第6話 キマイラを捕まえろ

 ジプシールの地はサヌキラ砂漠の中にあり、日中は気温が50度から60度になる。

 そのため、ジプシールの民は気温が高い日中は影の有る所で休み、日が傾き始めてから行動する。

 プタハ王国の城壁から出ると、風景が砂の海へと変わる。

 夕日が砂を照らし真っ赤である。

 砂を含んだ風が吹いている。

 ナルゴルでは見られない光景であった。

 これまで、知らない風景を見てクロキは少し感動する。

 クロキとトトナはこれから、キマイラが出没している場所へと向かう予定であった。

 ここで移動手段が問題となる。

 クロキ達が元いた世界で砂漠の移動手段で一番有名なのはラクダである。

 砂漠を長距離移動できる騎乗動物はラクダだけだからだ。

 しかし、ジプシールにはラクダがいない。

 そもそも、この世界にラクダがいるのかどうかクロキは知らない。

 しかし、いたとしても砂漠の移動手段としてジプシールに輸入されたかわからない。

 なぜなら、ジプシールはナイアル川流域の地域にあり、移動手段は川船が一般的である。

 旅の商人も近くの街から街へと短距離を移動するだけで砂漠を横断する事はなく、ジプシールの民にとって、砂漠は通行する場所ではないのである。

 クロキとトトナは巨大なチャリオッツに乗って移動する。

 チャリオッツはオリハルコン製のゴーレムの馬に引かれたおり、プタハ王国の王から借りたものだ。

 ドワーフの王はケプラーの無理な頼みを快く引き受けてくれて、この魔法のチャリオッツを貸してくれた。

 オリハルコン製の魔法の車輪は砂の上でも走り、快適であった。

 もっとも、借りているだけなので、遠出は出来ない。

 キマイラの居る場所までという約束である。

 そして、キマイラを捕まえたら、そのままアルナックまで向かう予定だ。

 魔法のチャリオッツは用が済めば無人でも帰還するので問題はなかった。


「トトナ。ちょっとよいですか」

「どうしたの、クロ……。いえメジェド」


 トトナは本当の名であるクロキと呼びそうになり、慌てて訂正する。

 クロキは今、白い布を頭から被りメジェドの姿となっている。

 早くメジェドの呼び名に慣れてくれないと正体がバレてしまうだろう。


「トトナ。キマイラはオアシスの近くに出没しているとの事ですが、どうしてですか? キマイラはあまり水を必要としないのでは?」


 火を口から日を吐くキマイラは炎に耐性があり、砂漠の日中でも行動が可能だ。

 そして、火の属性を持つキマイラはあまり水を必要としないはずだ。


「メジェド。確かにキマイラは水を必要としない。でも、餌となる者は水を必要とする。だから、オアシス付近に出没する」

「なるほど……」


 クロキはトトナの説明に頷く。


「それよりも、メジェド。先程から腰をもぞもぞとさせて、どうしたの?」


 トトナはチャリオッツを操縦しながら尋ねる。

 魔法の馬は操縦が楽だ。

 チャリオッツに乗るのが初めてのトトナでも問題なく操縦できる。


「いえ、トトナ。大した事ではありません。腰巻の紐がどうやらゆるいみたいで、落ちそうなのです」


 渡された衣類には下着がなく、クロキは今白い布の下は腰巻を巻いているだけだったりする。

 匂いに敏感なジプシールの民から正体を隠すため、着ていたナルゴル製の服は全て脱ぎ、体をよく洗い、さらにアニスの香水を体に振りかけた。

 アニスはマミーを作る時の匂い消しにも使われる一級品であり、匂いを消してくれるだろう。

 ただ、問題は貰った服である。

 万が一、被っている布がめくれた時のためにクロキは白い布を腰に巻きつけている。

 その腰巻を固定するのは難しく、少し動けばすぐに落ちてしまうだろう。

 これでは意味がない。


「仕方がない。脱ぐか……」


 トトナに聞こえないようにクロキは呟くと、腰巻をそっと外す。

 これで全身を覆う白い布以外は何も着ていない事になる。

 ち〇こがぶらぶらするので、クロキは解放感を感じる。

 そして、下半身だけでなく、心まで解放されたクロキは気がしていた。


(もしかすると、これが精神的な成長なのかもしれない?)


 まさに一皮剝けるとはこの事であった。

 夕日が砂漠を赤く染め、清涼な風が砂漠を流れる。 

 風がクロキをち〇こを揺らし、この世界の壮大を伝える。

 クロキは今世界と一体になっているのである。

 

「ふふふふふ」


 クロキは思わず笑ってしまう。


「どうしたの? メジェド?」


 クロキの精神的な成長に気付いたのかトトナがこちらを見る。


「い、いえ!! 何でもないです! トトナ!!」

「そう?」


 クロキは慌てて笑いをごまかすと、再びトトナが前を向く


 クロキは「この白い布の下。実は全裸なんだぜ~。へっへ~い」とか考えながら、腰をふりふりする。

 

 ……。

 ………。

 …………。


 そして、少しだけ時間が流れる。


(アホか―ーーーーーー!! 何を考えてんだよーーーーー!! どう考えても変態じゃないかー!) 


 クロキは思わず心の中で絶叫する。 


(まずい、危うく自分を解き放ってしまう所だった!)


 白い布の下が全裸で有る事がばれたら変態扱いされるだろう。

 折角トトナと仲良くなれたのに嫌われる事は避けたい。

 クロキは自重する事にする。


「あれ?」


 馬鹿な事をしている時だった。

 クロキは前方に異変を感じる。


「トトナ!! 先で誰かが襲われています!!」


 クロキが叫ぶとトトナも気づく。


「もしかすると、キマイラに襲われているのかもしれない」


 トトナはチャリオッツを急がせる。

 しかし、ここから距離はかなり離れている。

 クロキが目を凝らすと襲われている者の姿がはっきりと見える。

 襲われているのは1名の山羊の頭を持つ獣人の男性と4名の人間の女性である。

 襲っているのはそれよりも小さな者であった。

 数にして10名以上はいるだろう。

 砂色の外套を頭から被っているためか襲撃者が何者かまではわからなかった。


「あれは砂鬼? キマイラではない。どうするクロキ……。いえメジェド?」


 遠視の魔法で襲撃者を確認したトトナはクロキに尋ねる。

 クロキも砂鬼の事は知っていた。

 砂鬼はゴブリンの一種族で遠い昔に砂漠に移住したゴブリンの末裔だ。

 そして、彼らはグール族と共にジプシールの神に従わない者達でもある。

 砂鬼はジプシールの民を略奪して生活をしている。

 当然、ジプシールの治安を守る犬人達は退治しようとしているが、砂鬼はしぶとく生き残り数を増やす。

 砂鬼は巨大砂鼠に乗って旅人を襲っているようであった。

 それに対して、旅人達はロバ車に乗っている。

 ロバの足は遅く、振り切る事ができない。

 運悪く砂鬼の奇襲を受けた様子であった。

 なんとか生き残っているのはおそらく女性達を生け捕りにするためである。

 クロキは砂鬼の行動から、そう読み取れる。

 その行動は他の地域のゴブリンと変わらない。

 やがて、砂鬼の攻撃により、車を牽くロバが倒れる。

 一刻の猶予もなかった。


「もちろん助けます!! トトナ! 民を助けた方が良いでしょう!!」

「わかった。その判断に従う」


 トトナは頷く。


「先行します!! トトナ!!」


 クロキはそう言ってチャリオッツから飛び出す。

 全力で飛び、現場へと向かう。


「待てーーーーーい!!!!!!!!」


 クロキはたどり着くと、砂鬼の前に立つ。


「何だ!? あれは!? 新手の化け物かっ!?」


 山羊頭の獣人がクロキを見て腰を抜かす。

 側にいる女性も同じように驚いている。

 一人の女性が抱いている赤ん坊が泣き始める。

 クロキは「化け物じゃないですよ」と弁解をしたいが、そんな暇はなさそうであった。


「ナンダ!? アレハ!? 新手ノバケモノカッ!?」


 全く同じ事を砂鬼が言う。


(この姿は化け物に見えるのだろうか? 鏡を見る限り可愛いと思うのだけど。まあ、良いかトトナは可愛いと言ってくれたし)


 クロキは鏡で見た、現在の姿を思い出す。


「クラエ! バケモノ!!!」


 砂鬼が石斧を投げる。

 クロキはすかさず、被っている布を魔法で強化する。

 カキーン!!カキーン!!と軽快な音を立てて石斧が砂に落ちる。


「うそ!? 弾いた! 何なんのあれ!!?」


 人間の若い娘が叫ぶ。


「わからん!! しかし助けに来てくれたみたいだ!! それにしても何と面妖なっ!!!」


 旅人はようやくクロキが助けに来た事に気付く。

 クロキは魔力を目に集中する。

 クロキの中にいる竜達の中には目から光線を出す能力を持つ者がいるので、その技を使うつもりであった。


「必殺! 目からビーム!!」


 ちゅどーん!!


 クロキの目から放たれた光線が砂鬼を襲い砂煙を上げる。


「ギャアア! ニゲローー!!!」


 光線で威嚇された砂鬼達は逃げて行く。

 これで、旅人は助かったはずであった。

 クロキは旅人の方を向く。


「ひいい!! 食べないでーーー!!!」


 クロキと目のあった女性が悲鳴を上げる。

 

(え~。なんでこんな反応なの?)


 折角助けたのに怖れられているので、クロキは戸惑う。

 山羊頭の獣人が前に出て女性をかばう。

 そうこうしている間にトトナが辿り着く。


「これは! もしやプタハの魔術師殿ですか!? 助けて下さい! 面妖な化け物がいるのです!!」


 旅人達がトトナに助けを求める。


「大丈夫。彼はメジェド。貴方たちを襲う事はない」


 そう言ってトトナはクロキの横に立つ。

 山羊頭の獣人が安心した様子を見せる。


「おお!! そうでしたかその面妖な化け物は魔術師殿の使い魔でしたか!! いやあ助かりました!!妻達と私を助けていただきありがとうございます!!」


 山羊頭の獣人と女性達がトトナに頭を下げる。

 ジプシールの国によっては一夫多妻が認められている。

 だから、複数の妻を持つ事は珍しい事ではない。

 しかし、山羊人が連れている女性は全員が美女である。

 この山羊頭の獣人はかなり好色のようであった。

 一番若い女性はまだ少女と言っても良いだろう。

 もげてしまえと、クロキは心の中で呪詛を放つ。


「お礼はいい。ところで、どうして貴方たちはここにいるの? ここは街道から少し離れている」

「はい、実は私はクヌム王国の者なのですが、旅行中に我が子が病気にかかり、魔術師に看てもらいに近くのプタハ王国に向かう途中でした……。急ぐために本来の街道を外れたのは失敗でした」


 山羊頭の獣人がうなだれると説明する。

 ジプシールの医療の本場はヘケト王国である。

 しかし、知識が豊富な魔術師の中にも医術の心得があるものもいる。

 ヘケト王国から離れ、プタハ王国に近い者はこちらに看てもらう事が多い。

 クヌム王国は山羊人が多く住み、旅人はその地の貴族であった。


「それは、気の毒。一緒にいたのは貴方たちだけ?」

「いえ、人間の男の奴隷が数名いたのですが……。真っ先に砂鬼達に殺されてしまいました。可哀そうに」


 山羊人は涙を流す。


「あの、魔術師様!! どうか私の子を見てもらえませんか!!」


 山羊人の妻の一人が抱きかかえた幼い子どもをトトナに見せる。

 幼い子どもは山羊の頭をしている。

 おそらく男の子なのだろうか、幼い子どもも山羊人であった。

 幼い子どもは少し苦しそうにして、泣いている。


「少し熱がある。ちょっと待って」


 そう言ってトトナは魔法を唱える。

 すると赤ん坊の顔が穏やかになる。


「応急措置はした。後はプタハに行って薬草をもらって、療養をするべき」

「ありがとうございます。しかし、ロバや馬を失いました。女性の足でこれ以上は……」


 山羊人は困ったように言う。


「それなら、このチャリオッツに乗れば良い。プタハ王国へ連れて行ってくれる」


 トトナはそう言うと山羊人達が驚く。


「それでは魔術師様はどうなさるので?」

「私達にはもう必要ない」


 そう言うとトトナはクロキを見る。

 クロキは頷く。

 トトナも気付いていたようであった。

 血の匂いを感じたのか大きな影が近づいて来ている。

 先程の砂鬼に比べて強力な気配であった。

 おそらくキマイラだろうとクロキは思う。

 ならば、これ以上チャリオッツは必要ない。


「キマイラが近づいている。ここは危険」


 トトナの言葉に山羊人とその妻の顔が恐怖に染まる。


「キマイラが!? そんな!! 逃げなければ!!」

「貴方達は早く行きなさい、私達はそのキマイラに用がある。心配は無用」

「なるほど、これほどのチャリオッツに乗られる御仁だ。きっと、何か秘策があるのでしょう。わかりました。それではお気をつけて下さい。魔術師様。この御恩は忘れません」


 山羊人達はチャリオッツに乗って去って行く。

 巨大なチャリオッツならば彼らを全員乗せても問題なく走る。

 程なくして巨大な影が夕日を背にこちらに飛んで来る。

 影は倒れたロバの側に降りる。

 その姿は獅子と山羊と竜の頭、そして尾は蛇である。

 間違いなくキマイラであった。

 キマイラは中央大陸の東部では見かけないが、西大陸に南大陸、そして中央大陸西部と幅広く生息している。

 海の民達によって滅ぼされたハッティ王国では季節を表す聖獣として扱われていたが、大半の地域では炎を吐く災厄の魔獣として扱われている。

 それは、このジプシールでも同じだ。

 キマイラが倒れたロバ達の肉にむさぼる。

 クロキ達を気にしていない。

 キマイラは強大な魔獣だ。

 上位の竜であるグロリアスに比べれば小さいが、クロキとトトナのよりも遥かに大きい、こちらを敵とは思っていないようだ。

 ならば絶好の機会である。

 クロキはグロリアスと出会った時の事を思い出す。

 グロリアスは最初から懐いてくれた。

 キマイラもそうであったら楽である。

 そして、クロキとトトナがキマイラに近づいた時だった。

 突然、キマイラが咆哮する。

 その咆哮に含まれているのは強烈な敵意。

 どうやら、グロリアスの時のようにうまくはいかない様子であった。


「ガアアアア!!!」


 キマイラは咆えると獅子と竜の口から炎を放ち、山羊の角から電撃が飛ばす。

 クロキは火に耐性があるが、布が燃えるとち〇こがモロダシになるので魔法を発動させて防ぐ。

 蛇の尾が鞭のようにしなり、クロキに襲い掛かる。


「こなくそ!!」


 クロキは蛇の尾を躱すとキマイラの背に乗り、押さえ付ける。

 押さえ付けられたキマイラが暴れ逃げ出そうとするがそうはいかない。

 蛇の尾で攻撃するのを黒い棘を出して封じる。


「メジェド! そのまま押さえて!!」


 そう言うとトトナはキマイラに近づくと獅子の頭に手を当てる。


「私の言う事を聞きなさい!!!」


 トトナは支配の魔法を発動させる。

 トトナが触った箇所から光が走り、キマイラの前身を覆っていく。

 キマイラが暴れる。


「嘘? すごい抵抗。ここまで嫌がるなんて。どういう事?」


 トトナは戸惑う。

 キマイラは尚も暴れる。

 クロキは魔法で黒い棘をさらに出して、キマイラを締め上げる。

 トトナはさらに魔力を込める。

 しだいにキマイラが大人しくなっていく。

 そして、最後は大人しくなる。


「トトナ。支配は成功したのですか?」


 クロキが問うとトトナは頷く。


「成功した。でも、ここまで抵抗されるとは思わなかった」

「なぜでしょう? 自分に強い敵意を向けていたみたいですが……」


 ここまで嫌われて、クロキは衝撃を受ける。


「わからない。魔法で聞いてみる」


 魔法の中には動物と会話できるものがある。

 トトナはそれを使うようであった。

 魔法を使ってトトナはキマイラに聞く。

 キマイラが呻く。


「ふむふむ、わかった。どうやらクロ……、メジェドが嫌だったみたい。最初は気付かなかったけど、近づいて来たら、すごく嫌なものを感じたって」

「え、そうなのですか……。なぜだろう? グロリアスはあんなに懐いてくれたのに……。それでは乗騎にするのは無理ですか?」

「わからない。聞いて見る」


 トトナは再びキマイラに尋ねる。


「私の言う事は聞いてくれる。すごく嫌だけど我慢すると言っている」

「はうう~」


 クロキは溜息が出る。

 キマイラに嫌われて落ち込んでしまう。

 しかし、これで乗り物は確保できた事は間違いなかった。


「行こう。メジェド。アルナックへ」

「はいトトナ」


 クロキとトトナが乗ると、キマイラは翼を羽ばたかせ、宙へと浮かぶ。

 時刻は夜になろうとしている。

 砂漠の夜空は星が綺麗であった。


(レイジ達は今頃どこにいるのだろう?)


 クロキは同じジプシールにいるはずのレイジ達の事を考える。

 シロネを助けるために行動している彼らの行動を邪魔するつもりはない。

 むしろ助けなければいけない。

 星の海の中をクロキとトトナは進むのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

昨日は更新できませんでした。


古代エジプトではラクダは重要視されてなかったみたいです。調べてみてちょっとびっくりしました。


キマイラは原典では竜の頭と翼はないのですが、ここは原典通りにしませんでした。


最後にクロキを精神的に成長させてみました。どうでしょうか ?(`・ω・´)

……ごめんなさい。嘘です。でも布の下を全裸にするのは義務だと思ったのですハイm(_ _;)m


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