04 死霊乱舞

 不意に地震が起きて、リヒト達は顔を見合わせた。

 アントイータ周辺は地震が多い地方という訳ではない。長く続く横揺れは、何か普通とは違うことが起きていると思わせるには十分だった。

 窓の外を見ると雷雨の中を無数の青い鬼火が飛んでいる。

 館の照明がかげり、健康的な白から不気味な赤に変わった。


「何が起こってるんだ」

「アニスと合流しましょう。異常事態です」

「メエー(大変だ)!」


 ソラリアとリヒト(と羊のメリーさん)は部屋を飛び出す。

 途中の廊下でメイド服を着た骸骨が両腕を頭上に掲げて奇声を上げているのに出くわす。


「キイイイイイッ!!」

「な、何?!」

「リヒト、気を付けて! 襲ってきます!」


 奇声を上げて飛び掛かってくる骸骨に、ソラリアは手にした聖剣を叩きつけた。

 骸骨は吹き飛ばされてバラバラの骨になる。

 骨は散り散りになっても壁際でカタカタ動いた。少し怖い。


「これ、どうなってるの?!」

「アニス!」


 フリルとリボンが沢山付いたスカートをはいたアニスが飛び込んでくる。

 彼女の後ろにはメイド服を着た骸骨の群れが。


「皆、いきなり変になって」

「本性を現して襲ってきたのかもしれません。神よ、邪悪を滅する力を!」


 ソラリアは豪快に剣を振り回して骸骨の群れを薙ぎ払った。

 特に戦闘に秀でている訳ではないメイドの骸骨達は次々と床に散らばる骨になっていく。

 目の前の危機はひとまず去った。

 その時、玄関の方で叫ぶカルマの声がした。

 

「……なんだ、お前は!!」


 リヒト達は急いで玄関ホールへ向かう。

 玄関には招かれざる客と相対しているカルマの姿があった。


「あいつは魔王信者の!!」


 アニスが言う通り、そこには地下で倒したはずの魔王信者を名乗る敵、サザンカの姿があった。

 あの戦いの後、服を着替えたりせずにここまで来たのか、袖の長い服は切り裂かれて血で茶色く染まっており、結い上げていた銀の髪は肩に落ちてざんばらになっている。

 控えめに見ても異常な、狂気を感じさせる有様だった。


「ああ、見つけましたわ、魔王様! 私と一緒に来てください!」


 サザンカはリヒトを見つけると声を上げた。

 

「知り合い?」

「まさか。全然知らない人だよ。気がおかしくなってるんじゃないか」


 アニスに確認されてリヒトは首を振る。

 知らない人扱いされたサザンカは少し残念そうにしたが、彼女は諦めが悪かった。


「ふふふ、きっと我が君はシャイなのね。知らないだなんて、酷いことを。これは私の試練なのですわ!」

「きもい……」


 ドン引きするリヒトの前で彼女は高笑いを上げた。

 一方、カルマ青年は舌打ちすると腕を上げて人差し指をサザンカに突きつける。


「出ていけ! さもなくば……俺が直々に死を与えてやる!」


 指から白光が放たれる。

 一直線に伸びた白光はサザンカの胸を無造作に貫いた。


「あ……」


 サザンカは仰向けに倒れる。

 そのままピクリとも動かなくなった。

 おそらく指から出たビームのような攻撃は、天魔のスキルによるものなのだろう。速攻の攻撃と急展開にリヒトは呆れ半分に感心する。


「警告と同時に撃つなんて、さすが自称、悪逆非道の死霊魔術師……」

「俺の館に無許可で踏み入る輩に相応の罰を与えただけだ。それにしても、死人達がおかしくなったのはコイツのせいじゃないのか。コイツを始末すれば騒ぎは収まると思ったが」


 敵を倒したのに館を取り巻く状況に変化はない。

 カルマは困惑して辺りを見回した。

 開いた扉の外は雷雨に荒れている。

 暗くなった館の中にも鬼火がさまよいこみ、先ほどとは別世界のようだった。


「カルマ様……」

「セバスチャン。無事だったか」


 執事の骸骨が階段を下りてくる。

 親しい彼の登場にカルマは安堵の表情を見せた。


「駄目です! 様子がおかしい!」

「カルマ様あああぁっ!!」


 飛び掛かってくるセバスチャンに硬直するカルマ。その前に飛び出したソラリアが聖剣をかざした。メイドの骸骨と違い、セバスチャンには武術の心得があるのか、一撃では倒れない。

 聖剣を構えるソラリアと数歩の距離を置いて骸骨は睨みあった。

 

「セバスチャン! どうして」

「愛しくて憎いカルマ様! どうして我らを天に還してくださらなかったのですか! ああ、憎い! 恨めしい! もう楽になりたいのに!」


 ドス黒いオーラをまとった骸骨はカルマに敵意を持っているようだ。

 温厚だった彼の豹変にカルマは動揺した。


「それが本音なのか。俺は、俺の天魔はやはりこの世界にあってはならないものだ!」


 青年の絶叫が洋館に響き渡る。

 館内の温度が下がった。

 照明が点滅する。

 雷鳴がひと際大きく轟いた。

 鬼火が数を増し、セバスチャンを中心に集まる。

 

「ウオオオオオオッ!!」


 雄たけびを上げる彼はもはや通常のスケルトンではなかった。

 巨大化したせいで執事服が内側から破れて消える。骨が大きく太くなり棘が突きだす。両手が大きくなり、かぎ爪が生えた。完全なモンスターの姿になった彼は、腕を振り上げる。

 茫然としたカルマの頭上へと。

 青年は涙を隠そうとせずに立ち尽くした。

 

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