06 勇者は休みたい

 空中浮遊する羊に乗って難を逃れたアニス達は、崩壊した村から離れた。そして、山道で「これからどうしようか」と悩んでいたところ、ドクロの仮面を被った男にいきなり襲撃された。


「なんで私達を攻撃してくるのよー!」

「聖剣を持つ者は我ら魔王信者の敵なのだ」


 戦い慣れないアニスは、天魔のスキルを活用して辛うじて敵の男の槍をかわしていた。しかし、きちんと槍術を修めているらしい男の攻撃は練達している。素人勇者のアニスはすぐに追い詰められた。

 ちなみに羊のメリーさんは元のサイズに戻り、のんびり道端の草を食んでいる。人間同士の戦いは、彼女には関係ないのだ。

 孤立無援で戦っていたアニスは、ついに諦めて聖剣を敵に投げつけた。


「うおっ。剣を投げるか、普通……」

「うわーん! こんな女の子を苛めようなんて、あんた、それでも大人なの?!」

「そう言われると恥ずかしくなってくるな」


 アニスが聖剣を放り出して泣き出したので、敵の男は仮面の下で困った様子を見せる。

 後ろで戦いを見ているだけだったレイルは、ここに来て勇気を出して立ち上がった。


「このっ、アニスに手を出すな!」

「レイル、格好良いけど膝が震えてるよ」

「いちいち指摘すんな!」


 レイルは幼馴染みの少女の前に立って、敵に向かって両腕を広げて通せんぼをする。アニスの指摘通り膝が震えているが、敵の男はそれについては何も言わないであげた。男のプライドは繊細なのだ。少女の容赦ないコメントにむしろ同情する。


「む……この少年は」


 ドクロの面の男は、念のためレイルを天魔のスキルで解析して、驚きの声を上げた。


「いまだ覚醒しておらんが、この天魔は我らが探す魔王様のものかもしれん」

「はあ?!」

「一緒に来てもらうぞ、少年!」

「ええええええっ」


 軽く担ぎ上げられて、レイルは悲鳴を上げた。

 アニスはけろっとした顔で手を振る。


「レイル、あんたの犠牲は忘れないわ!」

「メエー(行ってらっしゃい)」

「こんの薄情者ー!」


 じたばたするレイルを仔ウサギでも捕まえるように掴むと、男は「とうっ!!」と跳躍してその場を後にした。

 アニスはしばらく地面に座り込んでレイル少年との思い出にひたった。記憶は曖昧だが、誠実で優しい、人の好い幼馴染みだったように思う。もう会えないのかと思うと、ちょっとだけ残念だ。

 羊が草をもぐもぐしている。

 良い天気だ。

 しばらくして、カラスの鳴く声がした。


「こんなところにいたのですか」


 黒いカラスを連れて、勇者ソラリアが現れる。

 彼女の後ろにリヒトを見つけて、アニスは慌てて立ち上がった。


「リヒト、無事だったのね!」

「うん。アニスこそ無事で良かった……レイルは?」

「……」


 アニスは「レイルを頼む!」と言われていたことを今更ながらに思い出した。 


「つ、連れていかれちゃった」

「誰に?」

「ドクロのお面のおっさん。私は一生懸命戦ったんだけど、力が及ばなくて」


 リヒトは顎に手をやって考えた。

 横目で平和そのものと言った顔で草を食べる羊のメリーさんを見る。


「メエメエ(私は羊です)」

「まあ、メリーさんに飛行以上の何かを期待するのは酷だよね」


 そもそも巨大化したり浮遊したりすること自体、おかしいのだ。

 リヒトは極力メリーさんの正体については考えないことにした。便利だから良いのだ。深く突っ込んではいけない。

 事情を聞いたソラリアは眉をひそめて言った。


「残念ですが仕方ありませんね」

「そうだな。諦めるか」


 リヒトも頷く。

 二人はあっさりレイル少年を見捨てた。


「ええっ?! 助けに行かないの?!」


 自分が真っ先に見捨てた癖に、アニスは驚いて声を上げる。

 それに答えて、勇者ソラリアは腰に手をあてて宣言した。


「私は当分、勇者は休業します! だから人助けはしません!」

「はいいぃ?!」


 真面目な顔をしてとんでもないことを言い出したソラリアに、アニスは度肝を抜かれた。勇者って休めるの?





 ※以下、洞窟でのソラリアとリヒトの会話


「私のお願いを聞いてください」

「お願いって何?」


 リヒトの天魔を隠すのに協力する代わりに、願いを叶えて欲しいとソラリアは言った。リヒトはどういうことだと聞き返す。


「私の旅に付いてきて欲しいんです」

「魔王信者の討伐に同行しろってこと? 嫌だよ。危険でキツくて汚い3Kじゃないか。観光旅行なら良いけど」

「観光旅行です」

「へ?」


 ソラリアは拳を握って宣言した。

 彼女の勢いにリヒトは一歩引く。


「思えば私は真面目に働き過ぎました! この辺で有給を取って休んでも良いと思うんです!」

「ゆ、有給があるんだ。さすがエリート勇者は違うなあ」


 この世界の普通の人間は、モンスターが徘徊する荒野に出る旅を観光旅行と言わない。しかし天魔を持つ二人は、気をつけてさえいればモンスターは敵ではないので、感覚がズレていた。そしてそのズレに気付いてもいない。


「まあ、観光旅行ならいっか」


 あっさりリヒトは了承した。

 故郷の村は壊滅したので、もともと旅に出るつもりだったのだ。





 ※元の会話に戻る


 勇者休業宣告に、呆気に取られるアニス。

 続いてリヒトが言う。


「アニス。僕は理想の羊さん王国を作るために旅に出るよ」

「羊さん王国……?」

「お金を貯めて自然豊かな山の一帯の所有権を買い取るんだ。そして羊さんをたくさん放牧して羊さん王国を作る」


 アニスは幼馴染みの真面目な顔を凝視した。

 どうやら本気のようだ。

 先輩勇者は休業すると言うし、幼馴染みは旅に出るという。


「わ、私はどうすればいいの?!」

「アニスの好きにすればいいよ」


 混乱して叫ぶ彼女にリヒトはあっさりと言い放つ。

 突き放されたアニスは、瞳に涙をためるとリヒトの腕にしがみついた。


「私はっ、リヒトと一緒に行くもん! 勇者になんてなりたくないし!」

「決まりですね。皆で旅に出ましょう」


 ソラリアは勝手に意見を取りまとめた。


「それでは、まずは海を見に行きましょうか」

「海かあ。山育ちの僕は見たことがないよ」


 三人は山道を農業国アントイータから出る方角へ歩き始めた。

 移動を始めた一行にメリーさんがトコトコ付いてくる。

 リヒトの腕にしがみついたまま、アニスは心配そうな顔をした。


「レイルは……本当に良いの?」

「アニス、レイルがどこに連れ去られたか分かるかい?」


 前を見たままリヒトが聞き返す。


「分からない……」

「私の伝手とカラス達で情報を収集します。勇者は教会の指示なしに勝手な事はできませんが、私は今から休業なので関係ありません」


 アニスを見ないまま、ソラリアが淡々と言った。

 幼馴染みと休業中の勇者の言葉を聞いて、アニスはゆっくりその言葉の意味を噛み締める。沸き上がる歓喜に、押さえきれず頬がゆるんだ。

 誰も、本当は諦めてはいないのだ。


「さあ、行こうか」


 山を越え、谷を越え、川を越えて、たどり着く先には何が待ち受けているのだろう。

 昨日を振り返らず明日の希望を信じて。

 リヒト達は旅に出た。



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