旅支度

 翌日。


 イオナさんは自宅の金庫に入れてあった書類などの貴重品を銀行の貸金庫に預けた。

 そして旅をするのに必要な分だけ、お金を引き出す。


 さらに、普段ウェイトレスとして働いているレストランに寄って事情を説明して仕事を退職した。

 優しげなオーナーさんは、女性の一人旅に驚いていたし、急な話だったので困惑していたが、必要があれば再雇用してくれる事を約束してくれた。


 その後でイオナさんは、イッコマさんの道具屋に寄る。


「なるほど、インテリジェンス・アイテムか……道理でな」


 イオナさんはイッコマさんに会うと僕の事を改めて紹介してくれた。

 彼は彼女の話を聞くと何かの納得がいったらしく、そう答えた。


「道理でって、どういう事? イッコマさん、何か知っているの?」

「いや、白状するとな……その貞操帯は曰く付きで安く仕入れる事が出来た物だったんだよ」


 イッコマさんは少し申し訳なさそうに言った。


「インテリジェンス・アイテムって高価な物じゃないの? 私、マモルくんの事がバレたらイッコマさんに追加料金を請求されるか、交換する為に返さなきゃならないと思って黙っていたんだけど……」

「おいおい……わしが、そんなにケチくさい男に見えるかい? 一度は売った物を、そんな理由で返してくれなんて言わないよ?」

「ありがと……でも、曰く付きって……どういう事なの?」


 イオナさんはテーブルの上に少しだけ身体を預けてイッコマさんの話の続きに耳を傾ける。


「あるドワーフの鍛冶屋が、非常に純度の高いオリハルコンの塊の製造に偶然にも一度だけ成功してしまってな。せっかくだから、それを使って今までに作った事のない物を作りたくなったらしい。悩んだ末に作ったのが……」

「……貞操帯なの?」


 イッコマさんは頷いて、イオナさんは呆れていた。


「自分が昔に好きだった人間の女性の尻を想い出しながら作ったらしい……結ばれぬ恋だったらしいがな」

「結ばれなかったのに、お尻の形は知っていたの?」


 イオナさんは若干イヤそうな声をだしながら、スカート越しに僕を……自分のお尻の部分を撫でた。


「それが、たまたまサイズ的にイオナちゃんにピッタリだったんだろうな」


 イッコマさんは、そう言うと笑った。


「だが作ったはいいが、その貞操帯から夜な夜な獣のような叫び声が聞こえてくるようになってしまったそうな」


 怪談でも話しているかの様に恐ろしい表情、重くて野太い声、怖い語り口で話すイッコマさん。


 ごくり……。


 イオナさんは唾を飲み込んだ。


「でも、貞操帯がインテリジェンス・アイテムだと言うのなら、話は早いな。わし自身は夜中に、そんな声を聞いた覚えはないが……おそらく、その叫び声はマモル君のものだったんだろう」


 打って変わって明るい調子でイッコマさんは、そう結論づけたが……。


 ……は?


 心当たりのない僕は、あまり納得がいかなかった。


「マモルくんって、寝相が悪いの?」


 イオナさんは下を向いて、スカートの中の僕に話しかける。


『いいえ……おかしいですね。僕は元の世界でも、イビキがうるさいなんて親にすら言われた事がありませんよ? この店で目覚めてからは、まったく眠れなくなりましたし……』


 僕は少しだけ考えた。


『もしかしたら転生直後で貞操帯の身体に慣れていなくて、居心地が悪いせいで目覚めるまで無意識に唸っていたのかも知れませんが……』


 自分で、そう無理矢理に答えを捻り出したが……いまいち、しっくりと来ない。


「なるほどねぇ……そうかも」


 しかしイオナさんは、その説明で納得したみたいだ。


『でも、何で僕はインテリジェンス・アイテムなんかに生まれ変わったんでしょう? オリハルコンで作っただけでインテリジェンス・アイテムになるものなんですか?』


 イッコマさんは腕を組んで考え込む。


「なんとも言えんが、わしの知っている限りだと殆どのインテリジェンス・アイテムが一部にオリハルコンを使用しているらしいからなぁ……偶然にも何か条件が揃って、マモル君の魂がオリハルコンで作った貞操帯に転生してインテリジェンス・アイテムとなったのかも知れないな」

『なるほど……』


 その道のプロの言葉には、根拠は無くても説得力があった。


「それでだ……そのドワーフの鍛冶屋も夜に眠れなくなるくらい気味が悪くなったらしくてな。タダ同然で手放そうとした所を、わしが買い取った」

「イッコマさん……」

「どうしたイオナちゃん、わしに惚れ直したか?」

「ううん、呆れているの」


 イオナさんは微笑んでから、ゆっくりとイッコマさんを睨む。


「そんなものを平気で娘同然に大事にしている客に売ったの?」

「い、一応は呪われていないかどうか寺院で確認したんだ。もちろん費用は値段に含まれているが……」

「……結果は?」

「何も……少なくともカース・アイテムの類いにはならなかったらしい」


 イオナさんも腕を組んで考える。


「マモルくんは今回の旅で絶対に必要だし手離せないわ。まあ、旅の途中で何かあったら帰って来てから教えるわよ……」

「そうして貰えると助かるよ」


 イッコマさんは何か、胸のつかえが取れたような安堵の表情を浮かべた。


 そして、彼はテーブルの上に袋を置く。


「旅に必要だと思われるアイテムと、気持ちばかりの金貨を入れておいた。路銀の足しにしてくれ」

「ありがとう、イッコマさん……」


 イオナさんはイッコマさんの心遣いを素直に受け取った。


「それと……これも渡しておこう」


 イッコマさんは、そう言うと黒くて細いベルトで出来たチョーカーを一つ、テーブルの上に置いた。

 チョーカーは中央に腕時計の文字盤くらいの大きさで長方形をした金属製の小箱が付いていた。

 イッコマさんは紙も一緒にテーブルに出す。

 その紙には、何やら長めの文章らしきものが書かれてあった。


「そのチョーカーはマジックアイテムでな。小箱に触れつつ、この紙に書かれてある呪文を唱えてくれ」


 イオナさんは言われた通りにチョーカーに触れつつ、紙を持って呪文を唱えた。

 チョーカーの金色の小箱が、一瞬だけ白く輝く。


「これで、このチョーカーはイオナちゃん専用になった。小箱に触れつつアンロックと唱えてみてくれ」

「アンロック」


 小箱の蓋がパカっと開いた。


「マモル君の……貞操帯の鍵は持っているかい?」

「うん……ここに……」


 イオナさんは胸ポケットから鍵を取り出す。


「旅に金庫を持って行くわけにもいかないだろうからな。鍵を小箱に仕舞ってロックと唱えてみてくれ」


 イオナさんは言われた通りに、貞操帯の鍵を小箱に入れて、蓋を閉めた。


「ロック」


 箱の内側で、かちゃりという音が鳴った。

 その後で、イオナさんが小箱を無理やり開けようとしてもビクともしない。

 彼女は鍵を小箱に入れたままで首にチョーカーを着けて鏡を見る。


 よく、似合っているなぁ……。


 僕は首輪を着けた彼女の姿に何か背徳的な美しさを感じてしまった。

 

「これ……マジックアイテムなんでしょ? 便利だけど、こんな高価な物は頂けないわ……」

「気にせんでいい。お代の支払いは済んでいるからな」

「……どういう事?」

「ヨークから前金で貰っていた注文品でな。今朝に届いたんだ」

「ヨークが?」

「イオナちゃん、もうじき誕生日だっただろ?」

「……あっ……」


 誕生日プレゼント……。

 ヨークさんからイオナさんへの……。

 どうりで似合っているはずだ……。


 僕はイオナさんが、別の人の伴侶であるという事実を、まざまざと見せつけられた気分になる。


「ヨークがな、イオナちゃんは自分があげたプレゼントは大事にするのに、基本おっちょこちょいで本人の持ち物を良く忘れて失くすから、自分があげた物の中に本人の一番大切なものを仕舞って大事にして欲しい。それなら失くさないだろうから……って、言っていたんだよ」

「ヨークが……?」


 鏡を見るイオナさんの瞳が潤み、顔が上気していく。

 その表情を見るイッコマさんの顔も満足気だった。


「本来なら誕生日にヨーク自身から渡すべきなんだろうが……旅の役に立ちそうだしな。ヨークには悪いが今、おまえさんに渡しておく事にするよ」


 イッコマさんは両肩を竦める。


「まさか貞操帯の鍵を入れる事になるとは、あいつも思っていなかっただろうけどな?」


 イオナさんとイッコマさんは、互いに顔を見合わせて笑った。


「……帰って来いよ? ヨークと一緒に……」

「……うん」


 目尻に溜まった涙を笑顔で拭いつつ、イオナさんはイッコマさんに向かって大きく頷く。


 鏡に映るチョーカーを着けた彼女を見ながら僕は、この旅でイオナさんを守りきる事を心に誓いつつ、くすぶるような嫉妬を自覚していた。

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