第四章

01 雨宿り

 夜の天蓋の幕が上がる。

 暗い群青に光が差し込んで、透明なアクアブルーを導く白光が山の稜線に現れた。

 小さな星々が明るい青に溶けて消えていく。

 世界が生まれ変わる瞬間。


「何度見ても、夜明けって綺麗だよな」


 羊飼いの仕事柄、早起きのリヒトは一番先にテントから出て、その瞬間を見守った。

 故郷の村があった山脈が背後で光に照らされて輝いている。

 名前も知らない遠くの山の上に太陽が昇っていくのを、岩に腰を下ろしてぼうっと眺めた。雲は少なく、空気は乾燥している。今日も良い天気になりそうだ。


 と、朝の時点でリヒトは楽観していた。


「ちょー土砂降りじゃん!」

「山の天気は変わりやすいから」


 昼前になって天気は一変した。

 滝のような雨が降ってきて、リヒト達は雨宿りの場所を探す。

 付近は木々が少ない。

 雷雨の中、びしょ濡れになりながら、見通しの立たない道を歩く。


「リヒト、ソラリア、あれを見て!」


 雨の音にかき消されそうになりながら、アニスが叫んだ。

 行く手に建物が見える。

 石造りのどっしりとした洋館だ。


「お邪魔しまーす!」


 アニスは大声で断りながら、どっしりした重い扉をこじ開けて館の中に突入した。良いのかなと思いつつ、リヒトとソラリア、羊さんも後に続く。

 館の中は豪奢なシャンデリアの灯に照らされて明るかった。

 灯がついていて掃除されているようなので無人ではないらしい。

 濃赤のカーペットの上で、羊のメリーさんがぶるぶる身震いして水分を飛ばす。石の床と絨毯の上にリヒト達が持ち込んだ水と泥が広がった。


「誰かいませんかー?」


 無断侵入は良心がとがめるので、リヒト達は館に人がいないか呼び掛けてみる。

 やや間があいて、二階の階段から誰かが降りてくる音がした。

 人影が燭台を持って現れる。


「はーい、どなたですかな」


 雨宿りさせてください。

 そう頼もうとしたリヒトだが、その人影が近付いて全貌が見えると絶句した。アニスやソラリアも目を丸くしている。羊のメリーさんだけは、いつも通りだった。


「えええっ、ガイコツが服を着てしゃべってるぅー?!」


 アニスが指を指して悲鳴を上げる。

 雰囲気的に壮年の男性らしい、貴族のような服を着た立派な骨は、虚ろな歯をカタカタいわせて「人を指差すなと教育されなかったですかな」と不満そうに文句を言った。





 骸骨さんの初対面のインパクトが強かったせいで、ひと悶着あった。アニスは悲鳴を上げるし、ソラリアは「神の名のもとに邪悪を粉砕しましょう」と剣を取り出しかけるし。

 しかしリヒトは二人を何とか止める。


「しゃべる骨は不気味だけど、意志疎通できるから魔物じゃないよ、たぶん」

「大概ひどい事を言う坊っちゃんですな」


 骸骨はリヒトの台詞に一定の理解を示して逆上したりはしなかった。

 おかげで衝突は避けられた。


「私はセバスチャンと申します。この館の執事のようなもんですな」

「ご丁寧にありがとうございます。僕らは雨宿りで寄らせていただいた、旅の者です」

「ほほう、それは災難でしたな。ゆっくり休んでいって下さい」


 フレンドリーな骸骨、セバスチャンは笑っているのか、歯をカチカチさせた。平然としているリヒトの後ろで、ソラリアとアニスが「あり得ない」と呟いている。


「ところで僕は、骸骨が執事のお家があるなんて、聞いたことがなかったんですが、この辺では一般的な事なんですか?」


 セバスチャンは、親切に身体を拭く布や飲み物を持ってきてくれた。

 身だしなみを整えつつリヒトは世間話を装って聞いてみる。


「いえいえ、世界は広しといえど死人が生活を営んでいるのは、この館くらいではないでしょうか。私は聞いた事がありませんなあ」

「セバスチャンさんは、もともと生きた人間だったんですか?」

「はい、もちろんですとも……おお、可愛い羊さんですのう。干し草を持ってきましょう」

「メエー(ありがとう)」


 大人しくしている羊のメリーさんを見て、骸骨は嬉しそうにした。どうやら羊が好きらしい。

 しかし何故、墓の下に眠るはずの彼が動いて執事なんてやっているのか、リヒトは詳しく聞こうとした。

 干し草を布に乗せて持ってきた骸骨は機嫌良さそうである。

 和気あいあいとした空気が流れているところへ、足音がして、玄関ホールを見下ろす二階の手すりに人が立った。


「おい、葡萄ジュースが遅いぞセバスチャン!……ん? そいつら、なんだ?」


 二階から見下ろしているのは、今度は生きた人間だった。

 だが、外見が少し特徴的である。

 珍しい真っ白な髪にルビーのような赤い瞳をした、偉そうな雰囲気の青年だった。彼はリヒト達に目を止めて怪訝そうな顔をする。


「おお、紹介が遅れておりましたな! あの方は館の主にして、生きていた我らを大虐殺して死後もこきつかっている、極悪非道な死霊魔術師ネクロマンサーでございます!」


 骸骨は大袈裟に声を張り上げて紹介した。

 二階の青年は眉根を寄せた。


「……そこのセバスチャンが言う通り、俺は極悪非道の魔術師、名をカルマと言う。旅人よ、骨になりたくなかったら、さっさとこの館を出ていけ!」


 カルマと名乗った青年はそう言って、リヒト達をにらんだ。

 険悪な視線を受けたリヒトは真顔で言う。


「分かりました。とりあえず、服が乾いてからで良いですよね?」

「……」

「メエー(よろしくね)」


 両者の間に横たわる奇妙な沈黙を、羊のメリーさんが容赦なくぶったぎった。



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