第17話 死の饗宴

「偉大なる。偉大なる。死の君主に血を捧げよ

 偉大なる。偉大なる。死の君主に臓物を捧げよ

 ミナの子等の首を刎ね。その血で大地を清めよ。

 その首を死の御子らの旗印とせよ。

 皮を剥ぎ、骨を飾れ。

 ミナの子の嘆きを世界に響かせよ」


 幽霊ゴーストの歌姫達の美しい声が鳴り響く。

 その、幽霊ゴーストの歌姫達の側で、スケルトン達が骨を叩き歌声に合わせる。

 カラカラと骨の音に合わせて、鬼火ウィルオウィスプが楽しそうに躍る。

 それを見て、吸血鬼ヴァンパイア達は血が注がれた酒杯を口に運ぶ。

 吸血鬼は死の貴族で、偉大なる死の君主の帰還を、祝うためにこのモードガルへと集まった。

 幽霊ゴースト達はそんな吸血鬼達を楽しませるために歌うのだ。

 そんな中、ジュシオは宴が開かれている死の宮殿の大広間を歩く。

 前を歩くと死霊の道化が楽しげに通り過ぎる。

 右横を見ると、自らの首を皿に載せた新米ゾンビの少女が、貴族達の杯に血を注いでいる。

 左横を見ると厳めしい顔をした死霊が巡回している。

 豪華な卓の上を見ると、捕えた天使が串刺しにされて、その肉が切り分けられている。

 死の饗宴は始まったばかりであった。


「あら、ジュシオ卿じゃない? お久しぶりね」


 歩いていると呼び止められる。

 振り返ると、華麗な衣装の女性がそこに立っていた。

 ほっそりとした青い女性だ。

 暗い青い髪、に唇も青く、衣装も青い。

 青い女性は美しく、17歳ぐらいの人間に見える。

 しかし、ジュシオは彼女が人間でない事を知っていた。

 ジュシオの同僚の吸血鬼女伯ヴァンパイアカウンテス、青い鋏の娼姫ベーラである。

 ベーラは鮮血の姫ザファラーダに心酔している。

 そして、元は同じ人間であるにも関わらず、人間を憎み、人間に対して残虐である。

 ジュシオは彼女の過去を知らないが、よほど同じ人間に思う所があるのだろう。

 美男子好きのザファラーダは滅多な事で女性を吸血鬼にしたりはしない。

 ベーラはその例外であった。


「これはベーラ殿。お久しぶりです」


 ジュシオは前にベーラと会ったのは何年前だったかと考える。

 ジュシオは吸血鬼ヴァンパイアになってから、時間の感覚がおかしくなっていた。

 ベーラに前に会ったのは何時だったか思い出せない。


「ふふふ、偉大なる方が復活されて、喜ばしい限りだわ。世界が死で満たされるのはもうすぐね」


 ベーラは嬉しそうに言うと持っている杯に入っている血を飲む。

 しかし、ジュシオはその言葉を聞いて素直に賛同する気になれなかった。

 

(世界が死に満たされれば、我々はどうなるのだろう?)


 ジュシオ達吸血鬼ヴァンパイアはかつての同族である人間の血を吸わねば乾きに苦しむ。

 全ての人間が死に絶えれば吸血鬼ヴァンパイアは血を吸う事が出来ず、永遠に苦しむ事になるだろう。

 だけど、ジュシオを除き、他の吸血鬼ヴァンパイアはその事を疑問に感じていない様子であった。

 皆、楽しそうに饗宴を楽しんでいる。


「確かにそうですね、ベーラ殿。それでは私はこれで色々と挨拶に行かねばいけませんので」

「あら、そうなの? ごめんなさいね、ジュシオ卿。天使殺しともなれば忙しいようねえ」


 ベーラは意味ありげに笑う。

 ジュシオは天使殺しと呼ばれて困ってしまう。

 たまたま、天使に勝っただけだからだ。


「たまたま、勝っただけです。大した事はありません」

「謙遜する事はないわ。さすが姫様のお気に入りだけの事はあるわ。羨ましいわ」


 ベーラは少し嫉妬混じりの視線を向ける。

 ザファラーダを敬愛するベーラにとってその寵愛を受ける、ジュシオは嫉妬の対象であった。


「はは、いえそのような事はありませんよ。それではこれで」


 ジュシオはベーラの側を離れる。

 そして、広間の外に出ようとした時だった。

 自身の主人であるザファラーダが呼ぶ声が聞こえる。

 ジュシオとザファラーダと離れているが、魔法を使えば通信を行う事ができる。


(姫様が呼んでいる? どうしたのだ?)


 ジュシオはザファラーダの元へと向かう。

 ザファラーダは先程と同じく謁見をした王の間にいるようであった。

 ジュシオとザシャは大広間から王の間へと入ると、そこにはザファラーダがいる。

 側にはザシャと吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが何名か集まっている。

 全員が腕に覚えのある者達だ。

 ザファラーダはジュシオ以外にも召集をかけたようであった。

 強い上位の騎士が集まっているところから、重大な事があったのだとジュシオは推測する。


「来たわね、ジュシオ」


 ジュシオ達が来た事に気付いたザファラーダが振り向く。


「姫様、何があったのでしょうか?」


 ジュシオはザファラーダに跪き聞く。


「ふふ、ジュシオ。どうやら、迷える鳥が入り込んだようなのよ」

「小鳥ですか?」

「そうなのよ。ジュシオ。迷える小鳥よ。さて、そろそろ良いわ。騎士達も集まった事だし、ザルビュート。ここにいる者達に説明をしなさい」


 ザファラーダがそう言うと法衣を纏った者が出て来る。

 その法衣を纏った者は頭巾を目深に被り顔がはっきりと見えない。

 だが、その頭巾の影の中から巨大な一つ目だけははっきりと見える。

 この一つ目の物こそ蛆蝿の法主と呼ばれるザルビュート。

 偉大なる死の君主の御子の中で、ザファラーダの次の席次である。

 蛆蝿の法主と呼ばれるだけに、その全身には、おびただしい蝿を纏わりつかせ、強烈な死臭を漂わせている。

 美しい者が好きなザファラーダは普段はなるべくザルビュートに近づこうとはしないようにしていた。

 しかし、今はそんな事を言っていられないようである。


「それでは姉上に代わり、この拙僧が説明させてもらうとしようかのう。このモードガルに許可なく侵入した者がおる。何らかの手段で姿を隠しているようだが、父上の目はごまかせぬ。そして、捕縛を命じられた。その侵入者を捕えて、父上の前に引き出さねばならぬ」


 ザルビュートが説明すると騎士達がどよめく。


「さて、聞いた通りよ、貴方達。何者かはわからないけど我らが都に入った事を後悔させてやろうじゃない。可能ならば生け捕りに、騎士の全てを集めなかったのはその者に気付かれたと悟らせぬためよ。まあ、無理なら殺すしかないわね」


 ザファラーダは嗜虐的な笑みを浮かべて騎士達に言う。

 侵入者をどのように痛めつけてやろうか考えているみたいであった。


「さて、すでに。すでに拙僧の可愛い蝿達が探しておる。そなたらも動いて欲しい」









 死の都モードガルは幽幻の霧の中に包まれた都だ。

 都は以前に行った事のある聖レナリア共和国並みに広い。

 その中をクロキ達はビクビクしながら歩く。

 姿はいつでも戦闘に入れるように、暗黒騎士の姿になっている。

 ここはすでに敵中であった。

 霧の中から幽霊の歌声が聞こえて来る。

 目の前をスケルトンやゾンビが踊っている。

 いかめしい骸骨の顔をした死霊もどこか楽しげだ。

 今まさにモードガルはカーニバルの真っ最中であった。


「クーナ様ぁ……。怖いですぅ……。見つかったら大変な事になるですよう」


 クーナの肩にいる闇小妖精ダークフェアリーティベルが震える。

 それは無理もない事であった。

 瘴気が濃い場所であり、クーナの側にいなければ、既に死んでいるかもしれない。

 通りには石畳ではなく、様々な生き物の骨が敷き詰められている。

 そのため歩く度に軋む音がするような気がする。

 都市の建物も骨で出来ているものもある。

 クロキは角の柱となった様々な生き物の頭蓋骨が、こちらを見ている気がする。

 骨でない場所には、青く光る石が突き出している。

 その石には魂のようなものが出たり入ったりしている。

 いかにも死の国という感じであった。


「我慢しろ、ティベル。見つからないためにお前を連れて来たんだぞ」


 クーナは冷たくティベルに言う。

 小妖精フェアリーは弱い種族である。

 力は弱く人間はもちろん、正面から戦えば、もっと弱い種族にも負けてしまう。

 しかし、そんな彼女達には他の種族に比べてある能力に特化していた。

 それは隠れる事である。

 小妖精フェアリーは隠形の魔法を特に得意としていて、上位の種族ですら、ごまかす事も可能であった。

 大魔女ヘルカートの霊除けの香炉は下位のアンデッドの目をごまかせるが、上位のアンデッドである吸血鬼等の目はごまかせない。

 しかし、小妖精フェアリーの力なら吸血鬼の目をごまかす事は可能であった。

 だからこそ、クーナは闇小妖精ダークフェアリーのティベルを連れて来たのだ。


「ごめんね、ティベル。でも期待しているよ、この香炉だけでは見つかるんだ」


 クロキは手に持っている香炉を少し掲げる。

 香の煙はクロキ達の周囲に漂っている。

 上空を蝿が通り過ぎる。

 香炉には虫除けの効果もあるので蝿は近づけない。

 そして、おそらくこの蝿は蛆蝿の法主の使いである。

 クロキは前もってザルキシスの子供達について調べた知識を思い出す。

 蛆蝿の法主は鮮血の姫ザファラーダと同じく腐敗と疫病を司る神だ。

 この神の寵愛を受けた者は肉体が腐り、蛆蝿の苗床となる栄誉を得る。

 そして、より多くの者に神の愛を広めようとする。

 ただ、この寵愛のほとんどが人間に向けられている所に何か悪意を感じる。

 周囲のアンデッドを見る。ほとんどが元人間だ。

 エリオスの眷属を狙っている事は確かであった。

 エルフやドワーフも狙っているのかもしれないが、数が少ないので人間だけが目立つのだろう。

 また、鬼火が灯った蝋燭を持ったゾンビがすぐ目の前を巡回するが、気付かれない。

 まさに香炉のおかげであった。

 ヘルカートは薬だけでなく、魔法の香も調合できる。

 魔法の香には様々な種類があり、眠らせたり、癒したりできる。

 そのため香を調合できる者は、重宝される。

 薬師という職業の他に、調香師という職業もある。

 その技も元々はヘルカートが祖とするもので、クロキは最高の調香師の香を使っているのだ。

 しかし、その香も吸血鬼には効果が薄いので、ティベルの力が必要である。


「そういうわけだぞ、ティベル。吸血鬼が多い所を通る。油断するな。クーナも期待しているぞ」

「えっ、期待してくれるのですか!? はい、ですう。クーナ様」


 期待されていると聞いてティベルは嬉しそうな声を出す。

 クロキはなぜティベルがクーナに従っているのかわからない。

 どうやら、クーナには闇小妖精ダークフェアリーを惹きつける何かがあるようであり、そのため、多くの闇小妖精ダークフェアリーがクーナに従っている。


「そういえば、道化の彼は大丈夫だろうか?」


 クロキは道化の事を考える。

 クーナの従者である道化は別行動をしている。


「さあ。わからないぞ、クロキ。しかし、道化が言う通り、今は中央に近づかない方が良さそうだぞ」


 クーナは都市の中心を見る。

 モードガルの中心には巨大な建造物があり、クロキ達はそこに侵入する予定であった。

 何かがあるとすれば、そこだろうと思ったからだ。

 しかし、様子がおかしいようなので、道化だけが中心へと向かったのだ。

 道化が言うには、蝿の動きでそれがわかるそうだ。

 クロキとしては、どうして、蝿の動きでわかるのか聞きたかった。

 道化に限らず、クーナもクロキの知らない何かを知っているようなので、それとなく聞いてみたが、はぐらかされてしまい、現在にいたる。

 道化は今頃中央の建造物に入っている頃であり、探っているはずである。

 残ったクロキ達は不気味なカーニバルを見るはめになってしまった。


「クロキ様ぁ~。どうやら、何かあったみたいですぅ~」


 ティベルが緊急事態を告げる。

 突然、目の前のアンデッド達が騒ぎ、都市を包んでいる霧が生き物のように動き出す。

 クロキは感覚を広げる。

 感覚を広げると、すぐ近くで戦いの気配を感じる。

 戦いは空中で繰り広げられている。

 そのため、建物から少し顔を出すだけで見る事ができる。

 幽幻の霧が蠢いているが、何とか見る事ができる。

 光る翼を持つ者達が、幽鬼の騎士スペクターナイト吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトを相手に戦っている。


「あれは天使だぞ?」


 クーナが呟く。

 翼を持っている者達は天使で間違いない。

 天使の数は4。男性天使が3名に女性天使が1名だ。

 それに対して幽鬼の騎士スペクターナイト吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトの数は40以上いる。

 数の上ではアンデッド側が優勢だが、天使達は負けていない。

 天使族は上位であれ下位であれ、光と癒しの魔法を得意とする。

 光や癒しの魔法を苦手とするアンデッド達には戦いにくい相手だ。

 本来なら天使にとって数が多くても勝てる相手だ。

 しかし、幽鬼の騎士スペクターナイト吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトも健在だ。

 この土地はアンデッドに有利に働く、そのため天使達も相手を倒せずにいるようであった。


「このままじゃまずいな……。死の御子達が出て来たら、天使といえども、お終いだ」


 クロキは天使達を見て言う。

 ザルキシスの子供達は天使よりも強いはずだ。

 だから、アンデッド達をさっさと倒して逃げる必要があるだろう。

 しかし、彼等はそれが出来ないでいるようだ。

 幽鬼の騎士スペクターナイト吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトは巧みに相手を逃がさないように戦っている。

 その中でも一名の吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトの動きが特に良い。

 その白い蝙蝠の羽を持つ、吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトは天使の光の魔法を無効化している。

 もしかすると一騎でも天使と渡り合えるかもしれない。

 その白い羽の吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトのために天使達はかなりの苦戦を強いられているようだ。


「クーナ。助けるよ」

「駄目だ! クロキ! 危険だぞ!」

「いや、彼等は中央の建物から出てきた。もしかすると、ザルキシスの企みを突き止めたのかもしれない。天使はこちら側ではないけど、助けておけば後で何かわかるかもしれない。クーナは逃げる準備をして」


 クロキは剣を呼び出す。

 天使達とナルゴルは敵対している。

 しかし、ザルキシスはそんな天使達と共通の敵である。

 だから、今は協力するべきだと思ったのだ。

 クーナはなおも引き留めようとする。

 しかし、一刻の猶予もない。

 確かに危険かもしれないが、今助けなければ天使達は死ぬだろう。

 引き留めるクーナとティベルを置いてクロキは空を飛ぶのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。書き直しだけのはずなのに進まないです……(;´・ω・)

もしかするとスランプかもしれません。

さらに、怪しい文章になっていると思うので指摘して下さると嬉しいです。


さらについ先日マウスの右クリックが効かなくなって、慌てました。

新しいく買いなおしたら良くなったので、マウスが壊れていたみたいです。

右クリックだけ出来なくなるとかあるんですね。

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