俺に手厳しいダンジョン


【人化】したラーシェと共にダンジョン内を進んでいると、二匹のゴブリンと遭遇した。鉢合わせた二匹のゴブリンは口を開けて驚いているが、その隙に俺達は行動を開始する。


俺はゴブリンの一匹に肉薄すると、眼前に迫った醜悪な顔面にフルスイングの右ストレートをかました。ドグチャァ!と頭部を中心に汚い花火をあげて死んだゴブリンを一瞥した俺は、ラーシェに目を向ける。


「お・・・おい?ラーシェ?」


ラーシェの方に振り向いた俺が見たのは――――【酸弾】で作り出した溶解液をゴブリンの口や鼻の中に発生させて、水攻めならぬ溶解液攻めをしているラーシェの姿だ。


口や鼻を通して体内に溶解液を流し込まれているゴブリンは、シューシューと音を立てながら全身をピクピクと痙攣させているのだが、それに対してラーシェはどこまでも嗜虐的な笑みを浮かべている。


「あのー、ラーシェさんや?ゴブリンに対する接し方が、ちと残酷すぎやしませんか?なんというか、血も涙も無い感じ?」


「えー?そんなこと無いでしょ?さっきの入口にいたゴブリン達がボクより先にあるじの視界に⚪⚪⚪とか⚪⚪⚪⚪を晒そうだなんて、他のゴブリン達まで万死―――いや、億死に値するけど、だからと言ってボクが八つ当たりするわけないでしょ?いやだなぁー。」


別の道からポッと出てきたゴブリンを、【酸弾】でミンチにしながらニッコリと笑うラーシェは、そのまま俺の腕に組み付きこう囁いた。


「あるじが今すぐボクを押し倒してくれれば、この荒んだ気持ちも落ち着くのになぁ。」


その甘い声色の響きが俺の鼓膜を叩くと同時に、俺の頭の中に出現する悪魔俺ダークネスタウロスデーモンと天使俺ピュアハート。


明らかに中二病な黒マントを羽織った悪魔俺ダークネスタウロスデーモンは、プリティな衣装を着こなした女装俺ピュアハートに詰め寄った。


『へっへー!良いじゃねーかよ、ここでラーシェを押し倒してやろうぜ?当の本人が許可してんだし、そもそも従魔は言うことを聞いてなんぼだろうが。だったら今すぐに魔法使い予備軍から賢者にジョブチェンジして、今日のラーシェの天気模様を槍のちグングニールにしちまおうぜ!』


阿呆か!?そんなことしねーよ!天使俺ピュアハート頑張ってくれ!!


俺の応援を聞き届けた天使俺は閉じていた目を開くと、俺のものとは思えないような綺麗な声で話し出す。


『いいえ。そんなことをしてはいけません。人の子よ、我らには母なる大地から授かった偉大なる知恵があるではありませんか。』


よしいいぞ!!このまま悪魔俺を言い包めてくれ!


俺は、両手を前であわせて祈るようなポーズをとっている天使俺に激励の言葉をおくる。


歯を食い縛って『んぬぬぬ!!』と悔しがっている悪魔俺に対し、天使俺はさらに言葉というなの兇器を振りかざした。


『知恵を振り絞るのです。浅はかな考えで行動してはいけませんよ?あなたにもそれが分かっているはずです。』


親身になって語り掛けてくれる天使俺に心打たれたのか、悪魔俺は涙ぐんで『そ、そうだよな!いけないことだよな!』と反省しているようだ。しかしここで、何故か天使俺か悪魔俺と肩を組んだ。


『一度したくらいでは、ラーシェが心変わりして離れてしまう可能性があります。故に知恵を振り絞るのです。弱みを握りましょう。お金を貸す、弱点を知る、その種類は何でも構いません。その後に押し倒し、まずは体に快楽を叩き込みます。好色なラーシェですが、どうせ処女ですから強烈な快楽の虜になってしまうでしょうね。そうして身体が正直になったら、今度は一転して求めてくるラーシェを冷たくあしらいます。身体の関係も一旦打ち切りましょう。その後ラーシェが耐えられずに自分から求めてくれば、そのあとはもう自由ですから。好きなだけあの魅惑的な肢体を貪れます。』


天使然とした微笑みを浮かべたままそう言った天使俺は、さらに悪魔俺の両手をとってこう言った。


『これくらいの知恵を絞らなければ、後々好色家な相手がいなくなってしまいますよ?』


これに対し悪魔俺は―――――


『し……師匠って呼ばせてくれ!いや、あんたは俺のマスター。マイロードだぜ!!』と言って天使俺に飛び付いてしまった。


そして何やかんや意気投合してしまった二人の俺達は、スキップスキップラッタッタといった感じで、どこかに行ってしまった。


おい、可笑しいだろ!?悪魔俺ほとんど更正してたよな!!何で天使俺が引摺り戻してんだよ?!一緒にスキップしてんじゃねーよ!行くなーー!せめてここに俺の理性を置いていけよ!!何がピュアハートだよ、只の糞悪魔じゃねーか!?


しかし天使俺の狂行が反面教師となり、俺の理性は冷えきっている。


「ラーシェ、離れてくれ。もう一層のボスフロア前まで来たぞ。それに、俺が好きなのはお前じゃないんだよ。好きじゃないやつに襲い掛かるなんて、そんな無責任なこと俺には出来ないよ。」


ラーシェは少しの間立ち止まってから、「それじゃあ、しょうがないかなあ。」と言って組んでいた腕を解いた。


それを確認した俺は、ボスフロアの入口に設置された黒色の大きな扉の表面に着けた掌に、全体重を掛けた。開かれた扉からゴワァァァ、と出てきた煙が暫しの間俺達の視界を奪い、その煙が晴れてからボスフロアの中を確認すると、見えてきたのは五匹のスライムと一匹のゴブリンだ。ボス戦ということで身構えていたため、かなり拍子抜けしてしまうが、まあ一層ならこんなものだろうか。


俺とラーシェは警戒もせずにフロア内へと足を踏み入れた。するとゴブリンが五匹のスライムをけしかけてくるが、それは悪手だぜ?ゴブリンさんよ。


のっそのっそと地面を這って近付いてくるスライム達に対し、俺は右腕を上に向けてその人差し指をピンッ!と伸ばした。


そして―――――


「デターイートが嫌いなやつ、この指止ぉおーーまれッ!!!」


ピクッ。


あくびの出そうな速度で進んでいたスライム達の動きが止まった。


次の瞬間には五匹のスライムは光となってラーシェのもとに集まり、フロア内に残ったのは唖然としてポカーンと口を開けているゴブリン。あらまあ、手に持っていた棍棒を地面に落としてしまっている。


「よし、少しでも経験値が欲しいから俺がやるぞ?」


「え?もう終わっちゃったよ?」


聞こえてくるラーシェの声が、やけに遠くに感じる。右腕を戻してゴブリンがいるはずの方へ顔を向けた。


あれぇ、可笑しいなあ。何でゴブリンが見当たらないんだろう?地面に広がる血肉の海は何かなぁ?変だなぁ。


その惨状の中心で立っているラーシェは、全身に返り血を浴びてしまったのか、身体中血まみれになっている。自分でやったくせに「うへぇ、きもちわるい。」と言うラーシェは、水魔法を発動した。


虚空から出現した水がラーシェを包み込み、高速回転すること数秒後。


全身ビショビジョで下着が――――ない!透けてるどころか、下着無いじゃん?!そうだよ、セラが部屋に入ってきた時に溶かしたんだよ。


しかし、その事に気づいていないラーシェは、そのまま俺の方へと歩いてくる。


「どうしたの?あるじの顔が真っ赤になってるよ?」


「どうしたもこうしたもあるかよ、前を隠せ前を!!」


俺の言葉を聞いていたくせに、ラーシェはそれを聞かずに服を着たまま絞り出した。確かにそれだと水は抜けるけど、身体のラインが顕著に浮き出るんだよな。しかしこうして見てみると、ラーシェの身体って本当に綺麗だよなあ。


「あるじー、ボクの身体を凝視するのもいいけど、それよりも下を見てみなよ。」


はい、バッチリばれてーら。


でも、ラーシェの大変なところが大変になっていることよりも、大変なことなんてあるのだろうか?だとしたらそれは、とんでもなく大変なことだろう。


まぁ、どうせ何も無だろうと思いながら下を向くと、そこには箱があった。縦一メートル、横二メートル、高さが五十センチの箱。表面は金箔でも貼り付けているかのように金色に輝いていて、細部までしっかりと銀色の装飾が施されているそれは、まるで宝箱のようだ。


「なんだこれ?」


「宝箱だよ。ボスフロア攻略後に、階層×0.2%でポップするんだって。中にはお金とかアイテムとか、ダンジョンでしか手に入らないレアな物が入ってるんだ。まさかあるじ、そんなことも知らなかったの?」


「は・・・はははあ?そ、そ、そんなわ訳ねーし?知ってたし?!あ、あれだろ?あれ。これがそーしてあーなる0.2%のあれ。知ってるに決まってんだろ?」


顔に冷や汗をかきまくって両手をワタワタさせる俺を見て、ラーシェが一言――――


「・・・・・・・・・・・・フッ。」


だーーー!ちっくしょう!ラーシェに、あのラーシェに鼻で笑われた!何だよその可哀相な生き物を見るような哀れみの目は?!あーそうですよ、どうせ知りませんでしたよー!


恥ずかしさを誤魔化すように、俺は宝箱の取っ手に手をかけ、勢い良く上に引っ張った。


グキリ


「っだぁぁぁぁあ!痛ぇぇぇぇーー!何だよ、どうして開かないんだよ?!このポンコツ箱がぁ!!」


恥ずかしさと怒りでキャラが崩壊してる気がするけど、そんなの知らない。俺は、全力で引っ張った挙げ句指を持っていかれ、それでもなおびくともしなかった宝箱を、感情に任せて足でげしげしすることにした。


暫くげしげしして疲れたところで、笑いを堪えるかのように肩を震わせているラーシェが、宝箱を指差す。


「この宝箱はね、・・・ププ、それじゃ開かないんだよ・・・プププ。宝箱の真ん中に、赤い宝石があるでしょ?・・・ププフフ。そこに触れながら、『私は、そんな子供だましに引っ掛かる程バカじゃありません』て言う・・・んだ・・・よ。アッハハハハハハハ!!もう無理!お腹いたい!!アハハハハハハッ!!!ヤバイ死んじゃいそう!!」


堪えられないとばかりに笑い転げるラーシェを無視して、俺は全ての元凶と対峙した。すなわち宝箱と。今ラーシェを見ると、取り敢えず殴りたくなりそうだから、ラーシェは無視する。


「こんの糞箱野郎がぁ!!人のこと散々弄びやがって、さてはお前の母ちゃん無機物だろ?!そうなんだろ?!でも宝箱の中身は欲しいから、私は、そんな子供だましに引っ掛かる程バカじゃありません!!ほら言ったぞ!?早く開けやこの糞が!これ以上俺のこと馬鹿にしてると、マジでブチキレるぞ!!」


ガシャン。ガゴゴコゴ。


ゆっくりと蓋が横にスライドし、中を覗くと見えてきたのは―――――黒を基調として白い模様が刺繍された、シンプルな一振りの剣だ。


激情も忘れてその剣の柄を握る。


重さは俺にピッタリだ。重心が少し合わない気がするけど、誤差の範囲だろう。うん。良い剣だ。


「って違うわ!何剣とか出してくれちゃってんの?!俺の覚悟は?!セラから借りた金は?!本当に一々俺に厳しいダンジョンだな!!」


手にした剣を地面に投げ落とすが、聞こえてきた音は固いものがぶつかるガキィィン!ではなく、気持ちの良いまでのサクッ!だった。そう、刀身が地面に刺さっていた。


イラァ


「サクッ!じゃねーよ!サクッじゃ!?あ?何か?俺はこれだけ切れ味良いですよってか?!この、この、この、こんの!!」


今度は宝箱ではなく剣の柄をげしげしするが、只刀身が埋まっていくだけだった。

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