05 共闘

 サザンカは血の流れる肩を押さえながら、目を見張った。

 一般人だと思っていた少年は不思議に存在感がなく、注意していなければ戦闘中に彼の存在を認識するのは難しい。だからサザンカは攻撃を受けるまで彼の存在を忘れていた。

 存在感が薄いのはリヒトの常時発動のスキル、絶対絶縁アイソレーションによるものだが、それはサザンカが知る由も無いことだ。


「そんな?! 天魔の能力は見えなかったのに」


 魔眼の一種、リヒト専用スキルの心開眼ディスクローズアイは人と人の絆を可視化する。絆は光る糸となって視界に映るが、幻影からはその糸が伸びないため、実体かどうかを見破ることができる。

 独特の蒼に染まった瞳をすがめてリヒトは軽くうそぶく。


「見破るスキルがあるなら逆に隠すスキルもある。世の中そういうものでしょ……ソラリア、今のうちだ!」


 呆然としていたソラリアだが、リヒトの声に我に返った。

 慌てて剣を持って踏み込む。

 次の瞬間、苦痛に顔を歪めたサザンカの姿が壁に溶け込むように消えた。


「右!」


 敵を見失ったソラリアは、しかし咄嗟にリヒトの指示に従って剣を横殴りに振るう。刃を寝かせた剣は鈍器代わりになる。


「ぐふっ!」


 サザンカが苦痛の声を上げながら右側に現れ、衝撃で壁に叩き付けられて体勢を崩す。

 ソラリアは彼女の身体に剣を突き刺した。

 鮮血がほとばしって、血が刀身を伝って手元まで流れた。


「さあ、私を殺しなさい。その剣をねじって斬るだけで良いのよ。そうすれば、あなたは勇者ではなく只の人殺しとなる!」

「あ……!」


 口の端から血を吐きながら、サザンカは邪気に満ちた笑みを浮かべた。天魔の能力者は例外なく、程度の差はあっても、自分の身体能力の強化や傷の回復を早める力を持っている。

 たとえ普通の人間なら致命傷となる傷でも、回復する可能性は充分にあるのだ。天魔の能力者を殺すには、完全に身体を切断するか、心臓か頭をつぶすしかない。

 聖剣を持ったソラリアの手が震えた。


「私は人殺しには……」


 剣を振り切る覚悟が持てずに、ソラリアは血で濡れた剣を引こうとした。サザンカの口元がつり上がる。

 彼女は魔物退治しかしてこなかった潔癖な勇者の弱点を突き、土壇場で逆転しようとしていた。

 しかし、その場にいたのは勇者だけではないことを、サザンカは失念している。


「大丈夫」


 震えるソラリアの手の上に、少年の手が重なった。


「……このつるぎは、あらゆるえにしを断つ絶縁天魔のレピドライト」


 空気が温かくなる。

 規格外の魔力が周囲に満ちていくが、それは見える者でなければ見ることができない、蒼い光の乱舞だった。

 リヒトの言葉と共に、血に濡れた剣は何も無い虚空に剣閃を描く。


「その詠唱、君、いえ、あなたはまさか……ああああああっ?!」


 サザンカは何かに気付いて驚愕する様子を見せた。

 しかし剣閃は止まらない。

 彼女を取り巻く絆の糸の内の数本を、ソラリアが握りリヒトが支えて振るった聖剣の刃が、プチプチと呆気なく断ちきった。あえかな光を残して絆は空中に消え失せる。

 彼女は言葉の途中で絶叫して崩れ落ちた。


 ソラリアの時とは違い、適当な絆をまとめて斬ったので、色々な記憶が抜け落ちて苦労するかもしれない。自業自得だと思いつつ、リヒトは重ねていた手をそっと離した。

 気絶した敵を見下ろして、ソラリアは複雑な顔をする。


「面倒な敵でした。リヒトが協力してくれなければ、地下道ごと破壊も検討していたかもしれません」

「とりあえずで壊すのは止めようよ……」


 リヒトは手に付いた血をそこら辺の地下水で洗う。

 血に濡れた作業用ナイフも回収して、水で洗った。本当は果物を剥いたりするのにも使うのだが、人を切ったナイフで食べ物を切るのは生理的に嫌だと感じる。機会を見て買い換えようか。


「リヒト、あなたは天魔の能力者だったんですね」


 同じように後処理をしていたソラリアが、聖剣を鞘にしまって振り返った。


「本来なら、無許可のハグレ能力者は教会に報告して判断を仰ぐところですが」

「僕はソラリアを助けてあげたんだけど」

「そうですね、黙っていてあげます」

「え?」


 いざとなったら、また天魔のスキルで絆を切って記憶を消去して逃げようと考えていたリヒトは、予想外の返事に目を丸くした。


「黙っていてあげます。その代わり、私のお願いを聞いてください」

「参ったなあ。そうくるか」


 リヒトは頭をかいた。

 卑怯かもしれないが天魔の能力を使えばいつでも逃げられるリヒトには、余裕があった。


「お願いって、何?」


 聞き返すと、歌鳥の勇者は花がほころぶような笑顔を浮かべて、リヒトにある願いを伝えた。



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