第17話 首なし騎士2

 夜のアリアディア共和国。

 その城壁外の街をチユキ達は歩く。


「大丈夫っすかチユキさん?」


 チユキに肩を貸してくれているナオが聞く。


「大丈夫よナオさん。ちょっと気分が悪くなっただけ」

「本当に大丈夫ですか賢者殿。いったい何を見たのですか?」


 横を歩くデキウスが心配そうに聞く。

 しかし、見た事の内容を言うわけにはいかない。

 チユキ達がいるのは宿屋兼酒場が立ち並ぶ場所だ。

 チユキはマルシャスを探すために透視の魔法を使って宿屋の中を覗いたのである。

 しかし、それは失敗だった。


(どいつも、こいつもサカリやがって……)


 チユキは思わずそう呟きそうになる。

 透視の魔法で各宿屋の2階を覗いたら、沢山の男女が頑張っている最中だったのである。

 そして中には同性で頑張っている者もいた。愛の形はそれぞれだからとやかく言うつもりはない。

 顔の良い男性同士なら、むしろ推奨したくなる。

 だけど、毛むくじゃらのおじさんが5人で重なりあっているのを見た時はさすがに気分が悪くなった。

 良く考えたら、この界隈はそういう店が立ち並ぶ場所である。

 透視をすればそういう姿が見えるのは当たり前だ。

 チユキが顔を真っ赤にして倒れそうになったので、デキウスが気を利かせて捜索を打ち切る事にしたのである。


「ごめんなさい、デキウス卿。私達は先に戻ります」


 チユキはデキウスに謝る。

 デキウスは1人残ってマルシャスを探すので、ここに残る予定だ。


「はい。後は私1人で大丈夫です」


 デキウスはそう言うとチユキ達から離れ夜の街へと消えて行く。


「戻りましょう、ナオさん。取りあえず1つ手がかりが出来たのだから。一旦レイジ君達と合流しましょう」

「はいっす」


 チユキ達は夜の街を歩く。


「はあ……。我ながら少し情けないわね……」

「そんな事はないっすよ。こういう所も含めてチユキさんらしいっすよ」

「何だか引っ掛かる言い方ね」

「いやいや、特に何でもないっす。さあ戻るっすよ」


 ナオは笑ってごまかす。


(しっかり者を演じているつもりだけど。ナオさんは私の事をどう思っているのだろう?)


 チユキは気になるが、聞き出す事は出来なかった。


「はあ、もう良いわ、ナオさん……」


 そんなやり取りをしながらチユキ達は戻るのだった。




 クロキは黒い炎でカティアの首を燃やす。

 何故燃やしたのかというと、これ以上見ていられなかったからだ。

 カティアという女の子は自分の境遇を全く不幸だとは思っておらず、むしろ幸せだと思っていた。

 クロキはそれが見ていられなかったのである。自分勝手だと思うけどそうせずにはいられなかった。


「そんな……。これがマルシャスだって言うの?」


 シェンナが首のないマルシャスを見て茫然として言う。

 無理もない事だとクロキは思う。

 知り合いがこんな姿になったのだから。

 シェンナはクロキがマルシャスの所に行くと言うと、自分も連れて行って欲しいと願い出たのである。

 だけど、まさかマルシャスがこんな姿になっているとは思わなかっただろう。

 顔が青く震えている。

 クロキも少し精神的にきつい物があった。

 首のない騎士デュラハンとなったマルシャスは黒い棘で動けなくしている。

 クロキはマルシャスにゼアルの元へと案内してくれたお礼に力を与えた。

 与えた力は様々な魔法に対する耐性だ。

 効果も2年ぐらい消えるで短い物だけど、これの効果がある間はある程度の魔法なら防御する事ができる。

 そして、力を与えている間だけ、クロキはマルシャスと少しだけ繋がりができる。

 だからマルシャスに何かが起こった事はわかったのである。

 ただ、まさかこんな事になっているとは思わなかった。

 マルシャスの体は半分だけ生きている。

 吸血鬼ヴァンパイアのように生と死の狭間にいるようなものだ。子供も作れるだろう。

 クーナがカティアから聞き出した所によると、マルシャスはすでに人間とは違う存在となったので元に戻す事は出来ないそうだ。

 それに首もない。

 これでは甦らせる事もできない。

 また、首のないマルシャスはカティアの支配を離れると首を求めて他人の首を狩り続ける幽鬼となってしまうらしかった。

 クロキは歯ぎしりをする。


(自分のせいだ。自分がマルシャスに力を与えたからこうなってしまった……)


 しかし、マルシャスを元に戻す事はできず、どうする事もできなかった。


「すまないな、マルシャス……」


 クロキは黒い炎を出すとマルシャスを燃やす。

 マルシャスの首を失った胴体は炎により、跡形もなく消えていく。


「中々、面白い奴だな。さて、この首だけと首なしを作った奴をどうするのだ? クロキ? 放っておくのか?」


 そのクーナの問いに、クロキはすぐには答えられなかった。

 カティアを首だけにした者は、おそらく人間ではないはずであった。

 何しろ普通の少女だったカティアに、これ程の力を与える事が出来る者である。

 神族に違いなかった。

 そして、会った事はないが彼からは気持ち悪い物をクロキは感じる。

 その彼のコレクションであるカティアを消してしまった。

 おそらく敵対してしまった事になるだろう。

 そう考えクロキは決心する。


「クーナ、せっかく遊びに来たのにごめんね。行かなくちゃならない所ができた。シェンナを連れて先に戻ってくれないか?」


 クロキは震えているシェンナを指して言う。


「わかったぞクロキ。クロキは自分のしたい事をすれば良いぞ」


 クーナは笑いながら答える。

 何故かわからないが、それはとても楽しそうだった。


「ありがとうクーナ。それじゃ行ってくる。大人しく待っててね」


 クロキはクーナの頬をなでると夜空を飛ぶ。

 悪しき邪神の元へと。





 夜風が吹く街の上空をクロキが飛び離れて行く。

 クーナはその様子を見上げる。


「悪いがクロキ。大人しくするつもりはないぞ……」


 クロキが飛んだ方角を見ながらクーナは呟く。

 クーナはこの人間の国に来てから不満だった。

 クロキと一緒に歩くのは良い。だけど、なぜ人間に遠慮しながら行動しなければならないのだろう?

 あんな弱い奴らに遠慮する必要はない。


(クロキはいつもそうだ。いつも何か我慢している。いつも自分を抑え込んでいる。クーナにもどこか遠慮している)


 クーナはそれが不満だった。

 クーナはクロキはもっと自分自身を解放すべきだと思っている。そして、絶対的な強者として振る舞う所が見たかった。

 どうすれば良いだろうかと考え、首だけ女と首なし男が消えた後を見る。

 そして、こいつらの主であるザンドの事を考える。

 面白そうな奴だとクーナは思う。

 不愉快なこの国の人間共を玩具にしている所は清々しく見どころがあった。

 利用できないだろうかと考えてクーナは悪い笑みを浮かべる。

 その笑みはクロキには決して見せてはならないものであった。


「ナルゴルの闇の森の奥。エーディンの花園に住まうプシュケアの白く輝ける夢幻の蝶よ。クーナの呼び声に応えよ」


 クーナは精神を集中させて蟲を呼ぶ。

 蟲使いの能力はかつてオーガのクジグが持っていた能力だ。

 クーナはこの能力をクジグから奪い取ったのである。

 この蟲使いの力は微妙で操る蟲の力に左右される。つまり、どんなに強力な魔力を持つ者でも強い蟲を使役できなければ弱いままなのである。

 クジグが持っていた蟲にはあまり強い蟲がいなかった。

 だからクーナは強い蟲を探す事にしたのである。

 そして、ナルゴルの闇の森の奥で強力な蟲を見つけたのである。

 クーナの周りにどこからともなく青白く輝く蝶達が現れる。

 この蝶はナルゴルの闇の森に生息する特殊な妖蟲である。

 この蝶は神族に負けない程の魔力を持ち、幻術が仕える上に探知能力に優れている。

 また距離は短いが空間を自在に移動する事ができる。

 それは結界が張られた場所であってもだ。

 攻撃力は殆どないが、使いようによっては強力な武器になる。

 そう思いクーナは頑張って使役できるようにしたのである。


「行け! 蝶達よ! 闇に潜む者をその光で探し出せ!!」


 蝶達は羽を白く輝かせながら夜の闇へと消えていく。


「さて、これで良いだろう。ところで、いつまで震えているのだシェンナ?」

「めっ女神様……。申し訳ないです」


 クーナが側のシェンナを見ると震えたまま動けない様子であった。

 首のない騎士デュラハンには見た者を恐怖させる力がある。

 クーナやクロキには効かないがシェンナにとってはかなり強力であったのだ。

 そのためシェンナはその恐怖から抜け出せないのである。


「仕方のない奴だな。クーナの目を見ろ。お前には踊りを教えてもらった。だから少しだけ面倒をみてやるぞ」


 クーナが魔法を使うとシェンナの顔色が戻る。


「ありがとうございます……。女神様……」


 シェンナは涙目になりながらお礼を言う。


「さあ戻るぞ、シェンナ。これから忙しくなるぞ」


 クーナがそう言って笑うとシェンナはきょとんとした顔をするのだった。




「ザンド様! 姉様が! 妹が!!」


 暗い闇の中を若い女性の生首が飛び、舞い叫ぶ。


「わかっているよ。僕の可愛い妖精達。それにしても、やってくれたねえ……。暗黒騎士」


 ザンドはそう言って笑う。

 顔は笑っているが、内心は怒りでいっぱいだった。

 先程夜の散歩に出かけたカティアとの繋がりが突然消え、しばらくして暗黒騎士が店へと現れた。

 そこでザンドはカティアの身に何が起こったのかわかったのである。


「おそらく暗黒騎士はあのカティアが騎士にした男に何か細工をしていたようだね。うかつだったよ」


 ザンドは店に乗り込んできた暗黒騎士の様子を思い出す。

 暗黒騎士はカティアから情報を引き出した後、真っすぐに店へと来たみたいだった。

 ザンドは戦闘は得意ではない。だから逃げる事にした。

 かなり危なかったが、生首の彼女達が時間を稼いでくれたおかげで、なんとか逃げる事ができた。

 暗黒騎士は何故か彼女達と戦う事を躊躇しているようであった。

 そうでなければ足止めは出来なかっただろう

 暗黒騎士はまだザンドを探しているはずだった。

 だけど、ザンドは隠れる事や逃げる事には自信がある。

 そう簡単に見つける事はできないだろう。


「さて、どうしてくれようか? 僕の妖精を殺した事へのお返しをしなくてはいけないねえ。ここは彼の白銀の女神で贖ってもらうべきではないだろうか? うん、そうすべきだ……ん?」


 ザンドは驚きの声を出す。

 一瞬だけど光る蝶が目の前を横切ったような気がしたのだ。

 この場所は僕の妖精の他は誰も知らず。また結界で空間は閉じられている。虫一匹だって入る事はできないはずであった。

 蝶はすぐに消えてしまい、ザンドは気配を探るが何も感じる事はできなかった。

 ザンドは一瞬だけ疑問に思うが、気のせいだろうと結論付ける。


「まあ、気のせいかな。それよりも、予定をかなり変更しなくてはいけないねえ」


 ザンドは暗黒騎士の側にいる白銀の髪の少女を思い浮かべる。

 最初は勇者の仲間の1人である聖女を狙うつもりだった。

 その女を使い勇者をおびき寄せた後で、ゼアルを使い暗黒騎士をおびきよせて両者を戦わせる。

 そして、両者が互いに傷ついた所でまとめて潰す。

 それが本来の計画である。

 しかし、ザンドはその予定変更を変更するつもりだ。

 まずは暗黒騎士の白銀の女神を狙う。

 妖精達のお返しをしなければザンドの気が収まらない。

 ゼアルにはタラボスの所に行かせてある。もちろんウルバルドも利用するつもりだった。

 ザンドはこれからの事を考えるのだった。


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