04 メリーさんの正体

 リヒトとソラリアは、コンアーラ帝国の街に数日滞在して装備を整えた。リヒトは良い機会なので作業用ナイフを新しく買った。戦闘用ではない。自分は羊飼いだと思っているので、積極的に戦いに参加するつもりはないリヒトだった。

 意外なことに、街の人々は冷静に生活を再開しているようだ。天魔を持つ者達による支配がどうなるか、様子見といったところだろうか。

 街を歩いていたリヒトは、広場でアルウェンの部下が、赤い丸薬のようなものを水に浸した小さな容器を配っているのを見た。


「アルウェンさん、広場で配ってるのって何ですか?」


 夕方、根城になっている春天楼でアルウェンに会ったので聞いてみる。

 相変わらず黒い全身鎧に身を包んだ彼女は、リヒトの質問にすぐに答えてくれた。


「ああ、あれは天魔の欠片だ。俺の仲間が作ったもので、あれを飲むと天魔の能力者になる」

「?!」

「リヒト君も飲んでみるか?」


 リヒトは咄嗟に首を横に振った。

 今のコンアーラでは天魔の能力者であることを隠す必要はなさそうだが、リヒトは成り行きで偽ったまま訂正していない。

 アルウェンはリヒトの反応を予期していたかのように、薄く笑む。


「争いの原因は、我々に差があるからだ。なら、その差を無くしてしまえばいい。怖がる者もいるが、そのうち皆、慣れるだろう」


 何と返して良いか分からずにリヒトは黙った。

 返事を期待していなかったらしく、アルウェンは話題を変える。


「そういえば、遊牧民の件だが、話が通った。明日から俺達は西に出発するが、君も同行するといい」

「わあ、ありがとうございます!」


 羊の話題になったのでリヒトは笑顔になった。

 新生コンアーラ帝国に漂う不穏な気配はひとまずおいておいて、リヒトとソラリアは準備を整えて西の遊牧民に会いに行くことになった。





「空がとっっっても広いです!」


 両腕で蒼空をすくいとるように広げて、ソラリアは上機嫌で歌うようにそう叫んだ。

 彼女の言う通りコンアーラ帝国の西は、遮るもののない草原が続いており、見晴らしが良い。乾いた風が草原に吹き渡っている。

 見渡す限り地平線で、その広さに圧倒されるほどだ。


「すごいねー。あ、羊! あの白いテントが遊牧民の家かな」


 馬の背で日除けの布を被ったリヒトは、目的地を確認する。白いテントの近くには無数の羊達が草をはんでいた。

 アルウェンとその部下や仲間は、馬で草原を闊歩していた。ソラリアとリヒトも馬に乗せてもらっている。一番年少のリヒトは子供扱いで、アルウェンの後ろに二人乗りしていた。

 テントが近付くと、向こうの遊牧民もこちらに気付いたのか、出迎えの準備をしているようだった。

 コンアーラ帝国は裾の長い衣服を着る文化のようだが、遊牧民も似た服装をしていた。彼らは上下が一枚になった服を着て、黄色い布の帯を腰に締めている。


「おお……コンアーラ帝国の方ですかな。この度はどういったご用でしょうか」


 遊牧民を代表して、壮年の男が進み出てくる。

 アルウェンが答えて言った。


「我々は新生コンアーラ帝国の者だ。お前達との今後の取引について話し合いたい」

「新生……?」


 遊牧民の男は怪訝そうにした。

 どうやらまだ情報が行き渡っていないらしい。

 挨拶の最中だが、後ろのリヒトは草原にいる無数の羊に視線が釘付けである。羊っていいなあ。

 その時、鞄の中に入れられていた羊のメリーさんが、窮屈さに耐えかねたのか、鞄の口から顔を出した。


「あっ」


 慌ててリヒトは、メリーさんを隠そうとした。

 しかし、向かいにいた遊牧民の視界にはバッチリ入ってしまっている。


「そ、それは私達の御神体?!」

「メリー様?!」


 遊牧民は騒ぎ始めたので、リヒトは取り繕う機会を失ってしまった。御神体? メリー……様?


「帰って来られたんですね、メリー様!」

「メエエー(久しぶり)」


 小型化しているメリーさんが答えるように鳴いた。

 振り返ったアルウェンが、リヒトを咎めるように見る。


「どういうことかな? リヒト君」

「ええっと、これには深い事情があってですね……」


 リヒトは冷や汗をかいた。

 気が付くと、遊牧民もアルウェン達も皆、リヒトを見ている。注目されるのに慣れていないリヒトは、焦った。


「と、とりあえず、座って落ち着いて話をしません?」

「……」


 そういうことになった。





 皆で円を組むように座ると、飲み物として新鮮な羊ミルクが配られる。落ち着いたところで、リヒトと遊牧民は羊のメリーさんについて話をした。

 その結果、分かったことは、リヒトの両親がカーム大陸に渡る前に、遊牧民から羊のメリーさんを預かったということだった。


「メリー様は、私達、遊牧民の神なのです。いつからかは分かりませんが、大昔から私達を見守っている不思議な生き物です。私達は代々、メリー様を大事にしてきました」

「そんな昔から」

「メエー(偉いのよ)」


 メリーさんはリヒトの膝の上で胸をはって鳴いた。

 遊牧民の話の通りなら故郷に帰ってきたはずだが、メリーさんはリヒトから離れようとしなかった。遊牧民も微笑ましそうにリヒトとメリーさんを見ているだけで、反感を抱いている雰囲気はない。


「そんなメリー様がリヒトさんのご両親になつかれた時は、私達も困りました。しかし、他ならぬメリー様が決められたことです。いつか草原に帰ってこられると信じて見送りました」

「そうだったんだ……」


 謎だったメリーさんの正体が少し分かった。

 やっぱり普通の羊ではなかったのだ。


「それにしても、だいぶ縮んでしまわれましたね。ツヅミ草を食べて元の大きさに戻られては?」

「ツヅミ草?! 元に戻るんですか?!」


 小型化したメリーさんを元に戻せると聞いて、リヒトは身を乗り出した。


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