10. 終章

サイバー攻撃は終わらない

「続いてのニュースです。今朝、東京スタジアムに爆弾を仕掛けたとして、柴崎海人容疑者と恵比寿和泉容疑者の二名が逮捕されました。柴崎容疑者と恵比寿容疑者は……」


 東京オリンピック閉会式の翌日。オリンピックの余韻に浸る間もなく報じられたのはまだ人々の記憶に新しい事件だった。テレビには容疑者の写真が、さも悪人であるかのように映っている。


 テレビから流れてくる音声と映し出されている映像がテレビの前で朝食をとる若者に現実を突きつける。若者の目と耳はテレビに釘付けだった。


「海人も裕司も、馬鹿でしょ。僕を逃がして、僕のことを隠して捕まってさ。罪は被るから僕にまともに生きてくれって言いたいの?」


 この若者の名は健太。つい数日前までは海人、裕司と共にバイオテロを計画していた人物だ。それがどういうわけか、健太だけはのうのうと生き、海人と裕司が健太に代わって逮捕されている。健太のことは口を漏らしていないようだ。


 健太は目覚めた時、見知らぬ家にいた。裕司の知り合いだと言う人が健太の面倒をみてくれている。裕司の知り合いはすでに事情を聞いているらしく、健太に無償で居候することを勧めてくれた。朝食も、裕司の知り合いが用意したものである。


 昨日のオリンピック閉会式は、目覚めたばかりの見知らぬ家でテレビ越しに見た。自らが関わったこともあり、不安だったからだ。初めて見る華やかなステージは、一度目にしたら涙が止まらなかった。


 煌びやかな舞台をぶち壊そうとした事実。閉会式の途中で起きるかもしれない、自らが計画した爆発とウイルスばらまき行為。連絡が取れない裕司と海人の安否。様々な感情が入り混じって、涙せずにはいられなかったのだ。


「こんなことは辞めて、普通に生きろって言いたいんでしょ? 無理に決まってんじゃん。戸籍がないのに、普通の暮らしができるはずがないじゃん。そんなことも気付かないで僕を庇うなんて……二人共、馬鹿だよ。馬鹿、アホ、ドジ」


 涙が頬を伝う。口に数滴入り込んだ涙は、やけにしょっぱく感じた。


「いいよ、わかったよ。もう、犯罪はやらない。もう少し、足掻いてみるよ。だから、今日だけは泣くのを許してくれ、海人、裕司」


 海人と裕司が自らを犠牲にして行ったこと。そこに隠された意図を、健太はしっかりと理解している。二人が何を望んでこのようなことをしたのかも、痛いほど知っている。


 新たな決意をした直後の部屋は、同じ部屋なのに先程までより色鮮やかに見えた。




 新国立競技場のモニタールームでは、東京オリンピック閉会式が行われた後だというのに人が集まっている。サイバーテロ対策チームの中心にいるのは、チームリーダーの良亮とサイバー犯罪捜査官である晃一の二人。


「とりあえず一難去ったっスね。よーし、今晩は飲みに行くぞ! 晃一さんもどうっスか?」

「今晩か。やる事が終わった後なら参加します」

「晃一さん、敬語に戻ってますよー。せっかくこの数週間で敬語が取れてきたのに」


 良亮の言動に、晃一は小さくため息をつく。だがその顔は嫌がっていなかった。会話を楽しんでなのか、良亮の言動に慣れたのか、微笑みを浮かべている。


「そんじゃ、飲みに行くためにもとっとと終わらせるっスよ。今日からは……東京パラリンピックに向けたサイバーテロ対策っスね。二週間で開会式準備まで終わらせないと。今回みたいなドローン墜落はもう嫌っス」

「……良亮。お前、変わったな」


 率先してチームを仕切り、サイバーテロ対策に意欲を見せる良亮。彼が積極的に仕事をする姿は、東京オリンピック開催前では考えられなかった。今回のサイバー攻撃が絡んだテロで、良亮の中の何かが変わったらしい。


「そっスか?」

「前は言われなきゃやらないし、俺に色々投げるし。それが今じゃ、自分で考えて動くようになったもんな」

「そりゃ、あんな目に二度と遭いたくないっスから。今は、晃一さんがセキュリティ対策に必死だった理由もわかりますし。実際に事が起きてからじゃ遅いんスよね」

「それに、オリンピック開催前に気付いて欲しかったけどな」

「すんません」


 実際にサイバー攻撃を受け、同一犯に爆発物や生物兵器を仕掛けられた。トラブル発生直後こそ混乱していた良亮だが、今はもう動揺せずに対処することが出来る。今回起きた事件はサイバーテロ対策チームの中で、確かな経験値として残っていた。


 昨日の信号機トラブルがハッキングにより起きたこと。サイバー攻撃を仕掛けていた犯人が生物兵器を仕掛けていたこと。生物兵器の起動をサイバーテロ対策チームが阻止したこと。この真相が国民に明らかにされることはない。


 これからも国民が知ることはないだろう。オリンピック聖火の裏側で起きた騒動の真相は、関係者達が胸の内に秘めているだけ。関係者から一般市民に漏れることは、これからもおそらく無いはずだ。


「サイバー攻撃は終わらない。そのまま、東京パラリンピックが終わるまで気を抜くなよ、良亮?」

「わかってるっスよ。もう、同じミスはしないっス。『サイバー攻撃は終わらない』って、その通りっスよね。いつ何が起こるかわからないからこそ、事前準備が大切になってくる」

「理解してくれたなら、それでいい。さて、今日はとっとと終わらせて飲むぞ。パラリンピックに向けて準備する前に、多少の息抜きは必要だからな」


 晃一が良亮に笑いかけると、他のチーム構成員を見た。サイバーテロ対策チームが一丸となって対処したからこそ、様々なネット上のトラブルに対応出来た。晃一の言葉に、サイバーテロ対策チーム全員が歓声を上げる。


 東京パラリンピックに向けた準備が本格的に始まる前に、奮闘した彼らにしばしの休息を。サイバー攻撃が終わることは無い。サイバーテロ対策チームの仕事はまだまだ続く――。

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サイバー攻撃は終わらない~2020年東京五輪~ 暁烏雫月 @ciel2121

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