第84話 第5章 ひなた―――2017
亘理は―――地震で大きな被害を受けていた。
6年前の2011年3月11日。
あの東北地方を襲った東日本大震災のとき、海に面していた亘理町もまた押し寄せた津波によって大きなダメージを受けた。
地震震度は宮城県で震度7。亘理町でも6強を記録し、交通網は寸断され、おびただしい数の被災者が生まれた。多くの悲劇と共に、地震と津波は一帯に計り知れない傷跡を残していた。
わたしは知らなかった。なにも。
もちろん、子どもの頃に東北で起こった地震のことは知っていたけれど、それを身近なものと感じたことは一度もなかった。震災直後の生々しい街の様子をスマホの画像でながめ、わたしは言葉を失った。2011年―――皮肉にもお父さんを事故で亡くしたこの年に起きたこの未曾有の災害を、わたしは初めて自分のこととして捉えることとなった。人は自分の街が壊滅し、家が失われ、生活が奪われて初めて厄災を己の世界と地続きの出来事として受け止める。
と、同時に理解する。
あのときお母さんがあんなにも懸命に誠司くんを守ろうとしたわけを。引っ越してきた誠司くんを、ひどく熱心に教室に受け入れようとしていたわけを。
きっとお母さんは感づいていたのだろう。去年、あの男の子がその目で何を見てきたかを。
「―――……」
災害救助隊の人に発見されたとき、気を失いながらも誠司くんの身体を胸に抱えて最後まで離さなかったというお母さんの姿を思い浮かべ、わたしは身震いした。険しい登山のさなか、突然風通しのいい場所に立ったような気がし、背筋が伸びるような思いでそのはるかな時のながめを見晴るかす。
お母さんは知っていた。
誠司くんが熊本からやってきたそのわけを。そして彼と同じように自分のかつての郷里がもう往時の姿を留めてはいないことを。
亘理。
どんなところだったのかしら……?
いまだ目にしたことのない遠い古里の風景をわたしは想像した。平らに凪いだ海や、その青い静かな水平線を。
札幌、伊達、萩と山口、宮城、そして亘理―――。
若い探偵さんとおじいちゃんの探偵さん、二つの時代、ふたりでいっしょに巡ったお父さん捜しの旅を振り返り、わたしはその最後に辿り着いた遠い故郷の名を想い、そしてその土地土地を結びつけるに到ったお父さんとお母さんの人生―――その数奇な出会いや、不思議な縁を想った。
いつの日か、年若い自分の前に両腕に抱えきれないほどの未来の種を携えたわたしが姿を現すことを知っていた小説家のお父さん。
自分の家のルーツのことなど一言ももらさず、お父さんの亡きあとひたすら仕事に邁進し、二人の子を育てる傍ら、おばあちゃんの介護とおちびちゃんの教育に明け暮れていたお母さん。
寡黙な父と、不器用な母。
二人の間で、
遠い「戊辰の歴史」とやらの狭間で、
華やかな官軍と野深い東北の賊軍の末裔としてわたしは生まれた。
でも、もうそんなことは関係ない。わたしにとって、父は父。母は母だ。ふたりとも大好きだ。
わたしは御形ひなた。13歳。
出身は北海道。札幌。
特技は子どもの世話。
世界でただひとり、時間を旅した女の子。
わたしは父と恋をし、母を育てた。
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