第25話 魔術の起源

 チユキが霊壁を消すとクロキは魔剣を呼び出し前に出る。

 サビーナ達は既に離れている。

 クロキは無事に戻れる事を祈る。 


「貴方だったら勝てるはず。頼りにしてるんだから」

「は、はあ」


 クロキはチユキの言葉に力なく返事をする。

 目の前にはザガートがいて、剣を構えている。

 こちらに気付いている様子だ。


(そんなに頼りにされても……。自分に出来る事は全力を出す事だけなんだけど)


 クロキは呼吸をして集中する。

 雑念を追い払い、剣に集中する。

 チユキがどんなに信頼しようとクロキが出来る事は限られている。

 ただ全力を尽くすだけだ。

 

「貴様だな。我が母が言っていた不安は。強い力を感じるぞ」


 ザガートは剣を向けて嬉しそうに言う。


「気を付けて……。凄い再生能力を持っているわ」 

「そう……」


 クロキはザガートを見る。

 攻撃的な構えだ。

 防御を全く考えていない。

 斬られる前に斬る。強い再生能力があるからこその構えでのようであった。

 ザガートが持つ剣は薄い赤い光を放っている。

 強い瘴気を放っていて、まさに死の刃といえるだろう。


「それじゃあ、自分があいつを押さえている間に脇をすり抜けて奥に行くで良いんだよね」

「ええ、そうですわ。私も頼りにしてますわよ」


 キョウカはそう言って片目を瞑る。

 

「ザガート以外にも剣を持つ者がいます。気を付けてください」


 クロキはそう言ってザガートの後ろの者達を見る。

 白いフードを被り顔は見えない。

 全員が剣を持ち構えている。

 剣を持つ事に慣れていそうなので、戦士なのだろう。

 強そうには見えないが油断をしてはいけない。


「ええ、わかっていますわ」


 キョウカは鞭を構える。

 相手が人間ならば鞭は有効だろう。

 

「では、行きます」


 クロキは剣を構えザガートに向かう。

 するとザガートも向かって来る。

 その動きはかなり速い。


(速い。だけど、レイジやアルフォスの方がもっと速いな……)


 クロキはザガートの繰り出した剣を手に持つ魔剣で受ける。

 斬撃が魔剣を通して伝わる。

 だが、受けきれない程ではない。

 クロキが剣を受け止めると後ろのチユキとキョウカがクロキの横を通り抜ける。


「どきなさい!!」

「ぐげ!」

「ぐわ!」


 キョウカが鞭を振るうとザガートの後ろにいた白いフードの者達が悲鳴を上げる。

 思った以上に弱いようだ。

 瞬時に白いフードの者達を倒すとチユキとキョウカは奥へと行ってしまう。


「抜かれたか! 貴様を倒して追いかけさせてもらおう!」


 ザガートが剣に力を込める。

 クロキは左足を滑るように後ろに動かし斬撃を受け流し、ザガートの体勢を崩すとザガートの身体を斬る。

 断ち斬る程ではないが、普通の生物ならば肺は斬り裂いただろう。

 しかし、ザガートは普通の生物ではない。

 斬り裂かれた事など気にする様子も見せず。

 剣を繰り出す。

 クロキはその剣を避け後ろに逃れる。


(何だろう? 変な感じがする)


 クロキはザガートを見る。

 斬り裂いた個所はすでに再生している。


「行くぞ!」


 ザガートが掛け声と共に何度も剣を繰り出す。

 クロキはその剣を全て受けきる。


「くくく、中々良い剣士ではないか。母上には悪いが、楽しいぞ」


 ザガートは笑う。

 その声はどこか変であった。

 口からは聞こえない。


(戦い方もどこか変だ……。強さは感じないけど、油断はできないな)


 クロキは魔剣を構え時間がかかりそうだと思うのだった。




 カタカケ達は迷宮と化した書庫の中、来た道を戻る。

 賢者サビーナは来た道を辿る魔法や行き先をある程度把握できるらしい。

 また、賢者チユキが持っていた首飾りと霊除けの香炉があるので安全に戻れそうであった。


「サ、サビーナ様! そろそろ休憩を!」


 カタカケは先に進むサビーナを呼び止める。

 サビーナの足は速く、追いかけるのがやっとであった。

 ミツアミやチヂレゲも息が切れている。

 休憩が必要であった。

 

「全くだらしないわね。まあ、下等生物ならこれぐらいか……。仕方がないわ、しばらく休みましょう」


 サビーナは冷たい目でカタカケ達を見る。

 下等生物と言われたような気がしたがカタカケは気にする余裕がない。

 カタカケとミツアミとチヂレゲは並んで座り込み休む。

 その間にサビーナは魔法陣を描き、その外側に香を焚くと何かを唱える。

 すると魔法陣が輝き、何かの魔法が発動する。


「あの、サビーナ様。それは?」

「魔除けに霊除け、後心身を休ませ回復させる効力があるわ。ちょっと、もったいないかもしれないけど」


 カタカケの問いにサビーナは答える。

 サビーナが焚いた香から良い香りがして、何だか体が楽になったような気がする。

 隣にいるミツアミの表情も穏やかになる。

 それに対してチヂレゲの表情は険しい。

 

「げほっ、げほっ!」

「どうした? チヂレゲ!」


 突然苦しみだしたチヂレゲを見てカタカケは声を掛ける。


「貴方、何か良くない薬を飲んでいるわね。おそらく夢と眠り神、悪夢の道化師と呼ばれた神の薬をね。少し眠りなさい」


 サビーナはチヂレゲの額に指をつける。

 するとチヂレゲは倒れる。


「あの……、チヂレゲは?」

「この魔法と服用している薬の相性が悪かったみたいね。全く死の教団の薬を飲み続ければ破滅しか待っていないと言うのに」


 サビーナは説明する。

 死の教団が作る薬は日々の恐怖や不安をなくし、楽しい夢を見せてくれるものが多い。

 そのため、苦しい生活をしている者の中にはその薬に手を出す者が後を絶たない。

 もちろん薬には中毒性と副作用があり、飲み続けると楽しい夢はやがて悪夢に変わり、その悪夢を消すためにもっと強い薬を飲む。

 やがて、夢から覚めず、ネズミ人間になるかアンデッドになってしまうらしい。


「あの、チヂレゲを助ける方法はないのでしょうか? お願いです。チヂレゲを助けてあげてください」


 カタカケがお願いするとサビーナは不思議そうな顔をする。


「珍しいわね、貴方。地上に戻ったら解毒剤をあげる。それをしばらく飲み続ければ元に戻るはずよ」

「ありがとうございます。サビーナ様」


 カタカケはお礼を言う。


「全くこんな奴、放っておけば良いのに、こいつが薬で破滅しても自業自得だわ。全く貴方ってお人良しね」


 ミツアミは溜息を吐くと、すごく穏やかな目でカタカケを見る。

 このミツアミの考え方はサリアに住む魔術師として普通であった。

 サリアは人間の住む都市で最大の学び舎がある場所で、住んでいる魔術師は上昇志向が高く、互いに切磋琢磨する。

 そして、そんな魔術師達は落ちぶれる者や身を持ち崩す者には冷たく、見放す傾向にある。

 カタカケのように落ちぶれた者を救おうとは思わない。


「まあ、それが普通よね……。自ら落ちた奴を助けたいなんて、珍しい事だわ。私もあの御方から頼まれなければ、貴方達を置き去りにしていたかもしれないわよ」


 サビーナは意地悪な笑みを浮かべる。


「あの……、サビーナ様。おの御方というのはやはりあの暗黒騎士の事ですよね……。あのサビーナ様はやっぱり……」


 ミツアミは言いかけてやめる。

 だが、カタカケは何が言いたいのかわかる。

 魔教徒なのですかと聞きたいのだろう。


「想像のとおりよ。でも魔術の奥義を求める者なら皆そうだと言えるわ。魔術がどこから来たのか? 魔術師ならば知っておくべきね」

「……魔術の神、ナルゴルの宰相ですか?」

「その通りよ。頭の固いオーディスの司祭は認めないでしょうけどね」


 サビーナは笑う。

 魔術は悪魔によってもたらされた。

 一部の魔術師達がそう言っている事をカタカケは知っている。

 そして、賢者達もそれを否定する事はしない。

 しかし、実際にそれを賢者自身から聞くとやはり衝撃である。


「魔術のおかげで多くの人が助かっているわ。ようは使い方の問題。デイモンだって契約さえ守れば助けてくれる。貴方達も聞いた事がないかしら?」

「……」

 

 カタカケとミツアミは何も答えられなくなる。

 実際にデイモンと契約した魔術師の話を聞いた事があるからだ。

 悪さをする者もいればデイモンの力を借りて良き行いをする者もいる。

 魔術は剣と同じで使い手によっては人を殺す事もあれば助ける事もあるのだ。

 

「実際にあの御方は貴方達を助けよと言われた。感謝をすべきだわ」


 カタカケはそのサビーナの言葉に頷く。

 クロキが助けてくれなければ死んでいただろう。

 なぜ、助けてくれたのかはわからない。

 もしかすると、クロキが最初にこの図書館に来た時に世話をしたのを恩義に感じてくれているのかもしれない。

 伝承に聞く悪魔も今にして思えば、恩義に厚い者が多かったように思う。


「真理を求めるならば、思考に枷を付けてはいけない。偏見を捨てよか……」


 ミツアミは複雑な表情で言う。

 先程の言葉は大賢者マギウスの有名な言葉だ。

 魔術師の家系として生まれた彼女には今更魔術を否定する事はできない。

 納得するしかないだろう。


「それにしても、まさかクロキ殿が暗黒騎士だったなんて……、今でも信じられません」


 カタカケはクロキが暗黒騎士の姿になった事を思い出す。

 クロキが暗黒騎士の姿になり、その姿を見た瞬間、心が凍るほどの恐怖に襲われ、一瞬動けなかったのである。

 穏やかな青年にしか見えなかったのに衝撃であった。


「本当に驚いたわ。ナルゴルの副王、黒き嵐。デイモンロード様ですら頭を下げる程の御方があんなつまらなそうな男に化けるになんて思ってもみなかったわ。ある意味流石と言うべきね」


 サビーナはうっとりとした顔になる。

 クロキの事を思い出しているようだ。


「さて、そろそろ行きましょうか。出て来なさい下僕共」


 サビーナは懐から小さな壺を出して蓋を取る。

 紫色の煙が出て、しばらくすると形を取る。

 それは蝙蝠の羽が生えた小さな人型。

 

「もしかして、インプ?」


 ミツアミは驚く。

 悪魔と契約した魔術師や魔女が使い魔として使う小さな魔物だ。

 それが目の前に現れる。


「へへへへ、お嬢様。どうしたんですか? 俺っちを急に呼び出して」


 インプは下卑た笑みを浮かべる。

 

「そこで寝ている者を運んで、良いわね」

「えっ、そこで寝ている奴を? どうせならそこの女の方が」

「ひいっ!」


 インプに視線を向けられてミツアミが悲鳴を上げる。


「何を言っているの!? お父様に言いつけるわよ!」

「ええ~。それは……。わかりましたよ、お嬢様」


 サビーナが怒りの視線を向けるとインプは了承する。

 そしてチヂレゲの襟をつかむとそのまま飛び上がる。

 チヂレゲよりも遥かに小さい体なのに持ち上げて飛べるのだから、あなどれない。


「さあ行きましょう。さっさと地上に戻るわよ」


 サビーナの言葉でカタカケとミツアミは立ち上がる。

 体から疲れがなくなっている。

 魔法のおかげのようだ。

 これならまた走れるだろう。

 カタカケ達は地上へと戻るために再び走るのだった。





 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

カクヨムサポーター制度ですが、サポーター数が100人を超える方も出て来たようです。

しかし、まだまだ少ないように感じます。この制度で成功する人が何人も出て欲しいと思っています。

いや、もう本当に切実に……(;´・ω・)


さて、自分の方ですが、限定近況ノートをどうするか考え中です。

とりあえずポレンの絵を作成中です。

さらに限定SSを掲載すると良いのでしょうが……、検討中だったりします。

出来ても1ヵ月に一回ぐらいの割合になるでしょう。

そして、ポレンの絵ですが、見せられるかどうかわからなかったりします。



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