03 天魔の使い方

 さて、リヒトが天魔の力で察知した通り、レイル少年は港街の中のとある建物に囚われていた。そこは漁で捕ってきた魚などを保管する倉庫だったようで、今は使われていないようだが魚の腐った酷い匂いがする。

 レイルは金髪碧眼の山育ちにしては見目の良い少年だったが、数日に渡る囚人生活に疲れて、金髪は雨に濡れた干し草のようになり、碧の眼は濁った池のようになってしまっている。


「だーかーらー、俺は天魔の力なんて、持ってないってーの……」


 そんな力があれば、とっくにお前を倒して脱出している、とレイルは毒づいた。


「おかしいな。確かに天魔の反応があるのに。きっかけが無ければ覚醒しないのか」


 仮面の男は少年を前に考えこむ。

 彼は名をオーディンと言った。

 魔王信者である彼の任務は、魔王ゆかりの特別なアイテムを探すことと、魔王かもしれない、仲間となる天魔の能力者を見つけることだ。

 大抵、天魔の能力者は普通の人間から恐れられるため、教会に保護されるのでなければ身を隠している。

 そういった、いわゆるハグレの能力者は魔王信者に協力してくれることも多い。オーディンは、少年も状況を理解すれば仲間になるだろうと考えていた。


「……湿っぽい場所ですねえ」


 不意に、倉庫の扉が開いて女性の声が聞こえた。

 振り向くと袖の長い服を着た銀の髪の女が、タコ焼きの串を手に立っている。


「サザンカ」


 彼女はアントイータに訪れた際に別行動をとった魔王信者の仲間だった。何か起きた時は港街で合流することは、予め打ち合わせておいた通りだ。


「そんな子供を相手に何をやっているのですか」

「魔王様かもしれん」

「はあ? 私はもう我が君を見つけましたわ。そこの子供ではありません」


 サザンカはタコ焼きを食べながら、レイルを見て眉をしかめた。

 一方、魔王が見つかったと聞いたオーディンも不機嫌な顔になる。


「なんだと?」

「ほら、歌鳥の勇者と一緒にいた灰色の髪の少年ですよ」


 言われてオーディンは記憶を探った。いつもの癖で相手が天魔を持っているか、鑑定を掛けて調べた筈だ。だが、灰茶色の髪に紺色の瞳をした大人しそうな少年には、天魔の反応は無かった。


「……お前の勘違いじゃないのか」

「失礼な! 私が我が君を見間違うはずがないでしょう! あなたの眼は節穴ですか?!」


 節穴と言われてオーディンはかちんとくる。


「お前こそ、たかが夢の話に浮かれすぎじゃないのか。天魔の欠片の記憶など、あてにならんものなのに」

「なんですって?!」


 険悪な空気が立ち込める。

 サザンカは床に食べ終わったタコ焼きの串を投げ捨てた。

 二人は睨みあう。


「よし、その少年とこの少年、どちらが本物か試そうじゃないか」

「良いですわよ」

「まずは、この少年の天魔を覚醒させよう。命の危機で覚醒する事は多い。海の洞窟に連れて行って試練を与えよう」


 聞いていたレイルはぎょっとした。

 ただでさえ、しんどいのに、この上更に命の危険だと。


「嫌だーっ! 俺は天魔なんか持ってない! 死んじまうってばーっ!」


 じたばた暴れだしたレイルを、オーディンが無造作に床に押さえ付ける。残念ながら魔王信者を名乗る彼らは一般の人々とは少し、いやかなり、価値観や物事の基準がずれている。

 少年の必死の叫びは全く彼らの心に響いていない。


「二人の少年に試練を与え、天魔を見定める。しかる後に、どちらが魔王にふさわしい天魔か決めるとしよう」

「やめてー! 子供の虐待反対ー!」

「ふっ。結果は見えていますが、良いでしょう。受けて立ちますわ」


 泣き叫ぶレイルの声は無視して、話は進んだ。

 それはちょうど、タコ焼き合戦が開催される前日のことだった。




 幼馴染みの窮状を知らないリヒトは、モモに案内された宿屋に泊まっていた。男子用と女子用で二部屋用意してもらって、それぞれ分かれて宿泊する。リヒトとカルマと羊は同室だった。

 そういえば羊のメリーさんはメスである。男子と同じ部屋で支障はないのだろうか。リヒト的には、ふかふかの枕になる羊さんを気に入っているので、動物禁止と言われなければ部屋から追い出すつもりはない。

 就寝前に男子の部屋に集まった一行は、明日の打ち合わせをしていた。


「アニス、明日のタコ焼き合戦、天魔の力を使ってはいけませんよ」

「えー?!」

「瞳の色を変えずに、天魔の力で身体能力を上げる方法を身に付けるまで禁止です。ちなみに、ろくに制御せずに天魔の力を使いすぎると、ああなります」


 ソラリアは窓際にたたずむカルマを示した。

 部屋の中なので彼はフードを脱いでいる。特徴的な白い髪と赤い瞳があらわになっていた。

 勝手に見本にされたカルマは不快そうにする。


「……どういう意味だ」

「正式なコントロール方法を知らずに天魔の力を使うと、あなたのように髪や目の色が変わって戻らなくなるのですよ。これを焼き付きとも言います」


 言いながらソラリアは、ちらっとリヒトを見た。

 リヒトはメリーさんの毛をブラッシングしながら知らんぷりをする。

 天魔の力を持っていた母親から、リヒトは天魔の制御方法を聞いている。瞳の色を変えずにこっそり力を使うのは初歩的な技能だった。ただし目に関するスキル、例えば心開眼ディスクローズアイを使う時は隠すことはできない。

 しれっと関係ないふりをしたリヒトに、ソラリアは諦めて話を戻した。


「今からでも良いので訓練しましょう、アニス」

「うう、地道な練習って苦手」


 嫌そうな顔をしたアニスの目は、もともと紅茶色の髪と同じ色だったが、今はやや赤みがかった葡萄色だ。早くも天魔の影響が出ているらしい。

 途中で無視された格好のカルマがリヒトに声を掛ける。


「おい、明日はさらわれた友人を助けにいくんだったな。俺が手伝ってやる」

「いいの?」

「お前には世話になったからな」


 タコ焼き合戦に参加できないしな、と彼はポツリと呟く。

 なんだかんだで、参加したかったらしい。


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