第八章

01 女性と子供に優しい正義の味方

 教主国ジラフは魔物の襲撃を受けているらしい。

 妖精の森を出て人里に降り、街道を進むリヒトとソラリアの耳に、そんな噂話が飛び込んで来た。噂を裏付けるように、上空を魔物とおぼしき影がジラフの方向へと飛んで行くのを、何度か見掛けた。


「ふむ。私達が行く前に、悪は滅び去りそうですね」

「今まで勇者として属してた組織を、ためらいなく悪って言っちゃうソラリアは凄いと思うんだ……」


 過去の事情から、教会を潰そうとしていたソラリアは残念そうだ。

 リヒトはげっそりと突っ込んだ。

 二人はいくつかの村や街を通過して、羊のメリーさんと共にジラフを目指す。しかし教主国ジラフに近付くにつれ、ところどころ魔物の襲撃の跡が見られるようになった。

 火事で焼け落ちた村。

 無人になった街。

 どうやら魔物はジラフと、ジラフの周辺を集中的に攻撃しているようだ。それらの惨劇の跡を見ると、さすがのリヒトも真剣な顔になる。


「面倒事に巻き込まれない内に、引き返した方が良いと思う」

「真面目な顔で言うことがそれですか。とことん薄情ですね」


 色々な意味で引き返したくなったリヒトだが、それはそれとして幼馴染みの少女アニスがどうしているかは気になった。積極的に助けに行くほど善人ではないが、顔見知りの不幸を笑うほど悪人でもない、中道がリヒトの基本的なスタンスだ。

 だから、何だかんだ言いつつもリヒトはジラフへの旅路を中断しなかった。

 ジラフに行く手前にある大きな街で二人は念のため、武器を買うことにした。魔物と戦うかもしれないのに、素手だと心もとない。

 ソラリアは剣を買うつもりらしい。


「リヒトも剣を使えるなら、剣を買えば良いのに」

「絶対に嫌だ」


 彼女に剣の購入を勧められたが断る。羊飼いを自認するリヒトは、剣どころか戦闘用のナイフを持つのも嫌だった。鼻歌混じりに剣を見て回るソラリアから離れて、ふらふら路地の適当な露店を覗きこむ。

 偶然だがそこは、短剣とナイフを専門に取り扱っている店だった。

 直刃だけでなくカーブした刀剣や、穴の空いたトリッキーな刃を持つナイフ、ギザギザした刀身が特徴のソードブレイカーも店頭に並んでいる。


「いらっしゃい坊っちゃん! うちに来るなんてお目が高いねえ。うちにはなんと、かの有名な連続殺人鬼が使った刀工ゾルゲ作のシリーズも置いてるよ!」

「そんな凶器を売ってて良いんですか」


 顔や腕に傷痕がある不気味な店主が、笑顔でリヒトに商品を薦めてくる。


「僕は人を殺す用じゃなくて、サバイバルナイフが欲しいんだけど」

「そういうなよ、坊っちゃん。俺には分かってる……坊っちゃんは殺る前に、手の中でナイフを回す癖があるね?」

「なぜそれを……というか、殺しとかしてませんから、人聞きの悪いことを言わないで下さい」


 第三者に聞かれると暗殺者か何かだと誤解されそうだ。

 リヒトは、笑顔で物騒な事を言う店主に呆れ半分に答える。


「まあまあ。こいつはどうだい? 握りやすくて使いやすいぜ」

「あ、回しやすい」


 手持ちの作業用ナイフは、折り畳み式の小型の刃で、魔物や人間を相手にするには小さい。店主に薦められたナイフは、固定刃で鞘に入れるタイプだった。威嚇的な大型ナイフは好きでないリヒトだが、薦められたナイフは刃が薄く、握りの凹凸が深くて手に馴染む。


「このナイフはいくらですか?」

「それは……」

「坊主、値段を相手に聞いてはいけない。こいつは交渉の基本だぜ」

「うわっ」


 突然、隣から口を突っ込まれて、リヒトは半歩横に飛び退った。

 見ると、帽子を目深に被って顔を隠した男が、リヒトの手元を覗き込んでいる。帽子は天井が平べったくひさしの広いタイプで、帽子の下からは男のくすんだ金髪が垣間見えた。男は中肉中背で、旅のマントを羽織っている。マントの下の身体には筋肉が付いていて、いくつか防具を身に着けている様子が見てとれた。


「おやっさん、この坊主に高く売りつけようったって、そうはいかねえ。このナイフは100ディン以下の価値だろう」

「45ディンだぜ」

「あ、お会計お願いします」

「俺の話を聞いてたか?!」


 絡んでくる男を放置して、リヒトは先に支払いを済ませた。100セントが1ディン、決して安い買い物ではないが、コンアーラの春天楼で家探しした時に、金目の物品をいくつか見つけて売り払っているので懐は暖かい。


「なんですかお兄さん、良い大人が営業妨害してはいけませんよ」

「うっ、坊主の代わりに値切ってやろうと思ったのに、なぜか俺が窘められている?!」


 リヒトは受け取ったナイフを腰のベルトに付けられるか試しながら、割り込んできた男の方に向き直った。


「お兄さんはどなたですか?」

「俺は……女と子供に優しい、通りすがりの正義の味方さ」

「自分で言ってて恥ずかしくありませんか」


 冷静に突っ込むと、男は「くっ、畜生ー!」と絶叫して、くるりと背を向けて脱兎のごとく走り去った。リヒトは去っていく男の背を無言で見送った。


「メエー(面白い人だったね)」

「何かありましたか?」

「メリーさん、ソラリア」


 買い物が終わったらしく、鞘に入った剣を持ったソラリアが、羊のメリーさんと共に歩み寄ってくる。

 リヒトは彼女に男のことを説明する。


「女性と子供に優しい正義の味方に、値切りを勧められたんだよ」

「何ですか、それは」


 こっちが聞きたい。


「そういえば私の同僚の勇者に、そんな変わった男がいましたね。彼は守銭奴の勇者ルークと言われていました」


 ソラリアが空に視線を向けて、思い出すような仕草の後に、そう呟いた。

 守銭奴の勇者……今まで聞いた勇者の二つ名の中では失笑レベルである。聖骸教会のセンスや方針が疑われると、リヒトは思った。


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