第5話 サリアを歩こう

「えーと、キョウカさん。あの腕を離してくれませんか?」

「あら、良いじゃありませんの、クロキさん」


 クロキはキョウカに引っ張られサリアの街並みを歩く。

 腕にしがみつかれているのでキョウカの柔らかい胸の感触が伝わってくる。

 これは下半身に危機的な状況であった。


(やばい! やばい! やばい! 胸の感触が~!)


 クロキはキョウカの積極的な好意に戸惑うばかりである。

 この世界に来てから好意を持たれる事は多かった。

 クロキはそれを異世界に来たからだと思っている。

 元の世界では凡人でも異世界では英雄。

 実際にこの世界では力を持っている方なのだから異性に好かれても自然である。

 だから、まあそうなのだろうなとある程度受け入れられた。

 しかし、キョウカはクロキがいた元の世界の人間である。

 しかもキョウカは美人でありお嬢様だ、元の世界では近づく事すらできなかっただろう。

 そのキョウカがクロキに積極的な好意を示している。

 幼馴染のシロネぐらいとしかまともに話せなかったクロキはどうして良いかわからなくなる。

 周囲の目がクロキ達に注目している。

 当然だろうキョウカ程の美女が騒がしく歩けば周囲が見るのも当然であった。

 クロキの正体は暗黒騎士であり、サリアの中で目立ちたくない。

 無理やり引きはがすのは容易だが、元の世界の綺麗な女性に好意を向けられる事がこの先あるとは思えず、邪険にもしたくない。

 何と言って離れてもらおうか考えるが、胸の感触が腕に伝わる度に思考停止に陥り何もできなくなるのだった。

 

「ところでマギウスさんと言う方はどちらにいるのかしら?」

「はあ、マギウス様は普段賢者の塔におられます。こちらです」


 ミツアミは溜息を吐いて言う。

 その表情はそんな事も知らない事かと呆れ顔だ。

 クロキはミツアミを見る。

 以前の彼女はクロキの事を腫物でも触るかのように接していた。

 大賢者マギウスの紹介であるがクロキは魔術師ではない事になっている。

 実は魔術師の中には、魔術師でない者を見下す者がいる。

 もちろん表立ってではないが、態度にそれが現れている事が多い。

 いわゆる知識を探求しない浅学の徒と見ているようなのだ。

 これは別にこの世界特有のものではない。全てがそうではないが高学歴の者が低学歴の者を見下したりする事はあるのだ。

 そして、サリアには魔術師以外の者も暮らしていて、魔術師以外の者は下級民なのだ。

 下級民は上級である魔術師に遠慮しなければならない。サリアにおいてはそれが普通なのだ。

 クロキは魔術師協会に加入しておらず、一般人として来ている。

 彼女としてはなぜ一般人がマギウスの紹介で禁書庫に入れるのだろうかと戸惑っているのだ。

 禁書庫は魔導師でも入る事が難しいのにクロキは入る事ができる。

 そのため、どう接して良いかわからなかったようだ。

 しかし、今は違う。

 クロキは勇者の仲間であり特別な存在だと認識したようだ。

 ただ、キョウカとのやり取りを見て呆れている。

 前よりも印象が悪くなっている様子であった。

 ミツアミの案内で賢者の塔へと向かう。

 賢者の塔はサリアの中心にあり、街のどこからでも見る事が出来る。

 図書館も中心部にあり、近くである。

 賢者の塔の入り口には警備の戦士が立っている。

 戦士達は魔術師ではないが、魔術師協会の職員である。

 魔術師協会の会員は魔術師しかなる事ができない。

 しかし、協会の運営は魔術師だけでは難しい所があった。

 魔術の研究の妨げになるから日々の経理や事務仕事を嫌がる者は多い。

 また、経理を任せた結果、自身の研究のために横領をする者が出ないとも限らない。

 そのため、魔術師でないものを職員として雇うのである。

 会員ではないが、職員という立場の者がいるのはそのためだ。

 もちろん会長や副会長等は魔術師で占められているのだが。

 クロキ達が近づくと戦士達が立ちはだかる。

 

「止まって下さい、魔術師殿。御用はなんでしょう? 許可は取られていますか?」


 戦士達はクロキとキョウカの方を見ずにミツアミに話しかける。

 クロキとキョウカはあくまでミツアミの連れだと思っているようだ。

 魔術師の街であり、魔術師の格好をしていない者はまともに対応してもらえないのが普通だ。

 もしミツアミが一緒でなければ用を聞く前に追い払われていただろう。

 

「大賢者マギウス様に会いに来ました。通してくれますか?」

「えっ? そうなのですか? お会いになる約束をされていたのでしょうか?」


 ミツアミがそう言うと戦士は意外そうな顔をする。


「いえ、特に約束はしていません」


 ミツアミがそう言うと戦士達は顔を見合わせる。

 

「はあ、約束はされてないのですか。何か緊急ですか?」


 戦士が聞くとミツアミはクロキ達を見る。

 クロキはキョウカを見る。

 そもそも、禁書庫に入りたいのはキョウカである。

 緊急かどうかはキョウカに聞かなくてはならない。


「ええ、そうですわ、緊急ですわ、緊急。チユキさんがええと何とか会議が終わるまで時間がありませんもの」

「えっ? 何とか会議?」


 キョウカが言うと戦士達は困った顔をする。


「賢人会議です。キョウカ様」


 ミツアミが何度目かの呆れ顔で言う。


「賢人会議。それが終わったら帰らなければいけませんもの」


 キョウカは頷いて言う。


「賢人会議? それに様付け? あの魔術師殿。こちらの方は?」


 戦士達はこれまでミツアミの方ばかり気にしていたが、ようやくクロキとキョウカに注目する。

 

「こちらはキョウカ様。光の勇者レイジ様の妹君で黒髪の賢者チユキ様と共に来られサリアを見物中です」

「黒髪の賢者様の!?」


 チユキの名前を出され戦士達は驚く。


「そのキョウカ様が大賢者様にお会いになりたいそうなのです。通していただけますか?」


 ミツアミが言うと戦士達は顔を見合わせ相談する。


「申し訳ございません。いかに光の勇者様の妹君とは言え、約束なしで取り次ぐ事は無理です。それに今大賢者様は外出中なのです」


 戦士は困ったように言う。

 職務に忠実な戦士だなとクロキは思う。

 これは一時的に雇うのではなく、正規の職員にしているからであった。

 身分を安定させる事で職務に忠実にしているのだ。


「まあ、外出中? どちらに行かれましたの?」

「ええと、それは……。我々もわかりません」


 戦士は首を振る。


(おそらく嘘だな……。ある程度行き先は把握しているのだろう)


 クロキはそう推測する。

 行き先を言えばキョウカがそこに押し掛けるかもしれない。

 それでは取り次いでいるのと一緒だ。

 約束もなしに押し掛ける者に正直に答える必要はない。

 それが勇者の縁者であってもだ。


「あの、キョウカさん……、この方達が困っているようなので。その……、まだ時間はあるはずなのでマギウス殿、いえマギウス様に頼むのは後にして……、ええと……。そうだ! サリアでも歩きませんか!?」


 クロキは提案する。

 下手に図書館に戻って、禁書庫に入りたがっても困る。

 サリアを見物させ時間を潰し、宿に帰ってもらうつもりであった。

 クロキとしては禁書庫に入れないのは残念だが、仕方がなかった。

 ミツアミと戦士達が厳しい視線を向けている。

 当然だろう大賢者マギウスはこのサリアにおいて王にあたる存在だ。

 気軽にお願いをして良い存在ではない。

 仕える戦士達が良い感情を持たないのも当然だ。

 このサリアにいる魔術師の多くがマギウスの教えを直接受けたいと願っている。

 しかし、マギウスは多忙であり、全ての者が教えを受ける事はできない。

 直接マギウスにお願いしようとするキョウカにミツアミが反感を持つのも仕方がない。


「まあ、クロキさんが案内して下さりますの! ぜひお願いしますわ!」


 そんなミツアミと戦士達の様子に全く気付かないキョウカは嬉しそうにクロキに正面から抱き着く。

 すぐに禁書庫に入れなくて残念そうな様子はない。

 特に読みたい本もなく、それほど禁書庫に入りたいわけではないようだ。


「はは、それでは行きましょうか? ミツアミさんも一緒に」

「はあ、まあ構いませんが」


 クロキはミツアミを誘う。

 キョウカと2人きりでは間違いが起きかねない。

 だから、3人で行くべきだった。

 こうしてクロキ達はサリアを歩く事になるのだった。



 チユキはマギウスとガドフェス、そしてサビーナと共に同じ席に座る。

 席は木製でどこにでもあるものだが、そのお尻を載せるヶ所に座布団のような物がしかれていて、他の国の料理屋よりも気を使っているのが伺える。

 おそらく、気難しい魔術師に対してのものだろう。

 石の尻をしたいかつい自由戦士が来る店とは明らかに違っている。

 目の前にはハーブの御茶と干果の入った焼き菓子がある。

 御茶はドワーフ製らしき磁器に入れられ、品が良い。

 また、御菓子は頭を使うためか甘い菓子類は魔術師に人気であり、この店も数種のお菓子を食べる事が出来る。

 魔術師に人気なのも頷ける店であった。


「光の勇者レイジ様は来られていないのね。残念だわ」


 ハーブのお茶を口に運び、サビーナは残念そうに言う。

 チユキとしては慣れた光景だ。

 レイジは顔が良いだから会いたいという女性は多い。

 ただ、このサビーナという魔術師の言葉はどこか嘘臭くも感じていた。

 チユキは何人ものレイジに会いたいという女性と会ってきたが、彼女は本気でレイジに会いたいと思っているわけではなさそうなのだ。

 先程ガドフェスと交わした社交辞令のような感じである。


「ええ、先日セアードの内海から帰ったばかりです。私達の国エルドで残った仕事をしてもらわなければいけません」

「そう、だとしたらチユキ殿だけがサリアに来ているのね」

「いえ、私の他にキョウカさんが来ています」

「うん、聞かない名前ね。レイジ様の仲間なのかしら」


 サビーナは首を傾げて言う。

 キョウカは最初の頃、魔法が使えず。魔王討伐にも同行していなかった。

 そのため、知らない人も多いのである。


「勇者殿の妹君じゃよ、サビーナ殿。かなりの魔力の持ち主なので是非とも協会に入ってもらいたいのう」


 マギウスが説明する。


「ほう。あの光の勇者殿の妹が来とるとな。噂によると、かなりの別嬪らしいから、これは会いに行かねばならぬな。ぬひひひ」


 キョウカが来ていると聞いたガドフェスが笑う。


「ガドフェス。変な事をして勇者殿を怒らせるでないぞ。勇者殿が本気になればサリアが消し飛ぶわい」

「わかっておるよ、マギウス。じゃがな、面白そうな事、面白そうな者には会っておくに越したことはない。何事も好奇心じゃよ。くふふふ」


 ガドフェスはふたたび楽しそうに笑う。

 世界を巡り、様々なものを見て、記録にまとめるガドフェスの旅行記はチユキの愛読書だ。

 この老魔術師の好奇心のおかげでチユキは世界の様々の風俗を知る事が出来たりする。


「そう、レイジ様の妹君が来ているの……」


 サビーナが小さく言う。

 ガドフェスと違い、あまり楽しくなさそうであった。


「む、サビーナ殿。どうかしたのか浮かない顔をして」


 サビーナの様子に気付いたマギウスが聞く。


「いえ、何でもありませんわ。それではそろそろ行きます。チユキ殿、今度ゆっくりお話しをしましょう。それからマギウス師。例の件お願いしますね」


 そう言ってサビーナは席を立つ。

 もちろん彼女の弟子達も一緒だ。

 彼女が歩くと若い男性の魔術師が熱っぽい視線を送る。

 誘惑の魔法香を吸いすぎたようだ。

 元々美人なのだから香を使わなくても良いのではとチユキは思う。

 

「前に会った時もそうですが、相変わらずな方ですね。うん、そういえば彼女の言う例の件とは何でしょう?」


 チユキはサビーナが最後に言った例の件の事が気になる。


「ああ、確か禁書庫に入りたいじゃったかな。しっかりした理由があるのなら入る事を許可するのじゃが、サビーナ殿は入る目的を言ってくれぬ。禁書庫は危険な書物が大量に置いておる、正当な理由なしに入らせるわけにはいかぬのよ」


 マギウスは困った表情を見せる。


「禁書庫ですか……。私も興味があります」


 禁書庫と聞いてチユキも興味が出てくる。

 禁書庫の書物ならチユキが知りたい知識もあるかもしれなかった。


「チユキ殿もか、まあ魔術に関わる者であるのなら、知識を求めるのも無理はないの。じゃがなあ」

 

 マギウスは良い顔をしない。


「良いではないかマギウス。チユキ殿なら問題なかろう。知識を悪用はすまいて」

「確かにそうかもしれん。しかし、元々は預かり物。すまんがもう少し考えさせてくれ、チユキ殿」

「はい、わかりました。待ちます。ですが出来ればお願いします」


 チユキは頭を下げる。

 秘密の書物が眠る禁書庫。

 俄然興味が湧いて来るのだった。



 妖艶の賢者サビーナは取り巻きの弟子達と共に店を出る。

 自身の館に戻るつもりであった。

 サビーナのただならぬ様子に弟子達は誰も喋らない。 


(チユキだけでなく勇者レイジの妹までも来ている。あの御方が来るらしいけど、どうしようかしら?)


 サビーナはこのサリアに来るらしいあの御方の事を考える。

 強大な力を持ち数多の神々から一目置かれる存在。

 それがあの御方だ。

 光の勇者と敵対しているので、その仲間と会ってしまったら争いになるかもしれなかった。

 しかし、サビーナにはそれを止める力はない。

 そもそも、あの御方が負けるわけがないのだから心配はいらないだろう。


(まあ、良いわ。あの御方は禁書庫にある何かを求めている。それを先に見つけ出せば私の覚えも良くなるというもの。まだ、お会い出来てないけど今度こそ)


 サビーナが禁書庫に入りたがったのも、それが理由であった。

 それが何かはわからない。

 しかし、あの御方が望むほどのものなので見ればわかると思っている。

 ただ、マギウスの許可がないと入る事が難しい。

 正直に言っても良いか迷うが、だからと言って嘘や誤魔化しが効く相手でもない。

 そのため別の手段を取るつもりであった。

 サビーナはあの御方に愛される自身を思い浮かべ笑う。


「どうなされました、サビーナ様?」


 サビーナが笑ったので取り巻きの弟子の1人が疑問に思い聞く。


「いえ、何でもないわ。気にしないで」


 サビーナは顔を戻し、何でもないと手を振る。

 サビーナの弟子は見た目が良い女性が多い。

 今いる取り巻きもそんな女性ばかりだ。

 サビーナはそんな彼女達の何人かを生贄にしたことがあったりする。


(まあ、禁書庫の書物以外にも何かあった方が良いわよね。この子を贄にしようかしら。うん?)


 サビーナがそんな事を考えている時だった。

 前方に見た事ない美女が歩いて来る事に気付く。


(えっ? 誰なの? あの娘は? あれ程の美貌なら知っていないとおかしい?)


 サビーナは贄にするためにサリアの女性をある程度調べている。

 あれ程の美貌なら必ず調査に引っかかっているだろう。

 その美女は整っているが地味な顔をした男と腕を組んで歩いている。


「ねえ、ちょっと待って? 見ない顔だけど? 名前を聞いても良いかしら?」


 サビーナは通り過ぎようとした美女に声を掛けるのだった。





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★



 更新です。

 カクヨムでエッセイを書きましたが、すぐに消すかもしれません(;´・ω・)

 

 自分の好きな事を書いて小説家を目指す。

 そのために宣伝をして多くの方に知ってもらう。

 どうすれば良いのか試行錯誤を繰り返しています。

 冒頭だけコミカライズ、英語化等、方法は様々です。

 今はやる夫スレを作れないか検討中だったりします。


 後お知らせとかをTwitterでしたりするので、出来ればフォロワーになっていただけると嬉しいです。

 

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