06 天への還り道
――カルマ様、クッキーを焼きましたぞ。
――わあ! セバスチャンの作るお菓子、大好き!
思い出の館は崩れ落ち、親しかった執事は化け物となり果てた。
その原因は自分だとカルマは思っていた。
天魔の力が変に作用して彼らを化け物にしてしまった、彼らは自分を恨んでいるのだと。
だが違った。
「俺が心残り……?」
「そうだ。セバスチャンさんは、君という子供が一人で生きていけるか心配だったんだよ。だから現世に残ったんだ。そして他の人達もそれに引きずられる形になった」
リヒトの
死者の執着と想いも絆の一種。
蒼く染まった視界で、セバスチャンや他の幽霊の想いとカルマの想いの糸は交差して、もつれあっている。お互いを想う優しい心が、執着となって死者を現世につなぎとめていたのだ。
「君はここにいちゃ駄目なんだ。外に出ていかないと。ちゃんと大人になって、一人で生きていけると証明しないと彼らは浮かばれない」
だからセバスチャンはリヒトに頼んだのだ。
カルマを外に連れ出してほしい、と。
ようやく話を理解したカルマは確認するように骸骨に向かって声を上げる。
「セバスチャン、そうなのか?! 俺は……」
「……グウウ」
骸骨は答えずに唸りながら腕をふるった。
その腕はカルマの身体に触れる寸前でそれて、床を粉砕する。
何よりもその行動が答えになった。
「だけど、こんなお前達を置いて、外になんか行けない! どうしたらいいんだ?!」
「君にその覚悟があるなら、僕が悲劇の糸を断ち切ろう」
苦悩する青年に、リヒトは静かに宣言する。
「リヒト、使って!」
その時、アニスが叫んで鞘に入った聖剣を投げる。
アニスは瓦礫に埋もれていた自分の聖剣を見つけたらしい。
彼女は自分でそれを使わずに、リヒトに向かって聖剣を放った。彼女は自分には包丁があるから良いと思っていた。武器を投げたのは、骸骨の目の前に立っているのに空手のリヒトの支援のつもりだった。
弧を描いて飛んできた聖剣をリヒトはつかみ取る。
偶然とはいえ、ナイスタイミングだ。
鞘から剣を抜いて頭上にかかげる。
「この
館の周囲が異次元のようになっているせいだろうか。
通常は目視できない、リヒトの天魔の力が具現化する。
蒼い光の粒がリヒトの周囲を舞った。
リヒトの背後で光の線が円を描き、平面の紋様を虚空に映し出す。それは二枚の翼をモチーフにした紋章のようだった。
「あれは……あの紋章はどこかで見たことが」
瓦礫の上に立ったソラリアはその光景を見て呟いた。
剣を掲げたリヒトの前で、セバスチャンは光に魅了されたように動きを止める。
「別れは終わりじゃない! 残された僕達には生きていく義務があるんだ!」
さまよっていた死人の魂達がリヒトの元に集まってくる。
死人達はリヒトの周囲を渦巻く蒼い光に触れると、蛍のような光になって消えた。彼らは次々と我先に光となって消えていく。
彼らはこの奇跡を待っていたのだ。
雷雨が止む。
掲げた剣の先で黒雲が割れ、天使の梯子が射し込む。
「せいっ!」
リヒトは掛け声と共に剣を振り下ろす。
絆の糸が切れる涼やかな音色がリヒトにだけは聞こえた。
数十本のもつれた糸が途中で絶たれて波打つ。かすかな煌めきを残して糸の束は空中に溶けた。
残光は空に昇っていく。
執着を断たれた死人達は天への還り道を見つけたのだ。
……世界が反転した。
いつの間にか、リヒト達は森の中で午後の日光を浴びていた。
そこは苔むした廃墟だった。
先ほどまでの雷雨が嘘のように平和な光景だ。
鳥のさえずりと木々が風に揺れる音が聞こえる。
羊がのんびりと草を食んだ。
平和な午後の森の中で、セバスチャンだった巨大な骸骨が崩れ落ちようとしている。
「セバスチャン」
「……坊っちゃん方、爺はしばらく
執事の低く柔らかい声が別れを告げる。
骨は日光にさらされ白い砂に変わっていく。
カルマはぎゅっと唇を引き結んで歯をくいしばった後、砂になる彼に向かって返事をした。
「長い間、ご苦労だった。俺は、大丈夫だから」
一瞬、骨に重なって背の高い執事姿の男性が微笑むのが見えた。
カシャン、と呆気ない音と共に最後の欠片が砂となって風に流される。
午後の森にはもう、死人の影はどこにもなかった。
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