第23話 窮屈な世界

 ※ 前回のあらすじ


 遂にかみやなぎたかすみは自分の夢と、専科生エキスパートになるという旨をかたはねしょうに告げる。心配する幼馴染みを安心させるため、もっと強くなると誓いを立てたのだった。


 一方、きりさわなおもりしたしゅんから界力活性剤アークマイムの情報を聞き出す。自分と、かつてを仲間を苦しめたクスリの危険性を再認識し、改めて特班に入る決意を固めたのだった。


---------------------------------------------------------------------


 かみやなぎたかすみもりしたしゅんの模擬戦が行われた日の放課後。きりさわなおは第一校区の『中央通り』を山頂に向けて上っていた。


 ラクニルは島の中央にてんしょうざんが聳え立つ関係で、八つある各校区は裾野の森を切り拓いて造られている。中でも高等部は最も標高の高い位置にあり、島の外周を走るモノレールの駅から伸びる『中央通り』の坂道を十分も上ればの終着点――目的地である寺嶋メモリアルホールに辿り着く。中には広い講堂があり、入学式や全校集会などの行事が開かれたりしていた。


 寺嶋メモリアルホール正面にある広大な駐車場を迂回していく。すでに何台もセダンが駐車されていた。どうやら召集された要人の多くが到着しているらしい。


「(気が早いな……それだけ、今日の会議が重要ってことか)」


 特殊任務遂行班の設立。

 大きな障害となっていた統括議会セントラル――ラクニル全体を管理する六家界術師連盟の機関からの許可は取れた。残る問題は第一校区の中だけとなり、関係者を集めて話し合いをする運びになったのだ。


 寺嶋メモリアルホールの正面入口の自動扉を通り抜け、空調の効いた室内に入る。


 高級ホテルのフロントのような場所にはすでに多くの関係者が集まっていた。フォーマルなスーツ姿の男にドレス姿の女性など全員が正装をしている。高等部の制服を着ているとは言え、若干の場違い感は否めない。


「あ、やっと来た。おーい、こっちこっち」


 ソファに座っていた女性が立ち上がって、軽く手を挙げながら歩み寄って来た。


 黒を基調とした落ち着いたフォーマルスーツ。化粧は薄めだが、艶のある唇には品が乗っている。真珠のネックレスと主張し過ぎないイヤリング。緩くウェーブのかかった長めの髪はアップに纏められていた。


 早乙女さおとめみや

 特班の顧問になる予定の教師である。


「お待たせしました。先生、よくお似合いですよ」

「ありがと。随分と落ち着いているわね、直也君オフィシャルな場所には慣れているの?」

「ええ、本土にいた頃に何度か任務で潜入しましたから。一通り礼儀作法を教えられるんですよ、俺の育った施設だと」

「……そう、なんだ」


 わずかに目を伏せた早乙女に対し、霧沢は小声で問い掛ける。


「先生はどこまで俺の事情を知っているんですか?」

「一通りは稜護君から聞いているわ。すごい人生を歩んでいるのね」


 すごい人生とは、具体的にどの部分を指しているのだろうか。


 天城家の施設で人を殺すために界力術を学んできたことか。

 無謀な人体実験の被験者になってきたことか。

 過酷で非道な任務の内容を言っているのか。

 それとも、施設から脱走する為にクーデターを起こしたことか。


 聞かない方がいい気がした。


 早乙女京子を始めとした特班のメンバーに伝わっている情報が正しいか間違っているかは正直どうでも良かった。同情して欲しい訳でもない。霧沢自身も『相応の事』をしてきている。ここはお互いに踏み込むべき領域ではないだろう。


「だからね、やっぱり直也君がネックになってくると思うのよ」

「……? どういうことですか?」

「歩きながら話すわ。ここじゃあ、ね」


 フロントには他にも多くの人がいる。あまり聞かれたい話ではない。それに集まっている要人は過去の『仕事』で敵だったり味方だったりして連中の黒幕だ。会議室の高級椅子で踏ん反り返っている彼らが現場の霧沢を知っているとは思えないが、余計な接触は極力避けるべきだろう。


 早乙女に連れられて細い通路へと入っていく。途中で何人かスタッフとすれ違ったが全員が立ち止まって早乙女に会釈をしていた。


「先生はてらじまさんの関係者でしたっけ?」

「そうよ、だから第一校区だといつもこんな感じ。正直あんまりいい気はしないのよね」

「慣れていないんですか? 御三家の関係者なら昔からこんな感じだと思いますけど」

「それはそうだけど……私は人の上に立つのに向いていないのよ。現場で体を動かしている方が何倍もましだわ」


 早乙女の丸目が苦々しく細められる。伏せられた長い睫毛には憂慮の色が濃く浮かんでいた。


「さて、特班についての話だけど」


 通路に誰もいないことを確認してから、早乙女は小声で話し始める。


とくはん設立反対派の表向きの主張は二つ。一つは必要性を感じない。予算や責任といった問題を抱えるくらいなら、新しい部隊を作るのではなく、風紀委員会自体を強化した方が効率的だという内容。二つ目は天城家の界術師を風紀委員会に入れるべきではないという内容よ」

「公のコメントで、随分と差別的な発言をするんですね」

「発言自体はオブラートに包んでいたんだけどね。風紀委員会の上位組織は統括議会セントラル——つまりは六家界術師連盟なの。そこに現在も敵対している二家同盟の界術師を加入させてもいいのか。本土で問題に発展しないか、そもそも生徒に不安が及ばないか……思い付く限りの反論を捲し立てていたわ」


 呆れたように溜息を吐く早乙女に対し、霧沢は怪訝そうに首を傾げて、


「そもそもの疑問なんですけど、どうしてとくはんを風紀委員会の中に作ろうとしているんですか? 寺嶋家を後ろ盾として作ってしまえばもっと簡単だと思うんですけど」

「理由は二つ。一つは単純にラクニルで治安維持のために界力術の行使が認められているのが風紀委員会だけだから。もう一つは特班が第一校区、しくはラクニルにとって不利益になるような作戦を実行しようとした時に行動を制限するためよ。統括議会セントラルが許可を出した条件の中にも風紀委員会内での設立って項目があったわ」

「意図的に、寺嶋家の指揮系統から外したってことですか?」

「その通り。第一校区で最も強い発言権を持っているのは管理者である寺嶋家。その直属の組織である生徒会にもかなりの権限が与えられているわ。次に権限を持っているのが風紀委員会、第一校区は御三家の一つ『』が管理しているわね」


 夏越家は本土で警察関係に広く顔の利く家だ。ラクニルではそれぞれの校区の風紀委員会の運営を任されていた。


「風紀委員会と生徒会が互いに行動を制限し合う事で、第一校区は均衡を保っているの。どこか一つに権力が集中すればどんな横暴でも成り立ってしまう。そうならないように、ずっと昔からこの体制が続いているわ」

「特班を設立しようとしているのは寺嶋家。仮に精鋭を集めた武装部隊が寺嶋家の指揮系統に入れば、今までなら風紀委員会によって止められたであろう裏工作も秘密裏に実行できる。学校や生徒よりも、寺嶋家の利益になるように行動する都合の良い組織になりかねない」

「正解よ、そうなったら何のための特班か分からなくなる」


 二人は細い通路を進み、関係者以外立入禁止と書かれた貼り紙の向こうへ進んでいく。


「これから会議が行われるんだけど、おそらくかなり紛糾すると思うわ。反対派……と言っても殆どが風紀委員会の関係者なんだけど、彼らからすれば不正行為で処罰される可能性が生まれるし、取締点数ポイントだって違法に稼げなくなる。死活問題なんでしょうね、評価や将来に関わってくることだから。かなり抵抗してくるはずよ」

「何か対策は用意しているんですか?」

「一つは『成果』よ。違法薬物――界力活性剤アークマイムの蔓延を事前に防げたことは、いくら反対派が詭弁を弄しても評価をせざる得ない。統括議会セントラルから許可を得られたのもこの成果があったからだし。もう一つは本土から稜護君が呼んでくれた助っ人かな」

「助っ人……誰ですか?」

なつごえくにはる。夏越家のよ」

「……、」


 思わず、言葉を失ってしまった。


 始まりの八家の一つである夏越家。その現当主である夏越邦治。

 六家連盟の六分の一の権限を保有している人物。その気になれば発言一つで国を動かせる力を持った権力者。本来ならば、に出てくるような人物ではない。


「各校区の風紀委員会の運営に何らかの形で関わっている夏越家の現当主が認めてくれれば、どんな反論でも無視できるはずよ……反対されてしまったら元も子もないのだけど。稜護君も勝算があるからこそ呼んだんでしょうし、大丈夫なんだとは思うけどね」


 霧沢は細い通路の奥にある部屋へと案内された。

 控え室と書かれた扉を開けると、中にはぐったりと疲れ切った様子でソファに座り込むしらづめひょうの姿があった。心なしか雪の結晶を模した髪飾りの輝きが曇っているように見える。


「なんでそんなに疲れているんだ? まだ会議の前だぞ」

「……挨拶回りですよ。これでも分家関係者ですから、こういう時は愛想を振りまく必要があるんです」

「大変なんだな」

「ええもう本当にっ!!」


 普段は凪いだ湖面のように静かな瞳に今ばかりは憤慨の色が浮かんでいた。ぶすっとした仏頂面。不必要に話しかけても機嫌を悪くするだけな気がした。


「それじゃあ、私は準備に戻るから」


 ラクニルの教員として、あるいは寺嶋御三家の関係者としてか。色々と雑務を抱えているであろう早乙女は早足で控え室を後にした。


 立っていても仕方がないため、白詰の正面のソファに腰を下ろす。


 訪れる無言の時間。

 相手がとおなら適当にからかって場を持たせるのだが、白詰氷華の場合は未だに距離感がよく分からない。不機嫌そうなのは一目瞭然であり、無難な話題を振って会話をするだけでも面倒がられそうだ。


「……その、先輩」


 窺うような視線だった。突き放すような冷たい雰囲気は少しだけやわらいでいる。


「なんだ?」

「あいつ――しらづめようには会いましたか?」

「陽華先輩? いや、会ってないけど……」


 白詰陽華――白詰氷華の姉ならば、本家や分家の界術師が集まる今日のような場所には必ず顔を出しているはずだ。


「ならいいです……っていうか、あいつの事は下の名前で呼ぶんですね」

「陽華先輩からそう言われたからな」

「そうですかっ」


 つん、と顔を逸らした白詰は再びぶすっと無言に戻ってしまう。


「(……どうすればいいんだ?)」


 答えは見つからず、携帯端末の画面に視線を逃がすことしかできなかった。

 

 しばし、居心地の悪い無言が続いていた時だった。


「先輩、ちょっといいで――」


 ピリリ、と携帯端末から着信音が鳴ったのと白詰が話し出すのは同時だった。

 あっ、という顔で口を止めた白詰。突然の事に驚いて思わず遠慮してしまったのだろう。


 携帯端末の画面に表示された名前は『しらづめよう』。だが二回ほどコール音を鳴らしただけで途切れてしまう。間違えて掛けたのか? 無視することもできたがこれは控え室から脱出する良い理由になる。


「悪い白詰、先に電話をしてきてもいいか?」

「え……はい、そうですね、分かりました……」


 履歴から白詰陽華の番号をタップしながら控え室から出て行く。


 その時。

 白詰氷華が悲しそうに両目を伏せたのが、少し気になった。



      ×    ×    ×



「いやー、本当に助かった。ナオヤ君に電話を掛けて良かったよ」


 しらづめようは上機嫌に出迎えてくれた。


 竹のようにすらりとした身体付きで品のある大人びた顔立ち。いつもは曖昧な表情を乗せた糸目も今ばかりはにこやかだ。濡れたように濃い紺色の長髪は後ろで一本に纏められおり、細い首元が高等部の制服ブレザーから覗いていた。


 ここは寺嶋メモリアルホールの裏庭だ。

 駐車場とは反対側に位置しており、自動販売機と古いベンチだけが置かれた休憩スペースが用意されている。ホールのスタッフや要人の傍付きが利用することを想定されているのか、フロントや控え室と比べて小綺麗な印象が薄かった。


「ほら、お礼にこれをあげよう」

「ありがとうございます」 


 瀟洒な造りの街灯の下に置かれたベンチに座る陽華から缶コーヒーをもらった。ホットの暖かさがじんわりと両手に沁み込んでいく。


「俺が電話をかけ直さなかったらどうするつもりだったんですか?」

「その時は諦めてたよ、大人しくね。だけどキミなら掛け直してくれると思っていたよ」

「随分と信頼してくれているんですね」

「当たり前じゃないか、キミは私の期待に応えてくれたんだからさ。今は気分がいい、何かキミにお礼をしたいくらいだよ」


 ぽんぽんとベンチに座る陽華は隣の空間を叩いた。ここに座れという意味だろう。断る理由もないため躊躇なく腰を下ろす。


「キミが電話を掛けてくれなかったら、私は間違いなく『オジサマ方』に捕まって面倒な話を持ちかけられてただろうね。いつもの事だよ、私が高等部に進学した時くらいから露骨になったけど。立場的に断りにくいのを分かってて連中はふっかけてくるんだ。本当に性が悪い。分家の付き合いがあるから仕方なく愛想を振りまいているだけなのに」

「ちなみに、どんな話を持ちかけられるんですか?」

「縁談」

「……、」


 言葉を失う霧沢を尻目に、陽華はあっけらかんとした様子で続ける。


「勿論『オジサマ方』とじゃない、彼らの息子との話さ。別に珍しい事じゃないだろ? 分家関係者が集まる場で、自分の子どもと歳の近い異性がいれば自然とそういう話になる。界術師は血筋に拘るからね、まだ残っているんだよそういう古くさい慣習がさ」

「……嫌じゃ、ないんですか?」

「イヤだよ、まっぴらごめんさ。私だって心は普通の女子高生なんだ、少しくらい夢を見てもいいじゃないか……まあただ、こういう大人の事情が物事を円滑に進めてくれるってのも知ってはいるんだけどさ。私の両親も家の事情が絡んだお見合いで知り合って、半ば強制的に結婚させられたって話だし。最終的には二人とも合意してたみたいだけど」


 界術師が家や血筋といった『繋がり』に拘るのは、一族で一つの方式を生み出して進化させてきたという歴史があるからだ。

 自由が叫ばれているこのご時世になんて時代錯誤なんだと思わなくもないが、霧沢自身も天城家という『始まりの八家』の一つで育ってきた界術師だ。この手の話があることは実感として理解していた。


「両親としては私に自由に恋愛して欲しいみたいだね。明峰本家から命令があったら逆らえないけど、それ以外なら可能な限りは守ってやると言われてるんだよ」

「なら、早く良い相手が見つかるといいですね」

「おいおい、他人事みたいに言わないでくれよ。ナオヤ君、キミも候補の一人なんだから」

「……はい?」


 にやにや、と。

 白詰陽華の顔に貼り付いた曖昧な笑みは変わらない。


「今まで風紀委員という立場からキミのことを見てきた。キミは他の生徒とは……いや、どんな人間とも違う『特別』だ。キミなら私が抱えているモノを全部ぶっ壊してくれるかもしれない。そんな風に思ってしまうんだよ」

「……、」

「そんな難しい顔をしないでくれ、これでも精一杯口説いているんだからさ」


 ただ、裏庭に流れる空気が変わった気がした。

 茜色に染まる景色の中で、一人の少女が霧沢直也を見詰めていた。


「なあ、私を助ける気はないかい? 報酬は私の全て。私があげられるものなら全部キミにあげよう。これでも色々とできる事は多いつもりなんだ。キミを満足させられると思うけど?」

「……人が悪いですよ、陽華先輩。そんなことを歳下の男子生徒に言うなんて。冗談に聞こえないじゃないですか」


 惚けたように答えながら、相変わらず曖昧な笑みを浮かべた白詰陽華へと視線をやる。


 その仮面の下に本当はどんな表情を浮かべているのか見えてこない。

 まるでゲームで使われるアバターと会話しているような気分だ。目の前にいるはずなのに、心はずっと遠く離れた場所にあるような。何枚もの分厚いガラスの向こう側にいる白詰陽華の姿をはっきりと捉えることはできなかった。


「せっかくの提案ですけどお断りさせてもらいますよ。俺には荷が重そうです」

「そうかい、残念」


 困惑顔のつもりか眉尻を下げた陽華は大仰に肩を竦めてみせる。


「魅力的だと思うんだけどね、即答されちゃ仕方ない」

「とっても魅力的ではありましたよ、少し心が揺れ動く程度には」

「キミは嘘がヘタだな、動揺なんて微塵もしてなかったくせに」


 そう言う陽華の視線は少し悔しそうだった。

 すっとベンチから立ち上がって、遠く茜色に揺れる大海原を眺望する。


「私にはさ、このまま真っ直ぐ歩いて行けばそれなりの人生が待っているんだ。界術師として適当に就職して、家の都合で結婚して、家庭に入って……それだって立派な未来だよ。青写真としては申し分ない程のね」

「なら、何が?」

「偶に思うんだよ、本当にこれでいいのかって。誰かに舗装された道だけじゃなくて、砂利道とか獣道みたいな道も歩いてみたいんじゃないかって。一種の破滅願望かな。若気の至りってやつだよ後輩。型に嵌まった人生を送っていない人が眩しく見えるんだ、キミのようにね」


 ふわり、と。

 夜の気配を連れてきた風が陽華の濃い紺色の髪を軽く揺らした。


 その表情はどこか悲しげで、先ほど控え室に残してきた白詰氷華と重なる。やはり二人は姉妹なのだろう。そんな当たり前の事を実感させられた。


「陽華先輩、今度は俺から聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「白詰氷華。先輩との関係は明らかに普通じゃないですよね……なにがあったんですか?」

「特別なことなんてないよ。ただの姉妹喧嘩さ、ちょっと長引いてるだけのね」


 陽華は長い睫毛に寂しげな色を落とした。


「あの子には特班が必要なんだ。信頼できる仲間がいて、偽らない本当の自分を出せて……そんな家族のような居場所がさ」

「どうして?」

「おっと、ここから先は有料だよ」


 ふっと緩めた表情には、いつもの曖昧な笑みが浮かんでいた。


「キミが私を助けてくれる気になったら答えてあげようじゃないか」

「……随分と高い代金ですね」

「つまりはだよ」


 立ち入るな、という意味。

 踏み入る時は相応の覚悟をしてこいという言外の警告。


「さあそろそろ戻ろうか。もうすぐ会議が始まる」


 そう言うと、陽華は室内へと入って行った。霧沢も後を追う。


「……陽華先輩、この世界に変わって欲しいですか?」


 細い通路を歩く陽華は、きょとんとした表情で振り返った。


「世界……かい?」

「はい、陽華先輩を取り巻く世界――界術師の窮屈な世界です。出身とか、実力カラーとか、そういう先天的でどうしようもない理不尽が消えて、誰もが自由に前に進むことができるようになるとしたら、どう思いますか?」

「それは、想像するだけでもワクワクするね。そんな未来が待っているのなら、世界にはすぐにでも変わって欲しい。私だけじゃない、きっと多くの人がそうやって思っているはずさ。特に私達のような若者はね、全てを諦めて受け入れてしまった大人には反対されるかもしれないけど。未来に希望を抱けるのは、私達のような若い世代の特権なんだから。……質問に対する答えになっているかい?」


 ふふっ、と陽華は唇の端から楽しそうに笑みを零した。


「ええ、十分です」


 やはり、自分の目的は間違っていないのだ。

 白詰氷華と白詰陽華の事情だけではない。かみやなぎたかすみだって、もりしたしゅんだって、界術師の世界よる理不尽の被害者。この窮屈な界術師の世界を変えることができれば、霧沢直也が描く未来の先ならば、きっと誰もが笑顔を浮かべる幸せな光景が待っているはずだ。


 全ての命運は、これから行われる会議の結果次第。

 世界を変えるだけの立場を手に入れるために『オッサン』と同じ場所まで辿り着く。その第一段階が風紀委員会への入会。ここで躓いてしまえば、全ての計画が台無しになってしまう。

 

「そう言えば、キミは会議に出席するのかい?」

「いえ。俺はまだ部外者ですからね、出席は禁じられています」

「そうなのかい? なら大丈夫なんだけど、まあ念の為」


 すっ、と陽華は真剣な表情を浮かべた。


「夏越家現当主――なつごえくにはるの前では絶対に弱音を吐かないでくれ。あの人はなんだ、弱い者が嫌いで強い者を好む。分家の中じゃ有名な話でさ、あの人に見限られた関係者は例外なく夏越家から排除されているんだ。それはキミに対しても例外じゃないだろう、他家の私からしても恐ろしい話だよ。だから虚勢でも誇張でもいい、特班を設立させたいなら常に強い自分を示し続けてくれ。くれぐれも弱い姿を見せないように」

「分かりました」

「それと、後で発覚した時に勘ぐられるのが面倒だから言っておくけれど、私は会議で特班設立反対派に付くことになっているから」

「……?」


 怪訝そうに目を細めると、陽華は申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「家の都合ってやつだよ。安心してくれ、キミ達が不利になるような事を言うつもりはないから。正直言うとね、こうしてキミ達の手助けをしていることもバレたら面倒なことになったりする」


 もうすぐフロントだ。

 一緒にいることを見られたらまずいのだろう。陽華は足早に通路を進んでいく。


「後輩、私の気持ちはさっき伝えた通りさ」


 ちらりと霧沢に視線を寄越して、白詰陽華は蠱惑的に微笑んだ。


「だから色々と内密で頼むよ。さっきの『お誘い』も含めてね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る