第二章

01 とんでもない誤解

 リヒトとアニスの二人は、のどかな田園を下って街に向かっていた。

 アニスは憑き物が落ちたように大人しく聞き分けが良くなっているので、道中は非常に平穏である。


「リヒト、あれ何かしら」


 円を描いた土壁に囲まれ、大きな建物が立ち並んでいる街の姿が見えてきたところで、アニスは街の前の一点を指差した。


「ん?」


 街の外、リヒト達に向かって走ってくる人影がある。

 太った中年の男が汗だくで走っていて、その後を小さな子供のような異形が3匹追いかけていた。気味悪い緑の肌の小人、ゴブリンという下級の魔物だ。


「助けてくれえ!」


 ゴブリンに追い付かれそうになっている男は、リヒト達を見て叫んだ。こちらは子供だというのに、状況判断できない程追い詰められているらしい。


「可哀想だけど見てみぬふりで木陰に隠れてやり過ごそう……アニス?」

「何あの汚いの。私、害虫は嫌いなの」


 下級とはいえ魔物相手に戦うのは避けた方が良いと考えたリヒトは、男を見捨てようとした。

 しかし隣のアニスは何故か目を輝かせると、聖剣を鞘から抜く。


「害虫は退治しなきゃ!」

「アニス?!」


 止める間もなく軽々と剣を振りかぶったアニスは、ゴブリンに向かって踏み込んだ。少女の瞳は紅く輝いている。既に天魔が発動中らしい。

 リヒトは片手を額にあてた。

 何だか嫌な予感がする。


「やあっ!」

「グギョギョッ」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に強力な一撃が剣から放たれる。

 ゴブリン二匹があっさり胴を切断されて吹き飛んだ。

 残る一匹も、アニスの二撃目で地に沈む。


「どんなもんよ!」

「おお……」


 勝利のファンファーレが鳴り響きそうな様子で、アニスが剣を手に胸を張った。

 助けられた男は驚愕しているようだったが、やがて我に返る。


「……あ、ありがとうございます! その聖剣、あなたは勇者様ですね!」


 何を勘違いしたのか、アニスを勇者だと言った男に、リヒトは目が点になった。


「お待ちしていました、勇者様! どうか街に来てください。お礼を差し上げなければ」

「……何だか良く分からないけど、お礼をくれるって、リヒト!」

「いやちょっと待って」

「まだゴブリンがいるかもしれません。どうか街まで私を守って下さい!」

「良くってよ!」


 間に入る前に話が進んでしまう。

 どうしよう。

 今さら、アニスが勇者じゃなくて、聖剣は持ってるけど天魔の悪魔の方を宿していて教会に届け出する前だなんて……言ったら話がもっとややこしくなる上に、悪魔を宿していると敬遠されるかもしれない。

 リヒトは黙っていることにした。


「さあ街に参りましょう」


 商人だという男と共に、リヒト達は丘を下って街に入った。

 街の正門には門番がいたが、助けた男が「勇者様がいらしたぞ」「おお!(感激)」というやり取りで通ってしまう。

 ますます広がる誤解。

 いったいどこまでこの調子で通じるのだろうと、リヒトはちょっと楽しくなってきた。しかし勇者詐称はどんな罪になるのだろう。子供の悪戯と許してもらえると良いが。


 ちなみに勇者とは、教会が発行する資格である。

 魔物を討伐する仕事は一般に冒険者に任せられるが、冒険者でも歯が立たない凶悪な魔物だと、教会が派遣する勇者の仕事になる。

 聖剣は教会が勇者に持たせている身分証明書代わりだ。

 普通の剣と違って柄のところに、十字のマークと翼をかたどった模様がある。


 門を通りすぎたリヒトは眉をひそめた。

 街を囲む土壁のあちこちに真新しい傷がある。

 どこか街の雰囲気もおかしいような……。


「あ、そうか。勇者様はまず教会に行かなければいけないですね」


 商人は教会の前までリヒト達を案内すると「後で私の店に来てください。お礼をしますので」と言って去っていく。

 後回しにしようと思っていた教会に着いてしまったリヒトは困惑した。


「まずいよなあ、色々と……」

「ここが目的地じゃないの? 入るわよ」

「あ、アニス」


 アニスはさっさと教会の中に入ってしまう。

 一般の参拝者は、どこか違和感を放つアニスに奇異の眼差しを向けながら通りすぎる。礼拝堂の中で掃除をしていた神官が振り返った。


「その剣は……勇者様。いつ到着されるか、我々、首を長くして待っておりましたよ!」


 灰色の裾の長い神官服を着た初老の男は、アニスを見て顔を輝かせた。


「さあさ、こちらへ」


 どうやら勇者が来訪する予定があったらしい。その来訪する予定の勇者とアニスは誤解されているのだ。

 うっすら事情が分かりかけてきたリヒトだが、誤解はいつ解けば良いのだろうと頭を悩ませる。

 リヒト達は奥の執務室に案内された。

 部屋にはリヒトより年上の若い男女が書類を手に話し合っている。

 一人は眼鏡を掛けた学者風の男で、もう一人は神官服を着た赤毛の女性だった。


「皆様、お待ちかねの勇者を案内しましたぞ!」


 その声に振り向いた二人の男女は、アニスを見て怪訝そうにした。

 学者風の男が口を開く。


「んん? そいつ本当に勇者か? 聖剣は持っていても雰囲気が違うぞ。普通の村娘なんじゃ……むぐっ」

「ようこそ、勇者ちゃん! 待ってたよ~、ムフフ」


 赤毛の女性が素早く学者風の男の口を片手でふさぎ、胡散臭い笑顔を浮かべた。


「さあ、さっそく、この街を襲うゴブリンの群れにどう対策するか、作戦会議を始めようじゃないか!」


 誤解は解けないまま、話は妙な流れになりつつある。

 愛しい羊さんの元に帰る日はいつになるのだろう。当の羊さん(とレイル)が追って来ているとは露知らずリヒトは困って天を仰いだ。


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