06 大ピンチ!

 コンアーラの金剛石の都ダヤーンの上空に旋回している複数の魔物は、竜に乗って飛んでくるリヒト達に気付く。明らかに友好的ではない態度で、魔物達は次々に羽ばたいてこちらに向かってきた。

 竜の姿をした魔物は口を開くと、細長い炎を吐く。

 熱線がリヒト達のすぐ近くを通り過ぎる。


「フェイ、頑張って避けて!」

「あついよヤケテ、コゲどらごんになっちゃうー!」


 フェイは悲鳴を上げながらも、ジグザグに飛んで攻撃を回避する。

 焦げドラゴンというと何だか美味しそうだなと思いながら、竜の背中でリヒトは心開眼ディスクローズアイを使った。


「これは……!」


 蒼く染まった視界に禍々しく交差する無数の朱色。

 竜達や魔物達を取り巻くように、都の北から赤い線が伸びている。赤い絆の糸は正常な青白い絆の糸を飲み込んで肥大化し、複数の糸がより合わさったロープに変化して魔物達と繋がっていた。魔都と化したダヤーンに正常な絆の糸は、ごく僅かしか残っていない。

 それは即ち、生きている人間が少ないことを表している。

 リヒトの背を冷たい戦慄が駆け抜けた。


「メリーさんは一体どこに……」


 羊のメリーさんと自分とを繋げる絆に目を凝らす。

 メリーさんとリヒトを結ぶ絆の糸は、都の北に一際巨大にそびえたつ塔のような建造物の裏手へと回り込んでいた。


「フェイ、あそこに向かって!」

「ワカッタ!」


 目標を定めた竜は一気に急降下する。

 四枚の翼を持つフェイは、他の魔物を引き離して前に出た。

 リヒトは竜の背中で後ろを振り返ると、魔王の剣を鞘から抜く。


「はあっ!」


 気合いを込めて、抜剣しざまに薙ぎ払うように剣を振るう。

 剣先から衝撃波が発生して、追いかけてきた複数の魔物をまとめて切り刻んだ。

 アニスが歓声を上げる。


「リヒトすごい!」

「飛び降りるよ、アニス」


 墜落する勢いで、フェイは地面に着地する。

 その背中からリヒトとアニスは素早く飛び降りた。


「フェイ、君の飛行速度なら逃げられるだろう。行って!」

「でもリヒト……」

「僕が倒した魔物が復活しない内に、早く!」


 追撃してきた魔物は、先ほどのリヒトの剣閃で負傷して地面に落下している。しかし、騒ぎに気付いた他の魔物が集まってきているようだ。魔物に取り囲まれれば、いかにフェイが高速に飛行できても逃げ切れなくなる。


「たすけヨンデくる!」


 翼をバタバタさせて言ったフェイは、地面を蹴って空へ舞い上がった。俊敏な竜の姿はあっという間に蒼穹の彼方へ消える。

 彼が無事に逃げ切ったか確認する余裕はなく、リヒトは幼馴染みの少女を急がせて、五重の塔のような建造物の前まで一気に走った。周囲は魔物だらけだ。

 まさかコンアーラの都が魔物に占拠されているとは思ってもみなかった。走りながらリヒトは、魔物の群れのただ中に飛び込んでしまったことを後悔する。

 都の上空の手前で引き返せば良かったのだろうが、メリーさんが心配で冷静な判断ができなかった。

 今更に危機感を覚える。


「リヒト、あそこ!」


 アニスが指差した先には薪が積まれており、その頂点には羊のメリーさんが荒縄に縛られてバタバタしていた。

 薪は祭壇で、羊は捧げられた供物のようだ。


「メリーさん!」

「メエエエ(リヒト)!」


 感動の再会をする一人と一匹の前に、割り込むように銀の髪の女が立ち塞がる。踊り子のような袖の長い衣服を着た女は、リヒトを見て満面の笑みを浮かべた。


「ああ、我が君、来てくださったんですね!」

「前から思ってたけど、その我が君ってのは、何なのさ?」

「今も昔もつれないですわね。お気に入りのあの娘以外は、眼中にないのかしら。まあ、その冷たさも我が君の魅力なのですが」


 銀の髪の女、サザンカはくすくすと笑った。

 リヒトは彼女の動きを警戒しながら、顔をしかめる。


「何を言っているか、意味不明なんだけど」

「あなたの天魔の話ですよ、我が君。もしかして自覚が無いのですか?」

「何の話だ?」


 サザンカは両腕を大仰に広げた。


「あなたこそ、我ら魔王信者が追い求めてきた、天魔の主。絶縁の魔王の欠片を持つ者! ジラフに保管されていた、その天魔の剣を扱えることが何よりの証!」

「魔王、だって……?」


 リヒトは手元の剣に目を落とした。

 確かにこれは伝説の魔王の剣と呼ばれていた。

 そして夢で出会った天魔の青年との、奇妙な受け答えを思い出す。


「恥ずかしい役職名って、そういうことだったのか……」

「どうかしましたか、我が君?」

「こっちの話。何にせよ、その我が君って言うのを止めてよ。あと僕は魔王じゃないから」


 彼等の大それた野望に、手を貸すつもりはない。

 ゆっくり鞘から剣を引き抜くと、サザンカに突きつける。

 剣の切っ先が眼前にあるにも関わらず、彼女は動じずに艶やかに笑った。


「ふふふ、我が君はやっぱり思い通りにならない。だけど、そこが良いんですわ! だから私はずっと、あなたを手に入れたかった。あなたもそうでしょう、薔薇吸血姫ロゼリウム!」

「……リヒト、好きな人がいるの?」


 背後でゆらりと幼馴染みの少女が立つ。

 止める間もなく背中から組み付かれて、動きを封じられたリヒトは呻いた。


「アニス!」

「嘘つき。好きな人はいないって、そういうの興味ないって言ってた癖に!」

「違うって、あいつの言うことを信じないで! うあっ」


 首筋に、少女の息がかかり、鋭い痛みが走る。

 赤い血が喉を伝って滑り落ちていく。

 目の前が霞んで、手から剣がこぼれた。


「くっ……」

「あははははっ! これでようやく、愛しい魔王様が手に入る! さあ、我が君、私達と楽しい踊りを踊りましょう。永遠に!」


 サザンカの哄笑が響き渡る。

 身体が言うことを聞いてくれない。薪の上でジタバタするメリーさんの姿が遠くなっていく。

 薄れていく意識の中で、リヒトは不意に、ソラリアの歌声を思い出した。あの心地よいメロディーを聞きたいと、何故か無性に感じたのだ。



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