敵を行いながらの移動なので時間がかかるのだ。

 ただ心配していたような事が起こる気配はない。

 それは時間とともに明るくなっていく主の顔色からも伝わってくる。


 既に俺の能力では判断がつかないが、主の行動を見るに脅威までの距離は既に安全圏まで達しているのではないか?


 

 家の領域が終わる境界のすぐ手前で、俺達は最終判断とばかりに一層慎重に索敵を行なっていた。

 状況はかなり好転しているといえた。


 家の領域のサイズを考えるに、この前主が気づかれたと思われる距離よりも倍以上は距離が空いており、索敵の時の反応を見るにその正確な距離も主は把握しているようだ。

 これならば相手の動きに合わせて相手の索敵範囲の外側を常に確保できる。

 さらに追い風とばかりに雪が薄っすらと降り出し、視界の通りが悪くなる。

 索敵能力を視界に大きく頼っているらしいサイカリウス達には、厳しい条件だろう。


 これでこちらが見つかる可能性はほぼなくなった。

 そう判断した俺達はソリの方に向かって歩きだす。

 視界が通らなくなったのは良いが、ソリが埋もれてしまっては元の木阿弥もくあみだ。

 幸い主はこのあたりの地理に関しては詳しいようで、目的地に向かってまっすぐ進んでいる。

 俺が視覚ログから作成したマップと比べても、ほぼ最短コースの辺から外れることもなく進んでいるのでそれは間違いないと思われた。



 領域の境目から30分ほど行ったときのことだった。


 それまで快調に進んでいた主の足が突然止まる。

 そして進行方向右側のある一点を凝視し出した。


 

 ここからだと何の変哲もない雪の小山があるだけのように見えるが・・・

 だが主の目は真剣で、集中力の変動から何やら高速で頭を回していることが伺える。

 恐らくその小山について何か不審な点があったのだろう。


 ゆっくりと棒を小山に向かって構える。


 俺にはまだ、ただの小山にしか見えないが、主が何かを察知したのなら何かあるのだろう。

 そのままジリジリと何もない時間が経過していく。

 主も小山に攻撃を加えるべきかどうか決めあぐねているらしい。


 だが遂に意を決したのか、砲撃魔力について詳細な注文が飛んできた。

 貫通力を吹き飛ばされないレベルの威力一杯まで上げた砲撃。

 これで急所と疑われる部位を狙うらしい。


 最大限の集中で狙いをつけると一気に魔力を開放した。


 砲弾代わりの魔力溜まりが一直線に、雪の小山に衝突し・・・・


 衝突点から真っ赤な血を吹き上げた。



 と、同時にその小山が立ち上がり正体を表した。

 サイカリウスの通常種だ。


 この前みたいな魔獣化はしていないが、やはり立ち上がるとその威圧は凄まじい。

 しかも急所のあては外したようでまだ活動ができるようだ。

 そしてそのサイカリウスはこちらを確認すると、突然顔を上に向かって持ち上げ口を大きく開く。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」


 凄まじい音量で響き渡るサイカリウスの遠吠え。

 だが主はそれに負けじと次弾を発射した。


 今度は攻撃を頭に受けその場で絶命したが、そのサイカリウスは最後の瞬間まで吠えるのを止めていなかった。

 その行為はまるで仲間に対する合図のようで・・・・


「!?」


 次の瞬間、周りから一斉に何かが動き出す気配が飛んできた。

 どうやらこの周囲10kmほどの範囲に結構な数の集団がいるようだ。

 周りを見回すと、遠くの方に何体かの姿を確認できた。

 魔獣化している個体はまだ見当たらないもののこの数は異様だ。



 主はその場ですぐに引き返すことを決断する。

 だが、領域までの帰り道の方向からも何体かの気配がある。


 おそらく、地面にうずくまってできるだけ動かないようにしていたのだろう。

 いくら動く音を聞いて判断していたとはいえ、主の索敵を躱すとはかなり気合の入った隠蔽だ。

 間違いなく群れでの作戦として主を狩りに来ていると思われた。


 こんな筋張った少女など食べても美味しくないだろうにご苦労なこった。

 ひょっとすると普段から狩られていることに対する報復か・・・


 いや、魔獣化したサイカリウスの説明に知能が高く、群れを引き連れるというのがあった。

 となるとこれはあの三匹の策略か。


 主がソリの近くまで行くのを待って群れで退路を塞ぐ作戦だったのだろう。

 恐らくあの三匹でコルディアーノを引き付けておくことも作戦の内だったのかもしれない。

 とんでもないやつに目をつけられてしまった。

 幸いにも途中で気づけたのでまだ傷が浅かったが、

 群れの中でバレる形になったので、早くしないと囲まれてしまう。


 その為、主は懸命に家領域に向かって走った。


 左右と後ろからは何体もの足音が聞こえてくる。 

 一体どれだけの個体をかき集めたのだろうか?


 当然前からも向かってくる個体がいるが、砲撃魔法の射程に入った途端連続で砲弾を叩き込まれすぐに絶命する。

 だがそれもすぐに学習されたのか、数匹斃したところで射程の内側には入ってこなくなった。

 恐らく近くに魔獣化した個体がいるに違いない、そいつが指示を出しているのだろう。

 射程ギリギリの距離を保ちながら、段々と群れの個体が集まってくる。

 今はまだ突入されても対処できる量だが、

 これだと対処が間に合わなくなる量が集まるのは時間の問題だ。


 主も牽制代わりの砲撃を繰り出して入るが、距離が長いため余裕を持って躱されてしまっている。

 そして段々と砲撃の軌道に慣れてきたのか、射程の内側に入っても砲撃を躱す個体が出てきた。

 

 まずい。


 群れが横に移動を始めた。

 家領域との間に割って入って逃げ込むのを防ごうという考えなのだろう。


 そうさせないために主もほぼ全力疾走のような形で走るが、

 向こうのほうが数段早い。


 次第に進行方向に割り込んでくる割合が増えだした。

 そしてそのまま圧を掛けるかのようにこちらに迫ってくる。

 距離が減るのを嫌がった主が領域の外の方向に向かって移動するのを期待したのだろうが、

 うちの主は一味違った。


 なんと、群れの動きに反応すること無く家領域に一直線で突っ込んだのだ。


 この行動は予想外だったのか、サイカリウスたちが驚いて統制を乱し始めた。

 中には距離が詰まったことに反応して突っ込んでくる個体もいたが、バラバラでは所詮ただの的である。


 いくら躱され出したとはいえ、1km程度はこちらが一方的に攻撃できるのだ。

 それに数十mまで近づけば必中できる自信もあった。


 単体で突っ込んできた個体が各個撃破される。


 だが相手もそれをすぐに学習した。

 群れを主の進行方向に固めて迎え撃とうとしたのだ。

 だがそれは悪手だぞ。


 群れが固まりだしたことを確認した主はなおも止まらない。

 片手で盲撃ちよろしく牽制を入れる傍ら

 もう片方の手に魔力を集中させ、空中に浮かべる。


 あとはその魔力溜まりにありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 俺の方も調整は引き受けたとばかりに、魔力を固定化し続ける。


 すぐに以前俺たちが恐怖を感じた状態、すなわち俺の調整がぎりぎり間に合うレベルに魔力の濃度が到達する。

 手の先には危険な高音を発しながら滞留する黒い丸が浮かんでいた。

 以前はこの状態から脱却することに苦労したが、今はその心配はない。


 臨界を感じた主がその魔力溜まりを、前方に向かって飛ばす。

 そして俺の調整を受けたその魔力溜まりは、そのまま真っ直ぐにサイカリウス達のど真ん中に吸い込まれた。


 その瞬間周囲が真っ赤に染まったかと思うと、次の瞬間にドン!という短いがとても力強い衝撃波を感じた。



 その爆発の中心にいたサイカリウスたちはかなりの距離吹き飛ばされ、吹き飛ばされなかった個体もその衝撃と音に我を失って混乱していた。


 そして俺達は自分たちで切り開いた群れの空白を通り抜けると。

 家領域までの僅かな道のりを一気に駆け抜けたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る