03 空飛ぶ帆船の探索

 空に浮かぶ帆船を見つけたのは、ソラリアに説明した通り、つい最近のことだった。最初に金剛の都ダヤーンに来た時は、雲に隠れて見えなかった。

 メリーさんの救出後に、コンアーラ帝国の上空をさ迷う船に気付いたのだ。


「ノリコムよ?」

「大丈夫。行って、フェイ!」


 四枚の翼の竜の姿をした魔物、フェイは確認するようにリヒトに問い掛ける。リヒトは力強く頷いた。

 正体不明の空飛ぶ船。

 何が起こるか分かったものではない。

 リヒト達は警戒しながら船に近付く。


 海を知らなかったリヒトは船の種類にも詳しくないのだが、その船は大勢の人が寝泊まりできるガレオン船と呼ばれるタイプの帆船だった。

 かつて海に浮かんでいたのか、船の底にはフジツボの跡が沢山ついている。船の側面にはペンキで着色した名残があったが、剥げていて何が描かれていたか分からない。

 船首部分は女神像が取り付けてあったようだが、壊れて首が取れていた。船尾には傷が付いている。船の上には三本の帆柱マストが並んでおり、内一本は折れていたが、残りの柱には白い三角の帆布が風をはらんでなびいていた。

 甲板に人の姿は無い。

 竜はおそるおそる無人の甲板に降り立った。

 ギシリと船はきしんだが、それ以上何も起こる気配は無い。


「……降りてみよっか」


 リヒトの提案に反対の声はない。

 皆、どうしていいか戸惑っているのだ。


「カルマとアニスは念のため残ってて。僕と羊さんとソラリアで偵察してくる」


 何となくリーダーはリヒトの雰囲気なので適当に指示を出すと、身軽に甲板に飛び降りた。羊のメリーさんも続いてシュタッと格好よく着地する。


「……私に指示をしないでください」


 隣に降り立ったソラリアは不満そうだった。


「うーん。でも誘拐犯として、それなりに方針を示さないと」


 リヒトは、念のため持ってきた魔王の剣を腰のベルトにさしながら、茶化して返事をする。

 魔王の剣は少年のリヒトにはやや大きいサイズなので、腰に付けると動きにくい。仕方なく剣は片手で持って、両手の作業が必要な時だけ剣帯に戻すことにする。


「ふざけないで下さい。あなたは私を知っている。そうでしょう?」


 顔を上げると、ソラリアは真っ直ぐリヒトを見ていた。


「私は任務を終えてジラフに戻り、司教様に報告しました。しかし今回は、その任務の内容が思い出せないのです。一ヶ月以上ジラフを留守にしていたのに、その間の事が思い出せない」


 ソラリアは眉間に皺を寄せて苦しそうな顔をした。

 どうやら彼女なりに記憶の空白について疑問を持っているようだ。

 リヒトは距離を詰め、彼女の手を取る。勇者の仕事で剣を振るからか、彼女の指の付け根には固い部分があった。構わず手を繋いで歩き出すと、ソラリアは動揺して頬を赤くした。


「なっ」

「難しいことを考えるのはよそうよ。僕は誘拐犯で、君は誘拐された女の子。それで良いじゃない?」


 笑って言うと、ソラリアは「勝手なことを」と言いつつ、満更でも無さそうな顔をする。


「仕方ないですね。小さな誘拐犯さん、今はあなたの言うことを聞いてあげましょう。この船にも興味がありますし」

「メエエー(ちょろい)」


 羊のメリーさんが失礼な感想を漏らしていたが、羊語なので誰も気付かない。リヒトの横をトコトコ歩く羊を見て、ソラリアは不思議そうにした。


「この羊はさっき大きくなっていましたね。魔物ですか?」

「ちがう。メリーさんは神様だよ」

「神様……? こんなフワフワな羊が神様なら、世界全てが柔らかく平和になりそうです」

「あはは! 君の言う通りだね」


 メリーさんは遊牧民によると神様だそうだが、結局、正体不明なことには変わりない。リヒトは彼女の皮肉を否定せずに笑い飛ばした。

 甲板をマストの根元まで歩くと、下に降りる階段がある。

 リヒトはソラリアの手を引いて階段を降りながら、心開眼ディスクローズアイを使う。

 船の中には、一人だけ人間がいるようだ。

 青白く光る絆の線がリヒトの前を横切った。


「んん? フェイと繋がってる?」


 船の中にいる人物と、フェイの間に糸がある。

 知り合いなのだろうか。

 とりあえずリヒトは暗い船の通路を、唯一の船員がいる場所を目指して歩いた。


「お邪魔しまーす」


 その部屋は明かりが付いていて、扉が開けっ放しになっていた。

 部屋を覗きこむと、雑多な道具や箱がところ狭しと並んでいる。壁沿いの棚には、液体が満たされた透明な瓶がいくつも並んでいた。瓶の中には赤い種子のようなものが浮かんでいる。

 それを見てリヒトは、同じものをコンアーラ帝国の街中で見たことを思い出した。

 そう、あれは魔王信者アルウェンが配っていた、怪しい薬だ。


「……なんじゃ、もう追加の催促か。まだ薬はできておらんぞ」


 部屋の中にいた、汚れた長衣を着た老人が振り返る。

 老人は単眼鏡モノクルを付け、白い髭を長く伸ばしていた。

 リヒト達を見た、眼鏡の奥の細い目が驚愕に見開かれる。


「おお?! なんじゃお前らは!」


 部屋に並ぶ瓶と、先ほどの老人の台詞で、ここで老人が何をしていたかは想像が付く。リヒトは片手で剣を抜けるように指を滑らせながら、彼に聞いた。


「お爺さん、ここで何を作ってるんですか? まさか、人間を魔物に変える薬だなんて、言いませんよね?」

「う……!」


 動揺した老人が後退りする。

 リヒトは油断なく体勢を整えながら、部屋に踏み込んだ。



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