08 タコを食べるのか、タコに食べられるのか

 その頃、港でカルマは、魔王信者サザンカの足止めをしていた。

 リヒトを追いかけようとするサザンカの前に立って行く手を阻む。


「邪魔ですわ! 我が君に会いに行かなければいけないのに!」


 苛立った表情で声を上げた銀の髪の女は、長い袖を舞わせるように両腕を上げる。

 その姿が陽炎のようにかすんだ。

 幻影を見せて、その隙にリヒトを追うつもりなのだ。

 サザンカの姿が消える。

 目の前で人が透明になって消えたのだが、カルマは動揺せずに自分の天魔の直感を信じて動いた。何もない虚空に手を伸ばす。


「無駄だ!」

「なんですって?!」


 透明のまま横を駆け抜けようとしていたサザンカが、腕をつかまれて再び実体化する。カルマは彼女の腕を捻り上げた。


「俺の天魔は、生命を裁定する死司天使サリエル! 命があるかないかで幻は見分けられる」


 死を与える天魔の正体を告げ、カルマは容赦なくサザンカの腕を引いて地面に叩きつけた。続いて足で踏んで動けなくしようとしたが、サザンカは横に転がって避け、立ち上がる。

 二人は睨みあったまま膠着状態となった。

 カルマはサザンカの九重生命ナインライフズについて知らない。知らないが、最初に出会った時に殺したはずなのに蘇ってここにいるので、自分の天魔のスキルでは殺せないのでは、と慎重になっていた。

 サザンカの方も幻影が使えなければ打つ手がない。

 双方が次の行動を考えあぐねていたところ、海の方から巨大な生き物が泳いで近づいてきた。


「……撤退するぞ、サザンカ!」


 巨大なセイウチのような生き物は海面から頭だけ出して泳いでいる。その頭の上に仮面の男と、リヒトが追っていた友人だという少年が乗っている。

 撤退を呼びかけられたサザンカは、地面を蹴って跳躍し、彼らと合流した。

 深追いするのは危険だと判断したカルマはその場に留まる。

 魔王信者達が海へ去っていった後、海岸からリヒトと羊が走ってきた。


「あ、カルマ、無事だった?」

「ああ。友人は良いのか」

「レイルは一人立ちしていっちゃったよ。僕は魔王信者に付いていくのはお勧めしないけど、レイルが決めたなら邪魔しない」

「そうか」


 何となく状況を理解してカルマは頷いた。

 ひとまず一件落着らしい。


「それより、タコ焼き合戦が大変なことになってるらしいから、僕はそっちを見に行くよ」

「メエー(早く行かないと巨大タコ焼きが食べられなくなっちゃうよ)」


 リヒトの言葉に、カルマはタコ焼き合戦をしている浜の方を見る。

 浜辺では騒ぎが起こっているようで、巨大な赤黒い生き物が触手のようなものを伸ばしているところだった。


「なんだ、あれは……?」

「分からない。けど、食べられるといいな」

「……」


 真面目な顔をして言うリヒトに、カルマは少し沈黙した。

 戦闘で外していたフードを目深に被る。


「俺は海岸を散歩する」

「一緒に来ないの?」

「俺の顔を見て悲鳴を上げられても困るからな」

「そっか、仕方ないね」


 白い髪に赤い目のカルマは、普通の人の目には奇異に映る。

 タコ焼き合戦の方向へ駆けていくリヒトと羊と別れ、カルマはのんびり逆方向の海岸線を散歩し始めた。




 タコ焼き合戦に参加中のソラリアとアニスだが、ちょっとした問題に直面していた。

 アニスが泳げなかったのだ。

 考えてみれば、リヒトともども初めての海なのだ。泳げなくても不思議ではない。故郷のアントイータでは川遊びで泳いでいたそうだが、海と川では色々と違う。


「あんなに盛大に海に飛び込んでおいて、まさか泳げないなんて」

「ごめんなさーい」


 タコを捕る前に人命救助に追われたソラリアは、砂浜でアニスと休憩していた。タコは一匹も捕れていない。

 しかし元々、遊び半分にタコ焼き合戦に参加したソラリアは特に焦っていなかった。

 浜辺に設置された天幕の下から海を眺めていると、天気の良かった空が曇り、にわかに暗雲が立ち込めた。塩水混じりの雨が降ってくる。波が泡立って、海面の下に黒い影が現れた。


「あれは……」


 異変に気付いた人々が海水から上がって浜に戻ってくる。

 しかし、諦め悪くタコに執着する者もいる。海に残って泳いでいた一人に黒い影が迫った。吸盤の付いた触手が、もりを持った男を吊り上げる。


「うわああああっ?!」


 触手に巻き取られて男は悲鳴を上げた。

 同時に海面から高くしぶきが上がって、赤黒い巨大な生き物が姿を現す。吸盤の付いた触手をうごめかせ、風船のような頭部を海面からのぞかせた、その生き物は……


「タコ?」


 巨大なタコだった。

 ソラリアが茫然と呟いた傍で、人々から悲鳴が上がる。


「あれはっ、この辺の海の主、クラーケンだ! タコの取りすぎで怒って出てきたのか?!」

「いや、タコ食っても、いつもは怒らないのに今日は何故」

「クラーケンは生贄を捧げたら鎮まって海に帰るらしい」

「生贄?! お前が生贄になれよ!」


 騒然とする人々の前で、触手に捕まった男が丸呑みにされそうになっている。ソラリアはたまらず海へ駆けだした。間に合わないかと思ったが、踊り食い直前に体格の良い赤い髪の男が割って入る。

 黄昏の勇者スサノオだ。

 彼は「せいっ」と気迫を込めて触手を蹴り飛ばす。捕まった男が解放されて海に落ちた。九死に一生を得た男は銛を放り出して浜へ泳ぎ始めた。

 ソラリアは、クラーケンの前の浅瀬に立つスサノオの横に並ぶ。


「スサノオ! 私の天魔で……」

「やめろっ、あんたの天魔は範囲が広くて威力が高すぎる! 津波を起こす気か? 街が海に沈んじまう!」


 ソラリアの天魔は、大規模な地震を起こしたり天候を変えたりできるが、場合によっては地形を変えてしまうこともある。故郷を滅ぼされたら困ると、スサノオは彼女を止めた。


「せめて聖剣を持ってくれば……そういえばスサノオ、あなた聖剣は?」

「教会に返上してきた」

「なんですって?」


 聖剣を返すということは、勇者を辞めるということだ。

 いったい何故、そんな決断をしたのだろうか。


「俺は、この手で故郷を守る。そのために帰ってきたんだ。歌鳥の勇者、あんたは下がって見てろ!」


 スサノオは戸惑うソラリアを残し、拳を固めて、素手でクラーケンに殴り掛かった。


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