断られたあとのお誘い


ダンジョンを出ると辺りはとっぷりと日が暮れていて、既に夜になっているようだ。ダンジョンの入り口は都市の城壁内にあるとはいえ、住宅街からは離れたところ位置している。それ故光源となりうるものがあまりないのだが、夜空に浮かぶ月に照らされているため、視界に困ることはない。


そのままギルドに向かおうとして歩みを進め出すと、ダンジョンの入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ナージェの魔法があって、本当に良かったぜー!いや、最後のはマジでヒヤヒヤしたわ。」


「――――ん。あれは強かったの。」


「なー。だよな!あれ絶対普通のゴブリンソードじゃないぜ?リーダーさんもそう思うだろ?」


ダンジョン帰りの冒険者達の喧騒の中でも、一際目立って聞こえるこの声は、多分タールのものだろう。それと小さすぎて聞き取りにくかったが、ナージェもいるようだ。


声が聞こえてきた方向に顔を向けると、やはりそこには何度か見たことがある新人パーティーがいた。リーダーさんと、タールと、ナージェと。あとの人の名前はまだ知らない。


向こうも振り返っている俺に気付いたのか、若干はや歩きになって近付いてくる。


一番最初に俺の隣へ来たタールは、深々と刻まれた剣の傷跡を残す鎧を着たままで、乱暴に肩を組んできた。


「おー、誰かと思えばフェイルじゃんかよ?お前も今日ダンジョンに行ってたのか。で、噂のBランク冒険者さんは今日は何層にいたんだ?」


「ちょっ、汗臭いから近付くなよ!てか俺今絶賛返り血浴びたあとだから、くっつくと移るぞ?」


タールを必死にひっぺがして距離を置くと、今度はナージェが俺の目の前に来ていた。


「――――――久しぶりなの。今日ナージェ達は四層にオロロロロォ」


「ちょっ?!無理して喋らなくても良いからな?!何、俺を見たら取り敢えず泡りたいの?!それに、『オロロロロォ』てどちらかといえば、吐いたときの効果音だろ。」


本当にこいつらと一緒にいると、一々騒がしくなるなぁ。


「良かったですね。今日のナージェちゃんは二十二文字話せましたから、前回より三文字分だけ好かれましたよ?」


いや、三文字って基準がわかんねーし。


手際よく水魔法で掃除をしている青い髪の――――「何て名前でしたっけ?」


「コリーです。覚えてて下さいよ。」


あぁ、そうだった。この掃除専門の人は、コリーっていう名前だったな。毎回大変そうで、ご苦労様としか言い様がない。


しかし、改めて新人パーティーを見てみると、程度の差はあれ全員怪我を負っているようだ。特にひどい状態なのがタールで、体にこそ大きな傷は無いものの、着ている鎧に深い剣の痕が走っている。一応顔見知りということもあって心配に思い、俺は一番話の通用しそうなリーダーさんに、事情を伺うことにした。


「皆傷だらけで大変なことになっていますけど、何があったんですか?」


「ああ、それですか。僕達は今日四層のボス攻略をしたんですけど、ボス部屋にいたのがゴブリンソードだけだったので、油断してしまったんです。そしたら――――」


「だーー!うざいうざい!そんなに堅苦しくしなくてもいいだろ?!」


まだ途中であった説明を見事なまでにぶった斬ったタールは、リーダーさんを押し退けると話を継いだ。リーダーさん、不憫。


「四層のボスがゴブリンソード一匹だったから、思わず拍子抜けしちまってよ?油断してたら俺たち全員コテンパンにされたんだよ。俺なんか特にヤバかったぜ?最後にナージェが煙幕を使わなきゃ、この鎧の傷は今頃俺の顔に刻まれてたからな」


いや、それは自慢にはならないだろ。むしろ後味が悪いから止めてくれよ・・・・・・。鎧の胸元の傷痕を指差して笑っているタールを見てそんなことを思うが、それとは別にふと思い浮かんだことがあった。


「なぁ、そのボスのゴブリンソードって、受け流し技術がすごかったやつ?」


「そうそう!そいつの受け流しがヤバすぎて、俺の攻撃が一回も当たらなかったんだよ!てか何でフェイルが知ってるんだよ?」


「だってそれ、俺がさっき殺したやつだもん」


「「「「「は?」」」」」←若干一名泡ってるナウ。


「いや、だから俺がさっき殺したやつだもん」


その言葉にいち早く反応したのは、まだ名前も知らない女の子だ。茶色いショートボブのその子は、少しだけ興奮気味に捲し立てる。


「ほ・・・本当に倒されたのですか?!見たところパーティーなどは組んでいないように見えるのですが」


「んーー。一人っていうよりは、危ないところをこいつに助けてもらったんだけどね?」


肩に乗っかってぷよぷよしているラーシェを指差すと、ラーシェは胸を張るかのようにその場でふるふると動いた。


そして、それを見た女の子が目をキラキラさせる。


「それ可愛いです!触らせてください!!」


草食獣の喉元に食らい付く肉食獣が如く動きでラーシェに手が伸ばされるが、ラーシェはそれを触手で弾いた。


『嫌だよ!ボクを触って良いのも、乗っからせてくれるのも、逆にベッドの上で乗っかっていいのも全部あるじだけなんだから!!』


弾かれた手を見てガッカリしている少女に、一言いってやりたい。


―――――やめておけ、と。


そんなこんなでひと悶着ありながらも、俺達はギルドに向かっていった。






「・・・・・・はあ。」


頭を抱えてため息をついているマリアさんは、呆れきった表情で俺を見る。


「すみません。もう一度言ってもらえませんか?」


「いやだから、四層のボスを倒したので、到達階層の更新をお願いしたいんですけど・・・」


俺の言葉を受けてニッコリと笑ったマリアさんは、天使のような微笑みを浮かべているが、目が笑っていない。今にも『三下がぁぁぁ!!』とか言いながら、空気を圧縮してしまいそうだ。コワイコワイ。


「何を考えているんですか?!あれほど身体を大事にしてくださいって言いましたよね?なのにパーティーも組まずに単騎でボス戦とは――――っ!!四層のボスはゴブリンソード五匹ですよ、もし死んだらどうするんですか!」


「え?ゴブリンソードは一匹しかいま・・・せん・・・で・・・したよ?」


「フェイルさん。それはきっとユニークモンスターです。身体能力や知能、特殊能力など様々なアドバンテージを持って生まれてくる魔物ですよ?詳しい話も聞きたいので―――――裏、行きましょうか?」


あまりの威圧感。それこそ歴戦の猛者のような覇気を受けてたじろいた俺は、助け船を求めて後ろを向いた。


その瞬間、俺の後ろにいた全ての冒険者が顔を背け、タールに限っては「スヒュヒュ~(汗)」と下手くそな口笛を始める始末。


しかし!そのなかでも、それに手を差しのべてくれる人がいた。


人混みの中でも目立つであろう魔女っ子服に身を包み、仕上げにトンガリボウシまで被っているその子は・・・・・・「――――ナージェが一緒に行ってあげるの」珍しく最後まで喋りきり、俺の手を掴もうとして・・・・・・ベチーーン!と前に倒れ込んだ。


「気絶、よりにもよって気絶かよ?!一番駄目じゃん」


その後、マリアさんに二時間も正座をさせられました。







「何て事があったんだよ。二時間だぜ?膝が痛くていたくて。あんなに正座をしたのは、生まれてから初めてだよ。」


宿の食事処でシチュー片手に愚痴る俺と対面するかのように座っているのは、「ふーーん」と言いながらスプーンを咥えて遊んでいるセラだ。


「でも、逆に考えればそれだけ気にかけて貰ってるってことでしょう?それなら感謝するべきじゃない?」


セラの言うことは、いたって正論だろう。好きの反対は無関心っていうし、二時間も俺のために使ってくれたのは、善意の表れだ。


「でも、見ろよこれ。床の模様が膝に移っちゃったんだぞ?」


そう言って膝を椅子の上にたてると、ふいにセラは咥えていたスプーンを取った。


「足を食事中に立てない!まったく、行儀が悪いんだから」


「はいはい」


「はいは一回!」


それからしばらくして最後の一口を食べ終えると、セラが食器を片付けようとするから、ついでで俺も手伝うことにした。


勝手に何かを触ったりはしないが、それでも既に見慣れてしまった厨房裏。ツインテールを揺らしながら先を行くセラについていくと、やがて見えてきた洗い場には大きな食器の山が出来ていた。


「え――――。これ五十枚くらいあるだろ・・・。毎日こんなに洗ってるのか?」


「まーね。でも、今日は客足が少なかったからまだマシな方よ」


早速皿の山に手をつけるセラだが、いかんせん身長が足りていない。「んぬぬぬぬーー!」と言いながら背伸びをする光景には和まされるが、すぐにコテンッ、と尻もちをついてしまった。


「俺がやるよ」


セラの代わりに皿を数枚ずつ崩していき、下に置いていく。そして、それを受け取ったセラが淡々と洗っていく。全ての皿をセラに渡した俺は、今度は洗い終わった皿を濯ぐ役に変わる。


ジャーー、と水を流す音だけが響くなか、ついつい暇になってしまってセラの横顔を覗いてしまう。


するとセラも俺を見ていたのか目が合い、次の瞬間にはブンッ!!!と顔を反らされてしまった。目を落ち着き無くグルグルさせ、顔を真っ赤にしている。・・・・・・いや、確かにお金を借りたり、煮え切らない態度ばっかり取ったりしてるけど、何もそんなあからさまにしなくてもいいでしょ――――。


そんな俺の内心を知ってか知らずか、セラはふいに声を掛けてきた。


「ねえフェイル、三日後って何か予定あったりする?」


三日後か。多分ダンジョンの五層にいそうな気がするけど、どうだろうか?


「多分ダンジョンにいると思う。あと二日で五層のボスを倒せれば、話は変わってくるけど」


「ダンジョン?そう言えばフェイルって最近ずっと、ダンジョンに籠りっぱなしなんじゃない?それが言えない秘密と関わってるの?」


俺の返答に質問を重ねてくるセラは、少しだけ首をかしげている。


「まぁ、そんな感じだな」


「ふーーん」とつまらなさそうに返事を寄越したセラは、最後の皿を俺に渡すと、更に言葉を紡ぐ。


「それじゃあさ、もしダンジョン五層をあと二日でえーと、攻略?って言うんだっけ?とにかく突破出来たら、私に教えてよ」


「別に良いけど、何でそんなことを?」


「そんなこと私に言わせるんじゃないわよ!三日後に龍誕祭があるでしょ?予定が無かったら、一緒に行って欲し――――一人でいるフェイルが可哀相だから、一緒に行ってあげるわよ!」


こいつ、俺を荷物持ちに使い回す気だな?いやしかし、俺は金を借りてるから断れないぞ。


「分かったよ。出来るだけダンジョン攻略も急ぐから、終わり次第すぐに伝えるようにすればいいんだろ?」


その言葉を最後まで聞いたセラは、拭いていた濡れた手を忘れてその場で飛び上がった。


「本当?!やったぁ!!―――って違うわよバカァ!!」


ばちこーーん。


満面の笑みを浮かべていたセラは一転、次の瞬間には顔を真っ赤にして、俺の頬を張り倒した。


じんじんと痛みを訴える頬を押さえながら、俺は何故叩かれたのかを考えていた。





分かるわけないだろ。

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