第67話 第5章 ひなた―――2017



 着いた先は、またもや宙だった。

「んがっ」

 爪先が空に浮いたわたしは激しく地面に叩きつけられた。したたかに胴を打ち、そのまま勢いよく土手の斜面を転がり落ちる。やがて身体が停止し、わたしは呻きをもらしながらのろのろと顔を上げた。

 河原。

 よく整地された芝とアスファルトで舗装されたサイクリングロードが夕焼けの緋の色に染まっている。

 唇についた草を噛み、乱れ髪のままあたりを見渡す。さっきまでいっしょだった男の子の姿はない。

(優くん……)

 痛む身体を起こし、わたしはぼんやりと現在位置を確認した。土手であることに変わりはない。頭の切り替えができず、涙に濡れた顔で低く鼻をすすりあげたときだった。少し離れた草の上に白い封筒が転がっているのを認め、わたしははっとした。あわてて這いより、それを拾い上げる。


『 優くんへ 』


 それはわたしが書いた手紙だった。

(渡せなかった)

 封がされたままの封筒を握りしめるうち、みるみる涙が溢れた。

 手紙、お父さんに渡せなかった。わたしの身体にくっついて、こっちの時代に運ばれてきてしまったんだ。お父さんに未来を伝えることができなかった。

 そして悟る。

 お父さんはもうこの世界にいない。

 この手紙がここにあるということはお父さんは自分の運命を知らず、六年前にあの事故に遭遇している。この時間軸に、もうお父さんはいない。お父さんはわたしを置いて遠く去っていってしまったんだ。

「うっく、うう……う……」

 喉から嗚咽がこみ上げる。あとからあとから哀しみが押し寄せ、わたしは喉をのけぞらせ、誰もいない川のほとりで声を放って泣いた。

 哀しみが胸を押し潰す。

 わたしはまたお父さんを失ったんだ。そう思った。六年前に続いて、もう一度。後悔が胸に満ち、わたしは震える唇を噛んだ。娘だと名乗れなかった。事故を伝えられなかった。気持ちも、想いも、すべては言葉に表せぬまま、時の流れの中にとぎれてしまった。

(優くん)

 ふと別れ際の優くんの表情が思い浮かび、わたしは新たな涙に誘われて子どものように泣いた。陽に照らされた優くんの顔―――それはわたしが過去から持ち帰った最後の記憶の欠片であり、思い出のすべてだった。


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