さぁ、ゲームを始めよう(6/6)

「ハンドボールの試合が国立代々木競技場で行われています!」

「明治神宮野球場ではまもなく野球が開始です!」

「新国立競技場の観客席には爆発物らしきものがない、との連絡がありました!」


 モニタールーム内で叫ぶように紡がれる言葉達。彼らはあえてBluetoothを使用した連絡を避け、通話で確認した内容を報告している。これはBluetoothの危険性を考慮したが故の判断である。あちこちから聞こえる声に、良亮は聞き取りが追いつかなくなり始めていた。


 犯行予告によると爆発が起きるのは八月二日正午。もう、三十分も残されていない。警察は爆発による被害を恐れ、犯行予告を周知した上で観客を避難させることを考え始めている。そんな中で、良亮達サイバーテロ対策チームはまだ諦めずに手がかりを探していた。


 彼らは犯罪捜査に慣れているわけでも、犯人の心理がわかるわけでもない。ただサイバーセキュリティに関する専門的な技術を有しているだけの者達。そんな彼らに出来るのは得意のパソコン技術を駆使した情報戦である。


「もし代々木公園は犯人による誘導だとしたら……」


 良亮の口からは自信のなさそうな言葉がポロリと零れ落ちる。可能性を挙げればキリがない。犯人からのヒントは「都内で八月二日正午に爆発を起こす」という情報だけ。都内は広く、その全てを確認するのは事実上不可能に近い。


 故に良亮達は場所をオリンピックに関連した地域に限定した。犯人の手元にはオリンピックの競技スケジュール、関係者情報、使用する会場、などといった情報がある。さらに、犯人の狙いはあくまでも閉会式。今回の騒動はあくまでも閉会式に向けたデモである可能性が高い。


「念のため遠方、新国立競技場から離れたところにある会場も調べてほしいっス。あと、観客が多そうな人気競技が何かもわかるっスか?」

「人気と言えばやっぱ野球とサッカーでしょう。今日行われるサッカーは準々決勝ですし、どの国が金メダルを取るのか熱いです。日本もまだ残ってますからね」


 偶然返ってきた言葉に良亮の耳がピクリと動いた。役割上、テレビやネットで話題になっている競技を確認する余裕はない。その結果、毎朝スマホ向けに配信されるスポーツニュースで近況を知るのが精一杯となっている。


 良亮はすぐさまキーボードの上に指を走らせた。本日行われる日本選手の試合は四つ。先程会場が変わった女子陸上、オリンピックアクアティックセンターで行われる水泳の女子飛込、明治神宮野球場で行われる野球の予選。そして東京スタジアムにて行われるサッカー男子の準々決勝。


 注目度で言えば一番可能性が高いのは男子サッカー。会場が急に変更されたという意味で怪しいのは女子陸上。もしくはこの二つはミスリードを誘うためのものであり、別の会場を狙っている可能性もある。もう迷うような時間はない。


「東新さん! 急いで東京スタジアムに!」


 良亮の甲高い叫び声がモニタールーム内に響く。東新の声がスピーカー越しに力強く聞こえた。パソコンのデジタル時計が「十一時四十二分」を示している。良亮達サイバーテロ対策チームはもう神に祈ることしか出来ない。




 良亮達の元に警察からの連絡が来たのは、正午まであと十分程という時だった。良亮が警察からの電話に応じ、用意したスピーカーを介してその声を流す。


「東京スタジアム観客席にて爆発物を複数確認。現在観客と関係者を避難させつつ、爆発物の処理を行ってるとのこと。私も現場に急行しています」


 スピーカー越しに聞こえてきた東新の言葉にその場にいた誰もがホッと胸を撫で下ろす。良亮達サイバーテロ対策チームが、パソコンを駆使することで無事に爆発物を見つけることができた。観客が爆発に巻き込まれるという最悪の事態を防ぐことが出来たのである。


 東新から連絡を受け、誰もが歓喜の声を上げた時だ。どこからか気が抜けるような通知音が聞こえた。通知音に真っ先に反応し、スマートフォンを調べたのは良亮である。


「……爆弾、遠隔操作だ! 東新さん、現場行っちゃダメ!」

「何事ですか?」

「爆発する……。早く逃げてください!」


 スマートフォンでメールを確認した良亮の顔があっという間に青ざめていく。バイブがなっているわけでもないのにスマートフォンを握る手が小刻みに震えた。スピーカーに向けて発した言葉からメールの内容を推測することが出来る。


「爆発物であれば今、処理班が――」


東新の声がけたたましいサイレンにかき消される。東新が乗っているであろう警察車両の中が騒がしい。東新の話し声が微かに聞こえる。切れ切れに聞こえる会話の内容は明るいものではない。


「京橋さん。東京スタジアムにて、突然爆発が起こったそうです。幸いにも死人は出ませんでしたが、処理班が怪我をしたらしく、病院に運ばれるとのこと。これ以上隠すのは、難しいかもしれません。一旦失礼します」


 スピーカーから聞こえていた声が途絶える。会話の途中から聞こえるようになったサイレンの音と車のエンジン音が、状況が変化したことを示していた。爆発を阻止することが出来ず、一般人ではないとはいえ怪我人が出たという現実が、良亮の心に冷たい刃のような感触を残す。


「速報です。つい先程、東京スタジアムで爆発が起きました。警官七名が怪我を負い、病院に運ばれたとのことです。これに伴い本日行われる予定だった男子サッカー準々決勝は延期されます。また続報が発表され次第お伝えします」


 誰かがつけたパソコンから流れてくる、どこかの局のニュース。アナウンサーが感情を押し殺した声で、淡々と原稿を読み上げている。良亮はモニタールームの外がやけに騒がしく感じた。

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