第3話 魔戦士

 レーナはエルドからエリオスにある自身の宮へと戻る。

 エルドに行ったのはレイジ達に会うためではない。

 エルドにある自身の神殿にコウキを預けるためだ。

 コウキは泣いていたが、強い子なので、わかってくれるとレーナは思っている。

 それにレーナは何時でもコウキに会いにいける。

 だから、特に問題ないのである。


「どこに行っていたのだい? レーナ?」


 不意にレーナは声を掛けられる。

 振り向くと、そこにはレーナの兄であるアルフォスが立っている。

 レーナはアルフォスを見て首を傾げる。

 なぜなら、アルフォスは珍しく聖騎士の格好をしていたからだ。


「別にどこでも良いじゃない、私が何をしていようと。それよりも気になるのは貴方の格好よ。聖騎士の姿になって何をしていたのかしら?」

「はは、それはレーナ。ザルキシスが復活したからだよ。ここから北へ様子を見に行くのさ。すでに他の聖騎士達は動いているよ」

「北へ? もしかしてモードガルまで行くの?」


 レーナは眉を顰める。

 エリオスから北にはかつてザルキシスの本拠地だった地が有る。

 瘴気が大地に満ちた地はレーナ達にとって危険であった。


「いや、さすがに奴の支配地へは踏み入れないさ。主が戻ったので、瘴気がますます濃くなっているみたいだ」


 アルフォスは首を振って答える。


「それが、賢明だわ。あの地ではザルキシスの力はますます強くなる。あの地で勝てる者がいるとすれば魔王モデスぐらいよ」

「確かにね。結局、外から監視するぐらいしかできない。そうだ、どうかな君の勇者君を潜り込ませては? 彼なら中の様子ぐらいはわかるのではないかな?」

「はあ、何を言っているの? アルフォス。彼等では目立ちすぎる。潜入なんて無理よ。まあ、ナオなら可能でしょうけど、他の者が承知しない。それにレイジはザルキシスと相性が悪いわ。何も出来ずに殺されるだけよ」


 レーナはアルフォスの提案を拒否する。

 アルフォスはレイジ達を使い捨てにさせるつもりのようであった。

 しかし、これからの事を考えるなら、それは得策ではない。

 だからこそレーナはチユキに何も教えなかった。

 それにレイジ達にはコウキの守りになってもらわなければならないので今いなくなっては困る。


「なるほどね。勇者君では敵わないか。だとすれば我々では打つ手がないな。うん? 待てよ? では彼だったらどうかな?」


 突然アルフォスは何かを思いついたように言う。


「彼? 誰の事?」

「もちろん暗黒騎士の彼だよ。この僕に勝った彼ならどうかな?」


 アルフォスが言う暗黒騎士。

 それが誰の事を指すのかレーナがわからないはずがない。


(確かにクロキならどうだろうか?)


 レーナはクロキならばモードガルでもザルキシスに対抗できそうな気がした。

 しかし、それでも死の都で戦うのは危険だ。

 だから、どうなるかわからない。


「そんなのわかるわけないでしょ」


 レーナは怒った声を出しアルフォスに背を向ける。

 歩きながらアルフォスの言葉が頭によぎる。

 もし、クロキがモードガルに行く事になったらと考えるとレーナは不安になる。


(おそらく、私では助けるのは無理よね。だけど、あの子ならどうかしら? 死神の息子を捕まえたあの子なら、私と違ってクロキを助けられる)


 レーナは自身の分身であるクーナを思い浮かべるのだった。







 蒼の森はナルゴルに近い北の地に広がっている。

 かつて、その中心部には醜いオーガの魔女が住み、森に近づく者を食べていた。

 しかし、その魔女はすでにいない。

 代わりに現れたのは美しい白銀の魔女。

 白銀の魔女は蒼の森を怖ろしい魔界へと変えてしまった。

 ナルゴルにしか存在しなかった魔物が、森をうろつくようになり、森はより危険な場所へと変わった。

 オーガの魔女がいた頃もこの森は怖ろしかったが、白銀の魔女が現れてからはその比ではない。

 その森の中で戦士ヘンネスは戦っている。

 ヘンネスはヴェロス王国に住む自由戦士だ。

 戦士と言っても、普通の戦士ではない。

 年齢は16歳で、最近兵士になったばかりであった。

 しかし、戦士としての活動は間もなく終わろうとしていた。

 蒼の森の中心部へと足を踏み入れたヘンネス達を、重厚な鎧を纏った者達が周りを囲んでいる。

 その者達の鎧の色はそれぞれで1つとして同じ色はない。

 しかし、共通して鎧の至る所にトゲが生え、闇の気配をさせている所は同じだ。

 鎧の戦士たちを見てヘンネスは伝承に出て来る魔戦士イビルウォーリアのようだと思う。

 魔戦士イビルウォーリアは重厚な鎧を身に付けているにも関わらず動きが早く、ヘンネスの仲間の戦士達が次々と倒れていく。


「愚かな人間共め。警告はしたはずだ。近づくならば容赦はせぬとな」


 魔戦士イビルウォーリアの一名が剣を向けて言い放つ。

 その兜の隙間から見える赤い瞳を見るだけで、ヘンネスは恐怖が沸き上がって来る。


(僕はここで死ぬのだろうか?)


 ヘンネスの中に恐怖が生まれる。

 ヘンネスは死など怖くないはずだった。

 魔物と戦い死ぬ事は名誉である。

 だからこそ戦士になろうと思った。

 しかし、いざ死ぬような状況に立った時、足が震えてしまう。

 ヘンネス達は第2次蒼の森遠征の途中である。

 第1次はヴェロス王が主催していたが、失敗した事でヴェロス王は蒼の森に手を出さない事に決めた。

 それに、怒ったのがヴェロス王国のオーディス神殿に所属する司祭達である。

 蒼の森の魔物が出てきて周辺諸国に被害が出る可能性もあると主張して、お抱えの戦士団と自由戦士を募り派遣を決めたのである。

 それにヘンネスも参加したのだ。

 こうして、戦司祭ウォープリーストに率いられたヘンネスを含む討伐隊は蒼の森へと向かい入る。

 多くの蟲の魔物を倒し、蒼の森の奥へと進んだ時だった。

 突然、魔戦士イビルウォーリアの一団が出て来たのである。

 魔戦士イビルウォーリアはこれ以上進むのなら死ぬ事になるとヘンネス達に警告した。

 もちろん戦司祭ウォープリーストが聞く訳がなく、戦闘が始まった。

 戦闘は魔戦士イビルウォーリアの方が優勢であった。

 ヘンネス達の方が倍以上数が多いが、魔戦士イビルウォーリアは強く、ヘンネス達は押されている。

 今もヘンネスの目の前で仲間が殺されている。

 魔戦士イビルウォーリアの持つ剣が血を吸うと紅く輝く。

 それはまるで喜んでいるようであった。


「戦士達よ! 怯むな! 神王様のご加護があるぞ!」


 巨大なメイスを持つ司祭様が叫ぶ。

 戦司祭ウォープリーストのオルドである。

 ヘンネス達戦士団の指揮官だ。

 年齢は50を超えているが、現役の戦士で、ヴェロスの神官戦士の中で最強であった。

 オルドの叫びにヘンネスの仲間達はそれぞれ武器を取る。

 そんな中ヘンネスは腰が引けて戦う事が出来そうになかった。

 オルドはそんなヘンネスに気付く事なく魔戦士イビルウォーリアに向かう。

 しかし、ヘンネスの仲間の戦士達は次々と倒れる。

 ただ、天使の加護を得ているオルドだけは他の戦士と違い魔戦士イビルウォーリアと互角の戦いを繰り広げている。


「なかなかやるな、貴様! ならばこのウォードが相手をしよう!」


 突然オルドと戦っていた魔戦士イビルウォーリアが下がると、奥から馬に乗った深紅の鎧の魔戦士イビルウォーリアが出てくる。

 新たに出てきたウォードと名乗った魔戦士イビルウォーリアは他の魔戦士イビルウォーリアよりも強そうであった。

 乗っている馬も普通ではない。

 ヘンネスの知るどの馬よりも大きく、通常の馬にはない牙が生えている。

 伝承に聞く肉食の魔馬に間違いなかった。

 ウォードと名乗った魔戦士イビルウォーリアは馬から降りるとオルドに剣を向ける。

 兜を被っているため顔は見えないが、笑っているようにヘンネスは見えた。

 そのウォードの様子にオルドは怒りで歯ぎしりする。


「なめるな! 魔の者め! 裁きの鉄槌を受けるが良い!」


 オルドはメイスを高く掲げる。

 するとメイスが光輝く。

 天使に与えられた加護の力だ。

 聖なる力を得たメイスは重厚な鎧とて打ち砕く事が出来る。


(オルド様ならば、あの魔戦士イビルウォーリアにも勝てるのではないか?)


 ヘンネスの恐怖で震えていた心に勇気が少しだけ湧く。

 オルドは神王オーディスの名を叫び相手に向かう。

 その動きは電光石火である。

 

「愚か!」

 

 しかし、ウォードは嘲笑うと剣でメイスを簡単に受け流す。


「何?」


 オルドがそう叫んだ時だった。

 ウォードの剣がオルドを貫く。

 絶望の声がヘンネスの仲間達の口から洩れる。

 オルドは口から血を吹き出して、そのまま倒れる。


「さて、君達の指揮官は片づけた。まだ、やるかね?」


 そう言ってウォードはヘンネス達に剣を向ける。

 ヘンネスも含めて仲間達は動けない。

 最強であったオルドが簡単にやられてしまった事で放心状態になってしまったのだ。


「ウォード様。残った奴らをどうしますか? 戦意をなくしているようですが?」

「捨て置け。この者達は戦意をなくしている。これ以上入らぬだろう。入って来ない者は見逃せとのお達しだ」


 ウォードは剣を収めると魔馬に跨る。

 地獄の底から出てきた魔戦士イビルウォーリア達にヘンネス達はどうする事も出来なかった。


(何て、怖ろしい奴らだ……)


 ヘンネスは助かったが、心は無事ではなかった。

 深く心に恐怖が刻まれてしまう。

 魔戦士イビルウォーリアは世界に恐怖を撒き散らすための存在なのだろうとヘンネスは思う。


「さて、『愛らしいクーナ様に踏まれ隊』の諸君。我らが姫の元へ戻ろうではないか」


 最後に「エッ?」と思う事を言うと魔戦士イビルウォーリア達は去っていくのだった。






 白銀の魔女クーナは御菓子の城スイートキャッスルの玉座の間で飴細工の玉座に腰掛ける。

 するとダークフェアリーのティベルが空中から突然あらわれる。

 ティベルは夢幻の蝶と同じく空間を超えて移動できる。

 そのため、扉を開ける必要がない。


「クーナ様~。ウォード達が戻って来ました~」


 ティベルは楽しそう笑いながら報告する。


「そうか、通せ」


 クーナがそう言うと蟲の戦士が扉を開ける。

 重装な鎧を纏った戦士達が入って来る。

 ウォード率いる魔戦士イビルウォーリア達だ。

 ウォード達は玉座に座るクーナの前に来ると、一斉に膝を付くと頭を下げる。


「クーナ様。侵入者を撃退してまいりました」

「そうか、ご苦労」


 クーナがそう言うとウォード達は嬉しそうにする。

 ウォード達は元々魔王を崇拝する人間の戦士であった。

 魔王を崇拝し、魔王のために戦う者に対して、デイモンは贈り物を与える事がある。

 その1つが魔鎧イビルアーマーだ。

 見た者に恐怖を与える魔法が付与された鎧を、身に纏う事で魔戦士イビルウォーリアとなる。

 重装な鎧だが、着用者の筋力を向上させるので、以前よりも早く動く事が出来る。

 クロキは過去にルーガスから魔鎧イビルアーマーを貰っていた。

 クーナは蟲の戦士ばかりでは不便な事があるかもしれないので、魔王崇拝者の中で忠誠心が高い者に魔鎧イビルアーマーを与えたのである。

 それがウォード達であった。


「さて、ウォード。これからクーナは出かけなければならない。留守を頼むぞ」

「はっ!」


 クーナはそう言って玉座から立ち上がると、ティベルと共に城主の私室へと戻る。

 先程クロキから連絡が入った。

 死神の支配する都へと行くらしいかった。

 クーナは自身が役に立つはずだと思ったので、共に出かけるつもりであった。


「道化。いるな」


 クーナが呼ぶとその影から道化の姿をした者が現れる。


「もちろん、いますよ。クーナ様ぁ~」


 道化は気持ち悪い声を出す。


「それから、ティベル」

「はーい。なーに。クーナ様」


 名を呼ぶとティベルは空中で飛び回りながら返事をする。


「出かけるぞ。今回はお前達に役に立って貰わなければならないからな」





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

変更点がない箇所は素早く行きます。

次回あたりから変更点が多くなりそうです。

 

ここまでが八章のプロローグみたいなものだったりします。

また、魔戦士の箇所は特にいらなかったりします。

でも魔戦士とデモニックマウントを書きたいので省きませんでした。

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