最終章
01 羊はキュートなのよ
地響きを立てながら、地上に落下する魔王の城。
落下地点はコンアーラ帝国を南下した国境付近の森だ。広範囲に渡って建物の破片や石が降り注ぎ、木々が倒れて森は無惨な光景になっている。
瓦礫の山に、木製の板や白い帆布の切れ端が引っ掛かっている。
船の残骸だ。
老人の特攻攻撃は浮上の仕掛けを施した天岩を割り、敵のアジトを崩壊させたのである。
竜の上でリヒト達はその様子を見守った。
肉親の死を感じて沈んだ様子になっているフェイに、カルマが声を掛ける。
「……」
「フェイ、お前の爺さんは凄い奴だ。誰も作れない薬を作って……犠牲は出たけど、きちんと自分の仕事をまっとうした」
「チガウよ、サイテイのロクデナシだよ……」
「否定するな、フェイ。人間は誰も最低な奴なんかいない。あの爺さんが最後に振り絞った勇気と決断を、馬鹿にするのか?」
励ますようにカルマが言うと、竜はしゃくり上げるような鳴き声を漏らした。
重くなった雰囲気を変えるために、リヒトは剣を持って立ち上がる。
「まだ魔王信者が生き残ってるはずだ。彼らが魔物を操るために使っている魔道具、覇者の杖を壊す。そうしたら僕ら羊さんパーティーの仕事は終わり。皆で観光旅行の続きに戻ろう」
「メエエー(羊さん王国を見つけに行かなくちゃね)」
リヒトの宣言に、アニスがコクコクと頷いた。
カルマが不思議そうな顔をする。
「お前達はそんな目的で旅をしていたのか」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「聞いてないぞ。俺がお前らと旅をしたのは、少しの間だけだった。だいたいリヒトの名前を叫びながら竜が飛んでいるのを目撃しなければ、再会するのはもっと先だったろう」
流れで一緒にいるカルマだったが、本当はフェイの救援要請に答えてきてくれただけだった。しかし、ここまで来たのだからと、事の終わりまで見届けるつもりらしい。
「観光旅行……」
「もともとソラリアが言い出したんだよ」
「えっ」
記憶を失っているソラリアは、リヒト達の旅の始まりを知らない。
彼女はリヒトの言葉に目を丸くした。
「私が……意外ですが、そうでもないような」
「うん。僕らの旅はソラリアから始まったんだ。だから、この先どうするか、戦いが終わったらソラリアが決めて」
リヒトが微笑んで言うと、ソラリアは戸惑ったようだが、覚悟を決めたように頷き返した。
「良いでしょう。羊さんも可愛いですし、貴方のパーティーは居心地が良さそうです」
「メエー(羊はキュートなのよ)」
「わお。羊さんに負けちゃった」
意外に好意的な返事だ。記憶が無いにも関わらず、ソラリアの台詞の内容は、今まで羊を優先していたリヒトへの意趣返しのようだった。
リヒトは彼女と向かい合って、鞘に入った魔王の剣を渡す。
合流した時に羊さんが蹴飛ばしたので、今のソラリアは聖剣を持っておらず丸腰だった。
「これは……良いのですか? 覇者の杖を切るために必要なのでは」
「僕は切り札があるからね。どうとでもなるさ。武器が無いソラリアが持って行って」
もともと羊飼いのリヒトは、剣で戦う気持ちにはどうしてもなれなかった。それに、絆を断ち切る天魔のスキルははっきり言ってチートだ。物理的な攻撃力にこだわる必要は無い。今回の戦闘にも、いつもの作業用ナイフを使うつもりだ。
ところで魔王の剣はリヒトにしか扱えない。
念のためソラリアに「抜いてみて」と伝えたが、やはり抜けないようだった。リヒトは鞘から剣を抜き出して渡す。ソラリアが柄を握ると蒼い鉱石の刃の色が暗くなった。試しに振ってもらったが、何でもスパスパ切る衝撃波は発生しない。だが、普通の剣として使えるようなので、さしあたっては問題ないだろう。
「カルマ。アニスを守って、フェイと一緒に待機してて」
「分かった」
「行こう、ソラリア、メリーさん!」
リヒトとソラリアは巨大化した羊に乗り込む。
「メエー(作戦開始)!」
メリーさんは竜の背中から飛び降りた。
羊は二人を乗せて瓦礫の山と化した魔王の城へと滑空する。
いよいよ、魔王信者との最終決戦だ。
その頃、教会本部の水上都市ジラフでは、ワープゲートを通って帰参した勇者ルークが、司教に事の次第を報告していた。
「……勇者パーティーは敵の術に落ち、俺以外の者は操られ、歌鳥の勇者ソラリアは連れ去られました」
「なんと……」
大広間には、壇上に佇む司教以外にも数人、神官が並んでいる。
ルークが報告を終えると彼らはざわめいた。
勇者パーティーの精鋭が壊滅したと聞いて、神官達は不安がっている。
実際には、ソラリアは敵ではなく観光旅行中の羊さんパーティーに連れ去られたのだが、そんな事は報告しようがないので省略したルークであった。
「静まれ」
司教が言葉を発すると、広間に沈黙が落ちる。
教壇の前に立った司教はゆっくり仮面を外した。
現れたのは極めて平均的な初老の男性の顔である。
しかし男性の瞳は水銀を溶かしこんだように光り、頬には透明な菱形の鱗が複数枚浮かんでいた。
異形の相貌を見た神官たちが動揺する。司教は彼らを見渡して、腕を頭上に掲げた。
「見よ! これが我ら聖骸教が崇める名もなき神である!」
唐突に虚空から光が射し、司教の頭上に白い影が浮かびあがった。
それは銀の鱗を持ち、木の葉のような胴体から透明なヒレを広げた、目の無い一匹の巨大な魚だった。神々しい光を放ちながら、魚はぐるりと空中を泳ぐ。
「我らが神は、異界より来たりし
偉容を誇示するようにヒレを広げて、魚は人間達を見下ろす。
広間の中心にいたルークは息を呑んだ。
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