第22.5話 統括室へ至る道5
夜間の外出を、この都市は禁じているわけではない。
ここ一年で異種族の夜間外出における自由度は、間違いなく増えた。それは繁華街を中心にして、いわゆる暗黙の諒解を作ってきたからだ。
――曰く。
夜の出来事を、日中では口にしない。
あくまでも簡単なものでしかなく、今はそれを破った者へ罰を与えることもできない。それほど厳格化をしようとは思っていないが、見せしめもできないのは、厄介だ。
「――っと」
夜間の尾行要員、その六人目を海へ落とした
こんな見晴らしの良い外周にまで尾行しようとする努力は認めるが、自分はここにいますと教えるような行為をしたら、明松でなくとも発見できる。
「現役チームの連中じゃないな……社会人の引退組か」
そもそも、学業を終えた時点で就職する人間がほぼ九割以上のヨルノクニにおいて、各部門の下請けのよう、末端の手足となって動くチームは、解散するしかない。しかし、それは年齢が統一されている場合であり、また、引退しても似たような仕事を請け負いやすい傾向はある。
尾行なんてものは、技術が必要だ。
最低限、警備部で行っている訓練をしなければ、どうにもならないだろう。
「おい、聞こえるか間抜けども。ちゃんとよく聞けよ? ここんとこ、ずっと尾行が続いてて俺はイライラしてる。相手をしてやってもいいが――おい」
手すりを使って海から上がってきた男に対し、軽く踏み込んだ明松は、相手が次の行動を起こす前に、正面から筋肉質の腕、肩の付近に軽く手を当てる。ぽんぽんと、二度ほど叩くような動きだけで、肩が外れて後ろ側に回った。
「――あ?」
「とりあえず一本な」
踏み込みと共に放たれた肘が、肋骨の一本を的確に折る。
慣れたものだ。
刀がないから何もできません――などと口にする武術家は、いない。
「さて、間抜けのせいで中断しちまったが、つまり、やる気なら最低一本な? 次にそのツラを見せた時、尾行してたら二本だ。理解したら上がってきて選べ――ん?」
「んがっ!?」
うずくまっていた男に、上空から降りてきた竜族の少女が着地。あろうことかその右足を、外れた肩に乗せていた。
「お、悪いなー。そんなところで転がってるからだぞ?」
「ギョク、どうした、夜間遊泳か? それとも、ようやくビルの間を抜けられるようになったか?」
「いつまでも、外周をぐるぐる回ってるわたしじゃないぞ!」
偉そうに、竜族の少女、
「一年も経ってよく言う。ついでにその薄い胸も膨らめば良かったな?」
「うるさいぞ!」
「まだ寒いんだ、海を泳ぐ趣味はないだろうし、手を貸してやれよギョク」
「ん? おー、なんだ、尾行してたやつらかー。あははは、下手だよなーこいつら。明松を相手に尾行とか、
音を立てて竜の翼を広げると、海にいる四人をひょいひょいと持ち上げて道路の上へ。
「どうするんだ? 早く帰らないとママが心配するぞ? ――あとな、乱暴な猫がひっかくぞ?」
「――しないわよ、そんなの。爪が痛むし」
いつの間にか、明松の影に当たる位置にチェシャ・ラッコルトはいて、外周の手すりに背中を預けて空を見上げていた。
おそらく。
尾行していた連中は、それにすら気付かなかっただろう。
「……」
上がってきた連中が、まだ悩むような様子を見せるのを一瞥しつつ、軽い動きでチェシャの足を払えば、仰向けのままくるりと、手すりを支点にして回る。その先にあるのは海だ。
「ちょっ――たまちゃん! たまちゃんヘルプ! 落ちたくない!」
「バストサイズを言え!」
「もうちょっとでCに――あっ、蹴るな馬鹿! こんにゃろ!」
「うっせー離せ! うおっ、ちょっ、あ――!」
賑やかな二人である。
「うるせえ落ちてろ」
面倒だったので蹴り落しておいた。
「おいお前ら、尾行訓練がしたいならもう少し待て。俺が暇になったらやらせてやる。ただし、人数を揃えてからだ。それと、上へ報告を出す前に、警備部のクレイに今回の件を言ってみろ。そこに答えが落ちてる。わかったならとっとと帰れ――それとも、やるか?」
彼らの選択は。
やらない、だった。
これが見せしめの効果だ。軽く一人を潰しておけば、次にやろうとは思わない。
軍の訓練校にいた頃に覚えた煙草に火を点ける。なにやら言い合いをしつつ、お互いに邪魔をしながら、何度も海に落ちては上がろうとする二人が、ようやく道路に転がった。
「……もう少し落ち着いたらどうだ、お前ら」
「まだ中学生だぞ! 成長する! 大丈夫だ!」
「だったら私に文句言わないの!」
「それとこれとは別!」
「まだうるせえな?」
言った瞬間、飛び跳ねるようにして二人は距離を取った。さすがに付き合いがあるからか、また蹴り落されることを理解したのだろう。
戦場を歩いていた赤の竜族の生き残りの珠都に、コロンビア革命軍に雇われていた
コロンビア革命軍が目的を達成した時、外部の明松は報酬としてチェシャを引き取った。
竜族狩りが行われた現場で、住居を間借りしていた珠都を、明松が救出した。
関係といえば、ただそれだけのこと。過去の経歴を珠都は隠さないが、チェシャは言いたがらない。腕は落ちていないようだが、まあ、油断は多くなったようだ。
おそらく、戦闘技能そのものは、種族差を含めて、三人は横並びだ。しかし、やり方という点においては明松が抜けており、続いてチェシャ。珠都は賢いのだが、上手くやることに関しては下手だ。
紫煙を吐きだせば、珠都の視線があったので煙草を放り投げる。チェシャは首を横に振った。
「なんだチェシャ、お前やめたのか」
「そんなストレス溜めないし」
「あんがとなー。そんで明松、どうだ?」
「どうって、何がだ?」
「主に、先輩が何かやってるってことに頭を抱えているねこちゃんが、どういうわけか私に対して愚痴ること?」
「煙草が吸いたくなってくるな?」
「うっさい。なんも話してないんでしょ、先輩は」
「そりゃそうだ、話せるかよ」
なんだかんだで、この男は妹に対して過保護だ。いや、そうでなくとも、相手に対する優しさが強い。
どこが? ――だって、そうだ。
二人が到着するよりも前に、彼らを海に落としていた。
逆だったら、見せしめが一人では済まなかっただろうし、怪我はもっと深刻だったはず。
「一年くらい……いや、まあ、学生の内に落ち着かせる手を考えておくか」
「なんだとー」
「統括室は大慌てで、学生たちは大盛り上がり。しかも大半の学生は先輩のこと知ってる。出歩けなくて困るってほとじゃなさそうだけど」
「自業自得だ」
「明松が誘導したんだろー」
「人聞きが悪いな。俺がいるのかと聞いただけだ」
「欲しいと、答えられない状況で、だろうけど」
「ふん。で、何しにきた」
「遊びに!」
「――ではなく、ありがとね先輩。遊園街のシークレットパス」
「外部の諜報員は嫌うが、情報屋としての領分を弁えれば、問題ない」
「それはちゃんと弁えてる。だいたい、私が渡すのは先輩だけだし。あとは好奇心」
「なんだよー、わたしだけかよ遊びたいのはー」
「じゃ、朗報を一つやる。警備部で明後日あたり、面白いシステムが組み上がるそうだ。調整は済んでるだろうから、久しぶりに躰を動かせる」
「ほんとか!? 行くぞ!
「あのクソ狼、何やってんだ……? 司法の仕事をガキにやらせてどうする」
「書類が減るでしょ。だからクソ狼なの。たまちゃんの愚痴はそればっか。私は他人の愚痴を聞く星にでも生まれたの……?」
「安心しろチェシャ、そのうち嫌でも面倒見が良くなる」
「嬉しくない!」
「なんだよー、わたしそんなに面倒じゃないぞー」
二人は返答しないでおいた。
「――で、いつ始末をつけるの、先輩」
「言ったろ、明後日あたり。まあ事後処理含めだと、そこそこ時間はかかるけどな。俺だって、こんなクソ面倒なことは、とっとと終わらせたい。交渉ごとなんて、俺にやらせるなってな」
「楽しんでる?」
「んー、まあ、社長連中とも〝対等〟の方がやりやすいだろ、今後を考えれば」
「対等かー? 楼花なんかよく泣いてるぞ?」
「ありゃ泣いて仕事を押し付ける常套手段だ」
「うん、知ってるからもっと泣かす」
「たまちゃんって乱暴よねえ……」
「なんだと?」
「なによ」
どうやら、二人は元気が有り余っているらしい。そんな姿を見ていれば、明日もやってやろうという気分になる。
一年。
この場所に馴染むことができたのは、喜ばしいことだ。
だが、明松はこう考えている。
一年だ。
それで何も変わろうとしない都市なんて、クソッタレだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます