第2話 戦士の修練所

 中央大陸東部にあるバンドール平野の中心部にある湿地帯。

 そのほとりに新しくできた国がある。

 それが光の勇者レイジが建国したエルドである。

 バンドール諸国の中でもっとも新しい国であり、有名な光の勇者が建国したためか、移住希望者は多く、新しい国ならではの活気に満ちていた。

 また、交通の中継地となりそうな場所であり、今後の発展が見込まれた。

 ただ、まだまだ国として発展の途上であり、そのため問題は多い。

 その問題の中に治安の問題が上げられる。

 急激に人が増えた事により、治安が悪くなったのである。

 強力な勇者やその仲間達も細かい所まで目が行き届かず。

 かなり被害にあっている者も多かった。



 エルドの国、その勇者の宮殿の近くに戦士の修練所がある。

 この修練所はエルドの治安を守る「黄金の夜明け団」の拠点に隣接されている。

 「黄金の夜明け団」は光の勇者の仲間達が集めた戦士達で構成された組織である。

 これまでは雇った戦士団と貴族の私兵達で治安維持を行っていたが、それでは今後支障があると思い、治安維持を行う公的な組織を作る事にしたのである。

 特に貴族の私兵に治安維持を任せるのは問題があった。

 貴族や貴族に近い者が犯罪を起こした時、その犯罪がもみ消される可能性もある。

 そのため、勇者達に従う直属の戦士団を作る事にしたのだ。

 入団条件は戦士としての腕はもちろんだが、規則を守れる者である。

 治安を維持する者が規則を守れないようでは意味がない。

 そのため、希望者の調査は出来る限り行っている。

 ただ、貴族の紹介があると調査はしにくい。

 調査をすれば貴族を疑っている事になるからだ。

 今の所、問題は起きていない。

 チユキとしては問題が起きない事を祈るだけである。

 魔術都市サリアから戻って数か月の時が流れていた。

 チユキは修練所の中を歩きながら見る。

 この修練所は最近出来たばかりだ。

 他に修練所はあったが、団員が増えた事で拠点を新たに作る事にした。

 それがようやく完成したのである。

 その修練所へチユキとシロネは来ていた。

 目的は視察である。

 本当はレイジが来るべきなのだが、面倒だと思ったのか来ない。

 サホコは修練所に興味がなく、リノとナオも何だかんだといって来なかった。

 キョウカとカヤは他に仕事があったので来られなかった。

 そのためチユキはシロネと一緒に来たのである。

 ちなみに「黄金の夜明け団」の団長はシロネである。

 もっとも、実際に団を動かしているのは別の者だったりする。


「へえ、なかなか良く出来てるわね」


 チユキは修練所を眺めて言う。

 視線の先では戦士達が模擬戦をしている。

 この世界では左手に盾、右手に剣やメイス等の武器を持って戦うのが一般的だ。

 左足を前に出し盾を構え、相手の攻撃を受け流し、隙をついて剣を繰り出す。

 それが、基本的な戦い方である。

 今行われている模擬戦の戦士達もそんな戦い方だ。

 もちろん模擬戦なので武器は柔らかい素材の木製である。

 戦士達は軽い足取りで、盾を使い守りながら、武器を繰り出す。

 日本のように両手で剣を持つ、剣術は発展していない。

 トールズの戦士は両手武器を好むが、力任せに戦う事が多く、剣術と呼べる程には昇華されていない。

 そんな中でエルドは両手剣を使う武術が他の国よりも発展していると言うべきだろう。

 それはシロネの影響である。

 剣の乙女と呼ばれるシロネは戦士として優秀であり、近隣諸国の戦士達から崇拝の対象になっている。 

 そのためシロネの真似をして両手剣を使う者が増えたのだ。

 模擬戦を行う者の近くでは両手用の木剣を打ち込みようの藁人形に打ち込む戦士の姿が見られた。

 修練所は陸上競技場のように楕円形の屋根のない広場を建物で囲む形をしている。

 雨の日は天幕で覆う等の対処したりするが、今は晴れているので問題はない。

 秋の日の陽光が戦士達を照らしている。

 チユキはそんな戦士達を眺める。


「うん、前の修練所よりも、広くなって練習しやすくなったよ。さすがに白鳥騎士団の修練所みたいにはいかないけど」

 

 シロネは笑いながら言う。

 

「まあ、あっちは騎馬戦ができるぐらいの大きさだからね。うちでは無理だわ」


 チユキも笑う。

 聖レナリア共和国にある神殿騎士団、通称「白鳥騎士団」はバンドール平野最大の武力を誇る。

 チユキ達も彼らのように騎士団を作りたかったが、さすがに無理であった。

 何しろ馬は高価であり、揃えるのは難しい。

 また、乗馬訓練にも時間がかかり、金銭的に無理であった。

 エルドから他の国への街道警備は白鳥騎士団に頼るしかなかったりする。

 チユキとシロネはそんな戦士達を眺めながら歩く。

 途中チユキ達を見かけた戦士達が敬礼をしたりするが、シロネは稽古を続けるように促したりする。


「おや、これはシロネ様にチユキ様? 来るとわかっていましたら出迎えましたのに」


 1人の男性がこちらに来る。

 副団長のベイスだ、30代後半の男性で実質的な黄金の夜明け団の団長である。

 彼は元聖レナリア共和国の重装歩兵団の百人隊長であった。

 仕事の傍ら休み日に子ども達に武術等を教えていた。

 かなりの人格者であり、頼み込んで来てもらったのだ。

 もちろん、聖レナリア共和国政府の了解済である。


「いや、いいよ。誰か先に来ていたのでしょ?」


 シロネはそう言って手を振る。

 此処に来た時に守衛がベイスを呼びに行ったが、どこかの貴族が先に来ていたらしく、その案内をしていて、執務室にいなかったのだ。

 守衛はベイスを呼びに行こうとしたが、チユキ達は何も知らせずに突然来た事もあり、仕方ないと思い待たずに入ったのだ。


「もうしわけございません。チユキ様にシロネ様。私が先に来ていたので案内してもらっていたのです」


 ベイスの後ろにいた男が頭を下げる。


「これは大畑殿? 貴方が来ていたのですか? どうしてここに?」


 来ていたのは大貴族の大畑である。

 大きな農地を所有している所から大畑と呼ばれているが、本当の名はオイデス・アピウスだったりする。

 60歳を超えても衰えを見せず、精力的に活動している。

 彼の後ろには護衛の戦士達がいる。

 大畑の私兵、近侍戦士とも呼ばれる者達だ。

 チユキ達とその配下の戦士団を除けば彼の私兵団がエルド最大の武力を持っている事になる。

 また、黄金の夜明け団を作られる前は他の貴族同様に独自にエルドの治安維持を行っていた。

 どうやら、エルドの治安維持を自身が行うつもりだったらしい。

 治安維持を目的に金銭を人々から徴収し、その金で自身の兵を強くする。

 そのまま実績を作り、勇者達に後で認めさせる。

 しかし、今回公的な治安維持部隊を作られた事で彼の目論見は頓挫しそうになっているといえる。


「ふふふ、ここに来たのは孫の様子を見るためですよ。」


 大畑は笑って言う。

 嘘だとチユキは思う。

 彼は黄金の夜明け団が治安維持を行える程の組織かどうかを見に来たのだ。

 もし、頼りないようなら自身の私兵が取って代わるつもりなのかもしれない。

 大畑の視線の先には少年達がいる。

 この修練所は子ども達の武術教室も兼ねていて、少年達は生徒なのである。

 大畑は自身の孫をこの教室に通わせているようだ。

 本来貴族の子は特別に家庭教師を雇ったりするので市民の通う修練所に通う事はない。

 それをあえてそうしているのは何か狙いがあるのだろう。


(おや、あそこにいるのはコウキね。そういえばここに通っているのだったっけ)


 チユキは少年達の中にコウキを発見する。

 コウキはエルドにあるレーナ神殿に預けられた子であり、何か特別な力を持った子である。

 ただ、今は封印されているようで力が出せなくなっている。

 コウキはここで剣の練習をしているようだ。


「そうだ。孫を紹介しましょう。誰かオズロスを呼んできなさい」

「はっ!」


 大畑がそう言うと後ろにいた戦士の1人がある所に向かう。

 戻って来た時には1人の少年を連れている。

 真面目そうな子である。大畑と違い純粋そうだ。


「紹介しましょう。孫のオズロスです。挨拶をしなさい」

「お初にお目にかかります、オズロスです。シロネ様、チユキ様」


 少年は右手を胸に当てて挨拶をする。


「ふふ、オズロスは剣の才能があるみたいでしてな。出来ればシロネ様にご教授していただければと思いまして、どうでしょうか?」


 大畑は孫をシロネの前に出す。


「えーと、どうしよう……」


 シロネは困った表情でチユキを見る。


「大畑殿。シロネさんに剣を教わりたい者は多いのです。そして、全てを弟子にすることは出来ません。それに多忙です。弟子を取る暇はないのです。ごめんなさいね」


 シロネの代わりにチユキは断る。

 チユキに優しく微笑まれてオズロスの頬が真っ赤になる。

 ちなみにチユキが言っている事は事実である。

 しかし、伝えていない事もあった。

 シロネは教えるのがあまり上手くない。達人は必ずしも良き教師ではないのだ。

 シロネから教わるぐらいなら、別の誰かから習った方が良い。

 レイジも結局シロネから教わるのをやめたぐらいである。

 

「そうですか、それは残念です。今はやめておきましょう。オズロス。剣の腕を磨きなさい。そうすればシロネ様の目に留まるかもしれぬからな。さあ、もう良いぞ。戻って武芸を磨きなさい」

「はい、おじい様」


 オズロスは返事をすると元居た場所に戻っていく。

 そこにはコウキもいる。

 もしかすると友達かもしれない。


「大畑殿。なかなか、利発そうなお孫さんですね」

「ええ、母親はあれですがな」


 大畑は首元にある首飾りを触って言う。

 チユキはふとその首飾りが気になる。


「あれ、珍しい首飾りですね? どうされたのですか?」

「はは、私に是非に贈って来た者がいましてな。珍しい色の宝石が付いているので気に入っているのですよ」

「そうですか、確かに珍しい色ですね」


 チユキは首飾りを見る。

 中央に虹色の光沢を持つ青い宝石が付いている。

 珍しい宝石だ。リノが見ると欲しがるかもしれない。


「そうでしょう。もし良ければ、どこで手に入れたか聞いてみましょう。むう、それにしても虫が多いですな」


 大畑は手を振って、虫を追い払う。

 修練所には天井がなく、外から虫が入りたい放題であった。


「湿地から来ているのでしょうか? それにしても最近は多すぎる気がします」


 ベイスも虫を追い払う。

 湿地が近いので虫が多いのはいつもの事である。

 ただ、最近はさらに多くなったとチユキも思う。


「ねえ、チユキさん。もしかしてリザードマンの仕業かな?」


 シロネが湿地の方を見て言う。


「うーん。わからないわね。虫が多くなったのは事実だけど、特に被害があるわけじゃないし。嫌がらせ可能性はあるかもしれないけど」


 チユキ達と近隣のリザードマン達は対立関係にある。

 リザードマン達が嫌がらせをしている可能性もあった。

 だが、虫は不快だが、特に深刻な害があるわけではない。虫除けの香を焚けば防げる。

 放置しておいても良かった。


「それではチユキ様。私はこれで」


 大畑は挨拶をすると護衛と共に去って行く。

 もしかするとチユキ達がここに来ることを知っていたかもしれない。

 抜け目のない男であった。


「はあ、何だか苦手だな。あの人」


 シロネが大畑達を見送りながら言う。


「私もよ。さてどうする。コウキ君に会っていく?」


 チユキは少年達の方を見る。

 少年達がこちらを見ている。チユキ達が気になるようだ。

 

「それはやめておいた方が良いかも。多くの人に見られているのに特別扱いするとコウキ君が困るかもしれないしね」


 シロネは首を振る。

 コウキは微妙な立場にいる。勇者の仲間ともいえないが、知らない間でもない。

 周囲の人間も彼をどう扱ってよいかわからない様子であった。


「それもそうね。話す機会は別にあるしね」


 チユキは他の場所を見る事にする。

 

「あれ、風が吹いてきたね。雨が降るかも」


 シロネが空を見上げて言う。


「確かに雨が降るかもしれませんな」

  

 ベイスも空を見る。

 風が吹き、空に雲がかかっている。

 空模様が怪しくなりそうであった。



 修練所の片隅でコウキは剣を振るう。

 いつもやっている事だ。


(どうしてだろう? どうして上手く動かせないだろう……? クロキ先生に教えてもらったのに)


 コウキは木剣を両手で持ち、振りながら考える。

 聖なる山エリオスの麓に広がる樹海。

 そこでコウキは1人の剣士と出会った。

 剣士の名はクロキ。

 コウキの命の恩人である。

 クロキは見事な剣の腕前で、コウキを助けてくれた。

 そして、コウキはクロキに剣を教えてくれと頼んだのである。

 クロキは短い間であったが、剣を教えてくれた。

 その教わった基本的な動きをコウキは何十回と繰り返している。

 しかし、コウキはクロキのように剣を振るえない。

 見せてくれたクロキの剣の動きは今でも鮮明に覚えている。

 コウキはクロキのような剣士になりたい。

 あれ程の剣士になれば、エリオスの母も喜ぶだろう。


(練習が足りないのかな? クロキ先生も基本が大事だと言っていたし……。もっと、続けていたらいつかは……)


 コウキは再び木剣を構える。

 体に力を入れず、柔らかく剣を持つ。

 そして、振るうその一瞬だけ力を入れる。

 何度も行って来た動作だ。

 それを何度も繰り返す。


「コウ! コウ! 大変だぞ! 素振りをやめろよ!」


 突然誰かがコウキに声を掛ける。

 コウキは素振りをやめて声を掛けて来た者を見る。

 コウキと同じ背丈の少年である。

 

「えっと、どうしたの、ボーム? 急に?」


 コウキは素振りをやめて声を掛けて来たボームを見る。

 ボームはこの修練所で武術を学ぶ少年である。

 どこかの小さな貴族家の子弟でこの修練所に通っている。

 人懐っこい性格で、友達が多く、コウキとも仲良くなった。

 ボームのような子は多く、この修練所に通うのはどこかの貴族の家と関りがある。

 中には対立する貴族の家もあるが、 それは大人の都合であり、少年達の仲はそこまで悪くなかった。


「すごい人が来たみたいなんだよ!」


 ボームは声を荒げて言う。


「すごい人。確かオズのお爺さんが来てるんだよね。それなら知ってるよ」


 コウキはオズを見る。

 本名はオズロスだが、少年達は彼をオズと呼ぶ。

 オズの祖父はエルド最大の貴族であり、有名な人物だ。

 光の勇者達の次に権力を持っている。

 その大貴族が来ているのだから、修練所の者達が騒ぐのも無理はなかった。


「違うよ! コウ! ほら見てよ! シロネ様とチユキ様が来ているよ! 俺初めて見るんだ! うわ~! 側に行って話をしたいなあ~」


 ボームは目を輝かせて言う。

 ボームの視線の先を見ると綺麗な女性が2名歩いているのが見える。

 チユキとシロネである。

 光の勇者レイジとその仲間達は少年達にとって憧れの存在だ。

 多くの魔物を倒し、人々を救う英雄。

 それが彼等である。

 ボーム以外にも武術を習いに来た少年達が目を輝かせている。


「ほら、コウも話をしたいだろ! シロネ様に憧れて両手で剣を振っているんだし!」


 ボームはコウキの木剣を見て言う。

 基本的にここで教えている武術では、武器は両手で使わない。

 なぜなら、片手は盾を持つのが基本だからである。

 しかし、シロネに憧れる戦士は多く、両手で剣を持つ者もいる。

 コウキも同じだと思われているみたいだ。

 

(ちょっと、違うのだけど……)


 コウキが両手で剣を振るうのはクロキの影響であり、シロネじゃなかったりする。

 しかし、それを説明する気になれなかった。


(それに実は何度も話をした事があるとは言わない方が良いかもしれない)


 コウキはチユキ達を見てそう思う。

 エルフ達に攫われた時にコウキはチユキ達に保護された。

 その後も何度も話をした事があるのだ。

 それを知られたら周りから羨ましがられ、会わせてくれと頼まれるだろう。

 何度も話すが決して、チユキ達とは気安い相手ではないので迷惑かもしれない。頼まれたら困った事になるだろう。

 もっとも、向こうから話をされたら意味がない。

 チユキ達は先に来ていたオズの祖父と話をしている。

 コウキは隠れようか迷う。

 だが、それは杞憂に終わる。

 オズが呼ばれ、チユキ達の元へと行ったのだ。

 少年達はオズを羨ましそうに見る。

 これで、コウキの心配はなくなった。

 オズもチユキ達と話をする事に成功したのだ。コウキだけが羨ましがられる事はない。

 見るとオズはチユキ達に紹介されているようだ。

 そして、しばらくして戻って来る。

 オズは得意気であった。

 少年達は羨ましそうな声を出す。

 コウキはそんな少年達を複雑な気持ちで見ているのであった。




 


 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★



更新です。

もう少し少年達の話を書く予定でしたが、1万字を超えそうだったので止めました。

続きは次回です。


今月は限定近況ノートを頑張りたいと思います。

キャラのショートストーリーを考えていますが、中々上手くいきません。

GW中に何とかプロットをまとめたいです。


また、今回も文章に自信がありません。

誤字脱字等がありましたら報告してくださると嬉しいです。



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