{第百二十一話} 首都圏外郭放水路

風で流れる雲の隙間から射す、柔らかい月明かりに照らされる誰もいない静かな公園。

昌達が目撃者がいないか、周りを確認している中、エリゼは噴水に張った水の中に手を入れた。

噴水は深いらしく、エリゼは自身の肩に水面が届く程、身を乗り出して水の中を探っている。

エリゼは水中に隠されたスイッチを起動させると、すぐに水から腕を出した。

すると、噴水は水を止まり溜まった水が引き、底が抜けて階段が現れた。

階段を下りきった所にスイッチがあり、それを押すと「ゴゴゴッ」と音を立てながら階段の入り口が塞がれ、頭上から水の音が聞こえたことから、また噴水を水で浸されたのだろう。

階段を下りた先は人間の平均的な身長の倍以上はあると思われる天井高の下水道と思われる場所だった。

足元には川とすると深さ2、3mm程度の水が流れており、内側に反った壁にはここまで水面が上がっていたと思える痕跡が残っていた。

ネラが昌が付けたインカムを通して「京一がノリで作った「首都圏外郭放水路」の様な物に続く水路」だと説明し、昌は心を読まれたのかと、驚きつつ感謝した。

真っ暗な地下水路で安全に進む為に、リツカが全員に暗視魔法をかけた。

ネラやネイの目には標準装備で暗視が出来る機能があるし、昌も自身が付けているメガネに暗視機能がある為、昌達には必要無い。

この水路は至る所に分かれ道が存在し、その一本を見ていた情報屋が何か赤く光る二つの目の様な物を見つけて声を上げた。

「ひ、光った!」

情報屋が指さす方向を全員で経過して見ると、目が増える。

さらにリツカが落ち着いた様子で軽く笑い、暗視魔法を少し強めて少し遠い場所も明るく見えるようにした。

「これで、奴らの正体が分かっただろう」

「ネズミ?」

「ああ、コラッドだ。奴らは気が弱くよっぽどの事がないと襲ってこない。少し脅かせば逃げていくだろう」

そこには大量のネズミ「コラッド」が群をなして集まって来ていた。

コラッドは見た目としては現世で言う所のネズミだが、大きさは平均的な猫程ある。

「目的地はこの先ね」

出来れば避けたいコラッドの群だが、エリゼが指さす先だった。

特に害の無い相手に危害を加えるのは少し気が引けるが、昌は地面を思いきり蹴って音を立てた。

音に驚いたコラッド達は下水道の奥へ散った。

下水道の地図を見ながら先へ進むエリゼの後を追う。


しばらく進み階段を上がり、頭上に現れた大きな扉を開けると、植え込みに囲まれた場所に出た。

植え込みの隙間から顔を覗かせて周りを確認するが、人の気配すらなく、エリゼの話は本当らしい。

「ここからは打ち合わせ通り、各班に分かれて行動して」

声を潜めるエリゼの話に皆うなずき、3班に分かれて行動を開始。

リツカ達はセキュリティをダウンさせるべく警備室へ、残り2班は別々のルートで京一の元へ向かう。

途中までは一緒のため、昌達とベック達は植え込みの陰に隠れて走っていると、先頭を走っていたネラが皆を静止させ「静かに」と指を口に当てて、自分の持ち場を辺りを見回しながら歩き回っている騎士を指さした。

ネラのお陰で、騎士には気づかれなかったらしく、辺りを見回しながら何処かへ歩いていった。

それを確認すると、再び目的地へと走り出した。


一方、エリゼ達は警備室の前にたどり着いていた。

幸いにも、警備室の扉には鍵がかかっておらず、少し開けて中の様子を確認すると、中には2人の現世で言うところの警備兵である騎士が椅子に座って監視カメラの映像が映された複数のモニターに釘付けで、エリゼ達が居る扉の方には背を向けており、こちらに気づく様子は全くない。

エリゼ達3人は顔を見合わせ、扉に手を掛けると、勢いよく中へ飛び込み、リツカとソアリンの2人は音もなく警備兵2人の背後に近づくと、うなじに指を当てて魔法で眠らせ、万が一起きても身動きが取れないように紐できつく縛った。

エリゼはリツカ達が警備兵を無力化させたのを確認して、昌達が通るであろう扉のロックを解除し、監視カメラの映像をしばらくの間ループするように設定した。

「セキュリティシステムを解除したわ、これで安全に通れるはずよ」

エリゼから連絡を受けた昌達が扉に手をかけると、鍵は解除されており、普通に開いた。

「ここからは2手に分かれて例の部屋に向かって。私達もこれからそこに向かうわ」

「わかりました」

エリゼは昌達に連絡を入れ終わると、リツカの視線に気づいて反応した。

「何か?」

「ここまで順調だと、不安になるもんでね」

「確かにうまく行き過ぎてはいるが、考えたってしょうがない。俺達も行くぞ」

ソアリンの言葉で3人も京一の元へ向かった。


昌達は扉をくぐると、ベック達と分かれて屋敷の中へ入った。

「あの突き当たりを右です」

ネラの道案内に従って屋敷の中を進んで、角を曲がると警備兵が立っていたが、こちらに背を向けており、昌達には気づいていない。

どうしようかと首をかしげていると、ネラから銀色でアルミ製のスマホより少し小さい位のケースを渡された。

中を開けると、タバコが敷き詰められていた。

「これはタバコ型麻酔ガス銃です。これは見た目通り、タバコに偽装させた麻酔ガス銃です。京一様が潜入する等の敵との戦闘を避けたい場面の為に試作したものです。口に銜えて相手の顔に向かって吹きかければ、相手は気を失います。射程が短いので出来るだけ相手に近づいて使用する事をお勧めします。武器を手にしてると不審に思われる場面でも、タバコであれば怪しまれる事はありません。最後に使用上の注意ですが、再程説明した射程の短さに加えて、本物のタバコの様に先端に火を付けて、さらにタバコの様に見せる事が出来ますが、間違っても吸わないでください。タバコの中に仕込まれた麻酔ガスを吸い込んでしまい、自分が無力化してしまいます」

「理解した。さっそく使ってみるか」

昌はダバコを銜えると、警備兵の肩を叩いた。

叩かれた警備兵は当然の事ながら叩かれた肩の方へ振り向く。

そこへ思いきり、麻酔ガスを吹きかけると、警備兵はその場に倒れてしまった。

「これはなかなか強力だな...」

流石に気を失った警備兵をこの場に放置するわけにもいかないので、丁度いいところにあった、ロッカーのへ引きずって行き、押し込んだ。

引きずる最中、抱え上げて下ろすを3回繰り返したが、警備兵は何も落とさなかった。

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