{第八十六話} メンバー

麻薬の一件が解決し、関所を後にした。

「バラスクで思い出したが、昨日はカジノに言ったのか?」

「あっ!」

さっき何か忘れていると思ったが、それだったのか。

完全に忘れてたわ。

昨日は凶悪な睡魔に襲われて寝ちゃったからな。

これは完全に、姫様に怒られるな。

そんな会話をしながらバラスクの中心街を歩いているが、何処が何の店なのか分からない。

やはりこういった場所は昼間に行っても、特に何も無いものだな。

きっと夜になると、きらびやかなネオンが至る所で光り、派手な看板の前でイカツイ男の人が客引きをしているのだろう。

まぁ、オレは神室町位しか行ったこと無いけど。

しばらく歩くとおじさんが店屋の前で立ち止まった。

店屋の看板には「ブルーキャッツ」と書いてあり、入り口の扉には「CLOSE」と書かれた札がドアノブに掛かっていたが、おじさんは普通に中へ入っていた。

扉を開けると、扉の上につけられたベルが「カランカラン」と鳴った。

おじさんに続いて中に入ると、カウンターに置かれたサイフォンで沸騰させた熱湯から泡が上がり「ゴボゴボ」と言う音がカウンターの隅に置かれたレコードプレイヤーから流れる落ち着いた音楽と一緒に聞こえてきた。

カウンターの向こうには、男性が一人でグラスを磨いていた。

おじさんに続いてカウンターに着く。

「いらっしゃい、久しぶりだな」

男性はオレ達に気づき、顔を上げた。

「コーヒーを二つ」

おじさんはカウンターに軽く肘を着いた。

男性はサイフォンの火を消し、コーヒーの粉を丁寧に木のヘラのようなものでかき混ぜた。

かき混ぜると、上に溜まったコーヒーが下にゆっくりと落ちていく。

最後に大きな泡が出来たのを確認し、ロートの上部を掴み前後に大きく動かして外した。

サイフォンはコーヒーが出来上がるまでのこの過程がとても面白い。

子供の頃はじいちゃんがコーヒーを飲む時は何時もサイフォンを使って作っていたので眺めていた。

ちなみにおじさんはコーヒーミルを使って豆をゆっくり挽いてペパードリップでコーヒーを作っていた。

おじさんがコーヒーを入れる時はペーパーフィルターの端を折ってドリッパーに嵌めていた。

たまに豆を挽く事もあった。

最初は良く分からず、思いっきり全力で回したらおじさんに注意されてしまった。

どうやらこういったものはゆっくりやさしくやるらしいと、子供ながら学んだ。

おじさんの言い分によると「この作業はとても重要だ。感覚を研ぎ済ませ、自分の手元に集中して聞こえてくる豆を砕く音に耳を傾けろ。俺はコーヒーを入れる時のこの瞬間が大好きだ」と言っていた。

確かに、豆を挽いている時にハンドルの硬さや伝わる振動、それに豆を砕く「ガリガリ」「ゴリゴリ」と言った音が心地いい。

それに、豆を砕く事でほのかにコーヒーの香りが漂ったこの空間もコーヒーを飲む前の準備には欠かせない。

家にはそこまでの道具が無いため、飲む時はコーヒーメーカーで作ってしまうので、じいちゃん家に行く時にはそういった道具を使ってコーヒーを作るのが楽しみの一つになっている。

と、コーヒーについてオレの主観で語った所で、出されたコーヒーカップに手を掛けた。

おじさんもオレも、コーヒーはブラックで飲む派なので、砂糖やミルクを一緒に出されたが、一切要れずにカップを口元に運んだ。

散々コーヒーの作り方について語っておいてなんだが、豆に関してはあまり詳しくない。

よく耳にする「ブルーマウンテン」や「キリマンジャロ」位しか知らない。

だから、風味や口当たり、咽越し等で豆の種類を言当てるのは無理だ。

おじさんやじいちゃん位なら出来るかもしれないが。

まさか異世界に来てコーヒーが飲めるとは思っていなかったため、何時も以上にコーヒーを味わって飲んだ。

「おじさん、ここはなんだ?」

「俺が経営する店だ。昼は喫茶店、夜はバーになる」

やっぱり、おじさんが関わっていたのか。

異世界でコーヒーが飲める時点で、薄々感づいてはいたが。

男性はグラスを磨きながらおじさんと会話を始めた。

「店に顔を出すの久しぶりだな」

「用事があって近くまで来たからな。ついでに寄った」

「そうか。今日は珍しく人を連れているんだな。何時もは一人で来る事が多いのに。前に一緒に来た女性はメイドと言っていたが、彼はどういった関係なんだ?」

「俺の弟子だ」

何故か勝ってにいつの間にか、弟子にされているが、ツッコまずに話しに耳を傾ける。

「最近、何か変わった事はあったか?」

「この前の会合でエキサイトの件が上がったな。最近巷に流れているらしいが、キョウイチも知っている通り、この町では薬を取り扱う事自体が禁止されている。会合でお前が持ち込んで決まった事だから覚えているだろうが」

「ああ、もちろん。会合には俺の代わりにマスターが行っているんだろ?何か言われたか?」

「特には何も無いな。この店一つでバラスクの大物達と肩を並べているんだ。文句を言うヤツはそうそういないだろう」

「そうだな。最近のメンバーの様子は?」

「賭博王の「カルス」はカジノの規模をまた大きくした。ホテル王の「カナート」は特に変わらずと言った所だ。風俗王の「ズニーリ」は最近始めたキャバレーの調子がいいらしい」

「結局、エキサイトの件はどうなった?」

「議題に上げたのは俺だが、各自の反応を見るに全員情報は入っていたようだ。カナート元々薬を嫌っているから「流しているヤツを許さない」と言っていたな」

「だろうな。で、マスターが怪しいと思ったヤツは居たのか?」

「やっぱりカルスだな、オレが聞いている売り上げの額的には金遣いが荒すぎる。裏で何か別のおいしい仕事をしている可能性が高い。他のメンバーもそう思ってるようだが」

「そうか、ちなみにバラスクに来た用事の内容だが、北西の関所でエキサイトが見つかった。運んでいた男は何も聞かされていなかったようだが、届け先が問題だ。男の話によると届け先は「パナノ」らしい」

「カルスで決定だな。パナノはヤツが最近建てたカジノだ。建物の面積に対して店の面積が少ないとは思っていたが、倉庫になっているのか」

中々難しい話をしているため、オレは参加できず、ただただカップのコーヒーに写る自分の顔を眺めていた。

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