第12話 囚われの王子様?

 海王トライデンの子トルキッソスは敵対する海神ダラウゴンの娘トヨティマに連れられて真珠の都ムルミルへと来る。

 まだ、女装したままだ。

 正体に気付かれている様子はない。

 つい先ほどまで一緒にいた暗黒騎士は今ここにはいない。

 トルキッソスの代わりに連れ去れたブタに似た子が気になるらしく。

 別の場所で魔法の鏡で様子を見ている。


(ここがムルミル……。母上が昔住んでいた場所か。綺麗な場所だな)


 トルキッソスは自身とトヨティマを運ぶ巨大鮫の上からムルミルを眺める。

 ムルミルはトルキッソスの母である人魚の女王メローラがかつて過ごしていた場所である。

 母親はムルミルの事を語りたがらず、トルキッソスも興味を持つ事もなかった。

 光が届かない海の底。その地を輝く真珠で出来た都が照らしている。

 真珠は薄い紅、青、緑等の色があり、鮮やかであった。


「大丈夫か? 魔法の泡の中にいるとはいえ、人間にはキツいんやないか?」


 トヨティマはトルキッソスの様子を見る。

 トヨティマはトルキッソスを普通の人間の娘だと思っている。

 一般的な人間は海の中では呼吸ができず、海の底のほうまで行くと水圧で生きにくくなる。

 しかし、空気が入った魔法の泡を周囲に張り巡らせることで呼吸ができるようになり、水圧の影響を受けにくくなっている。

 この魔法の泡の中でなら普通の人間もしばらくの間なら海底で生きていけそうであった。

 もっとも、人魚の女王の息子であるトルキッソスは魔法がなくても海の中で生活ができる。

 だが、それを言うわけにはいかなかった。


「は、はい、大丈夫です」

「そうか、それなら良いわ。無理はすんなや。悪いけどあんさんはポレの字を取り返すまでは解放するわけにはいかへん。それまではうちの部屋で大人しくしてもらうえ」


 トルキッソスが大丈夫だと言うとトヨティマは安心したように言う。

 互いの人質交換は明日の昼と決まった。

 それまではトルキッソスは囚われの身である

 やがて、鮫はムルミルの中央の宮殿へと入る。


「こっからは鮫から降りて行くえ」


 宮殿に入って少ししてトヨティマがそういうとトルキッソスは降ろされる。


「これは、お嬢。お帰りなさいませ。おや? そこにいる娘は?」


 突然声をかけられる。

 トルキッソスは周囲を見る。

 周囲には誰もいない。側にはトヨティマがいるだけだ。


「ほら、この子が驚いとるで、姿を見せや」

「へえ」


 声と共に壁が動くと色を変えて何者かが姿を見せる。


蛸人オクトパスマン?」


 トルキッソスは思わず声を出す。

 隠れていたのは3匹の蛸人オクトパスマンである。

 彼らは擬態を得意としている。瞬時に体色を変えて何かに化けるのだ。

 もちろんトルキッソスも彼らの事は知っていた。

 しかし、ここまで気配を隠せるとは思わなかったのである。

 おそらく、蛸人オクトパスマンの中でも手練れの者達なのだろう。

 トヨティマの部屋へと続く廊下を守っているようであった。


「おお、そうや、知っとるみたいやな。まあ、地上に行ったりもするらしいから知っとってもおかしゅうないか。まあ、怖がる必要はないで、いかつい顔をしとるけど根は良い奴やからなあ」


 そう言ってトヨティマは笑う。

 驚いたトルキッソスが可笑しかったようだ。

 そしてトヨティマの言う通り、蛸人オクトパスマンは地上にも姿を現す。

 彼らは人間の胴体に蛸を乗せたような姿をしている。

 足があるので地上を歩く事ができ、人間の街を襲う事もある。

 つまり陸に上がった蛸人オクトパスマンと人間が戦う事もあるのだ。

 ただ、彼らの胴体の部分は蛸の足が変化しただけなので、いくら傷つけても瞬時に再生してしまう。

 すべての体の器官がつまった頭を攻撃しなければならない。

 その事を知らなければ苦戦するだろう。


「さあ、行くえ。うちの部屋は奥にあるからな」


 蛸人オクトパスマンに挨拶するとトヨティマはトルキッソスを引っ張り奥へと向かう。

 途中廊下を掃除しているウミウシの召使を通り過ぎ、やがて巨大な扉の前へと来る。


「さあ、入り。ポレの字達以外の女の子をこの部屋に入れるんは初めてやわ。もっとも、うちが生まれる前はメローラちゅう人魚の女王の部屋やったらしいから、人魚もたくさん出入りしとったんやろうがな」

「えっ!?」


 トルキッソスは再び驚きの声を出す。

 つまり、この部屋はトルキッソスの母親の部屋だったのだ。

 部屋には真珠はもちろん、アクアマリンの宝石や珊瑚で飾られアトランティアにある母親の私室よりも豪華であった。

 まさに人魚の女王の部屋にふさわしいだろう。


(母上はここを牢獄と呼んでいた。確かに宮殿の奥にあり、外に出るのは難しい。だけど、もっとも大切な者を守るには最適な場所のような気がする)


 トルキッソスは母親の事を考える。

 遥か昔、人魚の女王でありダラウゴンの妻であったメローラはムルミルの奥に閉じ込められ、ほとんど外に出してもらえなかったらしい。

 当時ムルミルは静かだったが、地上では神々が激しく争っていた。

 もしかすると危険な目に合わせたくないから、出したがらなかったのかもしれなかった。

 そして、たまたま外に出た時に父親であるトライデンと出会ったのだ。

 母親は多くを語らないので、推測するしかないが、トルキッソスはそんな事を想像してしまう。

 

「おや? 人魚の女王の事も知っとるみたいやな。勇者と近しい間柄みたいやから、会った事があるんやろな。まっ、ええわ。あんさんもくつろぎ」


 そう言うとトヨティマは服を脱ぎ、巨大な真珠貝の寝台に放り投げる。


「えっ!? 何を!?」


 トルキッソスは顔をそむけなるだけ見ないようにする。

 多くの姉に囲まれて育ったので、女性の肌は見慣れている。

 だが、盗み見る事をしてはならないと教えられている。

 トルキッソスは男である事を隠しているので盗み見る事に近いだろう。


「なんや、女同士なんやし、気にする事はないやろ。ふう~」


 トヨティマは寝台に横たわりくつろぐ。

 トルキッソスは目のやり場に困りながらふと横を見る。

 そこには様々な装飾具が並べられている。

 話に聞いていたセアードの額環らしきものはない。


「あの、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 トルキッソスは気になった事を聞く。


「うん、なんや?」

「お嬢様はセアードの額環を手に入れてどうされるのでしょうか?」


 セアードの額環は強力な魔法の装身具である。

 その額環がトヨティマのものになれば、ダラウゴンの陣営は強化され、トライデンの陣営は劣勢に立たされる。

 だからこそメローラは取り戻そうとしているのである。


「なんや、変な事を聞くなあ。手に入れてどうする聞かれても、綺麗な宝物欲しがるんは女なら当然ちゃうん」

「ええと、ただ欲しいだけ……。その額環の力で人魚達を滅ぼすのではないのですか?」

「はあっ!!? なにゆうてんのあんさん!!? そんな事のために額環を手に入れるわけないやろ!!」


 トヨティマはトルキッソスの言葉を聞き、驚いて身を起こす。


「そ、そうなのですか!!?」

 

 トルキッソスはトヨティマの剣幕にたじろぐ


「当たり前や! はあ~、もしかして勇者を呼んだんわ、それが理由なんか?」

「は、はい。そう聞いています」

「あちゃ~。うんなわけがないのにな。単純に自分のもんやったのが取られるのが嫌なだけかと思うとったわ」


 トルキッソスが頷くとトヨティマは頭を抱える。

 トルキッソスはそれを横目で見る。


「ええとな。うちはあいつらを滅ぼす気はあらへん。そもそもうちらは強いんや。額環なんかなくても滅ぼそうと思ったらいつでも滅ぼせる。人魚達の歌を封じる手はいくらでもあるで」

「いつでも滅ぼせる……」

「そうや、うちのお父ちゃんは強いんや。一緒にいたはずやのに人魚の女王はそんな事もわからへんのやろか。お父ちゃんは何であんなのに未練があるんやろ? だから、攻め込めんでおるゆうのに……」


 トヨティマはそう言って説明する。

 トルキッソスが聞いていた話とはかなり違う。

 母親であるメローラは人魚の歌の力で何とか勢力の均衡を保っていると思っているみたいだったが、今もダラウゴンはメローラの事を今でも大切に思っていて、攻め込むのをためらっているだけみたいであった。

 互いに相手の気持ちや実力に気付かないまま別れたそれがダラウゴンとメローラなのである。


(嘘ではないような気がする。僕達は心配しすぎだったのかも……)


 トルキッソスはトヨティマの様子を横目で伺う。

 トヨティマは話で聞いていたような恐ろしい海の女神ではなかった。敵側であるトルキッソスにも優しくしてくれる。

 トルキッソスは今までの考えを改める。


「まあ、そういうこっちゃ。戻ったらそう伝えてな。今の話を聞いてうちは疲れたわ」


 トヨティマはそういうと再び寝台に横たわるのだった。



 ポレンは今もビュルサ女王国のトライデン神殿にて囚われの身である。


「へへ、ポレンちゃん体を洗ってあげるね」


 リノはそう言うとポレンの体を洗い始める。

 トライデン神殿には浴場があり、ポレン達は入浴中である。

 もちろん、魔王宮から離れた時は外してはならないと言われた首飾りは当然付けたままだ。

  

(う~ん。何か逃げ出せそうなんだけどどうしようか?)


 ポレンはそんな事を考える。

 厳重に囚われてはいないので、逃げ出せそうではある。

 ただ、見つからずに逃げ出すのは不可能だろう。

 特にナオという子は鋭かった。

 ポレンが逃げ出してみようかなとそのそぶりを見せるといつの間にか後ろに立っているのだ。

 そのため、逃げる機会を失っていた。

 また、待遇も悪くないのでポレンの逃げる気持ちを失わせているのである。

 先程食べた食事は美味しくて量も多く、ポレンは満足していた。

 そして、今は食事後の入浴を楽しんでいるのである。


(まあ、良いか。特に悪い待遇じゃないし。明日になれば先生のところに戻れるしね)


 そう考えてポレンはリノに身を任せる。


(それにしても、可愛い女子ばっかりだな~。これは眼福だわ~)


 ポレンは一緒に浴場にいる女の子達を見る。

 忙しそうなチユキという女の子を除き、勇者の取り巻きの女の子達が全員いる。

 全員が可愛い女の子ばかりだ。

 ただ、アルフォスの取り巻きと違って性格は良い。

 ブタに似た姿であるポレンにも優しくしてくれる。

 その優しさはポレンが魔王の娘だからではなかった。

 彼女達の様子を見る限り、ポレンが魔王の娘だと気付いていないようなのだ。

 暗黒騎士の側に付いている魔物。

 それが勇者達のポレンに対する認識である。

 むしろ彼女達の関心は暗黒騎士であるクロキにあるみたいであった。


(なんでだろう? やっぱり敵だからかな? はっ!? まさか私を懐柔して先生の弱点を調べようとしているのではっ!!? ダメダメ! 先生の事は教えられない! と言っても先生に弱点なんかあったかな?)


 ポレンはクロキの事を考える。


 ナルゴル最強の暗黒騎士クロキ。


 優しくて、強くて、カッコ良い、ナルゴルで一番の素敵な男性である。

 そのクロキに弱点は見当たらない。


「ねえ、ポレンちゃん。ナルゴルでのクロキの事をもっと教えてくれるかな」 


 シロネという女の子が横に座る。

 このシロネはクロキの事を特に知りたがっているように見えた。

 ポレンはちらりと横目でシロネの胸を見る。

 リノとナオの胸はかなり控えめなのに対してシロネの胸はかなり大きい。

 腰は細いのにどうやったらそんな体型になるのか聞きたくなる。 


(う~ん。すごく大きい。でも、師匠の方が大きいよね。問題は……)


 ポレンはもう一人クロキの事を知りたがる女性を見る。

 その女性もポレンの側へとやって来ようとしていた。


「それでしたら、わたくしも聞きたいですわ。ポレンさん教えて下さるかしら? クロキさんはナルゴルで普段どんな生活をしているのですか?」


 そう言ってポレンの前に立つのはキョウカという女の子だ。

 

(これは凶悪だわ! クーナ師匠も脱いだらこれぐらいあるのではっ!)


 ポレンは正面に立つキョウカの全身を見る。

 腰は細く胸は大きい、顔は整っていて、とんでもない美少女だ。

 師匠であるクーナに匹敵する美女と言っても良いだろう。

 ポレンはキョウカに見つめられて、言うべきか迷う。


「ええと、クロキ先生は……」

「うんうん」

「クロキ先生は……。何かしら?」


 シロネとキョウカがさらに近づく。


(あ、当たり障りのないことだったら良いよね! ええと!)


 夜が更けようとする人間の街でポレンはしどろもどろになるのだった。




「ぐはっ!」


 ビュルサ女王国の近くの岩陰でクロキはさらに鼻血を吹き出す。

 おかげで兜の中は血だらけである。

 何度目かのポレンの様子を確かめようと魔法の鏡を覗いたら突然目の前にキョウカの全裸が映ったのである。

 レーナやクーナで耐性をつけていなければ、さらに鼻血を出していただろう。

 

(す、すごいものを見た。覗いてしまってごめんなさい……)


 クロキは謝る。

 しばらく目が離せなくなり、くまなく見てしまったのを懺悔する。

 当然下半身に血が集まり、のっぴきならない状況だ。


「閣下~。食べ物を持ってきたのさ~。おう! 閣下どうしたのさ! もしや殿下に何かあったのさ!」


 クロキのために食べ物を取りに行っていたプチナが戻り、蹲るクロキを見て驚きの声を出す。

 首飾りのおかげでポレンの居場所は突き止めている。

 もし、酷い目にあわされているようなら、踏み込む予定であった。

 なぜ、すぐに踏み込まないかというと、ポレンの身を考え、安全に取り戻せるならその方が良いからだ。

 また、ポレンを簡単に取り戻すと残された踊り子を相手に返すのが難しくなる。

 しかし、それもポレンの待遇が酷くない場合の事である。

 今の所、ポレンは無事であり、待遇も良い。

 だからクロキは様子見をしていた。

 おかげで良いものを見てしまったのである。


「い、いえ! プチナ殿! な、何でもないのです! 殿下は無事です!」


 前かがみになり、前屈の姿勢でクロキは答える。


「? まあ、それなら、良いのさ。本当に大丈夫なのさ?」


 そう言ってプチナは首を傾げる。

 人間の街の郊外で夜も更けていくのだった。


 



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

なかなか、ポレンがヒロインらしくならない。

やはりギャグ枠にするしかないのだろうかと悩みます( ;∀;)


次回は人質交換。

本当は今回書く予定でしたが、トヨティマとトルキッソスのエピソードをもう少し書きたかったので、急遽変更しました。

ついでにクロキのラッキースケベ。

昨今、このようなラッキースケベも今後は書けるかわからなかったりします。

削除しないといけなくなる可能性もあるかもしれません。


そして、来週の日曜日はお休みします。

4月に入り執筆以外で色々とやらないといけないことがあるのです。

4月初めは多くの方が忙しい時期。

自分もそうなのです、ごめんなさいm(_ _)m

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