第五章

01 タコ焼きと海辺の街

 海辺までは思っていたより時間が掛からなかった。

 段差を乗り越えると草の生えた固い地面が、段々柔らかい砂に変わる。浜辺に近い地面には、楽器のラッパのような丸いピンクの花がいくつか、地面に近い低い位置で這うようにして咲いていた。

 リヒトはアニスに手を引かれながら、恐る恐る砂の上に足を踏み入れる。


「わわ」


 ずぼっと革の靴が砂にめり込む。

 歩きにくい。


「脱いじゃえ!」

「アニス?!」


 幼馴染みの少女は砂の上で歩きにくいと知るや、ぽいぽいと靴を放り投げた。リヒトは慌てて少女が脱ぎ捨てた靴を拾う。

 アニスは楽しそうに両腕を広げて走っていってしまった。

 追いかけるのを途中で諦めて、リヒトは立ち止まる。

 改めて前を見ると、遠くから見るよりずっと巨大で、迫力のある海がそこにあった。ザザーと波が打ち寄せる音がする。


「浜辺で戦闘をする時は、足を取られるので素足が良いのです」


 淡い金髪を潮風になびかせた涼しい顔の美少女は、そう言った。

 彼女は巷で歌鳥の勇者ソラリアと呼ばれている。アニスに同意するような台詞に足元を見ると、当然のように素足になっていた。


「いつの間に……というか、浜辺で戦闘って、普通は無いですよね」

「そうですね、普通は」


 リヒトは自分も靴を脱ぎながら返事をする。

 何となく嫌なフラグを立てた気がした。僕は一般人、一般人だよね。


「リヒトー! はやくー!」

「はーい」


 幼馴染みが走っていった先、海に近い浜辺では日除けの天幕が張られていて、露店が並んでいた。地元民らしき露出度の高い服装をした数人が集まって、焚き火をしている。彼らは串に細長い赤い物体を刺して火に炙っていた。

 美味しそうな匂いがする。


「どうだ、旅の兄ちゃん。一本、2セントだぜ」

「頂きます」


 一番安い銅貨2枚を要求されて、リヒトは迷わずに店の男性から串焼きを受け取った。代金を払って、アニスやソラリアや、フードを目深に被ったカルマにも一本ずつ渡す。羊のメリーさんも食べたそうにしていたので与えてみた。羊は串をくわえて動かない。どうやら冷めるのを待っているらしい。

 一行はしばらく黙って海の幸に舌鼓を打つ。

 赤くて細長い物体はコリコリと独特の弾力があって淡白な塩味がした。


「美味しい?! 美味しいでしょ! 美味しかったら明日開催のタコ焼き合戦にも参加してね!」


 店で串焼きを作っている小柄な女性が声を掛けてくる。

 黒髪に浅く焼けた肌、豊満な胸をした活発そうな女性だ。ずいと迫られて、リヒトは思わず服の隙間の胸を見てしまった。一応、男の子だから興味はある。


「タコ焼き……合戦?」

「そう! お客さんが今食べてるのがタコ焼きだよ! 今季はタコが大量発生しててね、旅の方にも協力してもらって、皆でタコを狩ろう、狩った数を競おうってイベントさ!」


 露店の隣に立った旗に目を走らせる。

 そこにはソラリアが言っていた通り「タコ焼き合戦 参加者募集中」とあった。

 この世界では、読み書きが出来るのは一般的なことではない。教会で子供たちに簡単な国語や数学を教えているが、高等教育まで受けるのは裕福な家庭と決まっていた。

 天魔を持つせいで教会に近づかなかったリヒトだが、文字は読める。外国から駆け落ちしてきたという両親が博識で、幼いリヒトに英才教育を施したからだ。アニスやレイルは読めないだろう。


「狩ったタコは浜辺で焼いて食べる。タコ食べ放題! 一番、タコを狩った数が多い人が優勝で、豪華な景品が進呈されるよ!」

「食べ放題?! 景品?! リヒト、参加しようよ!」

「うーん」


 リヒトは唸りながら上着を脱いだ。

 日差しをさえぎるものが何もない浜辺は暑い。タコは海に住む生き物だそうだが、海の上も太陽がさんさんと照っていて暑そうだった。タコを求めて暑さと格闘するのは、しんどそうだ。


「僕はパスで」

「えー?!」

「私は参加します。タコ焼きは気に入りました。海で泳ぐのは気持ちよさそうですし」


 不参加の意思表示をしたリヒトの隣で、ソラリアが手を上げる。

 会話を聞いていた店の女性が顔を輝かせた。


「じゃあ、君達、女性二人は参加ね! そうだ、今日の宿は決めた? 良かったらウチに泊まっていってよ!」

「良いのですか?」

「もちろん! 私はモモ! 新鮮な海の幸を食べるならウチの宿が一番だよ!」


 早速、今日の宿泊場所が決まる。

 宿屋の娘だというモモが先頭に立って、一行を海辺の街へ案内した。

 小規模な港には小型の船が数隻、停泊している。色褪せた赤茶色の屋根の建物が、入江の高低に沿って階段のように立ち並んでいた。

 

「ここよ、ここ」

「……モモ」


 宿屋だという建物の前で、背の高い赤毛の男が声を掛けてきた。

 この地方の特色なのか道行く人は露出度が高い服装をしているが、男も袖の短い解放的な服を着ている。男性には珍しく、長めの赤い髪をポニーテールのように頭の高い位置で無造作にまとめているのが印象的だ。


「なんだそいつら、客か……歌鳥の勇者ソラリア?!」

「休業中です、黄昏の勇者スサノオ。大声で私の名前を呼ばないでください」


 宿屋の前で、どうやら勇者の同僚らしい男とソラリアは睨みあう。

 串をくわえたままだった羊のメリーさんが器用に口を動かして、串に刺さったタコを飲み込んだ。羊はタコを嚥下すると鳴く。


「メエー(とりあえず宿の中に入ったら?)」

「皆、宿に入ろう。注目されてるよ。ほら、メリーさんも二本目のタコ焼きが食べたいと言ってることだし」

「メエエ(違う)」


 通りを行き交う人々がリヒト達を注目しつつある。

 リヒトはソラリアの背を押して、一行は宿の中に入った。



 

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