0-3【オアシスの精霊3:~氷の中のオアシス~】

 



 ここから見るとまるでオアシスだな。


 もちろんここは砂漠ではないが、なにもない殺風景な風景の中に突如瑞々しい緑色の空間が現れる様は、オアシスとしか形容のしようがない。

 だが、ここは涙も凍る氷結の世界。

 あの植物たちは一体どうやって生きているというのか。


 オアシスの形状はほぼ完全な円形。

 中心部に小さな池があるようで、その周りを大小様々な植物が生い茂っている。

 その周囲は全方位がなだらかな坂で構成されていて、オアシスが大きな穴の底にあるようだ。


 それにしても池か・・・・


 見た感じ液体の水で作られたように見えるが、こんな気温の中で凍らないなんて一体どういうことだろうか。

 

 そしてどうやらここが目的地のようで主が迷わずに穴の縁にたどり着くと、一旦そこで立ち止まり何やらソリをゴソゴソといじり始めた。

 ソリの後ろ側に鉤爪のようなものを取り付けている、ブレーキ代わりにするのだろうか。


 そして2つのソリをひっつけてロープで固定し始めた。

 かなり念入りに固定具合を確認しているな、一体何をするのか?


 お、ソリの後ろ側に足をおいて・・・・


「おりゃああああ!!」


 なんと斜面の縁から足を使ってソリを全力押し出した。

 当然、斜面に沿ってソリが滑り落ちていく、ブレーキがついてるとはいえ結構な力で押し出したので速度が出ている。

 大丈夫なのかな・・・などと考える暇もなく、さらに滑り落ちるソリを追いかけて、主が一気に駆け下り始めた。


 視界はさながらジェットコースターだ、ゆるいが坂道に違いないため結構な速度が出ている。

 それを持ち前のバランス感覚でなんとか姿勢を維持し、吸着魔法と筋力強化をタイミングよく使用することでコケずに走り続ける。


 すぐ目の前を滑るソリは斜面による加速よりも若干ブレーキの方が強い調整らしく、だんだん減速してきた。

 そして主が追いつくと、追い立てるかのように後ろから強烈な蹴りを入れる。

 後ろから押される形になったソリがまた一気に加速し主を引き離したが次第に速度を落とし、また追いつかれる。

 追いつけばケリで加速させ、ブレーキで速度を微妙に落とし続ける。

 なかなかに繊細な塩梅で調整された無茶を行なっていた。


 そうやって加速と減速をなんどか繰り返しながら、ソリと主はこれまでの変化のない行程がウソのような勢いで一気に底までたどり着いてしまった。


 底の方は平らになっているようで、主はオアシスには入らないギリギリのところでソリを止めた。

 どうもいきなりオアシスの中に入る気はないようだ。

 俺はそこで足の感触がおかしいことに気がついた。


 どうも、地面に踏み応えがない・・・・


 というか、ここ暑くないか?


 いや、確実に暑い。


 見れば、地面の氷がシャーベット状になっており、氷のすぐ下になんと土が見えていたのである。

 踏んだ感触が違うはずである。

 どうやらこの熱気によって、氷が完全には凍りきらないようだ。

 よく見ればオアシスの方向に向けて、ちょろちょろと水が流れている箇所がいくつか見える。


 この謎の熱気はオアシスの方から漂ってきているようで、ここから数百メートルほどかけて徐々に氷から土に地面の色が変わっていき、完全に地面が土色になっている場所からすぐ向こう側からは地面に、びっしりとコケのようなものが生え曲がりくねった木のような植物が空間を覆い尽くしていた。


 


 ちょうど日が落ち始めたようでオアシスの中に、窪みの縁が作る巨大な影が降りてきた。

 だが穴の外とは違い、真っ暗になっても気温が下がらないな。

 オアシスからモクモクと送られてくる熱気が、冷気を遮断しているようだ。


 その後、主がわざわざ斜面を少し登ったところで”家”魔法を展開した。

 どうも、斜面の下の方は熱気で溶けかかった氷の感触が気に入らないらしい、まあ俺もあんなグズグズの地面で寝てほしくないが。

 そして悲しいことに今回、俺を頼ってくることはなかった。


 流石に寝づらかったからねぇ・・・・大事なのは燃費じゃないよね・・・・

 

 



 ***********************************






 目が覚めた時に最初に目に飛び込んできたのは、予想外の景色だった。


 モクモク



 すっごいモクモク


 とにかく、視界全てが凄まじい靄に覆われていた。 

 恐らくオアシスの熱気が蒸気となって上り、夜から朝にかけての冷え込みで一気に霧状になったのだろう。


 まるで蒸気機関のようにオアシスの中心から蒸気が斜面を駆け上ってくる。


 最初はあまりに靄が濃すぎて一体何がなんだかわからなかったが、次第に気温が上がってきたせいなのだろう、ゆっくりと靄が晴れだしてきてその全体像が見えてくるとこの現象のスケールの大きさが分かってくる。


 右の方も左の方も、オアシスの向こう側もオアシスの中心部から発生する蒸気が広がっていた。


 見渡す限りの穴の縁にめがけて登っていく蒸気が、まるで滝を逆再生したかのような不思議な景色を作り出している。


「・・・・・・」


 それを無言で眺める主、驚いていないので知っていたのだろうが、それでもこの不思議な景色に目を奪われるようだった。 

 

 まあ、これだけ視界が悪いと飯食うくらいしかやることないしな・・・

 


 結局俺達は朝日が差し込んだことによって霧が晴れるまで、特に何もせずその雄大な景色を眺めていた。



  


 靄も晴れ、朝食も済ませると主はオアシスに向かって視界を定める。


 ジャングルにも見えるその緑色の領域は、驚くほどの静けさを持っていた。

 オアシスの外では四六時中鳴っている風の音も、まるでそこだけ音を吸収しているかのごとく聞こえてこない。


 何がと聞かれるならばそれだけなのだが、その静けさがこの氷のオアシスの神秘性を増しているようで、そこへ近づこうという意思を砕かれるように感じたのは気のせいだろうか。


 主が装備の確認を終えたようでソリをいじりだした。

 どうやらとりあえず片方だけを持っていくようだ。

 前の方のソリだけを持って、オアシスの方へ向かって歩き出した。


 オアシスに近づくにつれ地面の感触が変わっていく、今はもう土の方が氷よりも多い。

 そして木の隙間から内部に入ると、空気の重さが一気に変わった。


 湿気なのだろうか少し呼吸しづらいようだ、あとかなり暑い。

 既に上着と防寒着を後ろのソリの籠の縁にかけており、かつて無いほど薄着だ。

 それでも薄っすらと汗をかいており、この場所の異常性を際立たせていた。


 景色は完全にジャングルだな、ただ奇妙なくらい緑一色でこういう所にいそうな虫のたぐいがどこにもいない。

 苔むした大地は水分をたっぷりと含んでおり大変滑りやすい。

 というか、これもう氷の上よりも滑るのではないのか、外の氷は表面が乾いているため実はそんなに滑らない。

 地面も木の幹も苔がびっしりと覆っており、先程から主は吸着魔法全開で歩いている。

  

 花とかはないが、巨大な山菜のような物がそこらじゅうに生えており、これまた巨大な葉っぱが時々地面から見えている。


 その中を主が物色しながら、時々何かの基準で選んでいるのかわからないが、植物を切り取ってソリの中に入れていく。

 

 香草代わりに使っている葉っぱや、巨大わらびのような植物、食べたときは芋だと思っていた植物はなんと・・・・・なんだこれ。

 今は妙に柔らかいかぼちゃのお化けのような、植物を切り取っている。

 茎の部分は別の植物だと思っていたものだった、煮込むとそれなりに美味しいやつだ。


 こうして野菜の確保を続けながら徐々に中心部へと移動していった。

 どうやら中心部の池にも何か採取する用がある様だ。

 

 池が見えてくると、その異様な雰囲気が伝わってきた。

 なぜだろうか、池の内部には全く植物が生えていない。


 池の縁に生えている植物も他のところと違うようで、そこだけなかなか毒々しい見た目の植物が生えている。


 主のお目当てはその植物のようだ、触ってみるとまるでレタスのようなやわらかい感触で、主が好んで食べていたことを思い出す。

 そして当然のようにどんどんと採りだした、明らかに他より数が多い。


 ただ一心不乱に採集を行う主は少々警戒がゆるいように感じるが、大丈夫だろうか?

 まあこれだけ静かだったら、何か動くものがいればすぐ分かる・・・・





 そのとき主の手が不意に止まった。



 何かに気づいたわけではない・・・・・ただ動けなくなったのだ。

 そして俺もその”何”かの異常を察知する。


 ”何”かといっても、別段何か見えたわけでも音が聞こえたわけでもない・・・・

 ただとてつもない緊張感が全身をその場に固定してしまったのだ。


 その瞬間、主が下唇を噛み痛みで緊張を解き、即座にその場を飛び退いた。

 そして間髪入れずに棒を構え、”それ”の方向を向く。


 ただしこちらから攻撃する意思はない。

 とっさの機転で緊張状態を脱したものの主は完全に及び腰だ、今もジリジリと下がろうとしているが動いたことで逆に”それ”を認識してしまい、またもその場に釘付けにされた。


 主がゆっくりと視線を”それ”に近づける、完全に目視しようとはしない、本能的恐怖が”それ”と視線を合わせることを拒否していた。


 ”それ”は赤色の少女だった。


 いや、見た目がそうなだけで絶対に中身は違う。


 一糸まとわぬ姿をしているが局部などはなく、肌は赤くさらに発光しており、髪はもはや毛というよりは、完全な炎でメラメラと逆巻くように揺れている。


 何よりも、その圧倒的なまでの存在感のせいで、こちらは息をすることすらままならない状態なのだ。


 その少女はぼんやりとこちらの方に顔を向けているが、視線がどこを向いているのか定かではなかった。

 ただ正直それはありがたい、この上こちらを直視しようものなら恐怖でどうなるのかわかったものではない。


 とにかく圧倒的強者であることしか、今はわからないのだ。


 主はまるで認識されることを恐れるかのように、その場で固まって息を止めている。


 俺は全力でこの相手に襲われた場合の対策を考えるが、どうしても対応策が思い浮かばなかった。

 それよりもできるだけ相手を刺激してはならない、という一点のみが思考を支配している。


 いったいどう動くのか・・・・


 その緊張で忘れた呼吸のせいでついに意識が遠のき始めた時、その少女が不意に口を開き


「・・・おはよう」


 と挨拶してきた。  




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