第24話 混沌の怪物

「大いなる海よ!」

「母なる海よ!」


 トヨティマ達は歌う。

 魔法の歌によりクロキ達を取り囲む触手の動くは鈍くなる。

 フェーギルに取り込まれた命が反逆を起こしているかのようであった。

 ただ歌姫達の力によりクロキ達の方が優勢になっているが、フェーギルの抵抗は凄まじく未だに脱出できずにいる。


「はああああ!」

「でやああああああ!」


 シロネは剣を振るい、ナオは伸ばした爪で触手を斬り裂く。

 薄着の少女達の動きは連携が取れていて、歌姫達を守り触手を寄せ付けない。

 レイジとチユキは魔法で道を作り何とか脱出の糸口を掴もうと動く。

 クロキは見事な連携だと思う。

 この連携にクロキは入る事ができず、ほとんどやる事がない。


「しつこい! いい加減に疲れてきたわ!」

「確かにな、チユキ。このままだとキリがない」


 レイジの言う通りであった。

 こちらはまだ戦える。

 しかし、それは向こうも同じだ。

 このままだと埒があかない。

 何か他に手を考える必要があった。


「ねえ、クロキ。何か手はない?」


 シロネがクロキの側に来て聞く。

 

「そんな良い手はないよ、シロネ。あったら使っている」


 クロキは首を振る。

 全ての竜の力を使えば何とかなるかもしれないが、巻き込んでトヨティマを危険に晒す恐れがある。

 だから、簡単には使えなかった。


「そうか、何か力を隠しているように見えるけどな」

「いやいや、レイジ先輩。出し惜しみをしている感じじゃないっすよ。あっても使わない理由があるみたいっすね」


 近くにいたレイジとナオはクロキを見て話し合う。

 獣少女ナオはとても鋭い。

 油断ならない相手だとクロキは思う。


「使いにくい理由? まさか!?」


 同じように話を聞いていたチユキがクロキを見る。

 その視線は何故か下半身に向いているようだった。

 黒髪の少女チユキは何か違うことを想像しているように見える。

 もしかすると案外抜けているのかもとクロキは思う。

 攻防はなおも続く。


(どうする? 竜の力を解放すべきだろうか?)


 クロキは迷う。

 そんな時だった。

 轟音と共に鬼岩城が揺れる。


「ぐわああああああああああああ!」


 フェーギルの悲鳴。

 

「なんや今のは!?」


 突然の揺れに驚いたトヨティマは歌うのをやめる。


「う〜ん。これは外で何かがあった見たいっすね」


 ナオのいう通りであった。

 悲鳴を上げているので、フェーギルが何かをしたわけでない。

 外で何かがあったようだ。


「外、もしかしてキョウカさんが何かしたのかしら?」

「う〜ん。どうだろう? 何か違う気がするけど」


 チユキとシロネは首を傾げる。


(これは殿下の力だな。おそらく大鎚で城を叩いたんだ)


 クロキは城が揺れた理由に気付く。

 ポレンの剛力ならこれぐらいの事は簡単のはずである。

 チユキとシロネはポレンの力を知らないので気付かないのである。


「レイジさん。結界が消えていくよ。囚われた命が解放されてる」


 同じように歌うのをやめたリノが触手達を見て言う。


「ああ、何が起こったのかわからないが、これはチャンスだ! チユキ! 魔力を俺に寄越してくれ! 最大の光砲で道を開く!」

「わかったわ! レイジ君!」


 チユキはそう言うとレイジの背中に手を添える。

 魔力を受け渡しているのだ。


「行くぜ! 神威の光砲!」


 レイジが左の掌を前に突き出す。

 掌の少し前に光が集まるとそれは次第に大きくなり、やがて前面と溢れ出す。

 溢れ出した光は触手を消し去り、大きな穴を開ける。

 大きく空いた穴から外の海水が流れてくるのを感じる。


「外よ! 脱出するわよ! トルキッソス!」

「えっ、あっ、はい姉上!」


 マーメイドの姫とトルキッソスが外へと向かう。

 その後にレイジ達も続く。


「暗黒騎士! うちらも脱出や!」

「はい姫!」


 トヨティマも脱出し、最後にクロキも脱出する。


「「姫ー! 王子!」」

「「お嬢ーーーーーー!!」」


 外で待っていたトリトンとマーマン達がそれぞれの主の元へと泳ぎ寄る。

 外で待っている彼らは気が気でなかったであろう。


「先生ー! トヨちゃん!」


 大鎚を持ったポレンもこちらに泳ぎ寄る。もちろんプチナも一緒だ。


「ありがとうございます。殿下のおかげで助かりました」

「え、あ、えへへ。大した事じゃないですよう」


 クロキがお礼を言うと嬉しそうにする。

 思った通りポレンの力によるものだったようだ。


「えっ、これポレの字がやったん? どうやったんや?」


 近くで話を聞いていたトヨティマが鬼岩城を見ていう。

 鬼岩城は崩れようとしていた。

 かなり、硬そうなのでポレンの力を知らない者なら疑問に思うだろう。


「何って軽く叩いただけだよ。トヨちゃん」

「えっ、軽く? いやまさかそんな」


 トヨティマは信じられないという顔をしてポレンと鬼岩城を見比べる。


「殿下! 姫! まだ、終わっていません、下がってください」


 クロキは剣を構えて鬼岩城を見る。

 鬼岩城の中から巨大な敵意を感じる。

 フェーギルはまだ戦う気であり、油断はできなかった。


「見て! 何かが出てくる!」


 リノが指差した時だった。

 鬼岩城が崩れ、中から巨大な何かが出てくる。

 獣の頭をして下半身は魚。

 クロキが初めて見る生き物である。


「嘘!? ケートス!? あんなのが城の中にいたの!?」


 マーメイドの姫が驚きの声を出す。

 ケートスの名はクロキも聞いた事がある。

 この世界において最大級の海獣だ。

 バーゴ海のような狭い海域には生息しておらず広い外海にしかいないはずである。

 そのケートスが鬼岩城の中に囚われて居たことに驚く。


「待って下さい。姉上。ケートスとはちょっと違うようです。胴から触手が生えています。何か変ですよ!」


 トルキッソスが怯えた顔になる。

 クロキはケートスを見たことはないが、どのような生物か聞いている。

 ケートスに触手は生えていない。

 そして、その触手に見覚えがあった。


「あれって、クラーケンの足なのさ。何なのさ?」


 過去にクラーケンに捕えられた経験のあるプチナが叫ぶ。

 ケートスとクラーケンの複合体、いやそれだけではなかった。

 様々海の生物がその体から浮き出ている。


「混沌の怪物……」


 クロキは思わず呟く。

 フェーギルは外海の巨大な海獣すらも吸収していたのだろう。

 鬼岩城が壊れた事で出て来たのである。


「逃がすかあああ! よくも俺の城を! 俺の力ををををを! 奥に隠していたこの力をぶつけてやるうううう!!!」


 フェーギルは悔しそうな声を出す。

 

「怒っているね。どうしようかしら?」

「何もしなくて良いんじゃないっすか? チユキさん。体が崩れているっす……。これはもうもたないんじゃないっすかね」


 ナオがフェーギルの身体を見て憐れむ声を出す。

 ナオの言う通りフェーギルの身体が徐々に崩れていく。

 前に見たゴンズルと同じのようだ。


「お城は命を閉じ込める檻だったんだよ。それが崩れたから、命が言う事を聞かなくなっているみたい」


 リノが解説する。

 フェーギルはあの城の中でしか混沌の力を自在に使えなかったのだ。

 ポレンの一撃で城が壊れた時に既に勝負はついていたのだ。


「どうやら、俺が手を出すまでもないみたいだな。さて、どうするか? だけど面倒くさいな」


 レイジは面倒くさそうに言う。


「じゃあ、私がとどめを刺そうか?」


 シロネが剣を構える。


「待って。まだ何かあるかもしれない。だから、自分が行くよ」


 クロキはシロネを止める。

 最後の力を振り絞って何かをしてくるかもしれない。

 何だかんだ言ってもクロキはシロネを危険な目には合わせたくないのである。

 だから、自分が行こうとクロキは思う。


「先生。何かあるかも、気を付けて下さい」

「はい、殿下。それでは行ってきます」


 クロキは魔剣を構え、フェーギルに近づく。


「おのれれれれれれれれれ! 力をををよくもおおおおおお!!!」


 フェーギルから強烈な敵意を感じる。


(自らを捨て、力を追い求める怪物へと変わってしまったのか……)


 力を求める気持ちはクロキにもわかる。

 力がないことは惨めであり、強くなろうとする事は正しいはずだ。

 しかし、自分自身を失ったら意味がないではないか。

 自分を捨てるつもりのないクロキはそこが理解できない。

 理解はできないがフェーギルをこのままにするつもりもない。


「行くぞ、フェーギル。この魔剣でお前を斬る」


 魔剣を掲げクロキはフェーギルを突撃する。

 混沌の怪物の中心から敵意は発せられている。

 そこに魔剣を突き立てる。

 クロキの持つ魔剣は混沌の霊杯と同じく大母神ナルゴルの残した物である。

 この魔剣でなら混沌の力を消滅できるかもしれなかった。

 クロキは混沌の怪物に剣を突き立てるとそのまま中へと突き進む。

 そして、中心まで来た時だった。

 魔剣を通じて黒い炎を直接叩き込む。 


「おのれえええええええええ!!!!」


 フェーギルの断末魔。

 混沌の怪物フェーギルの肉体は中心から弾け飛び四散する。

 敵意はもう感じない。

 フェーギルは消滅したようだ。


「さて、これで終わりかな」 


 クロキは敵意がなくなったのを確認して、ポレン達の元へと戻る。


「先生。ご苦労様です」

「よくやったで、暗黒騎士」


 ポレンとトヨティマが出迎えてくれる。


「命が解放されていく、終わったみたいだね」


 何故かポレンの側にいるリノはフェーギルがいた方を見て呟く。

 トルキッソスも無事であり、全てが解決であった。


「トヨティマ姫!」


 そんな時だった。

 トルキッソスがこちらへとやって来る。

 もう体は大丈夫のようだ。


「何や? トルキッソスやったかな。無事で良かったなあ。何か用か?」


 トヨティマはトルキッソスを見て笑う。


「はい、一言お礼を言いたくて、助けに来てくれてありがとうございます」

「別にええよ。うちの身代わりになったみたいやしな」


 トヨティマは首を振って答える。

 トルキッソスが身代わりにならなければ石になっていたのはトヨティマであった。

 だから、トヨティマとしてはお礼を言われることでもないのだ。


「後それともう一つこれを渡したくて……」


 そう言うとトルキッソスは懐から何かを取り出す…

 

「あれ、それってセアードの額環じゃない?」


 ポレンはトルキッソスが取り出した物を見て呟く。


「はい、フェーギルが四散した時に我が方の戦士がこれが飛んでくるのを見つけました。だから、お返ししようと思いまして、良いですよね、姉上」


 トルキッソスは少し振り返っていう。

 トルキッソスの後ろにはマーメイドの姫がいて憮然とした表情でこちらを見ている。


「仕方がありません。貴方は弟を救うためにその額環を惜しげもなく敵に渡しました。トルキッソスが言うとおり返すのが筋なのでしょうね。はあ」


 最後に溜息を吐いてマーメイドの姫は首を振る。

 納得をしていないようであった。


「王子様の判断じゃ、額環を取り返すという約束は果たせそうにないな」

「まあ、そうなるわよね。でも、それはこちらの責任じゃないわ」

「でも、私としてはこれで良かったんじゃないかと思う」

「確かにそうっすねえ」


 マーメイドの姫と一緒に来たレイジとチユキとシロネとナオがトルキッソスとトヨティマの様子を見てにやにやと笑う。

 鬼岩城に来る前に聞いたのだがレイジ達はトライデンからセアードの額環を取り返すと言う依頼を受けていた。

 しかし、そのトライデンの子がセアードの額環をトヨティマに渡すのだから、依頼を達成できなくても仕方がないだろう。

 それに対してトリトンとマーマンの戦士達は納得していない様子であった。

 トリトンはもちろん納得せず、マーマン達もトヨティマに親しげに近づく敵の王子に敵意を向けている

 完全に和解をするにはまだ時間がかかるだろう。


「まあ、返してくれるんなら、ありがたいわ」


 そう言うとトヨティマは右手を出す。

 しかし、トルキッソスは渡さない。


「あの、できれば僕の手で貴方の額にこれをつけたいのですが……」

「えっ……!?」


 突然のトルキッソスの申し出にトヨティマは戸惑う。

 そして、照れ臭そうに頬を掻くと頭をトルキッソスの方に向ける。


「ええよ、付けてくれる?」

「はい、姫」


 トルキッソスはゆっくりとセアードの額環をトヨティマの額へと付ける。

 付けられるとレイジ達が歓声を上げて手を叩く。

 

「ひゅー、ひゅー。やるっすねえ」

「ちょっとナオさん。茶化さないの!」


 ナオが茶化すとチユキが嗜める。

 ここに来るまでに何度か見た光景だ。


「よく似合っているよ。トヨちゃん」

「はは、ありがとうな。ポレの字。これでうちがセアードの女王や!」


 そう言ってトヨティマは照れ臭そうに笑うのだった。

 


 

 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


次回第10章エピローグ「セアードの女王」


何とか10章も終わらせられそうです。

いつもの事ですが、もう少し上手く書けたのではないかと思ってしまいます。


地図はもう少し手直ししないと出せそうにないです(;´・ω・)

トトナのデザインももう少し変えたい。コメントでもありましたが、もう少し暗い感じにした方が自分も良いと思います。

ただ、そのために片目を隠すと色々と突っ込まれそうです。マ〇ュとかね……。


実は騎士姿のクロキを書こうとしてみたのですが、鎧は難しいですね。

鎧はパースが狂うとすぐにわかってしまうのですよ……。パースが崩れると、どんなに線が綺麗でも、色が綺麗でも下手に見えてしまう。まあ、下手なんですけどね笑。

四苦八苦しながら書いています(>_<)


今後の予定ですが、コウキを主軸にした話に移るには、もう少し章を挟みたかったりします。

「お前の父親だ」の台詞はいつになったら書けるのやら。

ちなみに次章の候補はサリアの学院を主軸にした話かナルゴルの地の人々を書いた話のどちらかです。


最後にコメントの返信が中々できずに申し訳ないです。

誤字脱字等があったら教えて下さると嬉しいです。

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